秋月連也とアーサー・ペンドラゴンは、互いに得物を同じ中段に構えて、対峙した。
恋慕にも似た想いが成就して、アーサーは口角が上がるのを抑えられなかった。また、抑える気もなかった。
みなぎる闘志に呼応しているのか、聖王剣コールブランドはその身に宿す聖なる波動を高め、刀身から白い炎が激しく噴き上がっている。
一方、連也の表情は穏やかだった。とても、これから決闘を行うとは思えない。顔はおろか全身から力が抜けて、寝息が聞こえて来てもおかしくはない──戦いを見守るゼノヴィアたち三人にはそう思えてしまう。
しかしアーサーは決して油断してはいなかった。
何故なら、連也の構える木刀の切っ先が、徐々にではあるが膨らみつつあるからだ。
剣道の達人が得物を構えると、相手にはその切っ先が大きく見えてしまうという。
剣士としてそれなりに高いレベルにあると自覚するアーサーにそのように感じさせる少年を、警戒しない方がおかしい。
何よりアーサーの目には、木刀の切っ先から光の輪が発せられ、輝いているのが見えていた。
二人の剣士の静かな対面は、しかし数秒の後に終わった。
アーサーの姿がフッと消えた。
連也が全く同時に右手側に木刀をかざすと、そこに移動していたアーサーの打ち込みが木刀に叩きつけられていた。
アーサーは更に二度三度と苛烈な打ち込みを入れてくる。上下左右にランダムに打ち分けて、パターンを読ませない。
しかし連也、これを全て木刀で受け、払い、よく防いでいた。
──かと思いきや、後ろに跳んで距離を取る。
アーサーはすぐに追い付き、首筋を狙って横一文字に聖王剣を振り抜く。
対する連也、木刀を斜めにかざして、刀身を滑らせるようにして攻撃を受け流すと、反撃に出た。今度は連也が立て続けに木刀を打ち込んでいく。
そしてアーサー、先程の連也同様にそれらを時に受け、時に払いして防いだ。
「こんなものではないでしょう」
防ぎながら、ポツリとつぶやく。聖王剣を通して伝わる衝撃が、思いの外軽いのだ。
「早く本気を出さないと、命は保証しませんよ?」
声音に冷たいものを含ませながら、アーサーは連也の喉元目掛けてコールブランドを突き出す。
その突きは、しかし突然刀身がグニャリと曲がって狙いが逸れた。
「──!?」
何だ、今のは?
アーサーが引き戻した聖王剣を見るが、何の異常もない。
次いで胴狙いの斬撃を繰り出すが、今度も刀身が直角にグニャリと曲がり、連也のジャージにすら届かず空を切った。
この怪現象の正体は、すぐにわかった。
アーサーが目を凝らすと、連也の周囲に幅10cm、長さ30cmほどの、帯状の陽炎めいた
念道とやらの力で空間を歪ませて、攻撃を逸らす盾にしたのだろう。
先程の妙に軽い打ち込みは、この太刀筋に沿って歪曲空間を作るためのものだったのだ。
連也にしてみれば、苦肉の策であった。
コールブランド自身の威力に加え、木刀『飛龍』に宿っていた先代たちの念が消失したため、長時間の打ち合いが出来なくなっているのだ。
「なるほど、
アーサーはニヤリと笑い、攻撃を仕掛けてきた。
今度も歪曲空間によって攻撃が逸らされるかと思いきや、聖王剣の白刃はその
