生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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最後の勝利者

 オーフィスの力を借りてようやく変身出来る龍神化を除けば、この『真紅の赫龍帝(カーディナル・クリムゾン・プロモーション)』こそが、一誠の主力形態であり最強形態である。紆余曲折あったものの、この姿に変身した事で、一誠は連也に対する恐怖にも似た不気味な感情を払拭出来た。

 

(──っと、いかんいかん)

 

 これで勝てる。

 胸のうちに湧いたそんな思いを、一誠は振り払う。

 試合前にもレイヴェルに言われたではないか……優秀なマネージャーとの会話を、一誠は思い出す。

 

「イッセー様。イッセー様が自分より強いと思う方の名前を挙げてくださいますか」

「んー……魔王様方は当然として……やっぱりヴァーリがそうだろうな……それに、サイラオーグさんに、ストラーダ猊下に……」

「連也さんは、今挙げたそのお二人に勝利していますわ」

「まぁ結果だけ見りゃそうだろうけどさ。でもストラーダ猊下があの時どこまで本気だったかはわからねえし、サイラオーグさんだって神器(セイクリッド・ギア)なしだったんだぜ?」

「そんな事はどうでも良いのです! イッセー様が御自分よりも強いと認識している方を、連也さんは二人も撃破したのだという事実を、もっと重く受け止めてください!」

「お、おう……」

「いいですかイッセー様。『この三週間、あれだけ頑張ったのだから絶対に勝てる』などという甘っちょろい考えはお捨てになってください。極論すれば、三週間が三年間でも、負ける時は負けるのです──ですが、『絶対に勝ちたい』という気持ちだけは、最後の最後までお忘れなきように。よろしいですね?」

「……おう!」

 

 レイヴェルの言葉に、一誠は力強く答えた。

 奇しくも今の言葉は、アザゼルが以前言っていたのと同じだったからだ。まるでアザゼルが、レイヴェルを通して激励してくれたような気持ちにすらなれた。

 

(──俺は、絶対に負けねえ! 絶対に勝つ! 勝ってやる!)

 

 己れを鼓舞しながら、一誠は背中の推進器官と翼で低空飛行し、連続倍加を繰り返しながら、一直線に連也目掛けて突撃する。

 連也は木刀を正眼に構えたままだ。

 公園では怒りで我を忘れたがために、無様にカウンターをくらったが、今度は違う。一誠は自信を持って、拳を振りかぶった。

 

「アスカロン! アスカロンⅡ!」

『Blade! BladeⅡ!』

 

 ドライグの詠唱と共に、左右の籠手に内蔵された剣が、手の甲から飛び出す。その刃に、倍加したエネルギーを『譲渡』で込め、パンチのモーションで突き出した。

 拳で殴ると見せ掛けての剣での攻撃。聖剣の刃渡り分、間合いも伸びる。

 連也の意表を突いた攻撃──のはずだったが、連也、左右からの刺突を冷静に木刀で打ち払った。

 

『Tail Blade!』

 

 背中から生える尻尾が延長し、その先端から刃が生える。ヴァチカンから贈られた、アスカロンⅡの試作品だ。それを内蔵し、第三の腕となった尻尾が、一誠の頭上を越えて蠍の毒針めいて連也に伸びた。

 連也、顔目掛けて飛んでくる刃を、身体を独楽のように回転させてかわす。

 一誠の視界いっぱいに、連也の背中が広がる。彼は後方ではなく前方、一誠の方に向かって回転していた。

 その回転の勢いを利用した回し打ち!

 一誠、咄嗟に腕でガード。

 連也の念と一誠のオーラがぶつかり合い、衝撃波が空中に透明な波紋を広げる。

 連也、構わず連続して木刀を打ち込む。

 一誠、両腕のアスカロンで防ぎつつ、尻尾の剣で反撃していく。背中から生える尻尾は、その位置ゆえに一誠の身体で隠れ、どこから飛んで来るかわからない。

 更に、尻尾にばかり気を取られていれば、両腕のアスカロンはおろか、蹴りまで飛んでくる。

 掌から、オーラを圧縮した光弾が放たれる。

 翼に内蔵された砲身から、オーラの熱線がほとばしる。

 連也は全神経を研ぎ澄ませ、六つのチャクラを全開にして、一手一手に対処した。

 わずかなモーションの違い──振り上げた腕の角度、踏み込んだ足の位置、広げた翼の向き、それ等から感じ取れる『圧』の違いに至るまでを敏感に読み取り、一誠の次の動きを予測し、時にかわし、時に払い、時に受ける。

