生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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春風駘蕩

 時計の針は午前12時を回っている。

 深夜の公園に、秋月連也はいた。

 噴水のそばのベンチの前の、舗装されていない地面に木刀『飛龍』を突き立て、ジャージ姿の本人はその後ろで、片膝をついて座っている。

 木刀からは白い光が陽炎めいて立ち上ぼり、霧のように周囲に広がっていた。

 その絹のような柔らかな光輝に引き寄せられ、やって来る者たちがいた。

 どれも身体のどこかを著しく損傷させた者たちである。目は虚ろで、肌に生気はなく、何より、その痛ましい姿は半透明で、向こう側の景色がかすかに透けて見えた。

 オルランド眷属の破壊活動の犠牲者たちの霊である。

 連也がこの場所を起点に周囲へと放った清らかな念に導かれて、集まってきたのだ。亡霊たちは瞬く間に、公園内を埋め尽くした。

 連也は立ち上がり、地面から木刀を抜いた。

 ゆっくり、静かに、『飛龍』を正眼に構え──目を閉じた。

 連也の眉間に、光点が灯った。

 その光は水車のように回転しながら輝きを強めていく。霊的な力を司るチャクラを開放したのだ。

 木刀『飛龍』もそれに合わせて輝きを強め、純白の火柱となって激しく燃え上がった。

 

「エヤァッ!」

 

 連也が気合いを放った。

 木刀に宿る光がバッ! と弾けて、風となった。

 その白光を伴う風に当てられた瞬間、少年を取り囲んでいた霊たちは次々と、白い影となって夜空へと昇っていった。皆が皆、異口同音に、安らかな声で連也に感謝の言葉を述べていた。

 

「……よし、俺にしちゃあ上出来」

 

 連也は彼等を見送りながら、満足げに呟いた。

 念の純度が高まり、自分の死を受け入れられないでいるだけの浮遊霊ならば、念を放射するだけで、浄化して送る事が出来るようになった。上出来とは、そこまで己れを高められた事を指している。

 木刀を背中にしまうと、連也は公園を出て家路に就いた。

 

「連也」

 

 そんな彼の背中に、声を掛ける者がいた。

 振り向くと、ゼノヴィアがそこにいた。

 水色のタンクトップと黒のレギンスという格好である。タオルを首に掛けて、いかにもランニング中といった風情であった。

 

「よう、ゼノヴィア。走り込みか?」

「まぁね」

 

 本当にランニング中だったようだ。

 

「君こそ、こんな時間に何をしてるんだい?」

「鍛練って意味じゃ、お前と一緒だよ」

「精が出るね」

「お互いにな」

 

 そんな事を言い合いながら、二人は夜道を並んで歩き出した。

 

「連也。この前はすまなかったね」

「何が?」

「私との手合わせの事さ。悪いのは私なのに、君は私をかばって、下げる必要のない頭まで下げてくれた……」

「あー、それね」

 

 そういえばそんな事もあったなぁと言わんばかりの、連也の軽い返事だった。

 

「いったい何故、あんな事をしたんだ?」

「……んー、適当に考えといていいよ。そんなたいした理由じゃないし」

 

 ──て言うか、俺にもわかんないし。

 

 連也は胸のうちでそう付け加えた。

 本当に、自分でも何故あんな行動に出たのかわからなかった。

 リアスに問い詰められるゼノヴィアを見た瞬間、唐突に彼女を守らなくてはという、強い気持ちが込み上げて来たのだ。その強烈な想いに駆られての事だったが、では何故そんな風に思ったのか、という事になると、連也自身にもさっぱりとわからないのである……。

 

「そうか……だが、君に大きな借りが出来たのは確かだ。これでも貸し借りにはうるさいのでね、是非ともお礼をさせてほしい」

「いいよいいよ、そんな気を遣うなって」

「それでは私の気がおさまらない。どうだろう、今度の日曜日に焼き肉をおごらせてもらえないか?」

「いいね、何時にどこ集合?」

 

 連也はそう聞き返した。

 それはつまり、ゼノヴィアのお誘いを受けたという事である。

 それに気付いたのは、待ち合わせの時間と場所を教えられゼノヴィアと別れてからであった。

 

 

「あっはっはっはっ!」

 

 翌日。

 遊びに来た黒歌は、我が物顔で格闘ゲームをおっ始めながら、学校から帰ってきた連也の様子がおかしいので事情を聞き、そして大爆笑した。

 

「焼き肉にそんな簡単に釣られるなんて、ダーリン可愛いとこあるじゃない」

「だって仕方なかったんですよ……焼き肉なんて小学校入学祝い以来、マジで一回も食べた事なかったから……」

 

 連也はベッドの上で所在なさげに体育座りをしていた。

 

「でもちょうど良かったじゃない。焼き肉ついでにあの娘も食べちゃえば?」

「なんでそういう話になるんです?」

「だってダーリン、気があるんでしょ?」

「……ありませんよ」

 

 答える連也の声は、弱々しかった。

 

