生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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開戦

 元ドラゴンにして最上級悪魔に名を連ねる転生悪魔『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』タンニーンには、三人の息子がいる。その三人の息子の末子に当たるのがボーヴァ・タンニーンである。

 ドラゴンや悪魔たちから尊敬の対象となっている父兄に対して、ボーヴァは冥界の実力者に片っ端から喧嘩を売り、『破壊のボーヴァ』の渾名で恐れられ、蔑まれてもいる。

 しかし彼がいたずらに蛮勇を奮うのは、偉大な父や二人の兄に対するコンプレックスと、自分も彼等のように認められたいという気持ちから来るものであった。

 父タンニーンの弟子に当たる兵藤一誠に対して強い憧れを抱いており、彼が上級悪魔に昇格したと遅ればせながら(冥界の僻地で喧嘩とトレーニングに明け暮れて、情報の届くのが遅れたのだ……)聞きつけ、何とか臣下の末席にでも加えてもらおうと掛け合うと、マネージャーを名乗る小娘に門前払いを食わされた。

 どうも大事な決闘を控えているらしい。

 その決闘相手の事を調べると、人間の少年だった。邪龍戦役を始めとした戦いに全く参加していないようだ。駒王町を襲ったはぐれ悪魔を退治したらしいが、それも悪魔の存在を隠蔽するための、いわば生け贄の山羊(スケープゴート)にしか過ぎない。

 偉大なる赤龍帝に救われた大恩がありながら、不遜にも決闘を挑むちっぽけな人間の小僧。

 それがボーヴァの怒りに火を点けた。

 そしてその怒りが今、文字通り炎となって連也に迫る。

 秋月連也は、いつの間にかどこからともなく取り出した木刀を上段に構え、振り下ろした。

 太刀筋に沿って空間が歪み、その歪曲空間によって炎が分散され、少年の左右を通過していく。

 

(やっべー……)

 

 連也は巨龍の攻撃をしのぎながらも、逆に危機感を覚えた。

 練り上げられた『気』が『念』へと昇華されるスピードが、遅い。

 エネルギー補充のために、正中線上に備わる六つのチャクラを開きたいのだが、チャクラの開く感触が、重い。

 念に備わる破邪の力を抑え、より純粋な生命エネルギーに変換して、丸二日間他者の肉体に注ぎ込むという作業は、連也の心身を予想以上に疲弊させているようだ。さっきの防御も、間に合ったのはかなりギリギリのタイミングだった。

 

「あのー、すいません。明日は大事な用事があって早く帰らなきゃなので、勝負は明後日以降にしてもらえません?」

『その大事な用事というのが赤龍帝との決闘なんだろうが! 貴様ごときが偉大なる赤龍帝に挑もうなどと無礼千万! 今の炎を防いだ程度で思い上がるな!』

 

 ボーヴァは怒声を轟かせ、右前足を連也の頭上に振り下ろす。圧倒的なパワーと質量で以て連也を叩き潰すつもりだ。

 右前足が地面に叩きつけられ、風圧で土埃が円状に巻き上げられる。

 

『──?』

 

 ボーヴァは眉根を寄せた。

 おかしい。

 小僧の華奢でちっぽけな肉体を叩き潰した感触が、ない。

 どころか、前足が地面に激突した感触も、ない。

 全力で振り下ろしたにも関わらず、まるでゆっくりと真綿の上に置いたかのように、何の手応えもなかった。

 恐る恐る前足を上げると、そこには木刀を頭上にかざした連也が、しっかりと自分の足で立っていた。片膝すら、ついていない。

 連也は、以前村山と片瀬の木刀を受け止めたように、全身をサスペンションにして攻撃の威力を吸収、体内の気脈を通して素通りさせて、地面に放射したのである。

 さすがに、体内を一周させて送り返すまでの余裕はなかった。今ようやく、会陰と丹田に宿る、物理的な力を司る二つのチャクラが開放されたところである。

 次はヘソ・鳩尾・喉に宿る、感情的な力を司る三つのチャクラだ。しかしこれも重い。少しずつしか、開かれていく感じがしない。

 

