生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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敵の正体

 連也が連行されていくのと入れ替わりに、正門の塀から飛び下りた黒猫が、学校の敷地内へと駆け込んだ。

 旧校舎に向かおうとしたところで、ゼノヴィアたち生徒会メンバーと出くわす。

 捕まえようとする彼女たちの手をすり抜けて、黒猫は人気のない裏庭へと逃げていく。その尻尾が、目の錯覚でも何でもなく二本あるのに気付いた生徒会は、一斉にそれを追い掛けた。

 裏庭まで来ると、黒猫はヒラリと宙返りして、黒い着物を着崩した女の姿に変身した。

 

「黒歌!?」

「やっほーゼノっち。あんたんとこの生徒が一人、はぐれ悪魔に連れて行かれちゃったわよ?」

「何だと!?」

「あいつ等の匂いは覚えておいたから、今ならまだ追跡できるわ。どうする?」

「聞かれるまでもない。助けに行こう……ただし」

 

 ゼノヴィアは生徒会メンバーの方を向く。

 

「みんなは学校に残っていてくれ。生徒会全員がいなくなるのはまずい。私がオカルト研究部のみんなを連れて、その生徒を助けに行く。だから匙副会長、すまないが後の事は任せた」

「了解!」

 

 匙元士郎の威勢の良い返事に安心して、ゼノヴィアは旧校舎に向かった。幸い部室にメンバーが全員集まっている。

 一誠眷属が先行し、残るグレモリー眷属も主であるリアスに連絡してから向かう事になった。

 そして職員会議中で動けないロスヴァイセを除く一誠眷属たちは、黒歌に先導されて、連也の連れ去られたスクラップ置き場へと到着したのである。

 

 

 バズソーとドルトーレの翼を切り落としたゼノヴィア。

 その背後には、使い魔である蒼雷龍(スプライトドラゴン)のラッセーを連れたアーシア。

 空中には、龍の翼を広げた一誠と、悪魔の翼を広げたレイヴェルが陣取っていた。一誠は既に禁手化(バランスブレイク)して、鎧をまとっている。

 

「クックックッ……」

 

 クルガンが不意に笑い始めた。

 シェザナとドルトーレもクスクスと笑い出す。

 

「うわーっはっはっはっはっ!」

 

 バズソーに至っては、腹を抱えて爆笑し始めた。

 

「何がおかしい?」

 

 ゼノヴィアの当然と言えばあまりにも当然な質問に、クルガンが答えた。

 

「失礼……我々は実に運がいいと思ってね」

「もしもシトリー眷属やヴァーリチームに来られたら、ちょっとヤバかったけどねぇ~」

「ところがギッチョン、来たのは赤龍帝眷属ときやがった! もう笑うしかねーだろ! 力押ししか出来ねぇ単細胞(ゾウリムシ)の集まりなんざ楽勝だっつーの!」

「ちょ、単細胞(ゾウリムシ)とかさすがに言い過ぎでしょ! まぁ事実だからしょうがないけど? 事実だからしょうがないけど!」

 

 はぐれ悪魔たちはゲラゲラと笑い始める。

 

「こいつ等、好き勝手言いやがって……」

 

 力押し。パワー馬鹿。脳筋。火力だけのワンパターン。今まで散々言われてきた事であり、実際幾度か骨身に染みて思い知らされた事である。

 しかしはぐれ悪魔にここまであからさまな嘲笑を受けるとは思わなかった。一誠は屈辱で顔をヒクヒクさせる。

 

「落ち着いてください、イッセー様。私たちの真価を見せつければ良いだけの事ですわ」

「あ、ああ。そうだな。よーし、やってや、かはっ!?」

「く、う……ゲホッ!」

 

 空中で、一誠とレイヴェルは突如苦しみ、咳き込み始めた。息が出来ない。突然不可視のゼリーを鼻や口に突っ込まれたかのようだった。

 シェザナが両手の指で作った枠内に、二人を捉えている。彼女の能力によって、二人の周囲の空気がドロドロの粘液と化したのだ。

 

