夏休みも残りわずかとなったある日、ゼノヴィアは連也を食事に誘った。自分の名誉を守るために一誠と戦ってくれたお礼だ。
最初は『戦ったのはあくまでも自分自身のためだから』と渋っていた連也だったが、焼き肉を奢ると言われた途端に手の平を返した。
豪勢な昼食を終えて、上機嫌で店を出る連也の様子に、ゼノヴィアも恩人に喜んでもらえた満足感があった。
二人肩を並べて歩いていると、リアスとアーシアに出会した。一誠も一緒だ。買い物途中らしく、一誠は二人の物と思わしい紙袋を両手に提げていた。
三人に挨拶する連也とゼノヴィア。
ふと連也は、一誠の顔色が悪い事に気が付いた。
「兵藤、どうした? 今にも死にそうな顔してるぞ」
「今にも死にそうだ……」
一誠はそう答えて、その場に膝をつく。
「ど、どうしたのイッセー!」
「イッセーさん、しっかりしてください!」
「一誠、何か悪い物でも食べたのか?」
他の三人も気遣わしげに声を掛けた。
「お、俺にもわからないんだけど、急に寒気が……頭痛がする……は、吐き気もだ……!」
夏の日中にも関わらず、一誠は全身をガタガタと震わせ、額には脂汗を浮かべていた。
突然の変わりように、四人ともが驚き、戸惑っていた。
とりあえず一旦家に帰ろうという事になり、一誠を人目のつかない場所に運び、そこからリアスが転送用の魔法陣を展開して、兵藤邸へと戻っていった。
「急にどうしたんだ、あいつ……」
「どうせ暑いからと言って、かき氷とかアイスとか冷たいものを食べ過ぎたのだろう」
「それなら薬飲んで寝てれば治るし、原因もハッキリしてるから問題ないけど……」
一誠の事は嫌いだが、目の前であそこまで急激に具合が悪くなるのを見ると、それはそれでやはり心配になる連也であった。
一匹の黒猫が、この一幕を物陰から隠れて眺めていた。
兵藤邸に戻った一誠は、それから部屋で十分も休むと、元気になった。
「な、何だったんだ、今の……」
一誠自身、困惑している。
しかしリアスは、既に察していた。一誠の具合が悪くなったのは、連也の顔を見た直後だったのだ。それだけで、答えは簡単にわかる。
(……トラウマになっちゃったのね)
◆
「ぎゃっはっはっはっはっはっ!」
翌日、美猴の笑い声が店内に響いた。
丸テーブルを挟んだ向かい側には、キャミソールとミニスカート姿の黒歌が座り、フルーツパフェをつついている。テーブルの上にはパフェのグラスだけでなく、彼女自身の豊満な胸も乗っかっていた。薄い布地越しに乳首の形が浮かんでおり、ノーブラであるのがわかる。
ここは最近開店したばかりの、チーム『D×D』専用の会員制喫茶店『C×C』。店内には他にも客がいて、品の無い声で爆笑する美猴に眉を潜ませる者もいた。
「お猿。もっと声抑えなさいよ。出禁くらったらどーすんの」
黒歌はチームメイトをたしなめた後、近くを通りかかった童顔のウェイターにアイスコーヒーのおかわりを注文する。
その際にわざわざそのウェイターの方へ体を向けて、ゆっくりとわざとらしく足を組み換えた。なお、ノーパンである。下着をつけるという習慣は持ち合わせていないらしい。教会から派遣されたウェイターは、頬を赤らめながらオーダーを受け取り、引き下がる。その様子を黒歌は面白そうに眺めていた。
「いや~、だって笑えるじゃねえか。テメーのぶっぱなしたオーラを利用されて逆転負けとか、赤龍帝史上初なんじゃねえか?」
美猴はそう言って、ジョッキになみなみと注がれたコーラを一口あおり、ついでに氷もボリボリと食べた。
黒歌とたまたまこの店で鉢合わせた美猴は、相席したついでに連也と一誠との決闘の顛末と、昨日の一幕を黒歌から聞かされたところであった。