『おのれ、小僧がぁ!』

 

 ボーヴァが、固めた左右の拳を連続で振り下ろす。

 連也、これを木刀『飛龍』で受け止め、そのまま受け流す。

 空爆を思わせる、超重量級の連打を捌きつつ、辺りを見渡した。

 岩があちこちに散見されるものの、どれも隠れ場所には向かない。何せ相手は全長十メートルの巨大ドラゴンだ。上から見渡せば、簡単に見付けられるだろう。

 可能ならどこかに身を潜め、瞑想して、チャクラ開放に全神経を集中させたいところだが、それは無理なようだ。念の消耗を最小限に抑えながら攻撃をいなし、並行して周囲の岩や大地から吸収した『気』を『念』に昇華させ、充填していく。そうして溜まった念で、チャクラ開放を促進する。その作戦で行こうと連也は考えた。宇宙の理力を取り込めば、念の充填は短時間で終わるが、そのための吸収口たるチャクラが開かない事には、どうにもならないのだ。

 ボーヴァは咆哮を上げながら、拳と蹴りを高速で繰り出してくる。一撃一撃がミサイルを思わせる勢いだ。

 だが、ボーヴァ自身が敵意と闘志を剥き出しにしているせいか、動きの一つ一つに、明確な『圧』がある。それを感知すれば、速度差を補うには充分だった。

 連也は真っ正面から飛んでくる左の超低空アッパーカットを木刀で払い上げる。ボーヴァの左拳が弧を描き、ボーヴァ自身の顔面にめり込んだ。

 

『小賢しいっ!』

 

 ボーヴァは鼻血と涙を流しつつ、蹴りを放つ。

 連也、これをバックステップでかわす。

 ここでボーヴァ、蹴り足を振り抜いた勢いそのままに回転し、尻尾を槍のように真っ直ぐに繰り出した! 

 ボーヴァの尻尾は、頑丈な鱗に覆われてこそいるが、鋭く尖ってる訳でも、爪やトゲなどが生えている訳でもない。

 だが尻尾での攻撃と言えば、たとえドラゴンであろうとも、ワニがするように薙ぎ払う動きしか出来ない。今の連也との体格差なら、頭上から振り下ろす事も出来ようが、いずれにせよ振り回す動きになる。

 そこへ意表を突く、尻尾での突きである。

 ボーヴァが今までの喧嘩の経験から編み出した戦法であった。

 巨龍の尻尾が、城門をぶち破る破城槌めいて連也に迫る。

 連也、木刀を正面に立てて、真っ正面から迫る尻尾を受け流す。

 凄まじい風圧が、少年の肉体をぶっ叩いた。

 更にボーヴァは、もう一度口を開いて、火炎放射の準備を始める。

 

「えやぁっ!」

 

 連也は頭上遥か十メートル先にあるその口目掛けて、地上から木刀での片手突きを放つ。

 その際、手首を捻るような動きも加えた。

 周囲の岩や大地から取り込んだ『気』と、開放された二つのチャクラから取り込んだ理力から練り上げた『念』が、その捻り突きによって生まれた運動エネルギーを増幅させていき、螺旋回転する衝撃波を発生させた。

 それは細身でありながらも猛烈な竜巻となって、ボーヴァの口を直撃し、今まさに吐き出そうとした炎を暴発させる。

 逆流した炎で喉や肺を焼かれて、ボーヴァは咳き込みながら倒れた。

 連也は、木刀『飛龍』を正眼に構える。

 今ようやく、中位の三つのチャクラが開いた。

 後は眉間に備わる、霊的な力を司るチャクラだ。

 

『ぐうぅ……ま、まだまだぁ……!』

 

 ボーヴァは口から煙を上げながら、立ち上がった。

 血走った眼で、連也を睨み付ける。

 

『貴様ごときに遅れを取っては、赤龍帝の牙になるなど夢もまた夢……断じて負けられぬ!』

 

