生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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それぞれの一週間

 月曜日の夜。

 兵藤一誠眷属事務所の地下にある、トレーニングルーム。

 サイラオーグはタンクトップとトレーニングパンツ姿で、同じ服装の兵藤一誠と打ち合っていた。両者とも、拳にはオープンフィンガーグローブを付けている。

 拳と蹴りの激しい応酬が続き、相手の打撃がヒットする度に、その衝撃で汗が飛び散った。

 

 一誠はサイラオーグの顔や腹目掛けてフックの連打を繰り出した。

 サイラオーグは丸太のような太い腕でこれを受け、連打を打ち終えるタイミングに合わせてローキック。鉞のような一撃が一誠の左太股の側面を直撃し、物凄い衝撃がほとばしって、一誠は顔を苦痛に歪めた。

 

「ふんっ!」

 

 そこへサイラオーグ、破城槌めいたボディアッパーを叩き込む。一誠の体がくの字に曲がり、数センチほど宙に浮いた。

 

「おおおっ!」

 

 更に獅子吼を上げながらの顔面ストレート!

 まともに食らった一誠は一直線に宙を飛んで、後方の壁に叩き付けられ、床に落っこちた。

 

「それまでですわ」

 

 隅のベンチに座って観戦していたレイヴェルが、試合終了を告げた。

 隣に座っていたアーシアが、一誠にパタパタと駆け寄り、《聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)》で一誠の傷を癒していく。

 レイヴェルはサイラオーグのそばに歩み寄り、彼の顔を見上げた。

 

「相変わらず見事な剛力ですこと。ですがサイラオーグ様、今日はいつになく熱が入っておられましたわね?」

「む、すまん……秋月連也と試合をする事になってな。つい……」

 

 サイラオーグは決まりが悪そうに、人差し指で頬をポリポリと掻いた。

 

「秋月と試合って、ホントですか?」

 

 今のスパーリングの傷をすっかり癒してもらった一誠は、アーシアに礼を言うと、サイラオーグに尋ねる。

 

「ああ。奴の使う『ねんどう』という技は、力の根源は俺の闘気と同様、生物に宿る“気”にあるそうだからな。となれば、こだわらん訳にもいくまい。それにこの前のシュベルトとの戦いも見事だった……それでどうにも、自分の気持ちを抑えきれなくてな」

「そうなんですか……頑張ってください! 俺はサイラオーグさんを応援しますよ! 絶対にあの野郎をぶちのめしてやってください!」

「無論やるからには勝つつもりだが……どうした兵藤一誠。ずいぶんと秋月を嫌ってるな」

「アイツ、なんか気にくわないんですよ。悪い奴じゃないんだろうけど、心が狭いっていうか自分勝手というか……俺が念道教えてくれって頼んでも断るし……何より」

 

 一誠は、グッと拳を握り締めた。

 

「アイツは、自分が修行してるのはあくまでも自分自身のためだと言い切った……まぁ、それはいいとしても……俺は今まで、リアスやアーシアのために、仲間のために、誰かのために戦ってきたし、強くなった。でもアイツはそれを、危険な事だって言い捨てたんです。そんな事言う奴、好きになれって方が無理ですよ」

「耳が痛いな。俺とて、あくまでも己れの力を認めさせるために鍛え続けて来た」

「サイラオーグさんは違う! スタートラインはそこだったかも知れないけど、今のサイラオーグさんは力のない悪魔たちの希望なんです! 血筋とか才能とかなくても強くなれるって、サイラオーグさんはその生き様でみんなに教えてくれてるじゃないですか!」

「そう言われると、照れるな……」

 

 サイラオーグは目を逸らし、頭をガシガシと掻く。冗談ではなく、本当に照れていた。

 

「とにかくそういう訳だから、秋月の野郎をブッ飛ばしてやってください!」

「よしよし、わかったわかった──なら、少し休憩してから、またもう一手頼めるか?」

「はい!」

 

 一誠は、嬉しそうに返事をした。

 誰とでも仲良くなれるはずの一誠がここまで毛嫌いする相手がいるとは、サイラオーグにはちょっと信じられない。

 フッと秋月連也の顔が、脳裏に浮かんだ。

 神秘の剣技を振るう戦士とは思えない、むしろ家で寝転がって、煎餅でもかじりながら漫画本を読むのが似合ってそうな顔が。

 

(秋月連也……今頃お前は、どのように己れを鍛えているのだ……?)