 シェザナ目掛けて、連也が走り出す。木刀『飛龍』に破邪の念を込めて振り上げた瞬間、炎を纏った鞭が刀身に絡み付き、動きを封じる。バズソーだ。左手に燃える鞭を手にし、右手には短剣を携えている。その刀身からは激しい炎が噴き上がっていた。

 

「死ね、クソガキ!」

 

 バズソーは嬉々としてその炎の短剣で斬りかかる。

 同時に、ドルトーレも襲い掛かった。両手には長さ60cmほどの片手剣を持っている。そして前が開かれたコートの下から、同じ片手剣を持つ腕が、更に四本! 六刀流の白刃がギラリと不気味に輝く。

 

「ラッセーくん、アタック!」

 

 アーシアが使い魔に命じた。小龍はバズソーとドルトーレ目掛けて稲妻を発射。かわされたものの、連也への攻撃を食い止める事は出来た。

 加えて、稲妻がバズソーの炎の鞭を焼き切った。

 自由になった連也は間合いを詰めて、今度こそ木刀をシェザナの脳天目掛けて振り下ろす!

 

「シェザナ、右に三歩だ」

 

 クルガンが指示を飛ばしたのは、その一瞬前だった。シェザナがそれに従い、連也の一撃はむなしく空を薙いだ。

 

「後ろに一歩」

 

 続く指示に従った彼女の鼻先で、デュランダルの切っ先が真横に振り抜かれた。

 初太刀をかわされたゼノヴィアと連也。二人の剣士が更に追撃しようとした瞬間。一誠がゼノヴィアの、レイヴェルが連也の頭上に落ちてきて、押し潰した。呼吸困難に陥ったパニックで前後不覚となったのだ。

 

「す、すまねえゼノヴィア!」

「いいからどけ! 重い!」

 

 何せ今の一誠は全身鎧を着込んでいるのだ。そんな者に乗っかられたのではたまらなかった。

 

「あっはっはっ! あんたたち何? コントでもやってるの?」

 

 シェザナは手を叩いて、大袈裟に笑う。

 しかしその豊かな胸の内では、こうなる事すら見透かしていたクルガンの魔時眼(まじがん)に対する敬意のような感情があった。

 

「さて、こちらの準備は整った」

 

 クルガンがそう言うと、彼の足下の地面に魔法陣が浮き上がった。それは回転しながら面積を広げていき、スクラップ置き場全体に広がる。そして目映い光を放出した。

 

 光が収まると、そこはスクラップ置き場ではなく、駒王学園の校庭だった。

 

「な、何だこいつ等?」

「どこから出てきたの、この人たち!」

 

 生徒たちのどよめきが聞こえてくる。

 

「え? 学校? え?」

 

 一誠は訳がわからず、辺りをキョロキョロと見回す。

 他の者も同様だった。

 

「気を利かせて、君たちをここまで運んでおいた。では失礼するよ、赤龍帝眷属の諸君」

「テメェ、逃がすか!」

 

 一誠は背中から龍の翼を広げて、クルガンへ飛び掛かろうとするが――、

 

「何あれ!?」

「映画の撮影とかじゃないよね!?」

 

 怯える女子生徒の声に、思わず動きが止まる。以前『禍の団(カオス・ブリゲード)』の魔法使いたちに白昼の学園を襲撃された時の記憶がフラッシュバックした。

 

「ははは……正体を隠さねばならないのは面倒で大変だな、『()()()()()』くん」

 

 クルガンが嘲笑いながら、生徒たちの陰に隠れて去っていく。シェザナやドルトーレもだ。

 

「逃がすな、追い掛けろ!」

 

 連也が叫んだ。

 木刀『飛龍』が白い輝きを放っている。

 

「えぇーやっ!」

 

 気合いと共に飛龍を地面に突き立てると、閃光と突風が周囲に広がった。そしてそれらに吹き飛ばされ、薙ぎ払われるように、校内の景色が消えていく。

 

 一同は再び、あのスクラップ置き場に戻っていた……否、幻覚を見せられたのだ。生徒たちのどよめく声も幻聴だったのだろう。

 はぐれ悪魔たちの姿は見えない。既に逃げられた後のようだ。

 アーシアがラッセーに探させようとした時、突然後ろから伸びた手が口を塞いできた。そしてもう一本の手が、燃え盛る短剣をその胸に突き立てる!

