生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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生徒会長の挑戦

 朝の6時。

 早朝のジョギングから戻ったゼノヴィアは、庭に誰かが立っているのを見つけた。

 曹操である。

 

 二日ほど前にここ兵藤邸にひょっこり現れ、「しばらく世話になるよ」と言って住み始めた。

 家主である兵藤五郎には中国産の酒を、その妻である静江には髪飾りと外出用の服を贈り、更に中国式の座礼まで行ったので、夫妻は彼を礼儀正しい好青年と認識したらしく、居候の話はものの数分とかからず快諾された。

 

 今、彼は右手に槍を持ち、しかし、構える風でもなくたたずんでいた。

 その槍のケラ首に一羽のスズメが止まっている。

 しかし、奇妙であった。

 そのスズメは何度も何度も羽をばたつかせて羽ばたいていながら、一向に飛び立とうとしないのである。

 

「…………?」

 

 それを不思議に思ったゼノヴィアは、元々物怖じしない性格もあり、曹操に声を掛けた。

 

「何をしているんだ?」

 

 すると曹操は、チラリと彼女を見やった後、槍をヒョイッと跳ね上げた。スズメは途端に舞い上がり、飛び去っていった。

 

「おはよう。なに、ちょっとした鍛練さ」

「今のがか? あのスズメは飛びたくても飛べないようだったが──ん?」

 

 ゼノヴィアはそこでようやく、槍の正体に気付いた。

 

「おい、それは《黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)》じゃないのか?」

「そうだ。君も何度も見ただろう」

「いや、まぁ、そうだが……」

 

 確かに、何度も見た。

 だから、今曹操が持っている槍が間違いなくあの聖槍である事は間違いない。

 しかしどうした事だろうか、あの溢れんばかりの聖なる波動が、全く感じ取れないでいた。

 見てくれだけの模造品と言われたら信じてしまうほどである。

 

「場所が場所だからね。槍のパワーは完全にシャットダウンしてある」

「そんな事が出来るのか……」

「当たり前だろう。神器(セイクリッド・ギア)は俺の体の一部も同然だからね」

 

 曹操は答えて、苦笑した。

 

「そういうものか……で、何をしていたんだ? あのスズメの様子がおかしかったのは、どういう事なんだ」

 

 ゼノヴィアの質問に、曹操は理屈を説明してやった。

 

「──中国武術に伝わる鍛練の一つさ」

「なるほど、大したものだ」

 

 ゼノヴィアは素直に感心した。曹操は事も無げに説明し、実演もして見せたが、スズメが槍を蹴る時の圧力、蹴る力の強さ、それはいったいどれほど軽く小さいものか……そんなものを皮膚ではなく槍を通して感知するのがどれほど難しいか、考えなくともわかる。

 

「秋月連也もやっていたよ」

「そうなのか。さすが連也だな」

「同感だ。木刀越しにやるなんて、俺にはとても真似出来ないな」

「──?」

 

 ゼノヴィアは小首を傾げた。

 

「君も今、槍でやってのけたじゃないか」

「これは俺の神器(セイクリッド・ギア)、体の一部も同然だ。だが彼の木刀は違う。あれは本当に、ただの木刀だ。なのにその木刀でやってのけたという事は、よほど長い事使って来たのだろうな。己れの一部となるほど」

「…………」

 

 わかる気がした。

 ゼノヴィアにとって聖剣デュランダルは愛刀であり相棒であり、そして、やはり己れの一部と言ってもいい。

 剣士としてのゼノヴィアは、デュランダルを手にして初めて完成すると言っても過言ではない。

 連也にとっては、あの木刀が剣士としての自分を構成する最後のピースなのだろう。

 それはそれとして、連也も同じ事をやっていたと知り、ゼノヴィアはちょっと真似したくなった。

 

「私もやってみよう」

 

 そう言ってスッと手を伸ばす。

 曹操がクスリと笑った。

 