「おわっとぉ!」
連也、予想外の事態に、奇声を漏らしつつ聖王剣をかわす。
アーサーは立て続けに、歪んだ空間そのものを切り裂きつつ打ち込んで来た。
連也、これを必死にかわしていくが、アーサーの面打ちをサイドステップで右によけた瞬間、右肩に刃物で切られたような痛みが走った。
「──?」
しかし、そこには何もない。
「フフッ、もっとよーく目を凝らしてごらんなさい。そうすればわかるはずですよ」
アーサーは悠然とした足取りで後退しながら言った。
連也が目を凝らすまでもなく、吹き込んだ風に巻き上げられた砂埃が答えを教えてくれた。
連也の周囲のあちらこちらで、その砂埃の薄膜に切れ目が生じたのだ。
長さ30cm、しかし幅は1mmほどもあるまい。聖王剣の力で切り裂かれて出来た空間の裂け目が、少年を取り囲んでいた。その極薄の空間断層が刃物となって、連也の右肩を切り裂いたのである。
「コールブランドはあまりによく斬れるので空間すら斬ってしまう。空間の断層は本来ならすぐに閉じてしまうのですが、切り方を工夫すれば、長時間滞空させておく事も出来るのですよ。ファントムレイザー……とでも名付けましょうか」
「いかにも今考えましたって言い方だけど、ホントはずっと前から考えてたろ」
「よくおわかりだ。ならば、下手に動けば手足が簡単に切り落とされてしまう事も、おわかりですね?」
アーサーは警告しながら、ゆっくりと聖王剣を振り上げた。
刀身から聖なる波動が白光を伴って溢れ出し、目映い光輝を放ち始めた。コールブランドそのものが光となってしまったのかと見紛うほどだった。
「そしてこの一撃が、空間を歪ませた程度では防げない事も!」
その激烈なる光輝の聖剣を、アーサーは振り下ろした。
廃工場内全体が白く照らされ、巨大な閃光がほとばしり、連也を襲う!
左右や上に飛べば
しかし後ろに跳んだところで、真っ直ぐに正面から飛んでくる閃光には何の意味もない。
「イェエエーヤッ!」
連也、雄々しく声を張り上げつつ、木刀を四方八方に振り回す。
追い詰められて錯乱したのか?
──否。
太刀筋に沿って作られた歪曲空間が、水流が木の葉を運ぶように周囲の空間断層の刃を押し流し、連也の正面にかき集めて、バリケードを形成した!
空間断層と歪曲空間の二重の防御帯が、アーサーの放った砲撃にも似た閃光を切り裂き、四散させた。
「お見事」
しかしアーサー、既に間合いを詰めている。
大きく振りかぶった聖王剣を右から左へ、横一文字に振り抜く!
連也、これを真後ろに跳んでかわしつつ、距離を取った──
ゼノヴィアたちの目に、奇異な光景が映った。
広げたはずの間合いが、連也とアーサー両者の体が磁石のように引き合い、あっという間に埋まってしまったのだ。
アーサーの今の一撃で、両者の間の空間そのものが切り裂かれ、削り取られたのだ。
空間の断層はすぐに閉じてしまう。その習性を利用して、連也をコールブランドの射程圏内に引き込んだのである。
アーサーは勝利を確信しながら、渾身の力で聖王剣を真っ向上段から稲妻めいて振り下ろす!
「エヤァッ!」
対する連也、体を開いての片手抜き胴!
