生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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侵略者、連也

 ゼノヴィアは一誠には一瞥もせずに、連也を追い掛けた。

 角を曲がってすぐの所で追い付き、呼び止める。

 

「連也、待ってくれ。一誠がひどい事を言ってすまなかった、どうか許してほしい」

 

 そう言って深々と頭を下げる。

 

「……なんでゼノヴィアが謝るんだよ。俺の方こそ、悪かったな。お前のご主人様殴ったりして」

「謝らないでくれ、連也……君は悪くない。君の怒りは正当なものだよ」

 

 ゼノヴィアは連也の手をギュッと握った。

 

「一誠の今の言葉は、ハッキリ言って無神経過ぎる……正直、あんな事を言える奴だとは思わなくて、私もさっきの彼には失望している。君の代わりに私が殴ってやりたかったくらいだ」

「悪魔業界の事はよくわからないけど、そういう事言って大丈夫なのか?」

「確かに私は一誠の眷属だが、奴隷ではない。主君が道を誤った時には、時には体を張り、時には力に物を言わせてでも諌めるのが、臣下の道だと考えている」

「……まぁ、ほどほどにな」

 

 連也はそう言うしかなかった。

 一誠の事は嫌いだが、それでも怒りに任せて殴ってしまった事には罪悪感がある。だから『思いっきりやっちゃってくれ』などとは、冗談でも言えない気分だった。

 

「連也……」

 

 ゼノヴィアは連也の首に腕を回して抱き寄せ、彼の顔を自分の胸にうずめた。

 

「私は、君を心から尊敬している。お父上を亡くされても、挫けずにここまで歩んできた君の克己心や忍耐を、素晴らしいと思っている。私に出来る事があれば、遠慮なく言ってくれ。君のためならどんな事だってするよ」

 

 連也の髪を撫でながら、優しく語りかける。

 一方の連也は、思わぬ展開に驚き、半ば思考が停止していた。

 制服越しに顔中に伝わる、胸の柔らかさ。

 髪を撫でてくれる、指の細さ。

 そして慈愛に満ちた声色。

 そのどれもに安らぎのようなものを感じて、それ以外の事は何も考えられなくなった。

 

「テメェェェエエエエエッッ!! ゼノヴィアに何してんだ、この変態クソ野郎ォォオオオッッ!!」

 

 そこへ、ゼノヴィアを追って来た一誠が怒鳴り付けて来た。

 

「やっぱりテメエ、ゼノヴィアを狙ってやがったな! お前みたいなクソ野郎にゼノヴィアは渡さねえぞ! ゼノヴィアは俺のもんだぁぁあああっ!」

 

 ゼノヴィアに抱きついて、自分しか触った事のないおっぱいに顔をうずめる男に、一誠は怒りを爆発させて殴りかかろうとしたが──、

 

「ぶべらっ!?」

 

 その顔面に、パンツが見えるのもお構いなしに放たれた、ゼノヴィアの上段横蹴りが突き刺さった。

 カウンター気味に顔を蹴り抜かれて、一誠はそのまま仰向けにぶっ倒れた。

 

「廊下で大声を出すな、痴れ者め」

「……俺、悪魔業界詳しくないけど、本当に大丈夫なのか?」

「これでもまだぬるいくらいだよ」

 

 ゼノヴィアは言い切った。

 

「さぁ、教室に戻ろう連也。昼休みが終わってしまうからね」

「アッハイ」

「それと、これは私からのお詫びだ。度し難い主様に代わってのね」

 

 そう言うと、ゼノヴィアは連也の頬に、チュッと口づけをした。

 

「時間もないし、場所も場所だからこんな事しか出来ないが……機会があれば、また改めてお詫びをするよ」

「アッハイ」

 

 連也は、機械的な返事しか出来なかった。

 キスの位置が、いつぞやの時よりもかなり唇に近かったからだった。

 

 

 その日の夜。

 一誠はリアスに昼間の一幕を語った。

 

「ゼノヴィアが俺に暴力振るうなんておかしいよ! やっぱりゼノヴィアは秋月に騙されてるんだ! お願いだよリアス! ゼノヴィアを助けるために力を貸してくれ!」

「いやよ」

「ありがとうリアス! やっぱり君は頼りになるよ──って、ごめん、何て?」

「い・や・よ」

 

 リアスは一文字ずつ区切って、もう一度返事をした。

 

