生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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逆鱗に触れる

 ゼノヴィアは兵藤邸の同居人たちに『今夜は友達の家に泊まる』と連絡してから、連也に連れられて小さなレストランに入った。

 そのレストランは連也の行きつけの一つで、カツカレーが彼のおすすめだ。ゼノヴィアはそのおすすめの味に大満足して、小さな子供のような満たされた顔をしている。

 

(…………ダメだったか)

 

 店を出て隣を歩く少女のその様に、連也は小さく溜め息をついた。腹が膨れて冷静になって、

 

「食事を奢ってもらった上に一晩厄介になるのは申し訳ないので、泊まるのはやっぱりやめにする」

 

 とでも言い出してくれないかと期待しての外食だったが、作戦は失敗に終わった。

 そこで次の作戦に切り替える。

 途中でレンタルショップに寄り、映画のDVDを何本か借り、更にコンビニでスナック菓子やジュースも買い込んだ。

 映画は派手なアクション物や怪獣物だ。これ等を見ていれば、一夜の過ちが起こるような雰囲気には絶対になるまいという算段である。

 この作戦は成功し、ゼノヴィアは男の子めいて映画にすっかり熱中し、大はしゃぎだ。

 これなら深夜ドラマの濡れ場みたいな流れには絶対にならないだろうと、連也は安堵した。

 

 ──ゼノヴィアが嫌いな訳ではない。

 黒歌の受け売りではないが、友情以上の気持ちを抱き始めているのかも知れないと、自覚している。

 それでも連也は、ゼノヴィアとの関係を深めたいとは思ってないどころか、深めてはいけないとすら思っている。

 卒業後は、どこかにいるかも知れない念道の先人を探す旅に出るつもりだからだ。ゴールの見えない漂泊の旅に一緒に来て欲しいなどと、口が裂けても言えるものではない。

 ゼノヴィアとは、卒業したらそれで終わりの友達でいるべきだ。連也は、そう思っている。

 

 日付が変わる頃には、ゼノヴィアははしゃぎ疲れて眠ってしまった。ソファで隣り合って座る連也の肩に寄りかかり、あどけない顔で穏やかな寝息を立てている。

 連也はゼノヴィアの背中と膝裏に手を回して抱き上げ、自分の部屋のベッドに寝かせると、自分は一階のリビングに戻ってテーブルの上のお菓子の袋を片付けて、ソファに横たわって眼を閉じた。

 

 

 翌朝、目を覚ましたゼノヴィアは連也が用意してくれた簡素な朝食を済ませると、着ていた私服を魔力で制服に変換して、一緒に登校した。

 

「昨日はありがとう、連也。おかげでリフレッシュ出来たよ」

「そりゃ良かった」

「いつかお礼をさせてくれ。今度は私が、何か美味しい物を奢らせてもらうよ──それとも、こういう場合は手作り料理の方が良いだろうか?」

「俺はどっちでもいいよ」

「そうか。うん、ならどうするか考えておこう」

 

 いつも通りのクールさだが、ゼノヴィアの声色は昨日とは打って変わって明るく、弾むような軽さがあった。

 

 学校が見えてくる辺りで、二人は足を止めた。

 一誠が立っているのだ。まるで待ち構えていたかのようだった。そして連也とゼノヴィアの姿を見つけるなり駆け寄って、連也の胸ぐらを掴む。

 

「秋月ぃ! なんでテメェがゼノヴィアと一緒に登校してんだよ!」

「別にいいだろ」

「良くねえよ! ゼノヴィアは友達の家に泊まるって言ってたのに、なんでお前なんかが……さてはゼノヴィアを騙して家に連れ込みやがったな!」

「人聞きの悪い事言うなよ」

「そうだぞ。私は自分の自由意思で連也の家に遊びに行ったんだ」

 

 ゼノヴィアの言葉に、一誠は横っ面をひっぱたかれたような顔になったかと思うと、今度はゼノヴィアの両肩を掴んだ。

 

「な……なんでそんな事しやがったんだ!」

「お前の顔を見たくなかったからな。そもそも嘘は言ってないぞ。連也は私の友達だからな。少なくとも、お前にとやかく言われる筋合いはない」

「大有りだ! お前は俺の眷属なんだぞ! (キング)の俺の許可もなしに他の男の家に泊まるなんて許される訳ないだろ!」

「確かに私はお前の眷属だが、別に恋人でも夫婦でも奴隷でもない。だいたいだな」

 

 ゼノヴィアはスマホを取り出して、LINEアプリを開いて、一誠に見せる。

 

「許可はちゃんと取ってあるのだが?」

 

 開いたのは『兵藤家』というグループ内でのトーク画面で、ゼノヴィアの『今夜は友達の家に泊まります』という書き込みに対して『うーい』という一誠の呑気な返信が表示されていた。

