生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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山ごもり

 土曜日。兵藤一誠は朝から自宅のトレーニングルームで、筋トレに勤しんでいた。タンクトップと学校指定のジャージのズボンという格好である。

 魔力をこめる事で重さをいくらでも増やせる、冥界製のダンベルを両手に持ち、腕を曲げたり伸ばしたりしている。

 一誠の体は、全体のシルエットこそ細くはあるが、同年代の男子に比べれば遥かに鍛え込まれている。腕を動かす度に、皮膚の下で筋肉が動いた。

 しかしその表情からは、今一つトレーニングに集中出来ていない事がうかがえた。

 理由は、ゼノヴィアだ。いつもなら一緒にこの部屋でトレーニングしているのだが、今日はいない。先程、「連也の様子を見てくる」と言って出掛けたばかりだ。

 

「あんな奴ほっとけって。あいつの腕ならそう簡単にはやられないだろうし、それにあいつだって、戦う相手がいて喜んでるかも知れないぜ。いい修行になるって言ってさ」

 

 一誠はそう言ったが、ゼノヴィアは聞き入れなかった。

 

「たく、俺はあいつの(キング)で、あいつは俺の眷属だってのに……」

『そんな理屈だけで、心は縛れんという事だな』

 

 一誠の左腕から、声が響いた。《赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)》に宿る赤龍帝ドライグだ。

 

『お前だって、主従関係だけでリアス・グレモリーに従っていた訳ではあるまい』

「そりゃ、そうだけどよ……ちょっと前まではいつも一緒だったんだぜ? それが最近急に冷たくなって……納得出来るかよ」

『人の心はうつろいやすいものだ。ましてや、女心は秋の空などという言葉もあるくらいだからな、なおさらだろう』

「……ゼノヴィアが、俺じゃなくてあいつを好きになってるってのか?」

 

 それは聞き捨てならない事である。一誠の声も、知らず荒くなった。

 

『さて、まだそこまではわからんが……そんなに心配なら、学校での言動を少しは改めて、ポイントを稼いでおく事だ。本当にゼノヴィアがお前に愛想を尽かす前にな』

 

 忠告するドライグの声音には、からかうような響きがあった。

 

「改めるったって、そもそも前は覗きとかやっても、あいつは何も文句言わなかったじゃねえか」

『一生徒と生徒会長では立場が違う。立場が変われば考え方も変わるだろう』

「とにかく! 俺は秋月みたいな心の狭い奴なんて認めない! 確かに町を救ってくれた恩はあるけど、それはそれ、これはこれだ! もしあいつがつまらない勘違いでゼノヴィアに手を出すようなら、絶対に許さねえ、ぶっとばしてやる!」

『それはやめておけ。お前がぶっとばされるのがオチだ』

 

 相棒のつれない返答に、一誠は耳を疑った。

 

「な、なんでだよ」

『秋月連也にあって、お前にないものが一つある』

「何だよ」

『積み重ねだ』

「──はぁ?」

 

 一誠は間の抜けた声を上げた。

 

「何言ってんだよドライグ。自分で言うのもなんたけど、俺がどんだけ基礎鍛練を積み重ねてきてるかは、お前も知ってるだろ。実戦経験だってあるし」

『確かに、お前がここ一年ちょっとで重ねてきた経験の密度は、歴代の赤龍帝と比べても優るとも劣らん。だが、しょせん一年は一年だ。しかしあの秋月連也は、お前が何も知らない普通の学生だった頃から、己れを鍛え続けてきた。恐らくその年月は十年くらいはあるだろう。土台の厚みが違う』

「やってみねえとわかんねえだろ!」

『……まぁ、それはそうだ』

 

 実際、一誠が格上の相手に勝利するのを、ドライグは誰よりも間近で見てきた。

 最強無敵の二天龍たるドライグやアルビオンですら神器(セイクリッド・ギア)──言い方は悪いが──人間に使われるだけの道具と成り下がってしまった。

 確かに、戦いというものは何が起こるかわからないのだ。

 

『どの道、今はおとなしくしている事だ。リアス・グレモリーも秋月連也に好意的だしな。下手にちょっかいを出せば、どんなしっぺ返しをくらうかわからんぞ』

「それが一番ムカつくんだよぉぉおおおおおッッ!!」

 

 一番気にしてる事に触れられて、一誠はたまりかねて吠えた。

 

「イッセー様、大声を出さないでください」

 

 その背中にそう呼び掛けたのは、レイヴェル・フェニックスだった。

 

「ドライグ様とお話なさっておられたのはわかりますけれど、端から見るとちょっと怖い光景でしてよ」

「あ、ああ、悪い悪い。それより、何か用か?」

 

 一誠がそう尋ねたのは、レイヴェルの服装がいつものドレス姿であり、なおかつA4サイズの封筒を手にしていたからだ。明らかに、トレーニングのためにこの部屋を訪れた訳ではないとわかる。