 

 

「本当に大丈夫なのか、連也」

 

 水曜日の昼休み。

 いつものように生徒会室で弁当を食べる連也に、ゼノヴィアがそう尋ねた。

 

「何が?」

「試合だ、試合! 今度の日曜にサイラオーグの旦那と試合するんじゃねーのかよ!」

 

 問い返す連也に、匙元士郎が言う。

 

「俺は戦った事ねえけど、端から見てても『この人とは絶対やりたくない』って思うくらいとんでもなく強いぞ、あの人。なのにお前と来たら何か妙にのんびりしてるしよ。特訓とかしなくていいのか?」

「特訓? なんで?」

「いや、なんでって……」

「別に俺が負けたら世界が滅ぶ訳でもなし、無理して勝つ必要ないだろ。あくまでも互いに手の内を見せ合う手合わせだし」

「いや、そうだけど……」

「だいたい、一週間かそこらで何が出来るんだよ。稽古の量増やしたってダイエット効果くらいしか期待出来ないぞ? 何か新しい超必殺技を編み出すにしても、一週間で開発出来るような付け焼き刃が通用するのか? そんな事するくらいなら、試合当日まで平常心とベストコンディションを保って、当日フルパフォーマンスをお見せした方がよっぽどいいよ」

「ふむ、一理あるね」

 

 ゼノヴィアが同意した。実際に戦った事がある彼女からしてみれば、サイラオーグは確かに付け焼き刃が通用するような相手ではない。それどころか、その付け焼き刃が打ち付けた途端に粉々に砕けるような男である。

 それは匙も同じ評価のようで、彼もそれ以上反論はしない。

 

「でもお前は、俺たちの命の恩人でこの町を救ってくれたヒーローだからな。俺たちに出来る事があったら、遠慮なく言ってくれよ」

 

 ただ、そう言っただけである。そしてそれは、その場にいる生徒会全員の気持ちでもあった。

 

「ヒーローはやめてくれ」

 

 うめく連也は、頬にかすかな赤みが差していた……。

 

 

 夜の9時を過ぎる頃。

 黒歌は妹の白音こと塔城小猫の部屋で、彼女と、テレビゲームに興じていた。落ちてくる色んな色のブロックを操作して、同じ色を三つ揃える事で消していくパズルゲームだ。

 

「……ところで姉様、つかぬ事をお聞きしますが」

「なに?」

「連也先輩を狙ってるって本当ですか?」

「まぁ~ねぇ」

 

 黒歌は気楽な返事を返した。

 

「ちょっと前まではイッセー先輩を狙ってたのに」

「んー、でも赤龍帝ちんってぶっちゃけメンドくない?」

「どういう意味ですか? むしろイッセー先輩って凄くわかりやすい気がしますけど」

「だってさぁー、普段からおっぱいだハーレムだ言ってるくせに全然手を出して来ないし、こっちからモーションかけたらヘタレちゃうし。天界が用意してくれた子作り部屋も、全然使ってないっぽいし。やりたいのかやりたくないのかハッキリしなくてぶっちゃけウザいってゆ~か」

「ひどい言い様ですね」

「でもホントの事じゃない?」

「ハイ」

 

 小猫も不満に思うところがあるのか、割りとあっさり肯定した。

 

「でもそれはそれとして、どうして連也先輩なんですか? 強い子供が欲しいのなら、父親候補は他にも姉様の周りにいると思いますけど」

「でもねぇ~……ヴァーリは戦う事とラーメンすする事しか頭にないお子ちゃまだし、アーサーは強い奴とチャンバラする事しか考えてなくてキモいし、トビーはいつまでも昔の女に操立ててるのがアーサーと別方向でキモいしってゆーか左手が恋人だからいざって時に締め上げられそうで怖いし」

 

 トビーとは、『刃狗(スラッシュ・ドッグ)』のコードネームでも呼ばれる、堕天使陣営に属する神器使い幾瀬鳶雄の事である。

 

「美猴は?」

「お猿はお猿の時点で論外」

「それで、消去法で連也先輩を?」

「半分はね。でも、もう半分は、真剣に考えてやっぱりあの子しかいないなって思った訳。少なくとも今挙げた面子よりは、資質が子供に遺伝する可能性はかなり高いからね」

「なるほど」

 

 小猫は納得した。

 黒歌が話題に出した面々は、アーサーと『論外』とまで言った美猴以外は、全員が神器(セイクリッド・ギア)所有者である。そして神器(セイクリッド・ギア)は基本的に、遺伝しない。非所有者の子供が目覚める事もあるが、逆に所有者の子供が必ずしも神器(セイクリッド・ギア)を持っているとは限らない。一代限りの突然変異と言ってもいい。

 そしてこれは、聖剣使いが体内に宿す『因子』に対しても言える。因子が遺伝しないからこそ、教会は『聖剣計画』にゴーサインを出したのだ。

 一代限りの資質であると確定した神器(セイクリッド・ギア)や聖剣の因子に比べれば、確かに武道の才能の方がまだ可能性は高いだろう。

 

「それにあの子、普通に性欲はあるし、女の好みもそんな特殊って訳でもなさそうだし、落としやすそうって意味でも他の連中よりずっとマシだしね」

「そうですか……リアス姉様やゼノヴィア先輩を怒らせない程度に頑張ってくださいね」

「白音。それ、励ましてないわよね?」

「ハイ」

 