 咆哮を上げ、眼下の連也目掛けて、再びパンチとキックの空爆を浴びせてくる。

 連也の胸中に、もはや最初の不安や危機感はなかった。

 開放された五つのチャクラから吸入される宇宙の理力が、肉体に浸透していくのがわかる。

 それを『念』へと昇華させ、眉間に集中させる。

 未だ普段のペースとは言い難いが、それでも眉間のチャクラは、最初よりも軽い動きで、速やかに開き始めた。

 頭上から隕石めいてボーヴァの拳が飛んでくる。

 木刀で受け止め、拳の衝撃を、体内を一周させて木刀から放出する。

 

 木霊返し。

 

 連也がそう名付けた防御技。

 ボーヴァは自身の放った拳の衝撃を跳ね返されて、ロケットめいて空高く巨体を舞い上がらせた。

 

『お、おのれぇぇえええっ!』

 

 ボーヴァは翼をはためかせて、更に高く上昇した。

 高度百メートル。

 地上の連也が豆粒ほどにも見える。

 ボーヴァは大きく口を開けた。

 己れの肉体すら焼き尽くしかねないほどの火力を、一点に集めて、火の玉を形成する。

 彼の父タンニーンの炎の息(ブレス)は、隕石の衝突を思わせる威力であり、故に燃え盛る流星(ブレイズ・ミーティア)の異名で呼ばれている。

 その息子たる彼もまた、その真骨頂は口から吐き出す絶大な火炎にある。

 もはやボーヴァは、赤龍帝に仕官するという目的すらかなぐり捨てた。

 相手が父や兄たちなら、負けてもしょうがない。

 赤龍帝や白龍皇でも同様だ。

 チームD×Dに所属する、一流の戦士たち相手でもそうだ。

 だが、こいつは違う。

 赤龍帝に守られる、ちっぽけで非力な存在の一人でしかない。

 そんな小僧の、妖しげな剣法ごときに、負ける訳にはいかないのだ。

 ボーヴァは今、目の前の勝利のために、それ以外の全てを投げ捨てた。

 この一撃で自分自身が燃え尽きても、それでもあの小僧を倒す。あの小僧に勝つ。

 俺はタンニーンの息子なのだ。破壊のボーヴァなのだ。ただの人間ごときに負けたとあっては、その名が廃る!

 ボーヴァは必死必勝の想いを込めて、最大火力の炎を吐いた。

 その超高熱の炎は、もはや閃光。

 熱波と衝撃で、牙や口周りの鱗が溶けて、吹き飛んでいく。

 舌は半ば炭化して、喉も真っ赤に溶けた鉄を流し込まれてるかのように熱い。

 渾身の一撃は、父の吐く炎にも迫る威力を秘めていた。

 その時、連也は眉間のチャクラを開放し終えていた。

 眉間から白い光輪を輝かせ、上空から迫る超高熱線を木刀で受け止める。

 ──おお、何と!

 ボーヴァの炎は、まるでそこが出入口であるかのように、木刀に吸い込まれていく!

 

「念道剣──」

 

 木刀『飛龍』は、ボーヴァが死力を尽くして吐きつけた炎を全て吸収し尽くし、更に連也の念も流し込まれて、白い光輝の剣と化した。

 

波濤(はとう)返し!」

 

 連也はその輝きを、遥か上空のボーヴァ目掛けて振り抜いた。

 白光がほとばしり、巨大な熱線となってボーヴァに迫る。

 ボーヴァには、これをかわすだけの余力は残ってなかった。

 閃光が巨体を呑み込む。

 焼け爛れた全身から煙を上げながら、ボーヴァは地面へと落下していった。

 

 ズドォォオオオン……!