「ふぅーん……だったら、なんで彼女をかばってスイッチ姫に土下座した訳? 多少なりとも意識してるからでしょ?」

「すいっちひめ?」

「リアス・グレモリーの事。ダーリンの事、男気があって立派だってべた褒めしてたわよ?」

「なんであの人がスイッチ姫なんです?」

「だってアイツのおっぱい、赤龍帝ちんのパワーアップスイッチだし」

 

 ひどい言われようだが、実際に黒歌の目の前で一誠はリアスの乳首をつつく事で、禁手(バランス・ブレイカー)に至ったのだ。黒歌にしてみれば最早そうとしか言いようがない。

 事情を全く知らない連也にしてみれば、ちんぷんかんぷんである。

 

「まぁそれはそれとして、そこまで出来るんなら、好きって事でしょ。ちょっと想像してみなさいよ、ゼノヴィアがダーリン以外の男とキスしたりエッチしてるとこ。それで嫌な気分になるなら、そういう事」

「…………」

 

 言われた連也は思わず想像してしまった。

 ゼノヴィアが彼女の主君にあたる兵藤一誠と抱き合い、口づけを交わすところを。

 すると、胸の中にドロドロとしたものが込み上げて来た。

 

「……黒歌さんはいいんですか」

「何が~?」

「仮に俺がゼノヴィアの事好きだったとしたら、今の黒歌さんはお目当ての相手を他の女にけしかけてるようなものじゃないですか」

「あら、心配してくれるんだ。やっぱりダーリンって優しいわね。でもアタシ、面倒くさいの嫌いなの。ダーリンが誰と付き合おうと、アタシの事も見てくれればそれでいいわよ? いちいち恋敵蹴落とすとか面倒だしね」

「それ、結果的に俺がゼノヴィアと黒歌さんで二股かける事になるんですけど」

「気にしない気にしない。アタシの尻尾だって二股よ?」

「それは関係ないです」

 

 連也がツッコミを入れた時、テレビから派手な音がした。黒歌の操作するキャラクターが、CPUの操作するキャラクターに負けたのだ。テレビの画面の中で、CPUキャラが勝利台詞を口にしていた。

 

「もぉ~、何よこれ! ちょっとダーリン、これ全然防御しないわよ、壊れてんじゃないの!?」

「……それ、方向キー後ろでガードするやつじゃないです」

 

 

 日曜日。

 一誠はリアスの部屋を訪れた。

 リアスは依然書類の山と格闘中であったが、恋人の入室に、捺印の手を止めた。

 

「あらイッセー。どうしたの?」

「ちょっと、相談があるんだ」

「なぁに、改まって」

「ゼノヴィアの事だよ。アイツ、今日は用事があるって言って、一人でさっさと出掛けていったんだ。この前の秋月との決闘なんて、アーシアや桐生も巻き込んで、俺にまで嘘ついて出掛けていったし……ちょっと様子がおかしくってさ」

「そうかしら? 全然いつも通りだと思うけれど」

「どこがだよ! アイツ、なんか最近俺に冷たいだろ!? ちょっと前までは俺の都合とか気にせず迫ってきたりとかしてたのに!」

「それは自業自得でしょう? 聞けばあなた、未だに松田くんや元浜くんと一緒になって覗きをやってるそうじゃない」

「だってそれはしょうがないだろ! 男の(さが)なんだよ! それにアイツ等とは卒業しても一緒とは限らないしさ、一緒にバカやれるのは今年が最後なんだ」

「それで毎回毎回あなたたちの後始末をやらされるゼノヴィアの身にもなりなさい……」

「だいたい秋月も怪しいよ! アイツ絶対ゼノヴィアの事を狙ってるんだ! 催眠術で操るとかはないだろうけど、陰で俺の悪口をゼノヴィアに吹き込んでるかも知れないし!」

「連也くんはそんな事する子ではないわ。男気があって、凄く素敵な子だと思うわよ?」

「それだよ、それ!」

「……それって、どれ?」

 

 一誠の言わんとする事が掴めず、リアスは間の抜けた声を上げた。

 

「なんでリアスも朱乃さんも、アイツの味方をするの!? なんか下の名前で呼んでるし!」

「あなたの事も名前で呼んでるわよ? 祐斗もギャスパーもミリキャスもね。それに、あの子の味方をして何がいけないの? あの子の能力は、味方につけておいて損はないわ。そうでなくとも、連也くんを私たち悪魔の事情に巻き込んで、世間の矢面に立たせた以上、出来うる限りの補償をするのは当然でしょう?」

「じゃあなんで最近、リアスは俺に冷たいのさ! やたらとお小言が増えてきてるだろ!」

「あなたを守るためよ」

 

 リアスははっきりとそう言いきった。

 

「俺を、まも、る……?」

「あなたには上級悪魔としてしっかりしてもらわなくてはいけないの。冥界ではあなたの上級悪魔昇進に、今でも反対意見が出ているのだもの」

「な、なんで?」

「だってあなた、悪魔に転生してからまだ一年半くらいでしょう? 余りにも早すぎるって、不安に思う者がいるのも無理はないわ」

「確かにそうだけど、でも──自分でこんな事言うのもなんだけど──それだけの功績があったから、魔王様たちもお認めになられたんじゃないか。それに文句を言うなんておかしいよ」