「やめておけ、時間の無駄だ」

「ムッ、何故わかる」

「絶海の孤島に棲む、人間を一度も見た事がない鳥ならば、好奇心で寄ってくるかも知れないが、人間の町に棲むスズメがそんな事をするはずがないだろう。心を静め、無念無想の境地を以て天然自然と一体化し、己れを一個の木石とせねば、鳥は近寄りもしない。だが君は、心気を熱く滾らせてしまうタイプだ。そしてその技量は、必殺の一撃をいかに相手より早く当てるかに重きを置いている。そんな細やかな事を見よう見まねで出来はしない──が、それを恥じる必要はない。真剣勝負においては、拙速は巧遅に勝る。君のようなパワーファイターなら尚更だ。人の真似をして己れの本分を見失うより、得意分野をとことんまで突き詰めるのも一つの道だと思うがね」

「…………」

 

 ゼノヴィアは目をパチパチさせた。

 

「……それはひょっとして、慰めてたり励ましてたりしてるのか?」

「さて、どうだか」

 

 曹操は肩をすくめると、己れの神器(セイクリッド・ギア)である聖槍を消して、立ち去った。

 その背中を見送った後、それでもゼノヴィアは挑戦してみたが、アーシアが朝食に呼びに来るまでの一時間掛けても、確かにスズメは一羽も近付こうとしなかった……。

 

 

 放課後。

 秋月連也は女子生徒たちからの黄色い声に照れ笑いと苦笑いの入り雑じった珍妙な表情で手を振って応じつつ、校舎を出た。

 そこへ──、

 

「待てぇええっ! この()れ者どもぉぉおおおっ!」

 

 ゼノヴィアの怒号が響いてきた。

 見れば一誠・松田・元浜の三人組が、またも生徒会から逃げ回っているところだった。

 

「またアイツ等よ」

「やぁーねぇ、今度はどこを覗いてたのかしら」

「頭おかしいんじゃねえのか、アイツ等」

「ホント懲りないわよね」

「今年で卒業なんだからおとなしくしとけばいいのによ」

「ゼノヴィアお姉様、苦労させられて可哀想……」

 

 周囲の生徒たちは三人組に対して呆れや憤りの言葉を呟く。

 連也はその場を離れて、校舎の裏の花壇に移動した。

 そこの水撒き用に設置されてある水道で、バケツに水を汲むと、その水面をじっと覗き込んだ。

 数秒覗き込んだ後、人差し指を水面に差し込み、サッと真横に振る。

 

「うおっ!?」

 

 同時に、校庭で三人組が一様にすっ転んだ。まるで、見えない棒で足を薙ぎ払われたかのようであった。

 

「おらぁっ! 神妙にしやがれ、このクズども!」

 

 副会長の匙元士郎が一誠の背中に馬乗りになる。

 彼が一誠を押さえてる隙に、書記の百鬼(なきり)が素早く松田と元浜を結束バンドで後ろ手に拘束する。

 

「おい匙ぃ! いくらなんでもクズ呼ばわりはねえだろ!」

自分(テメェ)の楽しみで人の嫌がる事ばっかりやるような奴はクズって言うんだよ!」

 

 匙は拳骨を一誠の頭にゴツンと落としてから、拘束した。

 

「本当に勘弁してくださいよ、先輩……俺たちの仕事のほとんどがアンタ等の後始末なんですから……」

 

 百鬼がうんざりした顔で言った。

 日本を魑魅魍魎の類いから守ってきた五つの集団『五大宗家』の一つ百鬼家の次期当主で、幼少の頃から修行してきた少年である。それ故に、逆に異能の力とも異形の存在とも縁がなかったにも関わらず度重なる激闘を潜り抜けて来た一誠に対しては、強い憧れを抱いていたのだが、最近はその気持ちもやや冷め気味である。