 コンマ1秒の判断の遅れも許されなかった。

 神経と、筋肉と、念と、思考の、全てを費やさねばならない。

 もはや、『勝ちたい』という思いすら、雑念・邪念であった。

 尻尾の剣での連続攻撃をかわし、その陰から迫るアスカロンⅡを打ち払った。

 

『Transfer!』

 

 次いで、そんな音声と共に頭上から振り下ろされたアスカロンを、木刀『飛龍』で受け止める。連続倍加したエネルギーを譲渡された聖剣は、燃えるような真っ赤な光を放ちながら、今までとは段違いのスピードとパワーで打ち下ろされる。受け止めるために、より多くの念を木刀に注がねばならなかった。

 両者の動きが止まった一瞬、一誠の鎧に埋め込まれた宝玉から、白い光が生まれ、形を変えた。

 連也は一瞬、鳥かと思ったが、長い首と尻尾、翼の形は、香車山の廃ホテルで見たワイバーンという怪物を思い出させる。

 子犬ほどの大きさの白い飛龍(ワイバーン)が、翼をはためかせて連也の背後に回り込む。

 瞬間、連也の眉間に稲妻が走り、全身を悪寒が駆け巡る。危険を報せる第六感──こいつに触れると、何かヤバい!

 連也はアスカロンを受け止めたまま身を沈めた。

 アスカロンで押し斬ろうとしていた一誠が大きく前屈みになると、その腹部を足で蹴り上げる。柔道の巴投げの要領で後方に投げ飛ばして、白い飛龍にぶつけようとした。

 しかし飛龍は一誠にぶつかる直前で軌道を変える。

 

(あっぶね……)

 

 その動きから、やはり触れるとまずいタイプのものだと確信した。

 

「なかなかやるじゃねえか」

 

 投げ飛ばされた一誠が立ち上がり、距離を取った。

 

「でもな、言っとくけどコイツは一匹だけじゃねえぞ!」

 

 一誠の言葉に応じるように、全身の宝玉が光を放ち、更に三匹の白い飛龍を生み出した。

 

「コイツらは《白龍皇の妖精達(ディバイディング・ワイバーン・フェアリー)》! 敵にぶつける事で、ぶつけた数だけ相手の力を半減させる優れものだ! その棒切れで打ち落とそうなんて考えない方がいいぜ!」

 

 説明しながら、一誠は白い飛龍たちを連也に向けて飛ばし、自らもドラゴンショットやドラゴンブラスターを放つ。

 一誠の攻撃をかわせば飛龍が、飛龍の突撃をかわせば一誠の攻撃が、連也を直撃することだろう。

 連也、この二重攻撃に対して、目を閉じて深呼吸すると、

 

「イェエーーヤッ!」

 

 独楽のように身体を一回転させながら、木刀を振った。

 直後、強風が発生し、連也を包み込むようにして竜巻へと変わった。

 太刀筋に沿って生まれた空気の流れを念で増幅させて風を生む、秋月流念道剣『太刀風』──その応用技『突風(あからしまかぜ)』!

 念を孕んだ竜巻は破邪の防壁となって、連也に接触せんとした飛龍たちを吹き飛ばし、一誠の放った砲撃を弾き飛ばして消えた。

 連也、この隙に間合いを詰めんとするが、攻撃を防がれたはずの一誠の佇まいに余裕を見て取った。

 背中の肌には、熱を孕んだ『圧』を感じ取る。

 咄嗟に、転がるようにして真横に跳んだ。

 連也がいた位置を、弾き飛ばしたはずの熱線が通過する。

 熱線はそのまま一誠の方へ飛んでいくが、その軌道上に飛龍が一匹、割って入った。

 

『Reflect!』

 

 音声と共に、飛龍は己れの身体に直撃したドラゴンブラスターを、まるで鏡のように反射させた!