「そ、そんな……なんでだよ! 俺は暴力を振るわれた被害者なんだよ!?」

「そりゃあ連也くんに対してそんな事を言えば、殴られて当然でしょう?」

「当然ってどこがだよ! 本当の事言われたからって逆ギレなんておかしいだろ!」

「……イッセー。確認しておきたいのだけど、あなた、連也くんの事を調べてないの?」

「する訳ないだろ! だいたい俺だってまだ駆け出しの新米とはいえ上級悪魔なんだ、そんな暇ないよ!」

「検索して記事を読むだけの時間くらいあるでしょうに……」

「とにかく、ゼノヴィアの目を覚まさせるために力を貸してよ!」

「お断りよ」

「なんでさ!」

「あなたの怒りには何の正当性もないし、何より、私は控えめに言っても、あなたの十倍は忙しいからよ!」

 

 リアスは、デスクの上に鎮座する書類の摩天楼を、バンバンと叩いた。最近になってようやく、目に見えて量が減ってきたところである。正直に言えば、こうして一誠と話をしている今でさえ、作業を止めたくないくらいだ。

 

「下手をすると夏休みも返上しなきゃいけないのに、あなたのくだらない愚痴に付き合ってなんていられないわ!」

「く、くだらないって何だよ! 俺はプオッ!?」

 

 リアスは言葉を遮るように、一誠の顔面に一枚の書類を叩きつけた。

 

「どうせこんな事だろうと思ってプリントアウトしておいたわ。読んでごらんなさい」

 

 言われた一誠は、渋々その書類に目を通した。

 そこには、連也が『愛と奇跡の子』と呼ばれるようになった経緯が書かれてあった。

 

「どう? 自分がどれだけひどい事を言ってしまったか、理解出来た?」

「まぁ、確かに悪かったよ。でもだからって殴るか普通……俺は知らなかっただけなのにさ」

 

 バチィンッッ!!

 

 リアスが引き出しから取り出した乗馬鞭で、一誠の胸を叩いた。

 

「ふざけた事を言ってると、ぶつわよ?」

 

 ──ぶつ前に言ってくれ、という至極真っ当な反論は、余りの痛さに出てこなかった。

 

「な、何だよ……だって知らなかったんだからしょうがなアギャアッ!?」

 

 二発目の鞭が、今度は肩に炸裂した。

 

「私が怒っているのは、知らなかったからじゃないわ。あなたが連也くんの事を知らないどころか知ろうともしないくせに、自分勝手な偏見を元に罵倒して、挙げ句それで反撃されて被害者面してる事が許せないのよ」

「わ、悪かったよ……でもだからって、俺のゼノヴィアに手を出していい理由にはならないよ! 辛い思いをしたからって何をやってもいい訳じゃない!」

「それで、結局のところ、あなたは何をどうしたいの?」

「だから言ってるだろ! ゼノヴィアは秋月に騙されてるから、目を覚まさせるのに協力してほしいんだよ!」

「騙されてる、ねぇ……」

 

 リアスはハァ……と溜め息をつくと、大きく伸びをして、首を左右に曲げた。ゴキゴキと小さく音が鳴る。

 

「イッセー。あなたは何を根拠にそう思ったの?」

「だってゼノヴィアの奴、秋月と妙に仲が良いじゃないか!」

「一緒にオルランド眷属と戦った戦友だもの。当然でしょう?」

「だからってあそこまで仲良くなるのはおかしいよ! 昼間なんて秋月に抱きつかれておっぱいに顔をうずめられても文句言わなかったんだよ!?」

「……ゼノヴィアが連也くんに好意を持ってるとは、考えないの?」

「なんでだよ、おかしいだろ! アイツはゼノヴィアにそこまで好かれるような事、何もしてないんだよ!? ただ出てきた敵を倒しただけじゃないか!」

「そうねぇ……本当に、実践経験に乏しいのによく頑張ってくれたわ連也くん……オルランド眷属は難敵揃いだったもの」

 

 リアスはオルランド眷属との戦いを思い起こし、しみじみと呟いた。

 彼女が直接戦った相手も、そうでない相手も、難敵と呼ぶにふさわしかった。

 

『この町で戦う限り、地の利は俺たちにある! テメェーらが全力を出すと、町が吹っ飛んじまうからなぁ~!』

 

 バズソーの言葉が、今も頭の隅に引っ掛かっていた。

 最大戦力を投入出来れば、簡単に勝負がついただろう。オルランドですら倒せたと、今でも思っている。だが、その結果この駒王町は地図から消えていた事だろう。それでは何の意味もないのだ。