両者の得物が描いた光の太刀筋が交差した瞬間──連也の顔を斜めに赤い筋が走り、血が溢れ出した。ジャージも下のシャツごと胸元が切り裂かれ、染みが浮かび上がる。
アーサーの表情は、しかし驚愕の色に染まっていた。
彼の手の内からコールブランドが光の粒子となって分解され、消滅してしまう。
「……何を……した……」
「ここに来る途中で、黒歌さんから聖剣使いの事を聞いた。聖剣を使うには、それに対応した因子とかいうのが必要なんだってな。だから、あんたの体の中のその因子を破壊した……剣はどっか行っちゃったみたいけど、あんたはもう、二度とあの剣を振るえないよ」
連也の答えに、アーサーは更に何か言おうとしたが、あまりの事に言葉が出てこないのか、ただ口をパクパクと動かしながら、気を失った。
連也は倒れるアーサーを片手で抱き止め、ゆっくりと地面に横たわらせてやった。
◆
兵藤邸。
連也はそこの客間で上半身裸になって、アーシア・アルジェントから治療を受けていた。
ジャージやシャツは、朱乃と静江が縫って修繕してくれた。
「うちの不出来でろくでなしかつ穀潰しの兄が本当にすみません」
ルフェイはそう言って連也とゼノヴィアに何度もペコペコと頭を下げる。
今回の兄の行動は、兄を追い詰めすぎた自分の責任だと思っているのだろう。
その後ろでは、未だ気絶したままのアーサーが簀巻きにされて転がっていた。
「まぁ俺の方も新しい技の練習になったし、そんな気にしないで」
連也は修繕されて返されたシャツを着ながら、笑って言った。
「お兄さんは明日の朝には目を覚ますと思うよ。それと聖剣の因子とかいうの、一時的に機能を停止させてるだけで、一週間くらいでまた元通りになるから、もしそれまでにお兄さんが絶望して首でも吊りそうになったら教えてあげて」
「いっそのこと本当にぶっ壊しちゃえば良かったのに」
連也の隣に座る黒歌が言った。
「そうはいきませんよ。一応『でぃーでぃー』とかいうテロ対策チームのメンバーでしょ? そうでなくても身を守る力は必要だし、あの剣がアーサーさんにとっても大事な物なのもわかる」
「お気遣いいただいて、重ね重ね本当に申し訳ありません、連也様」
ルフェイは背中が見えそうなくらい深々と頭を下げた。
「……連也さん、本当に優しい方ですね」
アーシアがポツリとつぶやく。
「私、お話を聞いた時はアーサーさんに対して呆れましたし、怒りもしました。なのにあなたは、そんなアーサーさんの事も気遣って手加減してくださっていたなんて」
「ていうか、あのアーサー相手に手加減出来る事自体凄いわよね」
と、イリナが言った。
「手加減なんてしてないよ。念道は妖魔や悪霊相手には必殺たりうるけど、対人戦闘の技としては『究極の峰打ち』がコンセプトだ。元々人間相手なら殺傷力が低いんだよ。怪我させてるようじゃ半人前もいいとこさ」
連也はそう答えた。
答えながら、オルランドの事、そしてストラーダの事を思い出す。
あの魔剣豪を殺した事については、後悔はない。倒さねばならぬ危険な魔物であり、許されざる大罪人である。
しかし、空港で別れた時のストラーダの顔を思い出すと、やはり悪い事をしたような気分になってしまうのだ。
「君のおかげで、あの子は悪から解き放たれたのだ。もうあの子は、誰も傷付けなくて良くなったのだ……君は、正しい事をした。だから、どうか胸を張ってほしい」
ストラーダはそう言ってくれたが、その時の今にも泣きそうな顔を思い出すと、とてもそんな気持ちにはなれなかった……。
◆
兵藤邸を後にした連也は、家路を歩いていた。傍らにはゼノヴィアがいた。助けてくれた礼に家まで送ると言って聞かなかったのだ。
黒歌はそんなゼノヴィアを敵に回すのを恐れてか、今回はあっさりと引き下がった(夕飯の時間だったからというのもあるが)。
「君には本当に助けられてばかりだな、連也」
「お互い様さ。俺の方も何回か助けられたしな」
「そうかも知れないが、助けた・助けられたで言えば、我々が助けられた方がよっぽど多いよ。D×Dの一員としても、駒王町の住民としてもね──だが、それとこれとは別だからね? 今度の試合では私も全力でいくから、君も遠慮せず本気で来てくれ。でないと、せっかくの試合の意味がないからね」
「へいへい」
連也は気のない返事を返す。
ついさっきまでアーサーと超常の剣劇を繰り広げていたとは思えない、気の抜けた横顔だった。
見てるとゼノヴィアの方も、つい力が抜けてしまう。
逆に言えば、こんな家で寝転がって駄菓子をつまみながら漫画本を読んでそうなのんびりした少年が、自分でも一目置くような強敵たちを倒してのけているのである。
その二面性に、心惹かれる。
自分の《