 思わぬ展開に、連也は「マジか」とつぶやく。

 一誠がわざわざ飛龍の半減能力をばらしたのは、そちらに意識を向けさせる事で、この反射能力を悟らせないようにするためだった。

 跳ね返された熱線が、連也を襲う。

 

「エヤァッ!」

 

 連也、念を込めた一刀で打ち払おうとするが、木刀はむなしく空を斬った。一誠が熱線を曲げたのだ。そして明後日の方角へと飛んでいく熱線を、

 

『Reflect!』

『Reflect!』

『Reflect!』

 

 別の飛龍たちが次々と跳ね返し、連也の真後ろへと誘導していく。

 同時に飛龍たちもまた、連也目掛けて飛翔する。

 連也、背後からのドラゴンブラスターを木刀で受け止めた。そして熱線を木刀に吸収していく。

 その隙に飛龍たちが連也に迫った。あと少しでそのあらわになっている上半身に触れられるという瞬間、彼等の小さな身体を、熱波がぶっ叩いた。

 念道剣『波濤(はとう)返し』!

 さしもの飛龍たちもこのタイミングでは反射も間に合わず、念を込めた白熱線によって焼き払われて消滅した。

 いちいち音声を発している辺り、反射モードと半減モードの二つがあって、それを状況に応じて切り換えているのではないかと踏んでの、一か八かの賭けであった。

 連也の波濤返しはそのまま一誠目掛けて飛んでいく。

 だが一誠とて、ただ傍観していた訳ではなかった。

 既に、新たな飛龍を四匹生み出している──その色は、白ではなく赤だ。

 

『Boost!』

『Boost!』

『Boost!』

『Boost!』

 

 赤い飛龍たちがそれぞれ音声を響かせると、その小さな身体にまとう赤いオーラが高まっていく。そして飛龍たちは、一誠の両腕にあるアスカロンとアスカロンⅡ、両翼の砲身に一匹ずつ取り付いた。

 

『Transfer!』

『Transfer!』

『Transfer!』

『Transfer!』

 

 それぞれが、倍加した力をへと聖剣と砲身に譲渡する。

 

「名付けて、『クアドラブル・セイクリッド・スマッシャー』! くらいやがれぇぇええええええええっっっ!!!!」

 

 砲身と、前に伸ばした両腕の聖剣から、四本の熱線が放たれた。

 砲身からは赤く燃え立つ龍のオーラ。

 聖剣からは白く輝く聖なるオーラ。

 二種類の力が混じり合い、赤と白の螺旋に渦巻く一つの巨大なエネルギーとなる。

 ドラゴンブラスターに聖剣の聖なるオーラをぶち足す事で、連也の念に対抗するつもりなのだ。

 連也の波濤返しとクアドラブル・セイクリッド・スマッシャーがぶつかり合い、拮抗する。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!』

 

 一誠はここで更なる連続倍加を行い、

 

『Transfer!』

 

 その力を再度、両腕の聖剣に譲渡する。

 

「コイツも持ってけ! 見様見真似、クロス・クライシス!」

 

 赤く輝く聖剣を、斜め十字に振り抜くと、X字状の巨大な光刃が放たれ、先に放ったクアドラブル・セイクリッド・スマッシャーを後押しした。

 波濤返しのエネルギーが押し切られて、雲散霧消する。

 狂暴さすら感じさせる、莫大なエネルギーの激流が、連也に迫った。

 連也は、木刀を大上段に振り上げ、虚空を斬り下ろす。

 太刀筋に沿って生まれた歪曲空間は細いが、今度は前方に五メートルほど長く伸びていた。

 迫るエネルギー流が、連也の五メートル前方でその歪曲空間にぶち当たり、左右に分かれて、素通りしていく。

 しかしそれで防げたのは、最初の四重砲撃のみ。念で歪められた空間は元に戻り、そこへ後から放たれたクロス・クライシスの光刃が飛んでくる。

 連也は身体の正面で、木刀を垂直に立てた。

 そこにありったけの念を込め、攻撃を受け止めんとするが──、

 

(あっ、やべ……)

 

 念が弱い。

 六つのチャクラを全開にしてもなお追い付かないほど、消耗している。

 一誠が真・女王に昇格してからの攻防で、念を消費しすぎたようだ。

 連也がそう気付いた時には、光刃が直撃していた。

 不幸中の幸いと言えるのか、どうか。

 一誠のクロス・クライシスはやはり見様見真似、鋭さに欠けていた。見た目こそ光刃を形成しているが、斬擊ではなく打撃や砲撃に近い。連也の身体を斬割するには至らなかった。

 だがそれでも、クリーンヒットした事には変わりない。

 爆発が起き、連也は放物線を描いて十メートル以上は吹き飛んだ。地面に落ちてもなお勢いは止まらず、更に数メートル転がってようやく止まった。

 あらわになっている上半身のあちこちに、火傷の痕があった。

 無様に大の字に横たわっているが、木刀は手放してはいなかった。

 一誠は、何かを待つように立ち尽くしている。

 実際、連也のリタイアを告げる、サイラオーグのアナウンスを待っていた。

 

 

 グレモリー家の城館内に用意された、審判用の部屋で戦いを見守るサイラオーグもまた、待っていた。

 何を?

