「──という訳で、私は当分の間、連也を護衛する事になったので、報告しておく」
放課後、旧校舎のオカルト研究部を訪れたゼノヴィアは、開口一番そう告げた。そうなった経緯も説明する。
そこには部員一同が勢揃いしていた。
「確かに、アーサーやヴァーリ相手なら、聖剣使いの君の方が適任だろうね」
「ゼノヴィアさん、気を付けてくださいね」
祐斗やアーシアを始め、全員が事情を理解し、納得した。
たった一人を除いて。
「ちょっと待てよ! 俺はそんなの聞いてないぞ!」
そういきり立ったのが、ゼノヴィアの
「だろうな。昨夜リアス様が決めた事だからな」
「しれっと言うな!
「だから、こうして報告に来たじゃないか。リアス様は私のかつての主で、君にとっては今も主だろう。そうおかしな事ではあるまい。それに、さっきも言ったようにアーサーが連也を狙っている。ヴァーリも同様である可能性も高い。誰かが付いていてあげなくてはね。では誰がいいかと言えば、私しかいないだろう」
「そもそも、護衛自体いらないだろ。あんな奴ほっとけよ。アーサーやヴァーリだって、別に殺し合いをやろうって訳じゃないんだし」
「そうはいかない。こちらの都合でマスコミの矢面にさらしてしまったんだ。彼の平穏は我々の手で守るのが義務であり、筋というものだろう」
「妹でありチームメイトでもある私の観点から言わせてもらいますと」
ルフェイが口を挟んだ。
「お兄様もヴァーリ様も、確かに殺し合いは望んでおりませんでしょう。ですが『お互いに全力で戦った結果、どちらかが死んでしまっても仕方がない』とは、考えていると思いますわ。しかも、そういった事態を最悪の結果ではなく、雨の日に外出すれば靴が濡れてしまうのと同じ程度の事と認識している節があります」
「ルフェイが言うのなら、まず間違いないだろうね。ではイッセー、そういう訳だから」
ゼノヴィアはそう言って退室した。
◆
それから二、三日ほど過ぎたある日。
夕焼けに染まる駒王駅から、大きな男が出てきた。
サイラオーグ・バアルである。
「遅くなってしまったな……まだいるといいのだが……」
ボソッとつぶやく男の足は、駒王学園へと真っ直ぐ向かう。
兵藤邸にでも、兵藤一誠眷属事務所にでも、ない。
駒王学園に、である。
何故なら、目的の相手のいる場所を知らないからだ。駒王学園に当たりをつけているのは、「リアスを先輩と呼んでいたから、たぶんそうだろう」という大雑把な推測からである。
サイラオーグの目的の相手とは、秋月連也であった。
サイラオーグは努力の人である。生まれつき魔力量が少なく、そのハンデを克服するため、地道に、愚直に、己を鍛え続けてきた。鍛練の日々は血反吐を吐くような厳しさであっただろう。その日々が、今の彼の強さとなっている。
そのサイラオーグを「とんでもない天才」と呼んだ、唯一の相手。
そう言われた次の日の鍛練の最中に、それが自分の使う闘気の事であろうと思い至った瞬間、サイラオーグは連也の事が急に気になり始めたのだ。
──俺が闘気を操る事を見抜き、そしてそれをとんでもない天才と評した男。ではその男は、どれ程の力を秘めている?
それが知りたくて知りたくて、たまらなかった。
たまらなくてたまらなくて、居ても立ってもいられず、こうして人間界の駒王町にやって来たのだ。
遠くに駒王学園の校舎が見え始める辺りで、サイラオーグの足が止まった。
上下を黒で統一した銀髪の少年が、前方を歩いていた。両手をズボンのポケットに突っ込み、サイラオーグと同じ方向に歩いている。
「ヴァーリ・ルシファー……?」
サイラオーグが相手の名をつぶやくと、相手もまた背後の気配に気付いて、まるでつぶやきに答えるかのように振り向いた。
「サイラオーグ・バアルか……兵藤一誠に会いに来たのか?」
「いいや。お前こそ、兵藤一誠に会いに来たのか?」
「いいや。彼とはいずれ、嫌でも雌雄を決する事になる。そう決着を焦る必要はない。ただ、奴と同等か、それ以上に興味深い相手が出来たのでね。居ても立ってもいられなくなったのさ」
「……奇遇だな。俺も、アイツと同等か、それ以上に興味深い相手が出来た。そして、そいつに会いたくてここに来た」
「ほぉー……もしやその相手とは」
「そうだ」
二人は同時に、同じ名前を口にした。
「秋月連也」
互いに同じ目的とわかり、サイラオーグは眉間にシワを寄せ、目を細めた。
ヴァーリは面白そうに、口角をキュッと上げる。
「ふん。どうやらたった今、俺たちはライバル同士となったようだな」
「そのようだ……だが、お前ともいずれ拳を交えたいと思っていた。ちょうどいい機会だ」
「拳を交える、か……届けばいいがな、そのノロマな拳が」
サイラオーグはハンマーのような拳を握り締めた。
ヴァーリはポケットに手を入れたまま、構えもしなかった。その身に宿す
しかし体内で、無限にも近い膨大な魔力が高まり、充実していくのが、サイラオーグには感じ取れた。
(存外、いやらしい男だな……)
ヴァーリの意図を読み、サイラオーグは胸の内で毒づいた。
コォォオオオオッ!