 

「はい。以前イッセー様がおっしゃっていた強化合宿のための施設の事で、ご報告を。

 県境に、条件に見合う場所がありましたので、その周辺の山林もろとも購入しました」

 

 さらりと物凄い事を言いつつ、レイヴェルは封筒を開けて、中の書類の束を手渡す。

 一誠が受け取ると、それは場所を示す地図と現地の写真であった。

 もう一枚は、建物の見取り図である。

 

「宿泊のためのペンションも建設中です。三階建てで、一ヶ月ほどで完成するかと」

「そうかー……山ごと買っちゃったかー……」

 

 今後も、どんな強力な敵が現れるかわからない。

 そうでなくとも、一誠もゆくゆくは自分の眷属を率いて、リアス・グレモリーの眷属としてではなく独立した一上級悪魔として、レーティングゲームに参加する。

 その時に備えて、眷属とみんなで強化合宿を行える場所が欲しいとリアスやレイヴェルに相談した結果が、これである。

 まさか山とその周辺の土地まで買い占めるとは思わず、二人の思いきりの良さに、一誠は言葉もなかった。

 

「イッセー様はまだ高校生ですから、名義はグレモリー家にしてあります。とは言え、あくまでも持ち主はイッセー様です。お暇な時にでも、せめて一度は視察なさってください。お声を掛けてくたされば、私が案内いたしますわ」

「ああ、ありがとうレイヴェル」

 

 一誠はレイヴェルに礼を言うと、ペンションの見取り図を見つめる。

 あくまでも強化合宿のための施設だが、自分の持ち物として別荘が出来るのかと思うと、ちょっとワクワクしてしまうのである。

 

 

 その頃、ゼノヴィアは山の中にいた。

 川に沿って上流を目指す内に、舗装された道路から離れ、森の中に入り、次第次第に山に入ってしまったのだ。

 水色のカッターシャツとタイトジーンズ、スニーカーという町歩きのような格好で。

 肩に下げたショルダーバッグも、中身は財布と携帯電話、あとはハンカチとポケットティッシュくらいだ。

 そんな軽装で何故このような所にいるのかと言うと、連也を探しているからであった。

 

 秋月家を訪れたゼノヴィアは、連也の義理の叔母にあたる秋月克美に出迎えられた。

 

「ごめんなさいね。連くんは昨日から山にこもってるの」

 

 克美は隠そうという素振りすら見せず、素直にそう言った。

 特に口止めはされていないからだ。

 

「山に? キャンプでしょうか?」

「さあ、そこまでは……あ、でも、確か角行山(かどゆきやま)に行くって言ってたわね」

「そうですか……どうも、ありがとうございました。失礼します」

 

 ゼノヴィアは克美にペコリとお辞儀をした後、着の身着のままで角行山へと向かった次第である。

 ゼノヴィアの記憶では、そこにキャンプ場はなかったはずだ。実際に行ってみたが、やはりなかった。

 となれば野宿であろう。

 どの道、水場の近くにいるはずだ。

 軽装のままなのは、万が一迷っても、空を飛んで道を探すなり転移魔法陣で兵藤邸までテレポートするなり、帰る方法があるからだった。

 

 源流にかなり近付いているらしく、川原の石は大きくゴツゴツとした物が目立ってきた。

 そんな時、頭上から声がした。

 

「よう、何してんだゼノヴィア」

 

 のんびりした声音に、思わず上を仰いだゼノヴィアは、近くの木の高い枝の上に立つ、秋月連也の姿を捉えた。駒王学園のジャージに身を包み、ウェストポーチを腰に巻いていた。

 

「やぁ、連也。ご家族から、君がこの辺で山ごもりをしていると聞いたので、ちょっと様子を見に来たんだ」

「『ちょっと』で来るような場所じゃないんだけどな」

 

 ぼやく連也であったが、他ならぬ彼こそ、そんな場所にちょっと友達の家に泊まってくるような感覚で山ごもりしているのだ。他人の事はとやかくは言えまい。

 連也は木の枝から飛び降りて、岩の上にフワリと着地した。

 

「まぁいいや。もうちょっと上の方で野宿してるから、そこまで案内するよ。お茶くらいは出せるから、休んでいきな。せっかくここまで来たのにUターンってのも嫌だろうしな」

「ああ、ありがとう連也」

 

 ゼノヴィアはそう言うと、更に上流を目指して歩き出す連也の後を追った。

 元々エクソシストとして鍛えられ、悪魔に転生する事で更に強化された少女の身体能力は、子供用のベッドほどもある岩すら物ともせずに進んでいく。

 先導する連也は、いざとなれば彼女を背負ってやるつもりであったが、その必要もなさそうで安心すると同時に、感心もした。

 