「その功績が問題なの」

「どう問題なの?」

「…………」

 

 リアスは一瞬、口をつぐんだ。どう言うべきか迷っているようだ。

 しかし、意を決して口を開いた。

 

「イッセー……あなたは本当によく頑張ったわ。魔獣騒動の時なんて一度死んでしまったほどだし、その後だって、死んでもおかしくないほどの激闘をくぐり抜けて来た……どんな強敵にだって、恐れず立ち向かい、勝利してきたわ……でも、それだけよね?」

「それだけって?」

「あなたがこの一年半でやって来たのは、ただ出てきた敵を倒すだけのもぐら叩き。もちろんその一年半での成長には目を見張るものがあるけれど、だからこそ一部の悪魔たちは、あなたを危険視しているの。こんな化け物に上級悪魔の権限を与えていいのかって。敵を倒す事しか知らない破壊者(デストロイヤー)領主(ロード)が務まるのかって。彼等にとっての上級悪魔の条件とは、戦闘力ではなく統率力。どれだけ眷属をまとめ上げ、率いていけるか、どれだけ円滑に領地を治めていけるかというところを重視してるの。だからあなたは、上級悪魔をしっかりやれているところを彼等に示さなくてはいけないのよ」

「…………」

 

 一誠は黙り込んだ。

 リアスが口にした『化け物』という言葉が、胸に引っ掛かっていた。

 文字通り命懸けで守り抜いた冥界に、自分をそのように思う者がいるのが、哀しかった。

 

(俺はただ、大切なものを守りたかっただけなのに……誰かを傷付けたい訳でも、不幸にしたい訳でもないのに……)

 

 リアスが立ち上がり、一誠のそばに歩み寄ると、優しく抱き締めた。

 

「イッセー、思うところはあるでしょうけれど、今は耐えなさい。私は連也くんの味方だけど、それ以上にあなたの味方よ。どんな時だって、あなたを見捨てたりなんてしない。あなたが辛い時は、私があなたを支えてあげるわ。今は赤龍帝眷属の(キング)として、領主としての仕事をしっかりと、少しずつでいいから覚えていきなさい」

 

 一誠の顔を自分の胸にうずめさせ、髪を優しく撫でてあげながら、リアスはそう言い聞かせた。

 それでどうにか気持ちを切り替える事が出来た一誠は、書類仕事を片付けるべく自分の事務所に向かった。

 リアスのおっぱいの柔らかさを顔中で確かめる事が出来たせいか、表情は緩みっぱなしだった。

 

 

 焼肉屋を出た連也は幸せそうな顔をしていた。

 小学校入学祝い以来、約十二年ぶりの焼き肉である。余りの美味さに涙が出そうだった。

 隣を並んで歩くゼノヴィアも楽しそうだ。予算に関しては悪魔稼業で稼いでいるので、懐は全く痛んでない。それに、小さな子供のように無邪気に焼き肉を食べる連也の顔を見てると、それだけで楽しかった。

 この後、特に予定はないが、ここでお別れというのも味気ない。二人はゲームセンターに赴き、そこでいろんなゲームで対戦して遊んで回った。

 最後に、二人が最初に出会ったあのバッティングセンターへ向かい、そこで二人して思う存分ボールを打ちまくった。

 そうやって楽しい時間はあっという間に過ぎ、二人が家路に着く頃には、時計の針は夜の7時を回っていた。

 

「今日はありがとう、連也。楽しかった」

「そりゃこっちの台詞だよ。焼き肉なんて本当に十年くらい食ってなかったし……」

 

 その久し振りの焼き肉の味を思い出して、連也は頬を緩ませた。

 

「──こうして君を見てると、つくづく不思議だな」

「何が?」

「とても、あのオルランドを倒した戦士とは思えないよ……決して貶してる訳ではないのだが、いたって普通だ」

「そりゃどーも」

 

 連也はわかってるのかわかってないのか、お気楽な返事である。

 

「強者とは、何かしらその実力を感じさせる雰囲気をまとっているものだ。それは、どんなに隠しても隠しきれない……なのに、君からは全くそれが感じられない。ビックリするくらい普通で、自然体で……あるいは、それが君の強さの秘訣なのかも知れないな。なんとも不思議だが……だからこそ、君は凄い奴だと思うよ」

「おい、おだてたって木には登らないぞ」

「おだててなんかいないさ。私の、心からの言葉だ」

「そりゃどーも」

 

 連也はお気楽な返事で受け流した。

 

(……本当に不思議だ)

 

 ゼノヴィアは、しみじみと思う。

 彼のそばにいると、何故か落ち着く。心も体も程好くほぐれていくような心持ちになる。

 春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)という言葉がある。

 春風がそよそよと吹く様を言い、転じて、温和でのんびりとした人柄の事を指す。

 今はもう初夏だが、連也はまさに、その春風駘蕩であった。

 会話は少ないが、何となく、いつまでもこうして、肩を並べて歩き続けていたい。

 ゼノヴィアは、そんな気持ちになっていた。

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