サイラオーグの呼吸音が、空気を震わせた。
自己鍛練の中で自得した、闘気を高める呼吸法だ。
鎧めいた筋肉に覆われた体から、高まった闘気が金色の炎となって立ち昇り、獅子を形作る。
ヴァーリの体からも魔力がほとばしり、龍を形作った。
両者の間の空気がビリビリと震え、陽炎めいて歪んでいく。二人の放つ圧がぶつかり合い、より大きな圧となってとどまっているのだ。
その圧に耐えきれず、道路や壁に亀裂が走った。
不可視のエネルギーの圧が渦を巻き、ますます強く、大きく、激しくなっていく。
爆発寸前にまで高まった時、何か小さな棒状の物が、そのエネルギーの中に投げ込まれた。
カツッと音を立てて、それはアスファルトの地面に突き刺さる。
瞬間、風が巻き起こった。
サイラオーグとヴァーリの放つエネルギーが散らされて、消滅する。
地面に刺さっているのは、一本のボールペンだった。
「復旧作業が始まったばかりなんだ。これ以上壊さないでくれ」
そう言ったのは、二人が探していた相手──秋月連也。その傍らには、ゼノヴィアがいた。
「何をピリピリしてるのか知らないし、知りたくもないけど、六十分一本勝負ならよそでやってくれよ」
「秋月連也……」
サイラオーグは闖入者の名前を思わずつぶやく。向こうからやって来るとは、願ってもない事だった。
彼のつぶやきを、ヴァーリは
「ドゥレンダナ使いのオルランドを倒したというのは君か……うちのアーサーも世話になったそうだな」
「俺は気にしてないから、そっちも気にしなくていいよ。別にお礼とかお詫びとか本当にいらないから」
「そうはいかないな。どうだ、近くに美味いラーメン屋がある。そこで奢らせてもらえないか」
「ラーメン……?」
連也が反応した。彼はラーメンが好きなのだ。
「騙されるな連也。そう言って人気のない所へ連れていって、戦いを挑んでくるような奴だぞ、こいつは」
ゼノヴィアがクイクイと連也のブレザーの裾を引っ張り、忠告する。
「バレたか」
ヴァーリは悪びれもせず、ヒョイッと肩をすくめた。
ゼノヴィアは大きく溜め息をついた。
「ヴァーリ……お前は今は、義理とはいえオーディン様の息子だ。軽率な行動はお前を息子として迎え入れてくれたオーディン様の名誉を傷付ける事になるんだぞ?」
「心配するな、デュランダル使い。俺のような若造が跳ね回ったくらいで傷付くほど、アースガルズの主神の名誉は安くはないさ。そもそも、この駒王町は特別な場所だ。それを守り、救った英雄に興味が湧くのは、悪い事か?」
「お前の興味は、相手がどれだけ強いかだけだろう」
「当然だ。男は女以上に強い者に惹かれる。強者を見れば、挑まずにはいられないのさ──なぁ、サイラオーグ・バアル」
ヴァーリは唐突に、サイラオーグに話を振る。
サイラオーグは、沈黙をもって肯定した。
「君はどうだ、秋月連也。俺も彼も、アーサーに優るとも劣らぬ実力者だ。ちょっと力比べをしたくならないか?」
「興味ないね」
連也は一ミリ秒の間も置かず、即答した。
「今俺が考えてるのは、早く帰って宿題を終わらせないといけないなって事くらいさ。ちゃんと期日までに提出しないと、怖い先生にお尻ペンペンされちまうからな」
冗談混じりに言うと、ゼノヴィアに「帰ろう」と呼び掛けて、さっさと歩き出す。
彼の背中を見たヴァーリは、スッと目を細めた。その美貌に、鋼のような暗く冷たいものが浮かぶ。
右の拳をグッと握った瞬間、連也が振り向きもせずに言った。
「やめときなよ。そっちの手でラーメンが食べられなくなるぜ。少なくとも、明日の朝までは」