 

「アーシア!」

 

 一誠が気付いて駆け寄ろうとする前に、少女は傷口から噴き上がった炎で全身を包まれていた。

 

「ああああぁぁぁぁああああああっ!」

 

 アーシアの苦悶の絶叫が響き渡る。

 

「まずは、一匹」

 

 アーシアの背後にいたバズソーが、得意気に呟く。

 

「俺は優しいから特別に教えてやるがな。液体窒素ぶっかけたって消えやしねえぜ、バルログの魔焔はな! せいぜい頑張って助けてやりな!」

 

 バズソーは背中から翼を広げて、高笑いしながら飛び去っていく。

 

「待てこの野郎! ぶっ殺してやる!」

 

 一誠は追い掛けようとするが、ゼノヴィアが止めた。

 

「この馬鹿! アーシアを助けるのが先決だろう!」

 

 しかし、そう言うゼノヴィア自身、どうすればいいかわからない。近くには水などない。あったとしても、アーシアの全身を包む炎は火勢激しく、ちょっとやそっとの水では消えそうにない。

 動いたのは連也だ。

 魔焔に身を焼かれるのも厭わずアーシアに駆け寄り、飛龍の刀身を彼女の身体に突き立てた。

 

「はぁっ!」

 

 そして木刀から、破邪の念を迸らせる。少女の全身を苛む業火が、その念によって吹き飛び、消滅した。

 連也が木刀を引き抜く。

 アーシアは短剣で刺された傷や火傷の痕こそあるが、木刀を突き立てられた傷はない。制服は殆ど焼失してしまっているが、肉体そのものは比較的無事と言えた。

 

「アーシア、しっかりしろ!」

 

 一誠が今度こそ駆け寄って抱き起こす。アーシアはまだ気を失ったままだったが、息はあった。

 ゼノヴィアは友人が助かった事で気が緩んだのか、ヘナヘナとその場に座り込む。

 

「大丈夫か?」

 

 連也が手を差し出した。

 

「あ、ああ……」

 

 その手を取って立ち上がろうとしたゼノヴィアだったが、差し出された少年の手も、あちこちに火傷を負っている。手だけではなく、顔にもだ。

 

「連也、火傷が……」

「なぁに、かすり傷だ。唾付けときゃ治るさ」

 

 連也はそう言って、笑ってみせた。

 その笑顔が、ゼノヴィアにはとても眩しく見えた。

 

 

 アーシアは兵藤邸に運ばれた。依然意識は戻らないが、ルフェイの治癒魔法で一両日で完治するだろうとの事だった。

 連也はリビングに通されて、一誠の母親である静江に、火傷の手当てをしてもらっていた。家に招かれた連也を見るなり、彼女は血相を変え、半ば強引に手当てを始めたのである。

 

「何があったか知らないけど、こんなにあちこち……お父さんが心配するわよ? もっと自分を大事にしないと」

「す、すいません……」

 

 何故か謝る連也だった。

 

「あの、父とはお知り合いなんですか?」

「……テレビのニュースで知ってるだけよ。でも、子を持つ親なら誰もが、あなたのお父さんを尊敬すると思うわ。それに、大なり小なりあなたの事も気にかけてるはずよ。あなたは『愛と奇跡の子』なんだから」

「……」

 

 それはマスコミによって付けられた名前だった。

 四年前、連也は父であり念道の師でもある秋月光太郎と共に、冬の雪山に登っていた。自然に触れ、その気を吸収して『念』へと昇華させる修行が目的だった。

 だが親子を、突然の雪崩が襲ったのだ。悪天候に阻まれて救助活動も遅々として進まず、親族ですら生存を諦め始めた頃。

 雪崩発生から、実に一ヶ月以上も過ぎた頃。

 連也を抱き締めた光太郎の姿が、雪の中から発見されたのだ。

 不思議な事に、親子の周りの空気だけが春先のように暖かく、足下の地面には花すら咲いていたという。

 光太郎は仮死状態だったが、連也の方はいたって健康で、発見時には穏やかな寝息すら立てていたという。

 父親の愛によって守られた奇跡の子。

 救助されてからしばらくの間、連也はそうやってマスコミに持て囃されていたのである。

 もっとも、本人はそれどころではなかったが。

 