 連也が立ち上がるのを、だ。

 迷っていた。

 連也に死んでほしくないという気持ちがあった。

 連也に勝ってほしいという気持ちもあった。

 

 秋月連也。

 ヴァスコ・ストラーダに比べると、その肉体は余りにも小さく、細かった。

 曹操たち英雄派のように、英雄の血を引く訳でもなければ、生まれ変わりでもない。

 何か強力な神器(セイクリッド・ギア)や、聖剣・魔剣の類いを持っている訳でもない。

 駄菓子を摘まみながらテレビゲームに興じたり、漫画本を読むのが似合っていそうな、今思い返してもビックリするくらい普通な少年だ。

 そんな少年が、あの赤龍帝・兵藤一誠を相手に、互角に戦っているのだ。

 サイラオーグは少年の戦いを見ながら、そこに昔の自分を重ねていた。汗や涙を拭う暇すら惜しんで鍛え続けた自分を。

 あの少年もきっと、艱難辛苦に耐えて己れを鍛え、高め続けて来たのだろう。

 勝ってほしかった。

 圧倒的な力を持つ存在に、それでもなお挑む意思。

 たとえどんなに遅い歩みでも、どんなに小さな一歩でも、それでもなお真実へ向かおうとする意思。

 それがどんなに素晴らしく、尊いものであるかを、見せてほしい。

 自分はあくまでも、公平な審判であらねばならない。

 あと十秒待っても連也が立ち上がらないようであれば、兵藤一誠の勝利を宣告しようと考えているが──、

 

(立て、秋月連也!)

 

 それでもサイラオーグは、心の中で叫ばずにはいられなかった。

 

(立ってくれ、秋月連也!)

 

 願わずには、いられなかった。

 握り締めた拳の指の隙間から、ポタポタと赤い雫が垂れ落ちた。

 

 

 同じ想いを抱く者が、もう一人いた。

 曹操だ。

 今は部屋の隅の壁にもたれかかり、立ったまま試合の行く末を見守っている。

 連也に死んでほしくないという思いと、勝ってほしいという思いが胸の奥でぶつかり合い、せめぎ合っている。

 それを周りの者に悟られたくないがために、わざわざ位置を変えたのだ。

 腕組みをして、一見余裕の態度だが、その表情は険しい。

 組んだ腕は、指先の爪が袖を破って、その下の腕の肉にまで食い込んでいた。

 グレモリー、シトリー両眷属も、生徒会も、連也のダウンに言葉もない。

 そんな中、ゼノヴィアが立ち上がり、部屋を出ようとするのが見えた。

 出入口のドアは、曹操のすぐ横にある。

 

「どこへ行くんだ?」

 

 曹操はそのドアとゼノヴィアとの間に、顕現させた聖槍を掲げて、行く手を塞いだ。

 

「もう勝負はついた。サイラオーグに試合をやめさせるように言ってくる」

「まだ終わってはいない」

「これ以上やらせたら、連也が殺されてしまうぞ!」

 

 ゼノヴィアは叫んだ。

 

「一誠のこれまでの戦いぶりを見ていただろう! アイツは連也が死んでもいいと思っている……いや、そもそも連也の生き死になど全く考慮していない! 連也が立ち上がれば、今まで以上の火力を迷わず投入するに違いない! そうなる前に試合を止めないと、取り返しのつかない事になるぞ!」

「……彼は、君のために戦っているんだ。ならば、彼の勝利を最後まで信じるのが、君の務めだと思うがね」

「そんな事知るか! 連也に恨まれてもいい、嫌われてもいい! 私は彼に死んでほしくないし、これ以上私のために傷付いてほしくもない! いいからどけ! どかないのなら力ずくででも──」

「嘘だろ、おい……!」

 