その言葉に、ヴァーリとサイラオーグは辺りを見回して、何か背後を確認出来る鏡のような物でもあるのかと探した。
しかし、そんな物はどこにもなかった。
その間に、連也は「ちょっと失礼」と言って、ゼノヴィアの腰に腕を回して抱き上げた。
そのまま歩き出すと、歩調はそのままであるにも関わらず、まるで見えないベルトコンベアーで運ばれるかのように、二人はどんどん遠ざかり、曲がり角の向こうに消えてしまった。
サイラオーグが、嘆息混じりに言った。
「……振られたな、お互い」
「ああ」
ヴァーリはただ、苦笑した。だが、獲物を逃がした怒りは湧いてこなかった。
サイラオーグの方を向き、険の取れた柔和な微笑を浮かべる。
「ラーメンでも食いに行くか。奢るぞ」
「うむ」
二人は並んで歩き出した。先程までの緊迫した空気は、もはやなかった。
◆
角を曲がってからしばらく歩いてから、連也は抱き上げていたゼノヴィアを下ろした。
「いきなりごめんな。お前一人を置いていく訳にもいかないから、こうさせてもらった」
「あ、ああ……それは構わないが……今のは、何だったんだ?」
ゼノヴィアは連也の不可思議な歩行について尋ねた。
「ああ、あれは
「しゅくち……不思議な技だ……でも、ちょっと面白かった」
「そっか、そりゃ良かった。で、これからどうする? 宿題があるのは本当だから、俺は真っ直ぐ家に帰る予定だけど」
「では、家まで送ろう。私は君のボディガードだからね」
「正直、護衛もいらないんだけどな」
「そうはいかないさ。オルランドの件で、リアス様は君に恩義を感じている。少しでも君の助けになりたいんだよ。それは、私も同じ気持ちだ」
「そっか……じゃあさ、せめてボディガード代えるよう、先輩に言ってくれないか? 男だったら誰でもいいから」
「私では不服か?」
「う~ん……」
連也はガシガシと頭を掻いた。
「不服じゃないし、ゼノヴィアと一緒に居られる時間が増えて嬉しいってのもあるんだけど……俺個人の、つまらない見栄さ。女の子に対しては、守られる側じゃなく、守る側でいたいんだよ」
「ほう? つまり、私を守りたいという事かい?」
「うん、まぁ、そんな感じ」
「女性の社会進出めざましいこのご時世に、いささか時代錯誤な考え方だね」
「ほっといてくれ」
ムスッと膨れる連也は、幾分幼く見えた。
「あいにくと、そんな理由では護衛の交代は認められないと思うよ? 我慢してくれ」
「へいへい、仰せのままに」
これ見よがしにおどけた言い方で、連也は答えた。
それから二人は並んで歩き出し、桂馬川区の住宅街で別れた。
(俺は、何を言ってるんだろう……)
ゼノヴィアの背中を見送りながら、連也はさっきの自分の言葉を思い返し、恥ずかしくなった。
ゼノヴィアと一緒に居られる時間が増えて嬉しい。
ゼノヴィアを守りたい。
本当に他意はなく、自然と口をついて出た言葉である。
だが、思い出すと無性に恥ずかしくてたまらなかった。
ゼノヴィアが変な意味で受け取ってはいないか、不安でもあった。
一方のゼノヴィアも、胸中は決して穏やかではない。
守りたいなどと言われたのは、初めてだった。
腰に腕を回されて抱き上げられた時の、互いの着衣越しに感じた連也の肉体のたくましさに、驚いてもいた。
思えば、男性からそのような行為をされたのもまた、初めてであった。
(イッセーにさえ、してもらった事はなかったな……)
ゼノヴィアの方からアプローチする事は何度もあったが、一誠の方から抱き締めるような事は全くない。
初めての経験に、ちょっぴり胸がざわついていた。