 小猫はあっさりと肯定した。

 

 

 同時刻。

 秋月連也はジャージ姿で、夜の町を一人歩いていた。

 柄巻きを施した木刀『飛龍』を小脇に抱えている。

 その木刀からは、絹のような柔らかな白光が溢れ出していた。

 そしてその光に引き寄せられるように、たくさんの人影が集まってくる。

 老若男女問わず様々だが、一つだけ共通している事がある。それは、彼等が皆、死者であるという事だ。

 オルランドとその眷属による大規模な破壊と殺戮の被害者たちであった。己れの死を受け入れられない者、己れが死んだ事にすら気付いていない者たちの、さまよえる魂であった。

 放っておけば、生への執着や生者への妬みで悪霊化しかねない。

 そうなれば、彼等の手でこの町から新たな被害が出るだろう。

 どちらも想像するに忍びない事であった。

 だから連也は、こうして夜な夜な外に出ては、さまよう魂たちを然るべき場所へと送ってやっているのだ。

 また、それは彼にとっての念道修行の一環でもあった。

 

 連也は多くの霊たちを引き連れて、無人の公園に入っていく。

 眉間に光点が生まれた。霊的な力を司るチャクラを開放したのだ。

 絹のような白光を放ち続ける『飛龍』を脇構えに振りかぶると、横一文字に振り抜いた。

 白光が広範囲に渡って放射され、彼を取り囲む死者の霊魂に触れると、その魂は白い影となって空へと昇っていく。

 死者の妄執を消し去り、その魂を浄化させる念道の秘剣『影送り』であった。

 連也の耳に、彼等が口々に感謝の言葉を述べるのが聞こえた。

 

「礼を言われるような事じゃないんだけどな」

 

 天に昇っていく影たちを見送りながら、連也はポツリと呟いた。

 

「いや、充分英雄的行為だと思うがね」

 

 その呟きに答える声があった。

 連也が振り向くと、若い黒髪の男がブランコに座っていた。詰襟の制服に、漢服を腰巻きのように巻き付けている。

 

「ドーモ、ハジメマシテ。俺は曹操。三国志の英雄、曹操孟徳の血を受け継ぐ者だ」

 

 曹操は立ち上がり、丁寧なお辞儀をした。

 

「はぁ、どうも。俺は……」

「ヴァスコ・ストラーダ猊下から聞いているよ、秋月連也くん」

 

 そう言って、右手を差し出す。

 連也は柄を上にした木刀を左手に持ち換えて、空けた右手でその握手に応じた。

 

「それで、俺に何か用ですか?」

「いいや、別に」

 

 曹操はあっさりと否定した。

 

「猊下から聞いて、君に興味が湧いてね。一目会いたかった。ただそれだけさ。こうして握手出来て光栄だよ、ヒーロー」

「やめて、それマジでやめて」

 

 新聞に取り上げられてから、同級生を始め周りの人間に何度もそう呼ばれてきたが、その度に何とも言えない気恥ずかしさを感じている。そしてその気恥ずかしさは、何度呼ばれても消えない。

 

「照れる事はない。伝え聞いた話だけでも、君のやった事は正真正銘正義の行いだ。今の一幕も含めてね……だから、君が英雄(ヒーロー)なのは紛れもない事実だ」

「じゃあこの際そういう事でいいから、せめて面と向かってヒーロー呼ばわりするのはやめてくれ。頬っぺた赤くなる」

「……そのようだな」

 

 頬っぺたどころか、連也は耳まで赤くなっていた。

 

「俺、まだ見回りがありますんで、これで失礼します」

「同行しよう」

「……ついてきても、お菓子は買ってあげませんよ?」

「問題ない。自前がある」

 

 曹操は懐から一枚のチョコレートを取り出し、一口かじった。

 二人は無言で、しかし肩を並べて歩き出した。

 連也は歩きながら、先程のように『飛龍』から溢れる光で死霊を誘き寄せ、ある程度集まると影送りの太刀で浄霊する。

 曹操はそれを、ただじっと見ていた。

 浄霊をもう二回ほどやって、時計の針が11時を回る頃、連也は家路に就く事にした。

 

「曹操さん。俺、今夜はこれで帰ります」

「そうか、ではここでお別れだな。おやすみ、ヒーロー」

「だから、やめてくださいって」

「失敬。ではおやすみ、秋月くん。またいずれ──あぁ、それとサイラオーグ・バアルとの試合、頑張ってくれ。俺も見学させてもらうよ」

 

 ──かつて英雄を名乗った男は、英雄(ヒーロー)と呼ばれる少年にそう言って、立ち去った。

 

「……何だったんだ、あの人」

 

 結局相手の意図するところがわからないままで、連也は思わずぼやいた。

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