 匙のうめくような声に、ゼノヴィアはモニターの方を振り向いた。

 モニターの中で、連也が立ち上がっていた。

 

 

「嘘だろ、おい……!」

 

 匙と同じ言葉を、一誠も口にした。

 ある程度威力は減衰されたとは言え、あの二重攻撃の直撃を受けて、鎧すらまとっていない生身の人間が立ち上がれるはずがないのだ。

 

『クククッ、まるで昔のお前を見ているようだぞ、相棒』

 

 ドライグが愉快そうに笑った。

 実際、嬉しくてたまらない。あの人間の小僧は、どこまでも魅せてくれる……自分に肉体があったなら、相棒を押し退けて自分が直接挑みたいくらいだ。

 

「む、昔の俺ってあんなんだったのか?」

『ああ、レイナーレやライザー・フェニックスにボコボコのズタボロのボロ雑巾にされても、お前はなお立ち上がっていた。今だから言うが、その根性だけは俺も最初から高く評価していたぞ』

「そ、そうなのか……」

『ああ、そうだ。それより、さっさと仕留めろ。追い詰められたら何をしでかすかわからんぞ。九割がた負けていたくせに最後の最後で逆転ホームランを打つのは、お前の専売特許ではないんだからな』

「そ、そうだな……でも、アイツ大丈夫なのか? 待ってりゃその内にまたぶっ倒れるんじゃねーか? 何かこっち見てねえし……」

 

 一誠の言う通り、連也は立ち上がりはしたが、木刀を構えもせず、一誠を見てもいない。何やら辺りをキョロキョロと見回していた。

 ──そして、フッと笑みを浮かべた。

 

『どっちも大して変わらんのだから、お前の手で直接ぶっ倒して、確実な安心としておけ。オルランドとの戦いを忘れたか? あの時のあの輝き……自分の意思で自由に出したり引っ込めたりは出来まいが、追い詰められる事で発動する可能性もある。そんな奇跡も、お前の専売特許ではない』

「……そうだな!」

 

 一誠は相棒の言葉にうなずく。

 別に奇跡を当てにして戦った事は一度もない。いつだって、自分に出来る最大限の事を全力でやった上での結果だ。

 奇跡とは、それを最初から期待するような奴の元へは決して訪れない。

 この決闘でも、それは変わらない。俺はいつだって、俺に出来る事をがむしゃらにやっていくしかないんだ!

 一誠が背中の翼を広げて飛翔せんとしたその時、

 

 ──イッセー。

 

 頭の中で、声が響いた。

 

 ──イッセー、聞こえる?

「オーフィス?」

 

 それは、オーフィスの声だった。

 彼女は邪龍戦役終結後、兵藤邸に匿われていた。最地下からしかアクセス出来ないよう調整された異空間内で静かに暮らしていたのだ。

 そのオーフィスが、一誠の心に語りかけていた。

 

 ──宿題、出来た。

「宿題? まさか、()()()()()()()()か?」

 ──そう。イッセー、我の力、必要?

「ああ、もちろんだ!」

 ──わかった。なら(うた)おう。我とイッセーの、新しい呪文(うた)

 

 オーフィスがそう言うと、一誠の頭の中に言葉が浮かび上がる。

 一誠はそれを、迷わず口にした。

 

「我に宿りし紅蓮の赤龍よ、覇から醒めよ」

 

 右の籠手に埋め込まれた宝玉から、燃え立つような真紅の光輝が生まれた。

 

『我が宿りし真紅の天龍よ、王と成り()け』

 

 オーフィスの詠唱が宝玉から鳴り響き、左の籠手の宝玉から、闇をそのまま物質化させたような漆黒のオーラが立ち昇る。

 

「濡羽色の無限の神よ」

 

 真紅色のオーラが溢れ出し、一誠を包む。

 

赫赫(かつかく)たる夢幻の神よ』

 

 その上から漆黒のオーラが、繭のように一誠を包み込んだ。

 そして、一誠とオーフィスは声を揃えて、唱える。

 

 ──際涯を超越する我等が()()()禁を見届けよ。汝、燦爛(さんらん)のごとく我等が(ほのお)にて(みだ)れ舞え!

