「なんでそうなるんだよぉぉおおおッッ!!」
連也の悲痛な叫びが、屋上に響き渡った。
ゼノヴィアは驚いて、目をパチパチさせる。
「……ああ、そうか。うん、確かにそうだ。君を護衛する立場にある私が試合を申し込むなどもっての他だ。それは本当にすまないと思っている」
ゼノヴィアは連也の気持ちなどとんと気付いてないらしい。当たり前だが。
「だが、どうしてもこの気持ちを抑えきれない。剣士としての君を、私はもっと深く知りたいんだ」
「それなら散々見てきただろ」
「第三者の視点と、対戦相手としての視点では、見えてくるものが違う。実際に手合わせをせねば見えないもの、わからないものだってある。私は、それを知りたい。そうする事で、戦士としてより一段上のステージに上がれるかも知れないからね」
「……でもさ、それなら良さげな相手はもっと他にもいるだろ……いるよな?」
「私は君がいい。というか、君でないとダメだ」
ゼノヴィアは即答した。
「ヴァスコ・ストラーダ猊下は、私の使う聖剣デュランダルの先代の所有者だった。君はそのストラーダ猊下と、猊下を降したオルランドを倒した。怨み辛みの類いではなく、純粋に剣士として、私は君の事を本当の意味で知りたいんだ。そして、そうする事で自分を高めたいんだ」
ゼノヴィアの真っ直ぐな気持ちのこもった返答に、連也は何も言えなくなった。
己れを高めたいという気持ちなら、彼にもある。
強い奴と戦いたいだの命がけのスリルを楽しみたいだのという酔狂な理由でなら真っ平ごめんだが、そういう気持ちで求められては、断りづらかった。
(……やっぱり受けるんじゃなかったな)
サイラオーグとの一戦を思い返して、連也はちょっぴり後悔した。
彼の挑戦に応じておいて、ゼノヴィアからの挑戦を突っぱねるのは道理に合わない。
つまり、断る理由がますますない。
「わかったわかった、わかりました。受けてやるよ。時間と場所はそっちで勝手に決めてくれ」
連也は溜め息混じりに、承諾した。
「本当か? ありがとう連也、嬉しいよ!」
ゼノヴィアはパッと笑うと、連也の両手をギュッと握り、ブンブンと上下に振った。
柔らかくて、スベスベした手だった。
デュランダルと言ったか、とてもあんな大きな剣を振り回してるとは思えない。
舌の根も乾かぬ内に、連也は戦うのがちょっぴり嫌になった。
「──ただし、条件がある」
「何だい?」
「俺が勝ったら、一日デートしてもらうぞ」
思いきって言ってみた。
真面目なゼノヴィアなら、こんな軽薄な事を言われれば断るだろうと踏んでの事だが──、
「ああ、いいぞ」
「いいのぉ!?」
一ミリ秒の間も置かず快諾するゼノヴィアに、逆に言い出しっぺの連也の方が驚き、すっとんきょうな声が出た。
「争いを好まない君に我が儘を聞いてもらうんだ。こちらもそれくらいしなくては筋が通らないだろう?」
「え、あ、うん、そうね、その通りね……」
「では今度の日曜日などどうだろう? 場所は冥界にある私の領地内から見繕っておくよ」
「お前、領地とか持ってるのか?」
「去年の夏に、リアス様からもらったんだ。管理はほとんどグレモリー家に任せてあるけれどね。当日私が案内するから、駒王駅前の公園で待っててくれるかい?」
「アッハイ」
「よし、決まりだ。ありがとう連也。いい試合をしよう」
ゼノヴィアはそう言うと、去っていく。
あとに一人残された連也は、その場に座り込んだ。
「……何が悲しくて女の子と決闘なんてしなきゃいけないんだ」
俺、前世で何か悪い事でもしたのかな……そんな風にすら思ってしまう。
しかも自分が勝ったらデートしてもらう約束まで取り付けてしまった。
流れが流れだけに、棚ぼた的な喜びより『やっちまった……』的な後悔の方が大きい。
果てしなく気が重くなる連也であった。
◆
その日の夜。
ゼノヴィアは自室で桐生藍華とスマホで話をしていた。
「……という訳で、その日は君とアーシアとで遊びに行くとみんなには知らせるつもりなんだ。すまないが口裏を合わせてもらえないだろうか」
『オッケー、それくらいはお安いご用よ』
桐生は軽い調子で答えた。
ゼノヴィアの用件は、言ってしまえばアリバイ工作である。
悪いとは思うものの、報告したところでリアスも一誠も、それぞれ別々の理由で承知するはずがないからだ。
アーシアを巻き込むのも申し訳ない気持ちだったが、万が一の事を考えると、彼女の
『それにしても意外ね。ゼノヴィアっちが兵藤以外の男とデートだなんて』