 

 轟音が響き、土煙が上がる。

 ボーヴァは……倒れ伏してはいるが、生きていた。

 連也の放った攻撃は範囲を広げた分、熱量が拡散されて、ボーヴァが耐えられるギリギリのレベルにまで落ちていたのだ。

 だが、もはや戦う力は、残されてはいない。

 自身の炎の熱で、内臓のいくつかも火傷を負っている。特に火炎放射に使用する器官のダメージが大きい。しばらくは、ライターの炎程度の火すら吐けないだろう。

 

(ここまで……か……)

 

 何より、決死の想いで放った炎を跳ね返されて、ボーヴァの闘志が完全に挫けていた。

 

(まぁ……こんなものだな……)

 

 しょせん自分は、器ではなかったのだ。

 父や兄たちに負けぬ、いや、それ以上の立派なドラゴンになりたかった。

 だが、そのために取った手段は、暴れる事だった。強い奴がいれば片っ端から喧嘩を売り、片っ端から叩きのめして来た。

 そうやって力を振りかざす生き方ばかりしていけば、いつかより大きな力で叩きのめされる。

 因果応報──そんな人間界の言葉が、脳裏をよぎった。

 だが、考えようによっては、そう悪いオチでもあるまい。自分の生き方のツケを自分で払っただけ。父や兄たちに迷惑を掛ける事を思えば、この場で無様に死んでいけるだけ、まだ幸運なのかも知れない。

 強がりでも何でもなく、そう思った。

 ボーヴァの視界に、連也の姿が映った。

 

 ──俺の負けだ、殺せ。

 

 という言葉を、ボーヴァはグッと飲み込んだ。生殺与奪の権限は、勝者にこそある。勝者の意思に粛々と従うのが、敗者の礼儀だ。

 ボーヴァは、ゆっくりと目を閉じた。

 連也はどうしたか。

 少年は、自分の背丈をも越える直径の巨龍の首筋に木刀『飛龍』をあてがい、

 

「えやぁっ!」

 

 と、気合いを放つ。

 ボーヴァは、体内を春風が駆け抜けていくような、不思議な感覚に見舞われた。

 

 げほっ。

 

 大きく一度だけ咳き込むと、喉の焼けつく感じが、なくなった。

 全身の痛みも消えている。

 完全回復とまではいかないが、それでも身体がとても楽になった。

 

「お相手、ありがとうございました」

 

 連也は木刀を左手の中にしまい、ペコリとお辞儀をする。

 

『……俺を、助けたのか?』

「応急処置ですけどね」

『何故だ……俺は、お前をさらって、殺そうとしたのだぞ?』

「んー……」

 

 連也は頭をガシガシと掻いた。

 

「上手く言えないんですけど……何てゆーか……あなたと戦った事で、ちょっと自信がついた気がするんです。人間、どんなにヘロヘロになっても、最後まで諦めずに頑張れば何とかなるもんだな~って」

『それだけの理由で、俺を助けたのか?』

「いえ、もう一つ……戦う前に、『たんにーん』の一子とか言ってたでしょ? その『たんにーん』ってのが、あなたのお父さんだかお母さんだかなんですよね?」

『父だ』

「息子がこんな寂しい所で死んだら、そのお父さんも悲しむだろうなって思って。それだけです」

 

 連也はそう言うと、はぁ~っと大きく息を吐き、座り込んだ。

 

「あー、めっちゃ疲れた……すいません、ちょっと失礼します」

 

 そう言ってボーヴァの首筋にもたれかかり、

 

「あっつッッ!!」

 

 まだ熱を持っている鱗に触れた自分の首筋を押さえて、転げ回る。

 

『……はは』

 

 ボーヴァは、力なく笑った。

 

『おかしな奴だな、お前は』

 

 呟く声は、とても柔らかく、優しい。

 自分を殺そうとした敵すら救う『ちっぽけな小僧』が、とても大きく見えた──などという事は、全くない。大きくも見えないが、小さくも見えない。どこまでも、ありのままだ。

 ボーヴァは今、これまでに感じた事のない、妙に安らかで落ち着いた気持ちになっていた。

 そこへ、二人から少し離れた場所に、転移魔法陣が展開される。

 そこから閃光が溢れて、複数の人物が転送されてきた。

 

 ルフェイ。

 曹操。

 リアス。

 朱乃。

 ロスヴァイセ。

 アーシア。

 黒歌。

 そして、ゼノヴィア。

 

 地面に座り込んで、指で首筋に唾液を塗りたくっている連也の元へ駆け寄り、口々にその身を気遣った。

 