 

 詠唱が終わると、一誠の全身の宝玉から音声がけたたましく鳴り響いた。

 

D∞D(ディーディー)! D∞D! D∞D! D∞D! D∞D! D∞D! D∞D! D∞D!』

 

 一つ一つの宝玉に無限大を意味する『∞』のマークが浮かび上がる。

 

 ──Dragon(ドラゴン)(インフィニティ)Drive(ドライブ)

 

 一誠とオーフィスが声を揃えて叫ぶと、一誠を二重に包んでいた光の繭が、弾け飛んだ。

 その中から現れたのは、真紅に漆黒の色を足し、より鋭角的なフォルムに変わった鎧姿の一誠だった。

 背中の翼は二(つい)四枚に変わっている。

 疑似龍神化。

 以前から一誠はオーフィスと話し合い、龍神化を、より扱いやすくする方法を模索していた。そして、オーフィスが出した答えが、呪文を改変して制限を加える事で、ごく短時間ながら自由に使えるようにしたこの姿であった。

 

『相棒。この変身も、持って一分、あるかないかだ』

「おう、出し惜しみはしねえ!」

 

 一誠は四枚の翼を広げて、宙に舞い上がると、翼に収納されていた四本の砲身を展開した。

 

『D∞D! D∞D! D∞D! D∞D! D∞D! D∞D! D∞D! D∞D!』

 

 宝玉が繰り返し叫び、輝く。その中で、宝玉に浮かぶ『(インフィニティ)』マークが紅と黒に点滅する。

 砲口に、これまでのものとは比較するのも馬鹿馬鹿しくなるほどの極大のエネルギーが、不気味なほど静かに溢れていく。

 龍神化した時にのみ使える究極の砲撃、『(インフィニティ)ブラスター』の態勢だ。頭に『疑似』の文字が付くように、全体の出力は抑えられているが、それでも無限の龍神の力を宿しているのには変わりない。その威力たるや想像を絶するものであろう事は、想像に難くない。

 秋月連也、この絶体絶命の危機を、どう乗り越えるのか──?

 少年は、ただ突っ立っているだけだった。

 一誠のクロス・クライシスを受けて、全身の骨のあちこちがひび割れ、折れている箇所もある。何だか息苦しいのは、折れた肋骨が肺に刺さっているからだろう。打撲や火傷は数えきれず。残ったわずかな念で痛覚を抑制するのが精一杯だ。

 だが、恐怖も不安も、全くなかった。

 少年は一誠の方には目もくれず、辺りを見渡していた。

 微生物一つ存在しない真っ白な部屋に、超高画質の風景写真を壁紙として貼り付けただけ。

 そのような環境であるはずの、このゲームフィールド内に、生命のエネルギーを感じ取っていた……否、少年の目には、そのエネルギーの輝きが、確かに見て取れた。

 

(──馬鹿だなぁ、俺は)

 

 フッと笑みが浮かんだ。

 試合前から消耗していた念を、戦いの中で如何にして補充するか?

 その課題の答えは、既に出ていたのだ。

 一誠が新たな姿に変身し、上空から砲撃準備を始めているのに全く構わず、穏やかに微笑みながら、少年は六つのチャクラを開き、そのエネルギーを取り込んだ。

 取り込まれたエネルギーが全身を駆け巡り、そして()()()へと流れ込む。

 

(まさか、あの小僧……!)

 

 連也の異変に、ドライグが気付いた。

 

(だが、そんな事出来るはずが……いや、待て、奴は既に、()()()()()()ならやっていた……)

 

 今、眼下の少年が何をやろうとしているのか、それに思い至った時、ドライグは相棒に怒鳴り付けた。

 

『相棒、撃てぇぇえええっ!』

「え? で、でも、チャージがまだ……」

『いいから撃てッッ!!』

「お、おう! くらえ、(インフィニティ)ブラスタァァァアアアアアッッ!!!」

 

 四つの砲身から、轟音と共に極大の砲撃が放たれる。

 それは圧倒的な破壊エネルギーの大洪水となって、熱と光で地上に立つ少年の細身の身体を呑み込み、その後方の大地をフィールドの端まで削り取り、薙ぎ払った。

 砲撃が終わり、閃光がおさまると、そこには何もなかった。

 ただ、焼け焦げて、一部が高熱の余りにガラス化した土の地面だけが、広がっていた。

 

(スリー)……(ツー)……(ワン)……(ゼロ)!』

 

