通常の五倍以上にまで膨れ上がった巨大な腕が、破城槌めいて連也のどてっ腹に突き刺さった。
連也は巨拳の衝撃を、体内の気脈を通して一周させ、被弾箇所から放出しようとする。
しかし一誠、すかさず肘の撃鉄を稼働させた。その衝撃が、最初に打ち込まれたパンチの衝撃とぶつかり合う。
連也は、体内で爆発が起こるのを感じた。
その爆発の衝撃をとっさに背中から解放したため、着ていたシャツが
本来なら拳が当たった瞬間に撃鉄を打ち込む事で、パンチの威力を高めるソリッド・インパクト。
しかし一誠は、撃鉄を打ち込むタイミングをわずかにずらす事で、
腹部にめり込んだ拳が薄皮一枚ほども離れない間の、刹那の攻防である。
自分の読みが当たっていた事を確信した一誠は、迷わず左のソリッド・インパクトを連也の脇腹に放つ。
まともにくらった連也はまるでサッカーボールのように軽々と吹き飛び──二十メートルほど先で、クルリと宙返りして難なく着地した。くらったのではなく、パンチの勢いに乗って自ら跳んだのだ。
「逃がすかよ!」
一誠は追って駆け出す。
『
連也は連也で、遠距離攻撃が出来ないでもないが、これまでの戦いでの決め技は全て木刀での直接打撃である。アウトレンジを保ったままの戦いはやるまい。
ならば無理に『
連也は犀のように突進してくる一誠目掛けて、木刀を振るう。
念が光の刃となって飛翔するが、通常以上の分厚さになった今の一誠の装甲を切り裂くには至らなかった。
次いで連也、何を思ったか地面に伸びる己れの影に、木刀を突き立てた。そしてそのまま振り抜くと、連也の影の一部が矢の形を取り、地を走った。
影の矢が一誠の影に重なった瞬間、一誠は不可視の力で足が動かなくなり、バランスを崩す。
連也、『縮地』で間合いを詰めて、八双からの打ち下ろし!
一誠、巨大化した籠手でこれを受け止めた。
籠手の中に充満する莫大な量のオーラが、念の浸透を妨げる。
動きが止まった一瞬の隙を突き、一誠は巨拳で反撃。
連也、迫る巨拳を蹴って宙を舞い、回避した。
「クソッ、当たったはずなのに当たった感触がねえ……!」
一誠は歯噛みした。飛んでいる羽虫を掴み捕ろうとして逃げられるのに似た気分である。
相手は木場と同じテクニックタイプだが、それでも防御手段など無きに等しい生身の人間。一発当たれば簡単に終わるはずだ。しかしその一発が当たらない──否、当たりはしているが、
『だが相手の攻撃を跳ね返す《
「おう!」
一誠は威勢良く答えた。
「今度はこいつだ! モードチェンジ! 『
鎧が光を放ち、変化する。
アルマジロや犀を思わせた重厚なフォルムから一転、細身で凹凸の少ないスマートなフォルムに変わる。しかし推進器官の数は倍増していた。速度重視の『
「装甲パージ!」
全身の各部から、防御のための厚い装甲が弾けるように外されていく。
身を守ると言うより、身を包むだけの最低限の装甲のみを残した一誠が、背部の倍増された推進器官から噴炎を上げたかと思うと、連也の視界から消えた。
同時に、その背後に現れる。
だが、それよりも更に一瞬
「うおっ!?」
一誠が驚く。
攻撃のために移動と同時に籠手から出していた聖剣アスカロンと木刀がぶつかり合う。
聖剣の聖なるオーラと連也の念がぶつかり合い、爆発にも似た衝撃波を発生させる。
一誠は追い打ちを恐れて、すぐに距離を取った。
「ど、どーなってんだ!? アイツ、俺の神速を見切れるのか!? 動体視力どんだけだよ!」
『いや、違うな。奴は事前にこちらの動きを予測している』
「それにしたって、間に合うはずねえだろ! 自分で言うのもなんだけど、来るとわかっててもかわせねえスピードだぞ!」