 曹操から連絡を受けたリアスは、腹心の朱乃と、魔法に精通したルフェイとロスヴァイセ、救護役にアーシアを連れて現場に駆け付けた。

 ゼノヴィアと黒歌も、彼女たちの慌ただしい動きから、すわ連也に危機が迫っているのかと察して同行した。

 そしてルフェイとロスヴァイセが、現場に残された転移術式の痕跡を発見、解析し、更に逆探知までして、ここにやって来たという次第である。

 

「──あら、誰かと思ったらボーヴァ・タンニーンじゃない。()()になっていたからわからなかったわ」

 

 リアスがボーヴァに、鋼鉄のような暗く冷たい眼差しを向ける。

 

「あらあらウフフ。せっかくですから、もっと()()にしてあげませんとねぇ」

 

 朱乃の朗らかな笑顔は、まるで仮面のように冷たかった。

 ボーヴァもさすがに危機感を覚える。今のこの二人なら、たとえさっきまでの瀕死の状態の自分であろうと、花を摘むような感覚で拷問に掛けるだろう。

 他の連中も大なり小なり、自分に対して敵意の眼差しを向けている。

 

「アルジェントさん。俺は大丈夫だからボーヴァさん治してやってよ。身体の外も中も、あっちこっち大火傷してるからさ」

 

 連也がアーシアにそう頼む声で、全員が一斉に、弾かれたように彼の方を向いた。

 

「い、いいのか連也……こいつが、消耗した状態の君をさらったのではないのか?」

「そうよダーリン。ここで消しといた方が、後腐れなくていいわよ?」

「いや、死なれちゃ俺の気分が悪いんで」

「……わかりました」

 

 アーシアは小さく溜め息をつくと、ボーヴァのそばに歩み寄り、手をかざす。

 白いたおやかな手に一対の指輪が顕現して、緑色の光を放つ。

 光はどんどん広がってボーヴァの全身を包むと、火傷を瞬く間に癒していく。

 

『す、すまぬ……』

「……連也さんの頼みですから。それに、あなたのお父様には何度も助けられました。そのご恩返しです……あなたの身に何かあれば、お父様も悲しむでしょうから……」

 

 アーシアは、そう言った。

 連也はボーヴァの怪我が治っていくのを見届けると、地面に大の字に寝転がり、すぐに寝息を立て始めた。

 

 

 目を覚ますと、兵藤邸の一室だった。

 窓からカーテン越しに朝日が差し込み、室内をうっすらと照らしている。

 あの後リアス・グレモリーによってここに運ばれたのだろう。

 そう推測しながら身を起こした連也は、自分が何故かパンツ一丁である事に気付いた。

 だがそれ以上に、自分の周りを見て、心臓を鷲掴みされたような気分になった。

 何故か同じベッドに、黒歌が寝ていた。

 彼女の妹の塔城小猫も寝ていた。

 ゼノヴィアも寝ていた。

 そして、何故か三人が三人とも、全裸なのである。

 

 全裸なのである。

 

「う~ん……」

 

 やがてゼノヴィアが目を覚ました。

 

「あ、ダーリン起きたぁ?」

「おはようございます、連也先輩」

 

 猫又姉妹も起き上がる。

 小猫はいそいそと、サイドテーブルの上に畳んで置いてあった寝間着を身に付けたが、他の二人は白い裸身を平然とさらけ出したまま、左右から連也の顔を覗き込む。

 

「う~ん、まだちょっと顔色悪いかニャ~」

「気分はどうだ、連也」

「……東尋坊でロープレスバンジーしたい気分だ」

「むぅ、言葉の意味はよくわからんが、冗談を言えるくらいなら大丈夫か」

「それじゃお姉さんが念のために身体検査してあげるわね~」

 

 ニマッと笑った黒歌が、連也のトランクスの中に手を入れようとした時、衣服を身に付けた小猫が姉を後ろから羽交い締めをして天井高く投げ上げた。

 小猫はそれを追ってジャンプ。

 空中で、上下逆さになった黒歌の首を肩に乗せ、両足首を掴んだ。

 更に肩でロックした首を両足での三角締めでホールドしたまま、床の上に着地した。

 小猫秘伝の百八つの完猫技(かんびょうわざ)の一つ『アルティメット・キャット・バスター』であった。

 