「まぁ、こればっかりは仕方ねえやな。攻撃を反射したり吸収するやつはいるし、その対策をするやつもいるけどよ、攻撃した後のオーラがどうなるか、どうなったかなんて考えた事もねえ。俺っちだけじゃなくヴァーリだってそうだろうよ。それをかき集めて自身のエネルギーに再利用するなんて、なおさら考えつかねえや……にしても……キッキッキッ……まさかそこまでトラウマになっちまうとはね……クククッ……!」
よほどおかしくてたまらないらしく、美猴はパンパンと自分の膝を叩く。
「そう言えばヴァーリはどこで何やってんの?」
「おー、アイツは今ヴァルハラに入り浸ってるぜぃ」
「ヴァルハラ? 好みのワルキューレでもいたの?」
「いやいや、んな訳ねーだろ。あそこは何でも最近、海外の神話体系にも門戸開いたらしくてよ、関帝聖君が舎弟の張飛連れてリフレッシュ休暇も兼ねて暴れ回ってんだよ。それでアイツもちょっかい出しに行ってるのさ」
「相変わらずお子ちゃまねぇ~」
「まぁ、あそこにはおっぱいでパワーアップするようなトンチキもいねえから、アルビオンのリフレッシュ休暇にもちょうどいいんじゃねぇの? ──っと、噂をすれば何とやらか」
出入口のドアが開き、ドアに取り付けられたベルが音を鳴らす。
入店してきたのは、ゼノヴィアと連也だった。
「ほれ、あのデュランダル使いの姉ちゃんが連れてる坊やが、オメーのダーリンだろ?」
「あらホントだ」
「行かねえのか?」
「恋の鞘当てとか面倒だし、ダーリンにめんどくさい女って思われるのも嫌だしねー」
「意外だな。もっとガツガツ行くのかと思ってたぜぃ」
「要はあの子とエッチ出来ればそれでいいから、慌てる必要なんてないのよ。急いては事を仕損じるって言うでしょ?」
「……オメーの口から
同じ店内でそんな会話がされているとは露知らず、連也はゼノヴィアに案内されて、窓際の席に座った。
「会員制だって言ってたけど、ホントに俺が入って大丈夫なのか?」
「私の連れという事で話は通してあるから、心配いらない。家族連れで来る者もいるしね。さぁ好きな物を注文してくれ」
ゼノヴィアが自信満々に言うので、連也はとりあえずカフェオレとチョコレートパフェを注文した。
ゼノヴィアはコーヒーとモンブランだ。
しかし注文しておいて、連也はいまいち食が進まないようだった。
「どうしたんだ連也。口に合わないのかい?」
「いや……何かさっきから視線感じるんだけど……」
言われてゼノヴィアが店内を見回す。他の客やカウンターの奥の従業員が、確かにチラチラと視線を向けていた。
「ああ、君の事が気になるんだろう。『D×D』内でも君の噂で持ちきりだからね。何せ一誠と決闘をして勝った男だ。アイツもあれで、『D×D』の主戦力だからね。気にせずにはいられないのさ」
「わかってるならなんで連れて来たんだよ。メチャクチャ居づらいんだけど」
「我慢してくれ。『D×D』にも面通ししておいた方が、君のためなんだ……君を危険視する者もいれば、君が何か卑怯な方法で一誠に勝利したんじゃないかとあらぬ疑いを持っている者もいる。多少なりとも君の人柄を知ってもらえば、彼等も自然と考えを改めるはずだ。それに、味方は多いに越した事はないだろう?」
「……悪いけど、俺はここの皆さんと関わり合いになるのは御免だよ」
「なら尚更だよ連也。たぶん今後もリアス様やソーナ様が君をこの店に誘うだろうから、それにも応じてほしい。両家のお気に入りだと知れれば、余計な手出しをしてくる者もいなくなる。それでもまだ君にちょっかいを掛ける者がいるようなら……その時は、私が君を守るよ」
ゼノヴィアは優しい声音で言い、連也の手に自分の手を重ねた。
「気持ちだけ受け取っておくよ」