 五分ほどで、拓けた場所に着いた。

 石で組んだ()()()から、煙が立ち上ぼっている。飯ごうが火に掛けられていた。テーブル代わりであろう傍らの平らな石の上には、プラスチック製のコップが伏せて置かれてあった。

 そのそばに、テントがあった。

 細木で組んだ骨組みに、枯れ草や枝葉を束ねた物を掛けただけの、簡素なテントであった。

 闇に強い悪魔の視力で、テントの中の暗がりにリュックサックが置かれてあるのが、ゼノヴィアにはわかった。

 

「ほら」

 

 連也は飯ごうの中身をコップに注ぎ、ゼノヴィアに差し出した。

 飯ごうの中身は沸かしたお湯だ。その湯に、細長い物がたくさん入っている。

 松葉だ。

 松葉で作ったお茶であった。

 

「熱いから気を付けてな」

「いただきます」

 

 ジーパンが汚れるのも構わず地面に体育座りしたゼノヴィアは、フーフーと息を吹き掛けて冷ましながら、少しずつコップのお茶をすする。

 香りも味も、普通のお茶と変わらなかった。

 

 松はだいたいの山にある木で、見分けもつきやすい。

 ビタミンやミネラル、カルシウムなども含まれている。

 連也が山ごもりの際に必ず作る物であった。

 

「君は、ここで修行してるのか?」

「うんにゃ」

 

 連也はあっさり否定した。

 

「修行ってほどじゃあない。ただ二、三日山の中で過ごすだけ。稽古は時間があればやるけど、ここで何か特別な事をする訳じゃない。でも、何て言うか、ここで暮らすだけで、ちょっと感覚が冴えて、頭の中がシャキッとしてくる……そんな気がする」

「そうか。アーサーやヴァーリたちは来なかったか?」

「この山で会ったのは、ゼノヴィアだけだ──骨折り損だったな」

「そうでもないさ。君が無事だとわかっただけでも充分だ。美味しいお茶ももらえたしね」

 

 そう言って、ホウッと息をついた。

 チラリと草木で出来たテントの中の荷物を見る。

 やはり、荷物はリュックサック一つだけだった。

 

「食糧はどうしてるんだ?」

「一応、チョコレートを二つ三つ持ってきてるけど、基本的には現地調達だな。蛇とか虫とか」

「寝床は?」

「そこにあるだろ」

 

 連也は草木のテントを顎で指し示した。

 

「いや、そうではなくて、毛布とか寝袋とか」

「出入口に蓋をして瞑想してれば平気だ。松葉のお茶で体も暖まってるし、それでも足りなきゃ、火にくべた石をタオルにくるんで腹に巻いとけば、二泊三日くらいなら大丈夫だ」

「……本当に、野宿なんだね」

「だからそう言ってるだろ」

 

 連也はケラケラと笑った。

 実際、念の力を行使すれば道具の不足はある程度補える。

 ゼノヴィアには言ってないが、今回の山ごもりに限れば、実は食事は入山してから一切取ってない。腹が減らないのだ。それでいて、体力は全く衰えない。松葉のお茶は、単に生活が味気なくなるので作ってるだけであり、喉の渇きすらなかった。

 一時的にでも王冠のチャクラを開いた影響であろうと、連也は考えている。

 ゼノヴィアに関しても、そうだ。

 松葉のお茶を作ってる最中に、不意に人の気配を感じた。

 ハイキングコースですらないこんな場所で、もしや遭難者かと思い、枝から枝へと飛んでいき、様子を見に行くと彼女がいた。

 同じ建物の中ならともかく、徒歩で五分は掛かるほど遠くにある気配を感知したのは、初めてだった。

 

 二人はそれからしばらく、ポツポツとではあるが雑談に興じた。

 日が傾き始めた。

 空はまだ明るいが、木々に日光が遮られるせいか、山では夜の訪れも早い。暗くなる前に、連也はゼノヴィアを山の麓まで送った。

 

「じゃ、また学校でな」

 

 駒王町に続く道路でそう言ってゼノヴィアと別れた連也は、木から木へと跳び移り、あっという間に山の中へと消えてしまう。

 

「……ふふっ、まるでニンジャだな」

 

 ゼノヴィアは何だか可笑しくなって、笑ってしまった。

 

 

 その日の夜。

 連也は焚き火のそばに座り、星を眺めていた。

 川の上空は木の枝も伸びておらず、空がよく見える。

 町の明かりで掻き消される事もない山中での星空は、実に明るく、美しい。

 山ごもりの際の、ちょっとした楽しみだ。

 しかし、今はちょっぴり不満だった。

 一人で眺めるのが、ちょっぴり物足りなかった。

 

(ゼノヴィアにも見せてやりたいな……)

 

 そう思う。

 ゼノヴィアが隣にいてくれないのが、不満だった。

 ゼノヴィアがこの場にいないのが、寂しかった。

 

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