 最大戦力を投入出来れば、どんな敵にも負けない。

 だが、その最大戦力は、いとも簡単に封じられてしまうのだ。

 そんな中、連也はまず眷属ではない使い走りのジャンゴとミドラを倒し、次いでバズソーを、そして自分や朱乃と協力してクルガンとマンセルを、その後もルドラクを倒し、最後はオルランドとドゥレンダナも倒した。今回の一件に限れば断トツのスコアを記録しているのだ。それまでは偶然鉢合わせたはぐれ悪魔との戦いを、数えるほどしか経験してないのにも関わらず。

 

(──やっぱり、ちょっと惜しいわね)

 

 リアスもやはり悪魔である。彼の戦績を思い返して、今更ながらあの少年を欲しいと思ってしまった。

 とは言え、眷属に迎え入れる事も念道を指導してもらう事も、望むべくもない。今後も彼を援助する事で、協力関係を結び続けるのがベターだろう……。

 

 それはともかくとして、である。

 

「あの戦いを通じて、ゼノヴィアが連也くんに信頼を置くのは当然だと思うけれど」

「だから、ただそれだけでアイツを好きになるのはおかしいって言ってるんだよ! ただ強いから好きになったって言うんなら、ヴァーリやサイラオーグさんを好きになってなきゃおかしいだろ!」

「つまり、連也くんに強さ以外の魅力を感じたという事ね。あなたの知らない所で」

「魅力って何だよ! アイツに何の魅力があるって言うんだ!」

「ゼノヴィアに聞いてみたら?」

「そうしたいけどゼノヴィアは帰ってからちっとも顔を合わせないんだよ!」

「昼間の事を思えば仕方ないわね。今夜は諦めなさい。二、三日もしてゼノヴィアの気持ちが落ち着いたら、腹を割って話し合ってみるのもいいかも知れないわ」

「…………そうだね。そうしてみるよ。ありがとうリアス」

 

 一誠は僅かな、しかし不安を感じさせる間を置いてからそう答え、退室する。

 恋人の背中を見送りながら、リアスは長い溜め息をついた。

 

 

(おかしい……やっぱりおかしい……!)

 

 廊下を歩きながら、一誠は恋人の態度に不信感を抱いていた。

 自分が暴力を振るわれたというのに、それでも連也をかばうような事ばかり言っている。

 リアスだけではない。

 放課後にオカルト研究部メンバーたちにもそれとなく相談したが、皆一様に『一誠が悪い』と返したのだ。

 アーシアに至っては、

 

「明日にでも謝りに行きましょう、イッセーさん。私も一緒についていってあげますから」

 

 とまで言う始末である。

 リアスの所へ相談に行く途中で朱乃と出会したので、彼女にも相談してみたが、彼女も連也の味方をした。

 

「イッセーくん、過ちは誰にでもあるものですわ。大事なのはそれを認めて受け入れる事。明日にでも謝りにお行きなさい。顔を合わせづらいのなら、私が場をセッティングして取りなしてあげますわ」

 

 と、まるで自分が悪いかのような言いぐさだ。

 確かに自分の失言だった事は認めよう。

 だが、だからと言って暴力を振るっていい訳ではない。

 

(だいたい、そういう事情があるなら、殴る前に言えばいいじゃねえか……そうすりゃ俺だって謝ったのによ……察してちゃんのくせに被害者ぶりやがって……!)

 

 連也の過去を知ったところで、彼を許す気には到底なれなかった。

 一番許せないのは、ゼノヴィアを奪おうとしている事だ。

 ゼノヴィアはいつだって自分を見てくれていた。

 初めて会った時こそ険悪な雰囲気だったが、神の死を知って絶望していた彼女をリアスが眷属に迎え入れてくれて以降は、良好な関係を築けた。

 プールで子作りを迫られて以来、事あるごとに肉体関係を迫られて辟易したものだが、ゼノヴィアが真摯な好意を向けてくれているのは嬉しかった。

 もちろん一誠とて何もしなかった訳ではない。

 そもそもゼノヴィアとアーシアが神に祈りを捧げてもダメージを受けなくなったのは、自分がミカエルに直訴したのが切っ掛けだ。

 その後も、ゼノヴィアの悩みには相談に乗ってやった。未熟なのはお互い様だが、自分なりにアドバイスだってしてやった。

 そうやって少しずつではあるが関係を深めていったというのに、何故今になって、よりにもよって秋月連也ごときが、そこに割って入るのか。

 

(世界の危機にも、一人でシコシコ念道の修行にかまけてた自己チュー野郎じゃねえか! あんな奴にゼノヴィアは渡せねえ!)