 

「う、いや、これは、まさか秋月の家に泊まるとは思わなかったから……」

「それ以前の問題だ。友達が誰なのかも確認せずに気楽な返信をしておいて、後から文句を言うな。リアス様やご両親はちゃんと確認しているぞ?」

 

 そう言って、個人間でのトーク画面を見せる。リアスや兵藤夫妻からは、確かにその『友達』が誰なのかを尋ねる書き込みがあり、ゼノヴィアは正直に連也の家に泊まると答えてある。

 

「大して関心もないくせに、何故後になってからいちいち口を挟むんだ?」

「うぐぐ……」

 

 一誠は反論の言葉が思い浮かばず、うめくだけだ。

 

「ぐうう……チクショウ! やい秋月! テメェ、ゼノヴィアに何しやがった! 念道の技で洗脳でもしやがったのか!」

「なんでそうなるんだよ」

「ゼノヴィアがこんな簡単に、俺以外の男になびく訳ないんだよ! ゼノヴィアを洗脳して家に連れ込んで、エロい事でもし、あだだだだっ!」

 

 いきなりゼノヴィアに腕をねじ上げられて、一誠は声を上げた。

 

「今のは言い過ぎだぞ。連也は私にベッドを貸し与えて、自分はリビングのソファで寝る紳士だ。侮辱は許さん」

「こんな奴信用出来るか! お前が寝てる間におっぱい揉んだりしたかも知れねえんだぞ! 自分勝手で、自己中心的で、自分の都合でしか動かない奴が紳士な訳ねあぎゃあああっ!」

「侮辱は許さんと言ったぞ」

 

 ゼノヴィアは鋼鉄のような暗く冷たい声色で言い、更に腕をねじ上げた。

 

「ゼノヴィア。かばってくれるのは嬉しいけど、もうやめとけ。それ以上は折れる」

 

 連也の言葉に、ゼノヴィアは小さく溜め息をつき、渋々腕を離した。

 

「くそっ、ふざけやがって……俺にこんな事するなんて、やっぱりお前おかしいぞ! 目を覚ませ、お前は騙されてるか洗脳されてるんだ!」

「まだ言うか。なら、この眼を見てみろ」

 

 ゼノヴィアは一誠の胸ぐらを掴んで、引き寄せた。互いの鼻息が感じ取れるくらい、顔が近付く。

 

「これが洗脳されてる者の眼か?」

 

 問われて、一誠はゼノヴィアの眼を覗き込む。よく考えたら洗脳された者の眼など見た事はないが、常軌を逸した者や狂気に染まった者の眼に見られる、独特の暗さや淀みは見受けられない。

 

「い、いや……いつもと変わらない……」

「そら見ろ」

 

 ゼノヴィアは一誠の胸ぐらを、半ば突き飛ばすように離した。

 

「つ、つまり、お前は正気で、本当に自分の意思で、秋月の家に泊まった……?」

「だからそう言っているだろう」

 

 瞬間、一誠の脳裏にはゼノヴィアとの思い出が次々とよみがえった。

 プールで子作りを迫られて以来、隙あらば関係を迫ってきたゼノヴィア。

 何度も胸を触らせてくれたし、初詣ではキスまでしてくれた。

 今とは比べ物にならないほど弱かった時期でも、自分と一緒にいると楽しいと言ってくれて、独立したら眷属としてついていくとまで言ってくれた。

 だが、それらの思い出がたった今、ガラス細工めいて粉々に砕け散ったような気がした。

 

「俺の子供が欲しいって言ってたのに……おっぱい触らせてくれたのに……キスだってお前の方からしてきたのに……全部なかった事にするつもりかよ……男の純情弄びやがって、このクソビッチがぁっ!」

 

 胸の奥から活火山めいて噴き上がった激情に駆られて、一誠は怒鳴った。

 次の瞬間、硬い物が頬にぶち当たり、倒れる。

 連也が拳を握っていた。

 それで、彼に殴られたのだとわかった。

 

「ま、また俺を殴りやがったな、このクソ野郎

!」

「クソ野郎はお前だ。俺の事をどう思おうとどう言おうとお前の勝手だけど、今のだけは取り消せ。謝れ」

「うるせえ! 本当の事だろうが! こいつは散々俺を誘惑してきておいて、あっさり他の男に乗り換えやがったんだ! ビッチじゃねえなら淫売だ! 淫売のクソ女だ!」

「取り消せ。謝れ」

「他人の女に手ぇ出しておいて偉そうな事言うな!」

 

 今度は連也が、一誠の胸ぐらを掴んだ。そのまま片手一本で、一誠を持ち上げる。

 