『だが、装甲を排除する分、動き出すのにワンテンポ遅れる。そして奴は、相手の構えや姿勢などから次の動きを予測出来る。サイラオーグ・バアルとの試合でもそうだっただろう? トップスピードの差など、充分補える』
「
一誠は上空高く舞い上がりながら、鎧を再度変型させた。
大きなバックパックから肩越しに前方へと伸びた、二本の砲身を有する姿だ。
「コイツで消し飛べ! ドラゴンブラスタァァアアアアアッッ!!」
砲身から、圧縮された龍のオーラが熱線となって発射される。
左右同時にではなく、タイミングをずらす。まずは右側から、次いで左側を。
連也が一発目を避けようとしたら、その避けた先に二発目が飛んでくるという算段だった。
しかし連也は木刀で虚空を薙ぎ、太刀筋にそって歪曲空間を生み出す。
ドラゴンブラスターの一発目が歪曲空間によって軌道を逸らされ、後から飛んできた二発目とぶつかり合って、相殺された。
「だったら、これならどうだぁ!」
一誠は再度オーラをチャージ、今度は二発同時に撃つ。
放たれた二本のブラスターが絡まり合い、融合し、一匹の光の龍となって、連也に襲い掛かる。相手の防御の上から叩き潰す、フルパワーの砲撃である。
連也は呼吸を整え、木刀『飛龍』を霞に構えた。
眉間のチャクラを開放し、吸収した宇宙の理力を念へと昇華させ、『飛龍』に流し込む。
木刀が白い光輝を放ち始めた。
一誠の放った
「えやあっ!」
そして気合い一閃、念を解き放つと、熱線は内側から爆発、雲散霧消する。
ふーっ……!
連也は、大きく息をついた。
(あっぶねー……)
何とか念の消耗を抑えつつ、対処出来た。
二つの熱線が絡み合い、融合して生まれた砲撃だが、その獰猛なエネルギーの流れの中に、『圧』の弱い部分を見出だせたからこそ出来た事である。
(さて、どーしたもんかな……)
ここまで、何とか有効打をもらわずにいるが、逆にこちらも有効打を与えられてない。
さっき打ち込んだ時の感触からして、鎧の内側に充満したオーラだけでなく、鎧その物がオーラを物質化させた物らしく、どうも念が上手い事浸透してくれない。
念とオーラ。
人間と龍。
違いはあれど、結局のところ生物に宿る生体エネルギーである事には変わりはない。防ぐ事は決して不可能ではないのだろう。
何より、総量が文字通り桁違いだ。いかに念が万能の力であっても、やはりある程度の量は必要となってくる。
(じっくりやりたいところなんだけどなー……)
念の消耗を最小限に抑えながら、兵藤一誠の攻撃を捌き、それと並行して念の充填も行う。
そして相手が消耗し、逆にこちらの念の総量が必要分溜まったら反撃に出る。
そういう作戦でいくつもりだったが、問題がある。
果たして、どこまで念の消耗を抑えられるか。
果たして、どこまで念を充填出来るか。
そのパワーアップ変身や、今見せた三段変身以外にもまだ切り札があった場合、さすがに不利になる。
何よりも、このフィールドがいけない。
どういう理屈でそうなってるのかはわからないが、ここはあくまでも冥界の土地を模して造られた疑似空間。極論すれば、微生物一つ存在しない真っ白な部屋に、超高画質の風景写真を壁紙として貼り付けてあるようなものだ。自然の気が──ボーヴァと戦ったあの荒野にすらあった自然の生命力が──全く感じられない。
チャクラコントロールだけで、エネルギーの消費と補充を同時にやらねばならないのだ。
三歩進んでは二歩下がるような戦いとなる。
だが、やるしかない。
連也は木刀を正眼に構え、上空の一誠を見据えた。
◆
グレモリー領内の大きな湖の
そこの広い一室に、グレモリー、シトリー両眷属が集まっていた。眷属ではない生徒会やオカルト研究部メンバーもいる。
壁に設置された大型モニターに、連也と一誠の戦いが映し出されており、彼等はそれを観戦していた。