「そんな色っぽい話じゃない。デートは連也が勝った場合の話だ」
『でもさ、ご主人様である兵藤に内緒で他の男と会うのは確かでしょ? 秋月にしたって、おとなしそうな顔してそんな約束取り付けるなんて、アイツも案外スケベなのね~』
「おい桐生。冗談でも連也の事を悪く言うのは良くないぞ。彼はこの駒王町の恩人であり、英雄なんだからね」
『──んん? て事は、悪者やっつけたのマジで秋月な訳? 私てっきり、アンタたちの秘密を守るためのスケープゴートだと思ってたわ』
「事実だよ。私たちが束になっても勝てなかった相手を、連也は一人で倒してのけたんだ」
『へぇ~、アイツがねぇ~……それでゼノヴィアっちは、兵藤から秋月に乗り換えようって訳ね』
「だからそういう話じゃない。純粋に剣士として、彼の事をもっとよく知りたいんだ」
『ハイハイ、じゃあそういう事にしといてあげる。とにかく今度の日曜日、アンタやアーシアと一緒に遊んでたって事にしとけばいいんでしょ? リョーカイリョーカイ』
「そうだ。手間をかけてすまないね。おやすみ」
『おやすみ~』
桐生の返事を聞いてから、ゼノヴィアは通話を終わらせた。
◆
それから2日ほど過ぎた放課後。
生徒会の仕事を終えたゼノヴィアは一人で家路についていた。
時計の針は七時を回り、日の長くなり始めた初夏とは言え、もう辺りは薄暗い。
ゼノヴィアは何を思ったか、住宅街へ続くルートから外れて、町外れの廃工場へと向かう。
工場の中に入ると、開け放されたままの出入口の方を振り向いた。
「私に何か用か?」
そう問い掛ける先には、スーツ姿の青年が一人、立っていた。
アーサー・ペンドラゴンである。
薄暗い工場内だからそう見えるだけなのか、心なしか顔色が少々悪い。
しかし眼鏡の奥の眼差しには、妖しい光が宿っていた。
「ええ。あなたのエクス・デュランダルと、是非とも一手交えたいと思いましてね」
答えるアーサーが右手を虚空にかざすと、そこから光の紋様が現れ、中から聖王剣コールブランドが顕現する。
「お前の魂胆などお見通しだ。連也を
「もちろんそれもありますが、今言った言葉も本音ですよ。あなたのエクス・デュランダルにも、大いに興味を抱いているのです」
「そうか、それは光栄だな。だがまぁ、それはそれとして──ルフェイちゃん萌え萌え!」
ゼノヴィアはルフェイから教えられた、アーサーやヴァーリを撃退する呪文を叫ぶ。
しかしアーサーは、まったく動揺する様子を見せなかった。
「ルフェイの入れ知恵ですか? 無駄な事を……私はそのおぞましき冒涜的な死の呪文を、自ら繰り返しつぶやき、耳で聞き、この手で繰り返し書き取りをする事で耐性を付けたのです……ふふふ……それ以前に、あんな醜態をよりによって家の者に見られてしまった今、この私に恐れるものなどもう何もないんですよぉ!」
アーサーの声は、かすかに哀しみの色を帯びていた。
ゼノヴィアはほんのちょっぴり、アーサーに同情した。
「すなわち今の私は色んな意味で無敵。もはや神であろうと止められはしません。ゼノヴィアさん、あなたに怨みはありませんがこれも剣士の宿命と思っていただきましょう」
言うなりアーサーは、コールブランドで虚空を斬り上げた。
一筋の閃光が、地面にうっすらと積もった砂埃を巻き上げながらゼノヴィアに迫る。
しかし、その剣光を受け止める物があった。
エクス・デュランダルだ。
いつの間に顕現したのか、その機械的な物々しさに満ち溢れた威容を宙にそびえさせている。ゼノヴィアがその柄を握り、唱えた。
「
デュランダルに取り付けられて鞘を構成していた七本のエクスカリバーが、分離・変型して鎧を構成し、ゼノヴィアの身体に装着された。
「そのような使い方があるとは、驚きですね……」
「以前イッセーの部屋で読んだコミックを参考にした」
本気とも冗談ともつかぬ事を言いつつ、ゼノヴィアはデュランダルを左に掲げた。
瞬間、鋭く響く金属音──アーサーが間合いを詰めて斬りつけて来たのである。
直後、二人の姿が消えた。
かと思うや否や、工場内に風が巻き起こり、あちらこちらで金属音が鳴り響き、衝撃波が四方八方に撒き散らされる。
ゼノヴィアとアーサーが猛スピードで動き回り、互いに相手の死角に回り合い、白刃をぶつけ合っているのだ。
その超高速の打ち合いの中で、ゼノヴィアは改めてアーサーに対して戦慄を抱いた。
デュランダルと十合以上も打ち合えるのは、さすが聖王剣コールブランドだと納得出来るからまだいい。しかし
(こいつ、本当に人間か!?)