「し、白音(しろね)……お姉ちゃんはもっと労って……」

「だったら、もっと労られる言動を心掛けてください」

 

 そう言い捨てた小猫は、ついでに口から泡を吹いて気絶した姉をポイッと部屋の隅っこに投げ捨てた。

 

「……と、塔城さん……いったい全体、何がどーなってんスか……」

 

 余りに物凄い必殺技を目の当たりにした連也は、下級生相手にも関わらず敬語を使ってしまう。

 

「かくかくしかじか」

「まるまるうまうまという訳か……かえって寿命が縮んだ気分だ……」

 

 とりあえず、自分が彼女たちに何かした訳ではないとわかって、連也は安堵の溜め息をついた。

 

 読者の皆さんには、これだけではわからないだろう。僭越ながら説明させていただく。

 リアスは連也を兵藤邸に運び、そこで休ませる事にしたが、問題は連也の消耗した念を、明日の決闘までにどうやって回復させるかだった。

 フェニックスの涙のストックがあったので使ってみたが、連也の念が回復する気配はない。

 

「ダーリンの念は特殊過ぎて、もうこんなのぶっかけたくらいじゃ意味ないのかもね」

 

 とは黒歌の言である。

 そしてその黒歌の発案で、仙術を使って、一晩掛けて連也の肉体に気を注ぎ込むという処置を取る事にした。

 効率を高めるため、肌と肌を直に触れ合わせる必要がある。だから彼女たちは全裸だったし、連也はパンツ一丁に剥かれていたのである。

 小猫も以前命を助けられたお礼として、それに参加した。

 ゼノヴィアも加わっていたのは、何か手伝える事はないかと申し出た際に、

 

「じゃあアンタ、バッテリーになって」

 

 と黒歌から言われた。つまり猫又姉妹の仙術で、姉妹のみならずゼノヴィアの気も注ぎ込もうという訳だ。

 

 そうして連也は、以前にも増して最悪の朝を迎えたのである。

 小猫が連也の背後に回り、両手を背中に当てる。

 

「……三人分の気を注ぎ込んだのに、あまり回復してませんね」

 

 口調こそ静かだが、頭の上からピョコンと可愛らしく飛び出た猫耳は、悲しげに寝ている。

 

「あー、たぶん『気』から『念』に相転移する時に量が減っちゃうんじゃない? 気100ポイントで念10ポイントみたいな」

ソシャゲのアイテム交換みたいな言い方やめてください……まぁ事実だからしょうがないけど」

 

 平然と復活した黒歌に言いながら、連也は服を着る。山籠りの間中着ていたジャージやシャツは洗濯され、アイロンも掛けられていた。一誠の母の静江が、事情がわからぬなりにやってくれたのである。

 壁時計に目をやると、もう朝の十時半だった。

 

「試合って何時からだったっけ?」

 

 三日前にリアスから伝えられていたが、連也はそれでも聞いた。

 小猫が答える。

 

「十一時です」

「……場所はどこだったっけ」

「グレモリー家が用意した、レーティングゲーム用のバトルフィールドです。転移魔法陣でリアス姉様が送ってくれますので、慌てなくても大丈夫ですよ」

 

 後輩の答えに、連也は再び安堵の息を漏らす。

 

「……やはり、今からでも延期させるべきだ」

 

 ゼノヴィアが言った。

 

「連也はまだ万全ではない。消耗した理由も、ソーナ前会長のお父上を救うためだったそうじゃないか。理由としては充分だろう」

「そうも行かないだろ。自分から誘っといてドタキャンとか、格好悪すぎるよ」

「だが、連也……」

「何より、そんな事したら、俺の心に甘えが生じる。例えば明日に延期してくれって言ってそれが通っても、明日になったら『やっぱ来週くらいに延期してもらえば良かったかな~』とか思うに決まってるんだ。そうなったらもうおしまいだよ。決闘がいつになろうが、俺の心に生じた甘えは絶対俺の足を引っ張る。だから、今日アイツと戦う」