しかし連也は、そう言って彼女の手の下から自分の手を外して、ごまかすようにチョコレートパフェを食べ始めた。
食事を終えると、二人は店を出る。
ゼノヴィアはさっきの連也の仕草によそよそしさを感じて、気になっていた。
「連也。私は、余計な事をしてしまっただろうか?」
街中を歩きながら、思いきって尋ねてみる。
「君のために、良かれと思ったのだが……」
「いや、別に怒ってるわけじゃあないよ。ただ、まぁ、その……もうこの際言っちゃうけど、俺、卒業したらこの町を出る予定だからさ。どうせいなくなる奴にそこまでしてもらっても、申し訳ないから」
「いなくなる? 何故だ?」
「この世界のどこかにいる、ちゃんとした念道の使い手を探したいんだ。その人のところで、ちゃんとした念道を学びたい。前にも言ったかも知れないけど、俺のは半分我流だからさ。日本中探しても見付からなかったら、外国にも行くつもりだ。そんな当てのない旅を予定してる奴に便宜をはかるのも馬鹿らしいだろ?」
「そんな事はないさ」
ゼノヴィアは、連也の手をギュッと握った。
「それならなおのこと、『D×D』のバックアップは君の旅の助けになると思う。リアス様もソーナ様も、君への援助は惜しまないと言ってたよ。それに何より……私も、君のそばにいたい。君のためになることは、何でもしてあげたい」
「……そういうこと言うのやめて。本気にしちゃうから」
「それは良かった。私は本気だ、君も本気にしてくれなくては困る」
ゼノヴィアは、繋ぎ合った手に更に力を込めた。絶対に離さないぞと言わんばかりに。
「私は、いつも君と一緒にいたい。いつまでも君のそばにいたい。そうする事で私自身の成長の糧になるだろうし、何より、君と一緒にいると、とても心が安らぐんだ──こうして一緒に歩いてる今もね。君はどうだ? 私と一緒にいるのは、不快だろうか?」
「……いや。こうして一緒に歩いてるだけでも、楽しいし、嬉しい……ずっとこうしていたいくらいだ」
「ならそうしよう。二人で一緒に、寄り添い合って生きていこう、連也」
「……本当に、いいのか?」
「ああ」
「そうか……うん、ありがとう、ゼノヴィア」
連也は照れ臭そうに微笑み、ゼノヴィアの手を握り返した。
◆
それから、何やかんやで半年以上の月日が流れていった。
その間何事もなかった訳ではない。
例えば一誠は敗北によって刻まれたトラウマを自覚し、冥界の心療内科に通院するようになった。
ゼノヴィアと生徒会は二学期になってから教師陣と何度も話し合い、校則の改正に努め、覗きや盗撮、痴漢などのセクハラ行為に対しては即退学という罰則を設ける事に成功した。そして三学期に入って早々に、三人の生徒がこの罰則によって退学処分になったという。
グレモリー眷属と赤龍帝眷属はチーム『D×D』の主戦力として、
曹操も英雄派メンバーと共に活躍した。その槍術は更なる精妙を極め、『神槍』の異名で呼ばれるようになった。もっとも本人は、
(『神槍・曹操』って何か語呂合わせの駄洒落っぽくてちょっとなぁ)
と、余り嬉しくなさそうだが……。
ヴァーリチームはほぼ開店休業状態である。リーダーのヴァーリは未だにヴァルハラに入り浸り、オリュンポスの神々が派遣した『聖闘士』『海闘士』『冥闘士』『天闘士』、更には地元の『神闘士』と呼ばれる様々な戦士たち相手に充実した日々を送っているし、アーサーは聖剣の因子が活動を再開し、聖王剣コールブランドを再び手にする事が出来たものの、一時的にとはいえ聖剣を使えなくされた事がショックだったのか、時々その辺の草をむしって『えぐり込むように打つべし』とか言いながら食べ始めたりするらしい。