「取り消せ。謝れ」

「同じ事ばっかり言いやがって……九官鳥かお前は!」

「取り消せ。謝れ」

「うるせえ……お前はいいよな、ほっといても女の子の方から寄ってくるモテモテ野郎で。お前なんかに、二度も好きな女の子に裏切られた俺の気持ちがわかってたまるかよ」

 

 一誠も負けていない。そう切り返して、連也の顔に、赤色混じりの唾を吐きかけた。眼には涙さえ浮かべている。

 連也は避けようともしない。頬に一誠の唾がかかる。

 

「……取り消す気も、謝る気もないんだな?」

「当たり前だ!」

 

 すると連也は、あっさりと一誠を下ろしてやった。

 

「よくわかった」

「けっ。わかればいいんだよ、わかれば」

「なら、力ずくで取り消させる」

「……な、何だよ、やろうってのか」

「ああ。決闘だ。俺が勝ったら、さっきゼノヴィアに言った言葉を取り消せ。土下座して詫びろ」

「へっ、勝てたらの話だけどな。俺が勝ったら、お前は何をしてくれるんだよ?」

「何でも」

 

 連也は、氷のような冷たく静かな声で答えた。

 

「死ねというなら死ぬ。金を寄越せと言うなら強盗してでも払う。二度とゼノヴィアに近付くなと言うなら近付かない。奴隷になれと言うならなってやる。日時も場所もルールも、全部お前の都合で決めろ」

「……上等だ。舐めやがって」

 

 連也の言葉を自信の現れと受け取り、一誠は歯を剥いた。

 

「じゃあ夏休み、8月になったら冥界の俺の領地で勝負だ! 逃げんじゃねえぞクソ野郎!」

「8月だな、わかった」

 

 連也はあっさりと答えて、学校に向かう。

 ゼノヴィアも慌てて後を追った。

 

「けっ、まるで犬コロだな……」

 

 ゼノヴィアのその様子を見て、一誠は彼女に向けて、まだ赤色混じりのままの唾を吐いた。

 

 

「連也! 待て、落ち着くんだ!」

 

 ゼノヴィアは追い付いた連也の手を掴む。

 

「私のために怒ってくれたのは嬉しいが──」

「お前のためじゃないよ。あいつがムカついたから、ぶちのめしてやりたいだけだ。お前は関係ない」

 

 答える連也の声は、かすかに震えていた。

 

「俺はいつだって、自分自身のために戦う。今回もだ。だから結果がどうなろうと、お前は何も気にしなくていい」

「あの流れで私に気にするなと言うのは、もはや気遣いではなく新手の暴力だぞ……」

 

 冗談ではなく、心からそう思う。

 争いを好まないこの少年が、自分の名誉のために自ら戦いを挑んでくれるのだ。彼は今、『いつだって自分自身のために戦う』と言ったが、実際はいつだって、誰かのため、何かのために戦っている。その『誰か』が自分になろうとは、思ってもみなかった。自分が連也の好意に甘えたりしなければ……という罪悪感もある。気にならない方がおかしい。

 だが、やはりこの決闘は無謀に思えた。連也の実力は間近で見てきたが、それでも歩く核ミサイルと言っても過言ではない一誠相手では、分が悪いどころではない。

 

「連也、頼む。考え直してくれ……私はあんな奴に何と言われようと平気だ」

「俺は平気じゃない」

「だが、私のせいで君に万が一の事があっては……」

「お前のせいじゃない。俺が、自分で自分の尻拭いするだけだよ」

「え?」

「変な下心出して、家に呼んだりなんかしなけりゃ、お前があんなひどい事言われなくて済んだんだ。だから、その責任を取る。それだけの話で、お前は本当に何も関係ないんだよ、ゼノヴィア」

 

 連也はそう言って、微笑んだ。

 どこか儚いものを感じさせる笑みだった。

 

 

 期末試験が終わり、一学期が終わった。

 決闘の日取りは、8月半ばにある祝日とお盆休みが重なる連休期間最終日となった。準備期間は実に三週間ほどある。

 相手に『もっと準備期間があったら』などと言い訳させず、完膚なきまでに叩きのめしてやりたいという思いから、一誠はそのように決めた。

 ちょうど赤龍帝眷属用の合宿施設も完成してある。夏休みに入ると一誠はそこに籠り、トレーニングに勤しんだ。

 ペンション地下に儲けられた、訓練用の異空間結界には、ちょっとした仕掛けがある。

 時間の流れが、遅いのだ。結界内での三時間が、外界での一時間に当たる。あまり差を広げ過ぎると、その時間差に戸惑ってしまうからだが、それとは別に技術的な限界というのもあった。