「…………」

 

 ゼノヴィアが今にも泣きそうな顔で、全裸のまま、連也に抱きついた。

 

「すまない連也……私のために……」

「違うよゼノヴィア。俺は、俺のために戦うんだ。今までもそうだったし、これからもそうする」

 

 連也は優しく、自分の肩に顔をうずめて震えるゼノヴィアの背中を、さすってやった。

 

 

 サイラオーグ・バアルには、実はちょっとした悩みがある。本人自身『悩み』と表現するのが憚られるほどの、些細な事だ。

 

 周囲の悪魔との間に、時々考え方や価値観において『ズレ』を感じるのである。

 滅びの魔力はおろか、悪魔として充分な魔力量すら持たず、ただひたすらに肉体を鍛え続けて来た自分と、生まれながら有する魔力で様々な事が出来る他の悪魔たちとでは、考え方や感じ方が違うのは仕方がない。だからそんな時はただ『そういうもの』としてありのまま受け止める事にしている。そして必要があれば、話し合いを通して擦り合わせも行う。

 

 しかし、今回の兵藤一誠の気持ちは、さっぱり理解出来なかった。

 彼から秋月連也との決闘の審判役を頼まれたサイラオーグは、連也の方から挑んできたとだけ聞かされて不思議に思い、リアスに詳しい経緯を聞いたのである。

 正直に言って、何故兵藤一誠がゼノヴィア・クァルタを罵倒したのか、その気持ちが本当に理解出来なかった。

 彼女は単に、兵藤一誠とは違った魅力を秋月連也に感じているだけではないか。

 従姉妹のリアスも、そこは同様だった。

 そしてリアスが秋月連也を弟のように思っているのと同様に、ゼノヴィア・クァルタも単に友情を抱いているだけではないか。

 仮に恋愛感情だったとしても、単に秋月連也を第二の夫と定めているだけではないか。

 自分との関係が消えるのを恐れているのだろうか? しかしリアスの話だと、学園生活においてゼノヴィア・クァルタに迷惑ばかり掛けているらしい。ならば彼女の気持ちが離れていくのは当然だし、それが嫌なら行いを改めて関係を再構築していけば良いだけではないか。時間はたっぷりと──それこそ半永久的に──あるのだから。

 

 まぁ、それはそれとして。

 秋月連也がどのように兵藤一誠と戦うのか。

 兵藤一誠がどのように秋月連也と戦うのか。

 その点については、深い興味がある。

 故に、審判役を引き受けたのである。

 

 自分はともかく母まで侮辱され、それでも力がなかったが故に言い返す事すら出来なかった悔しさを知るサイラオーグとしては、ゼノヴィア・クァルタの名誉のために戦わんとする秋月連也を応援したい気持ちがある。

 その気持ちを胸の奥底にしまい、彼は厳正に審判役を務めようと己れに言い聞かせた。

 

 時間になった。

 グレモリー領内にある未開発の平原を模した、レーティングゲーム用の異空間。

 そこに立つのは三人だけ。

 秋月連也。

 兵藤一誠。

 サイラオーグ・バアル。

 

「ルールは簡単だ、『一対一で戦う事』。時間は無制限。フェニックスの涙の使用はなし。バトルフィールドはこの平原。どちらかが戦闘不能になってフィールド外へ転送された時点で決着とする。ここは外界から隔離されているので、場外負けは物理的に不可能だから心配はいらん……広さ的にもな」

 

 サイラオーグは四方を見渡して、そう付け加えた。フィールドは一キロ四方の広大な空間なのである。

 

「では両者、悔いのないよう存分に戦え。俺が見届けてやる!」

 

 言い終えると、サイラオーグの足下に転移魔法陣が展開され、彼はフィールド外へ転送された。

 審判への流れ弾を危ぶむ一誠からの提案で、フィールドの外から審判してもらう事になっている。何か不正が行われれば、そのプレイヤーを即座に強制リタイアさせる装置が、彼に与えられていた。