ヴァスコ・ストラーダは今もかつての弟子のために祈りを捧げている。精神的なものなのか年齢ゆえなのか、筋肉の量が落ちて目に見えて痩せてきているが、それでもプロレスラー並みの体格は維持している。
連也は連也でゼノヴィアや黒歌に夜這いされたり、
(サインもらっときゃ良かった……)
と大真面目に後悔したり、ゼノヴィアや黒歌に夜這いされたり、パンドラの箱を再度開放して世界に災いをもたらそうとする魔導師と戦わされたり、ゼノヴィアや黒歌に夜這いされて大人の階段を上ったりなど、散々な目に遭った。
しかし最終的に総合すれば、『何やかんやで半年以上の月日が流れていった』事以外、特筆すべきものは何もなかった。
そして三学期もあっという間に過ぎ去り、連也たちは駒王学園を卒業した。
四月も終わりに近付く頃、連也は荷物をまとめて、叔父夫婦に別れを告げ、兵藤邸に向かう。
そこのガレージに、一台のキャンピングカーが停まっていた。車体にはグレモリーとシトリー両家の家紋が描かれている。
「私とソーナからの卒業祝いよ」
と、出迎えたリアスはそう言った。連也の卒業後の『進路』を聞いて用意したものである。
連也の取得した普通免許で運転出来るサイズだが、背面のドアを開けて中に入った連也は、何かに驚いたように、すぐに外へ飛び出し、車体の大きさを確認する。
その様子に、その場に集まっていたグレモリー眷属やシトリー眷属、生徒会などのメンバーはクスクスと笑った。
ちなみに一誠は退学後、グレモリー領に引き取られて上級悪魔としての礼儀作法や心得、立ち居振舞いなどの勉強中なので、ここにはいない。
キャンピングカーはハイエースほどの大きさなのに、中に入ってみるとホテルの一室が丸々そこにあるのだ。明らかに車体の大きさと中の居住区との広さが釣り合ってない。
「レーティングゲーム用のフィールド生成技術とか、ルフェイの空間魔法とかを色々利用してあるの」
と、リアスが説明する。
「……悪魔パねえ」
余りの事に、連也は語彙力が低下していた。
そこへ、荷物をまとめたゼノヴィアがやって来た。
「じゃあ行こうか、連也」
「ああ」
ゼノヴィアの呼び掛けにうなずき、連也は自分たちの荷物を後ろの居住空間に仕舞う。
「運転席に私やソーナに直通の通信機があるし、この家に繋がる転送魔法陣を描いた紙なんかも用意してあるから、何かあったら迷わず使いなさいね」
「何から何まで世話になっちゃって、ありがとうございます」
「お互い様ですよ、連也くん。私もリアスも、その眷属たちも、ここにいるみんながあなたに助けられたのです。これくらいは本当にお安い御用ですよ」
ソーナの声は柔らかく、優しかった。
皆の激励や祝福の言葉に見送られながら、連也とゼノヴィアは車に乗り込む。
曹操が運転席の連也に、小さく手を振った。
連也も小さく振り返した。
そしてキャンピングカーは、出発した。
「連也。まずはどこに行くつもりなんだ?」
助手席から、ゼノヴィアが連也に尋ねる。
「北。先輩たちが調べてくれたんだけど、北海道に念道っぽい技を使う人がいて、霊能者みたいな事やってるらしいから、まずはその人を当たってみるよ」
「これから暑くなっていくし、ちょうどいいんじゃニャい?」
二人の間に、黒歌がひょっこり顔を出す。猫に化けて後ろの居住空間に隠れていたのだ。
「アタシは後ろで寝てるから、ご飯になったら起こしてね~」
そしてまた後ろに引っ込む。
「まったく、あのドラ猫め……」
苦笑するゼノヴィアだったが、表情や声音に険はない。同じ男性を愛する者同士の仲間意識のようなものが芽生えているのだ。
町を出てバイパスに入ると、連也はアクセルを踏み込んだ。
車の通りも少なく、キャンピングカーは風のように加速していった──。