 それでもありがたい。入念なトレーニングが出来るし、時間の流れが違うだけなので、決闘の前日でも、結界に籠れば三日分の休養が得られる。

 更にタイミングの良い事に、天界から一誠に新たな武器が渡された。アスカロンⅡの試作品である。これを鎧の尻尾の先端に装着させれば、攻撃の幅が広がるだろう。

 ペンションに籠ったのは、新旧オカルト研究部メンバーと顔を合わせたくないからというのもあった。

 連也と決闘する事になったと伝えるや否や理由を聞かれ、素直に『向こうの方から喧嘩を売ってきた』と答えたら、皆が皆、口を揃えて『連也に何をしたのか』と詰問するのだ。

 洗脳は確かに自分の考え過ぎだったようだが、それでも秋月連也には、他者の心を引き寄せ、なびかせ、手懐ける何かしらの力があるようだ。その力に魅入られた今の彼女たちでは、どんな横槍を入れてくるかわからなかった。

 

(まぁ、それも少しの間の我慢だな……)

 

 連也は負けたら何でも言うことを聞くと言った。死ねと言われれば死ぬとまで言った。

 だが一誠は、別に命まで奪うつもりはない。二度と自分たちに近付かなければ、それで良かった。そうすればみんな正気に戻るだろう──ゼノヴィアも含めて。

 後から振り返ると、ちょっと言い過ぎたと自分でも反省はしているのだ。

 だが、連也こそが元凶なのだから、それを排除すれば彼女も自分の元に戻ってくるはずだ。

 ギクシャクした関係性も、生徒会長という立場から来る重圧ゆえだろう。卒業してしまえばそれもなくなる。

 連也さえ排除すれば、もう一度かつての平和な日常を取り戻せるのだ。

 一誠はそんな思いを胸に、特訓に励んだ。

 

 

 リアス・グレモリーと姫島朱乃の二人は、空から河原へと舞い降りた。

 ゴツゴツした大きな石があちこちにあり、山奥の上流である事がわかる。

 そこで曹操が、キャンプをしていた。

 今は持ち込んだカップラーメンで、昼食を取っている。

 

「おや、珍しい客人だな。それともこの近くに、やたら客への注文の多い料理店でもあるのかな?」

 

 呑気な冗談を言う曹操に、リアスが詰め寄った。

 

「……何故あなたがここにいるの?」

「ご挨拶だな。どこで何をしようと、公序良俗に反しない限りは俺の自由のはずだが」

「そうじゃなくて! 私たちはこの辺りで連也くんが山籠りしていると、あの子のご家族から聞いてやって来たのよ! なのに、どうして、その連也くんがいなくて、あなたがいるの!」

「彼ならいるよ」

「どこに?」

 

 曹操は無言で、持っている割り箸である方角を指し示した。

 川から離れて少し上の斜面に、大きな洞窟がポッカリと空いている。

 

「あそこに籠っている」

「あの洞窟で、何をしているの?」

 

 と朱乃が尋ねた。

 

「さぁてね。誰にも見せたくない、念道の修行方法でもあるんだろう。すまないが、当分は面会謝絶だ」

「そう……」

「で、あなたは何をしているの?」

「決闘の話を聞いたものでね。彼のサポートをしたくて押し掛けて来たのさ」

 

 曹操はリアスの問いに答えて、カップラーメンをまたすすり始めた。

 

「君たちこそ何の用だ? 兵藤一誠に負けてやってくれと、お願いでもしに来たか?」

「あなたと同じよ」

 

 嫌味たらしい皮肉に眉を潜めつつ、リアスは答えた。

 

「…………意外だな。二人揃って乗り換えか?」

「人聞きの悪い事言わないで。むしろイッセーのためになると思えばこそよ」

「ほう?」

「連也くんがあの子に勝てば、少しはあの子も心を入れ替えるだろうと思ってね」

「ここ最近のイッセーくんは、様子がかなり変でしたもの。連也くんに負ける事で、一旦足を止めて、自分を省みる事が出来ればと思いまして」

「あの子さえ良ければ、私が所有している合宿施設を使わせてあげてもいいのよ?」

「なるほど。なら尚更、今は彼の好きなようにやらせて欲しいね。彼の“武”は、君たちとは全く異なる。かえって足を引っ張りかねない」

「そういうものかしら……」

 

 わからなくもないが、リアスはやや不安だ。

 

「……確かにあの洞窟から、清爽な力を感じますわね。こんな離れた所にまで届くほどなのだから、特訓は順調と見るべきかも知れませんわ」

 

 こういう事にはリアスより(さと)い朱乃が、呟くように言った。

 リアスも同様に感じ取っていたが、朱乃の言葉で、改めてそれを実感し、引き下がる事にする。

 

「連也くんの事、お願いね曹操。何かあったら、すぐに私たちに連絡をちょうだい」

 

 と言い残して、転移魔法陣を展開して帰っていった。

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