 砲撃を始めた瞬間から刻まれていた10カウントが尽きて、一誠の疑似龍神化が強制解除される。

 しかし、真紅の鎧はまとったままだ。ドライグに急かされて、チャージが八割しか終わってない状態で撃ったのが、逆に効を奏して、真・女王を維持出来る程度のエネルギーが残っていたようだ。

 一誠は一対に戻った龍翼でバランスを取りながら、ゆっくりと地面に降り立つ。

 自らが生み出した荒れ野を見渡し、連也の姿を探すが、どこにも見当たらない。

 ハァ~ッと大きく安堵の息を吐くと、

 

「いよっしゃぁぁぁああああああッッ!!! 俺の、勝ちだぁぁああああッッ!!!」

 

 高々と拳を振り上げ、勝利を宣言する歓喜の叫びを上げた。

 自分の勝利を祝福するかのように、陽が昇ったようだ。辺りが不意に明るくなった。

 

「──?」

 

 おかしい。

 ここは冥界の土地を模倣して造られた疑似空間だ。二重の意味で、陽が昇るなど有り得ない……。

 不審に思った一誠が背後の空を振り向き、竦み上がった。

 なんと上空──さっきまで自分が砲撃のために位置取りしていた高さに、連也が浮遊していた。

 その髪は逆立ち、白金色に輝いている。

 頭頂部には、白い光輪が清らかな光輝を放っていた。

 

「ア、アイツ……なんであんな所に……」

『わからん……移動する気配は全く感じられなかった……まさか、瞬間移動したとでもいうのか……?』

 

 狼狽する一誠とドライグの前で、連也は木刀をゆっくりと、天に向かって掲げた。

 それに呼応するかのように、大地から、大気から、無数の光が生まれ、連也の木刀に集まり、吸収されていく。

 

「な、何だよコレ!」

『やはり、そういう事か……だが、信じられん……半減吸収を得意とするアルビオンですら出来ない事を、ただの人間がやれると言うのか!』

「どど、どういう事だよドライグ!」

『奴が今吸収しているのは、お前の放ったオーラだ。この戦いで何度も撃ち、狙いを外して散逸した、エネルギーの残滓(ざんし)……それを掻き集めて、己れの力に変えて、あの時のあの輝きを発動させたのだ……そして、今は……』

「い、∞ブラスターを撃った後のエネルギーを、吸収してるってのか?」

『奴はさっきも、お前の砲撃を吸収して撃ち返して来た……あの時点で、気付くべきだった……!』

 

 ドライグは己れの甘さに、歯噛みする思いだった。

 だが、むべなるかな。

 連也自身、たった今気付いた事である。

 ましてやドライグも一誠も、()()()()()()()()がどうなったのかなど、考えた事すらなかったのだ。

 一誠は翼の砲身を展開したが、砲口に充填されるエネルギーは、余りにも小さく、少なかった。

 鎧を維持する力しか残っていないのだ。

 急いで連続倍加を始めるが、その前に連也が、掻き集めた龍のオーラで目映い光輝を放つ木刀を、一誠目掛けて振り下ろした。

 木刀から放たれた光輝が、白金色の龍となって宙を駆け、一誠の鎧を貫いた。

 更にそのまま一誠の全身に絡み付き、締め上げていく。

 真紅の鎧が、赤い光の粒子状に分解されて、消滅していく。

 圧倒的な破邪の力が、電撃にも似た衝撃となって、一誠の全身を駆け巡った。

 

「う、うおぉぉぉあああぁぁぁぁあああああっっっ!!!!」

 

 一誠の、苦痛と恐怖の絶叫が響き渡る。

 白金の光龍はそのまま全身の輝きを強め、天を貫く光の柱に変わる。

 その中で、鎧を失った一誠の身体が、()()()光の粒子となって、消えていった。

 

『兵藤一誠、リタイア。秋月連也の勝利とする』

 

 フィールド内に、サイラオーグのアナウンスが響き渡る。

 連也は、ゆっくりと地面に降り立つ。

 頭頂部に意識を集中し、自分の意思で、王冠のチャクラを閉じた。

 

(……アイツのお陰、なのかな)

 

 兵藤一誠の事は、ハッキリ言って嫌いだ。

 だが、彼とのこの一戦によって、自分がほんのちょっとだけ、目指す『高み』に近付けた──ような、気がする。

 

「お相手、ありがとうございました」

 

 だから、今この時だけ、連也は一誠に感謝した。

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