それとも聖王剣に、所有者に超人的な身体能力を授ける加護でもあるのか……。
しかしゼノヴィアはそういった思考をすぐに止めた。
今はアーサーとの太刀打ちに集中せねばならない。彼は工場内の壁や柱、放置されたままの機械などを蹴る事で、軌道に変化を付け始めた。
しかも太刀筋は正確で、鎧の隙間を的確に狙ってくる。
わずかな気の弛みや隙が命取りになりかねない。
ゼノヴィアは背中から悪魔の翼を広げて、上空に飛んだ。
アーサーも手近な柱を蹴って後を追う。
廃工場の天井は高く、五メートル近くある。
二人の剣士は上昇しながら刃をぶつけ合い、天井スレスレまで来た辺りで重力に従って落下している間も、打ち合った。
アーサーがもうすぐ地面に着地するその瞬間、ゼノヴィアは翼を強く羽ばたかせて滞空した。
着地の体勢を誤れば致命的な隙をさらす事になる。だからその瞬間だけは、如何にアーサーといえど攻撃が途切れる。その瞬間を狙って、彼の頭上を取ったのだ。
「もらったぞ、アーサー!」
ゼノヴィアは大上段に掲げたデュランダルを振り下ろす。
アーサーは、着地の衝撃を和らげるためかその場に膝をついていた。
コールブランドは地面に柄まで深々と突き立てられて──、
(いや、違う!)
ゼノヴィアは攻撃を中断し、身体を捻り、翼を羽ばたかせて真横に飛んだ。
ほぼ同時に、ゼノヴィアがさっきまでいた位置に、コールブランドの刃だけが虚空から生えていた。空間転移攻撃だ。回避が遅れていたら、鎧の隙間を通して串刺しにされていただろう。
ゼノヴィアは翼を体内にしまいながら、地面に着地した。
回避は完全には間に合わず、わずかながら翼をかすめていた。アーサーの頭上を取るために翼を広げたのが災いして、被弾面積が増えてしまったのだ。
「お見事ですね。こちらこそ取ったと思ったのですが」
コールブランドを正眼に構えながら、アーサーはしかし、どこか楽しげにつぶやく。
「やはり小細工などやめて、真っ向勝負といきましょうか」
「望むところだ」
ゼノヴィアは答えつつ、こちらから攻撃に出た。
虚空に突き出したデュランダルから、聖なる光の波動がほとばしり、巨大な閃光となってアーサーを襲う。
アーサー、これを聖王剣で幹竹割りにして雲散霧消させるや否や、ゼノヴィアの懐に一気に飛び込んで、鎧に覆われていない脇腹目掛けて斬り付ける。
ゼノヴィアは腕甲に守られた左腕でそれを叩き落としつつ、アーサーの脳天目掛けてデュランダルの片手面打ち。
しかしアーサーはこれを回避、ゼノヴィアの背後に回り込んだ──と同時にゼノヴィアも後ろを振り向き、デュランダルを横一文字に振り抜く。
アーサーは迫る青い刀身を跳躍してかわし、その刀身を蹴って更に高く跳んだ。
コールブランドを両手で握り、渾身の打ち下ろしが雷光めいてゼノヴィアに繰り出される!