 三人組を連行しながら、ゼノヴィアは軽く辺りを見渡した。

 一誠たちは、まるで見えない棒で足を薙ぎ払われたかのように転んだ。

 もしや連也が近くにいて、念道の技を使ったのではないかと思ったのだが、彼の姿は見当たらなかった。

 

 

 別の日の昼休み。

 連也はいつものように生徒会室で昼食を済ませた。

 今日はゼノヴィアだけでなく、他の生徒会メンバーも一緒だった。

 

「じゃあな」

 

 弁当を風呂敷に包んだ連也は、水筒と一緒にファスナー式のランチバッグに詰め込み、席を立った。

 

「……連也。最近()()をやっていないようだが」

 

 ゼノヴィアが尋ねた。()()とは王冠のチャクラを開く練習である。

 

「ああ、やめた」

「何だよ、諦めたのか?」

 

 今度は匙が聞いてくる。

 

「今はな」

 

 と、連也。

 

「あの時は火事場の馬鹿力的な何かで開いたんだと思う。だから稽古を積んで、今の地力をその火事場の馬鹿力でブーストされた状態と同じレベルにまで高めていけば、案外簡単に開くかも知れない。だから、今は王冠のチャクラの事は忘れる」

「でも、もったいなくねえか? 聞いた話じゃ、本当に物凄いパワーだったらしいじゃねえか」

「そうですよ秋月先輩。その王冠のチャクラっていうのを完璧にコントロール出来れば、修行段階を一気に五~六段くらいすっ飛ばして進められるんじゃないですか?」

 

 百鬼が言った。

 オルランドとその一党との戦いでは、兵藤邸の警護を任されていたので目の当たりには出来なかったが、あの赤龍帝兵藤一誠がかなわなかった相手を一人で倒したという事実だけでも、彼には充分過ぎた。

 サイラオーグとの試合は間近で観戦した。

 連也が今よりも更に、爆発的に強くなれるかも……というのは、他人事ながらワクワクする話なのである。

 

「だったら尚更、今はやめる」

 

 しかし連也の返答は変わらなかった。

 

「砂山を高くしようと思ったら、まずはしっかりした土台を作らないとな。闇雲に大量の砂を重ねても、砂の重みで山が崩れるだけだ。焦って他の事を疎かにしちまったら、何の意味もない」

「まぁ、確かに……」

 

 百鬼はそう同意した。物心ついた時から修練に明け暮れている彼には、連也の言い分もわかるのだ。

 しかし、それはそれとしても、連也はあまりにも冷静だ。

 あまりにものんびりしている。

 一度は手にした最強のパワーが使えなくなったのだから、もう少し焦りや苛立ちが見えてもいいはずである。

 

「でもよ。そうやってのんびりしてる内に、本当にやり方とかわかんなくなったらどうすんだよ」

 

 匙はまだ納得いかないのか、せっつくように言う。

 

「別に。俺にそれだけの素養がなかったってたけの話さ。大事なのは結果じゃないし、結果が大事だとしても、それなら尚更、過程を大切にしないとな。テストと同じだよ。百点取るには日頃の勉強をちゃんとやらないとな」

 

 連也はあっけらかんと答えて、生徒会室を出ていった。

 

「……なぁ~んか、よくわかんねえな、アイツ」

 

 匙がボソッと呟いた。

 

「普通なら、もっとがむしゃらに修行するもんだろ」

「強くなるためなら、そうなのだろうね」

 

 ゼノヴィアが匙にそう言った。

 

「でも連也は、おそらくそういった事には興味がないんだろう。サイラオーグやヴァーリに勝負を挑まれた時も、断っていたしね」

「じゃあ、なんでアイツはネンドーとかいうのの修行をしてるんだ? そういう家系に生まれたからとか?」

「さて、それは私にもわからない。ただ、今の例えで言うなら、連也はテストで百点を取るために勉強するのではなく、日頃の勉強をきちんとするために、テストで百点を取るという目標を持っているのかも知れないね」