 

 ゼノヴィアもゼノヴィアで、何故あんな男になびくのか。

 自分との子供が欲しいと言ったのは嘘だったのか?

 自分と一緒にいるのは楽しいと言ったのは嘘だったのか?

 初詣の時にしたキスは?

 それまでこちらの都合もお構いなしにぶつけて来た好意は、いったい何だったのか……!

 考えれば考えるほど、腸が煮えくり返る思いで、胸糞が悪くなってくる。

 秋月連也が、自分の平穏な日常を破壊する邪悪な侵略者に思えてならなかった。

 否、現に破壊されている。誰も彼もがあの男の味方をしている現状は、そうとしか思えなかった。

 部屋に戻ろうとしたところで、曹操と鉢合わせた。

 

「なんだ、お前か」

「なんだとはご挨拶だな。一つ屋根の下で暮らす仲だろう?」

「男に言われてもなぁ……」

「それもそうか」

 

 曹操はヒョイッと肩をすくめた。

 そんな彼を一誠はジッと見詰める。

 

「……なぁ、お前、秋月と仲がいいんだよな?」

「それほどでもない。朝の稽古を一緒にやる程度さ」

「まぁ、それでもいいよ。なぁ、お前から見て秋月ってどんな奴だ?」

「同じ人間として、尊敬に値する傑物だと思っているよ」

「あんな奴がか……?」

「あんな奴とはひどい言いようだな。この駒王町と、そして君たちの恩人だろうに」

「そりゃあそうだけどよ。でもやっぱり、気に食わねえのは気に食わねえんだよ」

「喧嘩でもしたのか?」

「喧嘩じゃねえ。一方的に殴られたんだよ」

 

 そう言って、一誠は曹操にも昼間の件を語って聞かせた。

 

「ひどい事言っちまったのは確かだけどさ、俺は本当に何も知らなかったんだぜ? 殴る事ねえじゃねえか。話してくれりゃあ俺だって謝ったのによ」

「……呆れるな」

「だろ? 察してちゃんのくせに被害者ぶって、ゼノヴィアにまで手ぇ出しやがるし」

「彼じゃない。俺が呆れてるのは君だよ、兵藤一誠」

「俺ぇ?」

 

 訳がわからず、一誠は自分を指差しながら、間の抜けた声を上げた。

 

「君はこの一年ちょっとの間に、様々な経験を積んできたはずだが、どうやらそれらを通して培われたのは戦闘力だけだったようだな。観察眼の方は、全く磨かれてなかったと見える」

「どういう意味だよ、この野郎!」

「君は本気で、秋月連也が何も失わず、平和な日本でヌクヌクと育てられてきたと思ったのか?」

「しょうがねえだろ、知らなかったんだから!」

「それ以前の問題だよ。あれだけの実力を、何も失わず、一切の傷も受けずに手に入れられると思うか? 才能だけで手に入れられる強さだと思うか?」

「……そういう天才もいるんじゃねーの? 例えばお前とかさ」

「光栄な評価と言いたいところだが、さすがにそれは、俺や連也くんを馬鹿にし過ぎだ」

 

 曹操はかすかに目を細めた。

 

「いいか兵藤一誠。誰だって、傷の一つや二つは抱えているものだ。強き者であれば尚の事、大なり小なり何かしらの犠牲を払ってその強さを手にしているんだ。君の仲間も、君自身もそうだろう? なのに何故、連也くんは違うと言い切れる? 何故、俺は違うと言い切れる?」

「だから、俺は知らなかったんだって」

「それ以前の問題だと言った。彼の力を、技を目の当たりにすれば、それが生まれ持った才能だけで易々と得られるものではないとわかるはずだ。才能という原石を、長年の鍛練によって丁寧に磨き上げて完成させた『珠玉』だと感じ取れるはずだ。己れを鍛え、高める事を知る者ならね……そうでないなら、君の心のどこかに、自分だけが苦労している、自分だけが頑張っているという思い上がりや、周りの連中はみんな何の苦労もしていないと決め付ける差別意識にも似たものがあるからだよ」