ソーナは今にもぶっ倒れそうな青ざめた顔をしている。自分のせいで連也に不利な戦いを強いてしまった事を気に病んでいるのだ。
リアスはそのソーナから離れた席に座っていた。
ソーナに対して相反する感情が渦巻いていた。
自分も彼女と同じ立場なら、やはりなりふり構わず連也にすがっただろう。だから責めるつもりはないが、それとは別に、やはり怒りのようなものが胸中に渦巻いているのだ。
その気持ちを紛らわすように、視線を曹操へ向けた。
「曹操。あなたはどう見てるの?」
「まぁまぁかな」
「まぁまぁって?」
「お互い有効打を入れられてないが、流れとしては秋月連也に分があると、俺は見ている」
「どういうこと?」
「ここまでの流れは、兵藤一誠にとってはたぶん初めての経験だろうからね──
その通りだろうと、リアスだけでなく、その場にいる誰もが思った。一誠の攻撃が効かない相手というのは、大抵彼より格上の者たちだった。
連也は、いかに技に秀でていようと生身の人間。彼の振るう念道も、規格外の破壊力や防御力を有するものではない。
「恐らく兵藤一誠は、一発当てればそれで片が付くと思っていただろう。それが当たらない。当たってもダメージが通らない。焦りから隙を見せるようになれば、秋月連也にも勝機はある──たぶんね」
「たぶん?」
「土壇場で訳のわからないトンチキな奇跡を引き起こすのは、彼の
「それは忘れなさい」
恥ずかしい記憶を呼び起こされて、リアスは凄味のある声色で言った。
ゼノヴィアはそんなやり取りなど目もくれず、モニターを食い入るように見詰めている。
いっそ自分が連也に加勢したい気分だった。一誠の攻撃には、殺意がありすぎる。ソリッド・インパクトもドラゴンブラスターも、生身の人間に使って良い威力ではないのだ。
(連也……死なないでくれ……負けてもいい、どうか死なないでくれ……)
ただひたすら、それだけを祈る。
左右に座っていたイリナとアーシアが、その手を握って、無言でゼノヴィアを慰めた。
◆
フィールド内に爆発音が断続的に響き、地面からはいくつもの火柱が上がる。
一誠が上空から、ドラゴンブラスターを撃ちまくっていた。
一発ごとにチャージは必要だが、左右の砲身から交互に発射する事で、タイムラグを縮めているのだ。
連也は空から降り注ぐ熱線の雨を掻い潜り、回避出来そうにないものだけ歪曲空間の盾で受け流す。
『──相棒。奴はどうも本調子とは言えんようだ』
「やっぱりか?」
『ああ。さっき使った遠くから記憶を封じる技を使おうとせん。消耗が大きいため、使いたくとも使えんのだろう』
「なら──」
『勝負に出るべきだろう』
「うし、やるか!」
一誠は砲撃をやめると、自身の内にある
「モードチェンジ! 『
自身を
そして連也の木刀の間合いに入る直前で、叫んだ。
「モードチェンジ! 『
今度は
連也は迎撃のために木刀を振り上げていたが、下から迫る巨拳を咄嗟に蹴って、跳躍していた。
瞬間、撃鉄が作動してオーラを噴出し、連也を宙高く吹き飛ばした。
「モードチェンジ! 『
再び砲撃形態となった一誠は、上空の連也目掛けてドラゴンブラスターを放つ。
迫り来る二本の熱線。
連也は空中で、それでも木刀を振るい、歪曲空間の盾を生み出して、この砲撃を受け流した。
通常の
砲撃を防いだものの、重力に従って落ちていくだけの連也の、足首を掴む。
そして更に、高く高く上昇していった。
「秋月。お前は凄い奴だ。真・女王は封じられるし、トリアイナも通じねえ……でもな、やっぱりお前は、ただの人間だ。ただの人間である事が、お前の敗因だ!」
一誠は連也の身体を振り上げると、眼下の地面目掛けて、全力で投げ飛ばした!