「だから百点取れなくても、それはそれで別にいいって事か……」

「たぶん、ね。連也は強い奴と戦いたいとか世界で一番強くなりたいとか、そういう目的意識は持っていないんじゃないかな。自分がどこまで強くなれるのかを知りたいだけで、他者との勝ち負けは最初から眼中にないのだろう」

「わかるようなわからんような……」

 

 匙の呟きは、その場にいた生徒会役員全員の気持ちでもあった……。

 

 

 それから一週間が過ぎた。

 ゼノヴィアは、曹操が見せたあの鍛練に今も挑戦を続けている。

 しかし結果に変わりはなかった。

 目を閉じて呼吸を緩やかにしても、スズメはおろか他の小鳥さえ近付かない。

 

「だから言ったろう、時間の無駄だと」

 

 未だに兵藤邸に居候している曹操が、後ろから声を掛けた。

 

「君はただ、何も考えてないだけだ。無念無想には程遠い」

「悪かったな」

 

 ゼノヴィアはぶっきらぼうに答え、唇を尖らせ──ハァ、と大きく息を吐いた。

 

「剣士としてある程度は完成されたつもりだったが、まさかスズメ一羽も引き寄せられないとは情けない……か?」

「うるさいな」

 

 しかし曹操の言葉は、彼女の胸のうちを正確に表現していた。

 ゼノヴィアは、ジロリと曹操を睨む。

 

「確か、連也も同じ事が出来ると言っていたな」

「俺以上にね」

「そんな連也と戦ってみたいとか、思わないのか?」

「戦ってほしいのか?」

「そんな訳あるか。連也に手を出したら私が承知しないぞ──ただ、ヴァーリやアーサー、サイラオーグの例があるからな……君が妙におとなしくしているのが、却って不安というか、気味が悪い」

「ひどい言われようだな」

 

 曹操はヒョイッと肩をすくめた。

 

「まぁ、力試し・腕試しが理由で君たちに挑んだ前例があるから、仕方ないが……今のところ、彼に挑むつもりはないよ。ただ、彼の謦咳(けいがい)に、しばらくは接していたい」

 

 そう答える曹操は、どこか遠くを見るような眼差しだった。

 謦咳とは咳払い、或いは人が話をしている様子を現す。『謦咳に接する』とはつまり、相手と会ったり話を聞いたりする事だ。それも、友人や恋人などとは違う、尊敬する相手に対して使う言葉である。

 一度は英雄を名乗った曹操にしてみれば、現在進行形で英雄視されている連也は確かに興味の対象だろう。

 

(それにしても、この男がそんな風に言うとはね……)

 

 友人として、ゼノヴィアは何だかちょっぴり誇らしい気持ちになった。

 同時に、自分も改めて秋月連也という男の事を、もっと深く知りたくなった。

 その思いは一旦自覚すると加速度的に膨らみ、燃え上がり、抑えきれなくなっていく。

 そして三日後の放課後、ゼノヴィアは無人の屋上に連也を呼び出した。

 

「どうしたんだゼノヴィア。いったい何の用なんだ?」

 

 連也はいつものようにノホホンとしているが、胸中は穏やかではない。

 わざわざ屋上に呼び出しての二人きり。

 人目をはばかる用事であろう。

 となれば、彼としてはいささかなりとも期待してしまうのだ。

 

「すまない。君が今、色々と騒がしく落ち着かない状況なのは百も承知だ。しかし、どうしても自分を抑える事が出来ない……こんな気持ちを抱えたまま、君と友人として付き合い続けるのは、もはや不可能だ」

 

 ゼノヴィアは連也の目を真っ直ぐに見ていた。

 目と目が合って、連也は不覚にも照れ臭くなった。

 そして、期待で心臓の鼓動が早まるのも感じた。

 

「連也……どうか、私と一手、お手合わせを願いたい」

「なんでそうなるんだよぉぉおおおッッ!!」

 

 連也の悲痛な叫びが、屋上に響き渡った──。

 

 

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