「お、俺は別に、そんな……」

「自分の胸に手を当てて、じっくり考えてみる事だな」

 

 曹操はそこまで言うと、立ち去っていった。

 

 

 翌日の放課後。

 一誠は廊下を歩くゼノヴィアの後をつけていた。

 とにかく、話がしたい。

 だから一人になるのを見計らい、声をかけるつもりで機をうかがっているのだ。

 ゼノヴィアは生徒会室には向かわず、屋上に出た。生徒たちの憩いの場として開放されているが、今は誰もいない。

 ゼノヴィアはそこで足を止め、クルリと振り向いた。

 

「ほら、出てこい一誠」

 

 言われて一誠はすくみ上がった。ゼノヴィアは尾行に気付いており、自分をここに誘き出したのだとわかった。

 しかし、二人きりになれたのは確かだ。一誠は物陰から潔く姿を現し、校舎内に続くドアを閉めた。

 

「何の用だ? 手短に頼む」

「あ、ああ……えーっと、昨日は大丈夫だったか?」

「何の事だ?」

 

 本当にわからず、ゼノヴィアは小首を傾げる。

 

「ほら、昨日の昼休みに、秋月の野郎に抱きつかれておっぱいに顔をうずめられてたじゃねぇか! 俺はお前に蹴られて気絶しちまったけど、あの後もっとひどい事されたんじゃないかって心配で……」

「ああ、そういえば五時間目に遅刻してたな。心配無用。私も連也も教室に戻ったからね。そもそも、あれはそんなのじゃない」

「どういう意味だ?」

「あれは、私が自分からやってあげたのさ。君の心ない言葉に傷付いた連也を慰めてあげたくてね」

「な、なんでそんな事を!」

「だから今言っただろう。君に傷付けられた連也を慰めるためだ」

「だだだ、だからってあんな野郎に、あんな、あんな事する必要ねえだろ!」

「……連也を怒らせておいて、よくそんな事が言えるな」

 

 ゼノヴィアは呆れた。

 

「いや、それは悪かったよ! でもだからってそこまでする必要ねえだろ! だいたいなんで最近のお前は俺に冷たいんだよ! 秋月に何か俺の悪口でも吹き込まれたんじゃねえのか!?」

「いや、何も」

「だったらなんで!」

「お前がしょっちゅう覗き行為で学園の平和を乱して、我々の手を煩わせているからだ」

 

 ゼノヴィアは暗く冷たい眼差しで、一誠を睨んだ。

 

「うっ、それは申し訳ないと思ってるけどさ、でもしょうがねえだろ! 覗きは男の(さが)なんだよ!」

「……まぁ、そうなのかもな。性欲は生物に必要不可欠な欲求の一つだ」

「だろ? だからしょうがねえんだよ」

 

 ゼノヴィアが理解を示してくれた事に、一誠は安堵した。

 だがゼノヴィアは、一誠の頭を鷲掴みして、物凄い力で押さえ付け、ひざまずかせる。

 

「ゼ、ゼノヴィア!?」

「だがな、人間にはその欲求をコントロールする理性というものがある。そして悪魔は欲を支配する者だ。お前は欲求をコントロールする理性も持たず、己れの欲に支配されたケダモノだ。二本足で立つ資格も、服を着る資格も、言葉を交わす資格もない」

 

 ゼノヴィアの指が、一誠の頭に食い込んでいく。

 

「己れの行いも省みずに連也を悪者扱いするとは、つくづく度し難いな……お前だって連也に命を救われた一人だろうに……恥を知れ!」

 

 ゼノヴィアは手を離すと、一誠の顔面に、パンツが丸見えになるのもお構いなしに横蹴りをくらわせる。

 昨日に続いて顔を文字通り足蹴にされて、一誠は怒りが込み上げて来た。

 

「なんだよ! なんで俺が蹴られなきゃならねえんだよ! 俺はお前の事を心配してやってんのに!」

「私の事を思うなら、今からでも行いを改めろ。ハッキリ言うが、私はお前のような(キング)を持って恥ずかしいとすら思っているんだぞ」

 

 起き上がるなり不満をぶちまける一誠の顔面を踏みつけたいのを我慢して、ゼノヴィアは言った。

 

(連也は、こんな奴の事すら案じているというのに、こいつと来たら……)

 

 だが、それは口にしない。そういう誰かと比較するような言葉を聞かされれば、自分だっていい気はしない。今の一誠なら尚更だろう。ますます意固地になる恐れがあった。

 