高さは地上百メートル!
連也の身体は、為す術もなく大地に向かって一直線に落下していく!
凄まじい風圧が、連也の全身を叩いていた。
それでも連也は、六つのチャクラを全開放する。
念の為せる業か──本来なら風圧で身動き出来ないはずの連也の身体が、動いた。
木刀を振り抜くと、光刃が放たれて地面に向けて飛んでいく。
光刃はしかし、落下の勢いに反動でブレーキを掛けたりはせず、ただ地面に向かっていき、高さ五メートルほどの辺りで消えてしまった。
そして、連也の姿も、一誠の視界から消えた。
「──へっ?」
勝利を確信していた一誠は、間の抜けた声を漏らす。
連也はどこへ行ってしまったのか?
彼は、光刃が消えた地上五メートルの地点に、移動していた。
この瞬間移動現象に、ゼノヴィア、イリナ、黒歌の三人は見覚えがあった。
アーサー・ペンドラゴンが連也との戦いで使用した技である。
空間を切り裂き、断層の修復力を利用して間合いを縮める技。
連也は、それを使ったのだ。
空間断層の修復力による移動である。実質連也は、地上五メートルから落下したのとほとんど変わらない状態であった。
「えやあっ!」
連也は迫り来る大地に、木刀『飛龍』を突き入れた。
地面と激突した衝撃が、全身に伝わる。
それを、体内の気脈を通して一周させて、木刀から放出する。
逆転の発想──自分が地面に向かっているのではなく、地面が自分に向かってきている。大地というこの世で最も巨大な打撃に対する木霊返し!
地面が、地下で爆発が起きたかのように盛り上がり、吹き飛ぶ。
しかし連也の方は、無事に着地出来た。
「何じゃそりゃああああぁぁぁああああっっっ!!!」
上空から降下して来た一誠が叫ぶ。
「なんであの高さから落ちてフツーに助かってんだよ、お前は! 何なんだお前はよぉ!」
ドラゴンブラスターが外れた直後、一誠は不意に連也とバズソーとの戦いを思い出したのだ。
水の龍でバズソーを倒した後、連也はただむなしく地面へと落ちていくだけで、ゼノヴィアが助けなかったら重傷は間違いなかっただろう。
それを思い出しての、咄嗟の戦術だったというのに……。
「どうやったら倒せるんだよ、コイツ……」
目の前の、上半身裸で木刀を持った少年。
同年代だが、自分に比べれば細身だ。
何か強力な
曹操たちのような、英雄の子孫や生まれ変わりという訳でもない。
ただの人間だ。
ただの人間でしかないはずだ。
なのに、一誠の目には、まるで遠い星からやって来た宇宙人のような、不気味で理解し難い存在に映り始めていた。
『落ち着け、相棒。まだ勝機はある』
「──! ああ、そうだな」
ドライグの言葉に、一誠はマスクの下で笑った。
不意に思い浮かんだのだ。真・女王昇格のための呪文が。
否。
そもそも呪文自体、きちんと詠唱した方が心情的な意味で調子が出るからやっているだけだ。今の自分なら、詠唱自体必要ない。
三週間のトレーニングで基礎体力も大幅に向上し、
今なら、使える──!
「行くぜドライグ!」
『
ドライグの叫びと共に、一誠の鎧が目映い光輝を放つ。
輝きが収まった時、そこには新たな鎧をまとった一誠の姿があった。
先程の『赤』とは違う、『真紅』の鎧。
『
今の一誠の主力形態が、ついに顕現した。