「お父さんは元気?」

「……いえ。あれから凍傷やら肺炎やら何やかんやで……結構頑張ったんですけどね。俺が十四になる頃に、母の所に逝きました」

「そう、だったの……ごめんなさいね」

 

 父親より先に母も亡くしていたのだと、今の言葉でわかった。迂闊な質問をしたと、静江は後悔する。

 

「で、今は叔父の所にお世話になってます」

「そう。おばさんは何もしてあげられないけど、どうか元気でいてちょうだいね?」

 

 静江はそう言って、連也の手をギュッと握った。

 

「ありがとうございます」

 

 その手の暖かさに、連也は癒されるような思いだった。

 

(俺の母さんもこんな感じだったのかな……)

 

 同時に、物心つく前に死んだ、写真でしか知らない母を偲んだ。

 その後は、リアスからの事情聴取だ。

 

「では、その悪魔たちは確かに『キング・オルランドの何々』という風に名乗っていたのね?」

「ええ、そうです」

「なるほど……ありがとう、秋月くん。これで彼等の正体がわかったわ」

 

 ゼノヴィアからも同じ事を聞いた。

 連也からも改めて確認した事で、リアスは敵が何者であるかを確信した。

 

「正体って?」

「十年ほど前に、人間から悪魔に転生した男がいたの。だけどそいつは自分の主と、自分の仲間でもあるその眷属を皆殺しにしたの」

「何でそんな事を……」

「目的は恐らく、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)だったのでしょうね。眷属が死ぬと、その眷属に使われていた駒は自動的に空白となり、また別の者に使用出来るようになるの。彼は悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を全て自分の物にして、自分だけの眷属を持ちたかったのかも知れないわ……上級悪魔に昇格すれば、独立して、自分だけの駒を与えられるけど、主との主従関係までは消えないの。だからその男、オルランドは、純粋な意味での(キング)になりたかったのかも知れないわね。

 冥界からの討伐隊もことごとく返り討ちに遭って、それからパッタリと行方がわからなくなっていたのに、まさかこの町にひょっこり現れるなんて……」

「何かやばそうな奴って感じですね」

「そうね。だけど、私たちの手で必ず討ち果たしてみせるわ。

 とにかく、今日はアーシアを助けてくれて本当にありがとう。

 まだ奴等の仲間がどこにいるかわかったものではないし、今夜は泊まっていってちょうだい?」

「……んじゃ、お言葉に甘えて」

 

 連也が了承した理由は、単純に、気分的に疲れていたからだった。家まで歩いて帰るのが、無性に億劫だったのだ。

 叔父である信彦の携帯電話に、『友達の家に泊まる』とメールを送ってから、連也は夕食をご馳走になり、浴場でシャワーを浴びさせてもらってから、来客用の寝室に案内された。

 

「ふぅ……」

 

 髪が乾くのも待たず、ベッドに身を投げ出す。

 うつらうつらし始めた頃、ドアがノックされた。

 

「連也。まだ起きてるかい?」

 

 ゼノヴィアの声だ。急いで開けると、パジャマ姿の彼女が、手を後ろに組んで立っていた。ややダブついたパジャマが、なんだか可愛らしい。

 

「どうした?」

「怪我の具合はどうかと思ってね。それと、添い寝をさせてもらおうと思って」

「言ったろ、かすり傷だって……って、え?」

「だから、添い寝をさせてもらいたいんだ」

 

 そう言って、ゼノヴィアは後ろに隠していた枕を取り出した。

 

「え、いや、あの、でも」

「君がいなかったら、我々はアーシアをむざむざと焼き殺されていたかも知れない。友達の命の恩人にそれくらいさせてもらわねば、女が廃るというものだ」

「いや、あの、でも、その」

「では失礼するよ」

 

 ゼノヴィアはその『友達の恩人』の返事も待たず、トコトコと部屋に入っていく。

 

「明日も学校だ。早く寝よう、連也」

 

 そして少年の手を取り、強引にベッドへと引っ張っていった……。

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