「で、でも、お前去年は何も言わなかったじゃねえか!」

「去年はね。だが、生徒会長になって被害者の声を聞くようになってからは、そんな去年の自分すら殴りたい気分だよ──いいか、一誠」

 

 ゼノヴィアはしゃがみ込み、一誠の頭を両手で挟んだ。

 

「どうも連也が私をたぶらかそうとしているなどと誤解しているようだが、私のお前に対する態度は全て、お前自身の行動が招いた結果だ。関係を改善したいなら、今すぐ心を入れ換えて、日頃の行いを改めろ。明日からじゃない、今すぐだ。それが出来ないようなら、私はお前の眷属をやめてリアス様の元に戻るからな」

「……あ、ああ」

 

 一誠は目線を伏せたまま、答えた。

 

(む、少し脅かし過ぎたか……?)

 

 一瞬そう思ったゼノヴィアだったが、この男にはこれくらいしないとダメなのだと、自分に言い聞かせた。

 

「言っておくが覗きだけじゃないぞ。連也にちょっかいを掛けるのもダメだ。わかったな?」

「あ、ああ……」

 

 一誠はやはり目線を伏せたままだ。何かおかしい……よく見ると、口許がニヤケている。

 そこでゼノヴィアは、ようやく気付いた。

 一誠は罪悪感などで目線を合わせられないのではなく、しゃがんで丸見えになった自分のパンツを凝視していたのだ。

 

「この痴れ者が!」

 

 ゼノヴィアは一誠の顔面に膝蹴りを叩き込むと、屋上から走り去っていった。

 

 

 夕方の6時。

 魔力を使って制服姿から私服姿に変身したゼノヴィアは、連也を連れてバッティングセンターに行った。

 連也が、バッティングをしている時も、施設内のゲームセンターで遊んでいる時も、こちらをチラチラ見ていた。何かあった事を察しているのだろう。

 心配させて申し訳ないと思う反面、敢えて根掘り葉掘り聞き出そうとせずに、黙って付き合ってくれるのがありがたかった。

 一時間ほど遊んだ後、二人で一緒に帰る。

 

「付き合わせてすまなかったね、連也」

「いいって事よ。これくらいはお安い御用だ」

「……うん、ありがとう」

 

 ゼノヴィアはそう言うと、連也の腕に自分の腕を絡めて、身体を密着させて来た。

 

「ど、どうした?」

「今日はちょっと、精神的に疲れてしまってね……誰かに、寄りかかりたい気分なんだ」

「そうか。まぁ、俺でいいなら好きなだけ寄りかかるといいよ」

「ありがとう、連也……」

 

 ゼノヴィアは言うなり、今度は連也の正面に回り、背中に腕を回して抱きついて来た。

 

「ゼ、ゼノヴィア=サン!?」

「帰りたくない……」

「はい!?」

「去年までは、一誠と一緒にいるだけでも楽しかった……でも今は、全然楽しくないし、楽しめない……顔も見たくないし、声も聞きたくない……アイツと一緒にいたくない……」

「そ、そうか……」

 

 やはり兵藤一誠絡みで、何かあったのだろうか。それともそれまで溜め込んでいたものが、たまたま今日弾けただけなのだろうか。

 いずれにせよ、こんな弱気なゼノヴィアは初めて見た。

 

(これ、ドッキリじゃないよな?)

 

 それにしても余りに唐突な展開に、連也はそんなあらぬ疑いを抱き、周囲に念を放射した。反響定位(エコーロケーション)の念バージョンだ。そうやって辺りを探っても、『大成功』と書いたプラカードを持って待機している人物など、当然だが存在しない。

 安堵すると同時に、尚更ゼノヴィアが可哀想になってきた。

 

「じゃあ、今夜はうちに来るか?」

 

 幸か不幸か、叔父夫婦は今日から温泉旅行に行っており、家には連也一人である。

 

「うん、行く」

 

 ゼノヴィアは小さな子供のようにうなずいた。

 

(いいのぉ!?)

 

 自分から誘っておいて、連也は心の中で突っ込む。

 二人は手を繋いで、歩き出した。

 

(俺は……俺はいったい何をやっているんだ……ッッ!!)

 

 自分から誘っておいて、連也は相手の弱味につけこむような己れの行為に罪悪感を抱きつつも、それでも今繋いでいるゼノヴィアの手を離したくなくて、家人のいない自宅に向かって歩き続けた。

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