瞬間、白光が閃き、別方向から伸びてきた刀身がその一撃を受け止めた。
「ちょっとアーサー! どういうつもりなの!」
聖剣オートクレールを携えた、紫藤イリナであった。
幸運であった。
彼女はロードワークのためのコースを複数駒王町内に作っており、今日はこの廃工場付近を通るコースを選択したのだ。
いつもは早朝にやるロードワークを、今朝は寝坊して出来なかったため、この時間にやっていたのも幸いした。
「オートクレール……と、紫藤イリナさんでしたか。ふふ、ますます楽しくなって来ましたね」
アーサーは邪魔が入ったというのに、むしろその状況を楽しんでいる。
「ねぇゼノヴィア、なんでアーサーとこんな所でチャンバラしてるの?」
「かくかくしかじか」
「まるまるうまうまという訳ね……そういう事なら容赦しないわ! 私がこの場に居合わせたのも天の思し召しでしょうしね!」
「ああ、全力でいくぞ!」
ゼノヴィアとイリナは、二方向から同時に打ち掛かった。
これに対しアーサー、自ら間合いを詰めて、まずはイリナを迎撃する。
コールブランドの上段からの打ち下ろしを、イリナはオートクレールで受け止めた。
しかしその威力たるや凄まじく、思わず足が止まる。
かと思いきや、アーサーはすぐに狙いを変えてゼノヴィアに斬りかかった。
コールブランドとデュランダルがぶつかり合い、衝撃波を撒き散らす。
その鍔迫り合いも束の間、アーサーはまたもや狙いを変えて、後ろから迫るイリナと打ち合う。
さすがの彼も二人の女剣士を同時に相手取るのは分が悪いと見たのか、交互に対応する。
そうしながら二人の距離を徐々に引き離して、連携を取れなくしていた。
ゼノヴィアと三合打ち合った後、その腹を蹴り飛ばして引き離しつつ、蹴った反動でイリナの方へと飛ぶ。
イリナのオートクレールとアーサーのコールブランドがぶつかり合って、鍔迫り合いとなった。
二人はすぐに離れて太刀打ちに入る。
しかしイリナはアーサーのスピードについてこれず、すぐに追い込まれた。
「……うわ」
不意にイリナの顔が嫌悪に歪んだ。
その隙にコールブランドが少女の白い首筋を襲う。
「イリナ!」
すかさずゼノヴィアがカバーに入った。アーサーの背後からデュランダルで斬り付ける。
アーサー、咄嗟に跳躍してそれをかわし、距離を取った。
「イリナ、ボサッとするな!」
「いや、だってアレ、アレ……うわぁ……」
「うん?」
イリナが顔を背けながらアーサーを指差す。
どうしたのかとゼノヴィアがアーサーに目線をやると、すぐに相棒同様に顔を歪めた。
「うっ……」
「ね? 信じられないでしょ? 有り得ないでしょ?」
「あれは……お前が引くのも無理はないな……」
「──?」
戦闘中とは思えない態度に、アーサーは首を傾げた。
そういえば、さっきから鼻や口元がヌルヌルする。
手の甲で拭って見ると、赤く汚れた。
鼻血が出ていた。
「これは失礼。デュランダルとオートクレールを同時に相手出来る喜びのあまり、つい興奮しすぎてしまいました」
「いや、そっちじゃなくて下! 下!」
「お、お前……さすがの私もちょっと引くぞ……はっきり言って気持ち悪いぞ……」
「下?」
チャックはちゃんと閉めてるはずだ。しかし二人の様子は、とてもこちらの注意を逸らすための作戦とは思えず、アーサーは下を向いた。
──股間が見事にテントを張っていた。
「……ふふ、何かと思えば……今も言ったように、シャルルマーニュ伝説に名高き二本の聖剣と斬り結べるのです。剣士ならば血がたぎり、このようになってしまうのは当然の結果でしょう」
アーサーはそれでもやっぱり恥ずかしいのか、それとも単に興奮しているだけなのか、頬をかすかに赤らめつつ言った。
「さぁ、続けましょうお二方。これはもはや手合わせなどという甘っちょろいものではない。私という国と、あなた方という国との、聖剣による全面戦争、聖剣戦争とでも言うべき戦いだ!」
「勢いだけで喋るの、やめた方がいいよ」
冷めた声が、出入口の方からした。
三人が同時に振り向く。
ジャージ姿の秋月連也が、そこにいた。傍らには黒歌もいる。
「これはこれは、何たる
「あんたが町中をウロチョロしてるの見かけたから、ダーリンに忠告したのよ。そしたらダーリンが自分で来たの」
「ほう、秋月連也くん、それはどういう風の吹き回しです?」
「あんたがゼノヴィアを付け回してるって聞いたもんで、もしやと思ってね……ゼノヴィアと紫藤さんを痛めつけて俺を怒らせようって魂胆か?」
「その通りです。そうでもしないと本気で相手をしてくれそうにありませんからね」
「やっぱり……いいよ、相手してやる」
連也は左右の拳を握ると、親指側同士でくっつけた。
そしてそれを左右に開く。
まるで見えない鞘から抜き放たれたかのように、少年の右手に柄巻きを施した木刀『飛龍』が握られていた。
「ただし、今日で最後だけどな」
いつも通りの、のんびりした軽い口調だ。しかしその声音には、そこはかとない凄味があった……。