 そして、サイラオーグの転移が、試合開始の合図となった。

 

 連也は小さく頭を下げて、礼をした。

 その隙に一誠は、翼を広げて距離を取りながら、《赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)》を顕現させる。まずは真・女王《真紅の赫龍帝(カーディナル・クリムゾン・プロモーション)》へ昇格するつもりだ。そのための呪文の詠唱も開始する。

 

「我、目覚めるは、王の真理を天に掲げし赤龍帝なり」

『相棒、もっと距離を取れ。何かやらかす気だぞ』

 

 籠手の中から、ドライグが警告する。

 見れば連也はどこからともなく木刀を取り出し、切っ先で正面の空間に輪を描く。

 一誠は更に連也から距離を取り、念のために上空に舞い上がった。

 全身から真紅の光を放ちながら、次の一節を唱える。

 

「無限の希望と不滅の夢を抱いて、王道を往く」

 

 そして続く一節を唱えようとした時、連也は虚空に描いた輪の中に、『飛龍』を突き入れた!

 

「がっ!?」

 

 同時に、一誠は()()()()強い衝撃を受ける。

 右の側頭部から、木刀の刀身が生えていた。

 連也が木刀を引くと、一誠の頭の刀身が、中に引っ込んだ。

 水輪(みなわ)くぐりを応用した転移攻撃である。

 

『相棒、大丈夫か!』

「あ、ああ……えーっと、何してたんだっけ?」

『真・女王への昇格だ。早く呪文の続きを唱えんとキャンセルされてしまうぞ』

「お、おお、そうだった! ……えーっと、えーっと……」

『おい、どうした……まさか、お前……』

「お、思い出せねえ……呪文、何だったっけ?」

『くそっ、今のはそういう事か!』

 

 ドライグが呻いた。

 転移攻撃の際に念道の技だか力だかで、記憶を封じたのだろう。

 連也は一誠とドライグが漫才染みたやり取りをしている間に、距離を詰めて、一誠の真下に移動した。

 

「エヤァッ!」

 

 頭上の一誠目掛けて、手首の捻りを加えた片手突きを繰り出す。

 螺旋回転する衝撃波が槍のごとく、一直線に一誠に迫る。ボーヴァとの戦いで使った『螺旋突き』だ。

 一誠は迫る竜巻状の衝撃波を、籠手で受け止めつつ、叫んだ。

 

禁手化(バランス・ブレイク)!」

 

 同時に、籠手の宝玉が輝く。

 

Welsh Dragon(ウェルシュドラゴン) Balance Breaker(バランスブレイカー)!』

 

 ドライグの声と共に、一誠の全身を、赤い装甲が包み込む。

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)》の禁手(バランス・ブレイカー)、《赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)》である。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!』

 

 音声が鳴り響き、一誠のパワーが連続で倍加される。

 

「くらいやがれ!」

 

 そして倍加したエネルギーを圧縮して、光の玉にして発射する。

 対して連也、頭上の空間を木刀で薙ぐ。

 太刀筋に沿って歪められた空間によって、光の玉(ドラゴン・ショット)は軌道を反らされ、あらぬ方向に飛んでいって爆発した。

 

「自分から喧嘩売るだけの事はあるみたいだな……」

『一気に畳み掛けろ。さっきの技で戦い方まで忘れさせられたら、お手上げだぞ』

「おう!」

 

 一誠は背中の推進器官から炎を噴き上げて急降していく。

 

「モードチェンジ! 『龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)』!」

 

 連也目掛けて、一直線に飛翔しながら、一誠は叫んでいた。

 全身を龍のオーラが包み込み、鎧を分厚い重装甲へと再構成する。

 特に両腕の籠手は通常の五倍以上にまで膨れ上がり、肘部分には拳銃の撃鉄に似た機構が現れる。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!』

 

 小手先の技など通用しない、ただひたすらに圧倒的なパワーで叩き潰す。

龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)』にプロモーションした一誠の巨拳が、連也のどてっ腹を直撃した──。 


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