生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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逆襲の魔焔

「何だとぉぉおおおお!」

 

 はぐれ悪魔がアジトにしている、郊外の廃ホテル。

 遅れて意気揚々と凱旋したバズソーは、しかし己れの行動が無意味に終わった事をクルガンから知らされた。

 

「馬鹿な! 俺の魔焔がそう簡単に消せるはずがねえ! 氷結地獄(コキュートス)の永久氷壁だって溶かしてみせらぁ!」

「実際にやった事ないでしょ」

「うるせぇ、黙ってろ垂れ乳!」

「失礼ね、まだ垂れてないわよ!」

「……現に、私の魔時眼には、あの僧侶(ビショップ)が生きている姿が映っている。あの木刀を使う少年が助けたようだ」

「あのクソガキが……!」

 

 バズソーはワナワナと震え出すと、腹いせにそこかしこに火炎を撒き散らし、手近の壁やソファを蹴り飛ばした。

 

「ああああ! 許さねえ! あのガキ殺す! バルログの魔焔を舐める奴はどいつもこいつも、骨の一欠片も残さず蒸発させてやらぁぁあああああ!」

「あーもう、いちいちキレないでよ馬鹿」

 

 シェザナがうんざりした声で呟いた。ドルトーレも、無言ではあるが呆れた顔だ。

 

「放っておけ」

 

 クルガンは言いながら、鍔広の帽子を被り、マントを羽織った。

 

「買い物? じゃあヤングチャンプ買ってきてくれる? お金は後で払うわ」

「一回も払った事ないだろうが……それとヤングチャンプの発売日は明日だ。そもそも買い物ではなく、ボスへの報告だ」

 

 その一言で、ドルトーレはおろかバズソーまで、怒りも忘れてクルガンの方を見た。

 

「ちょ、ボスに報告って、おま……!」

「D×Dに存在を知られた以上、お知らせしない訳にはいくまい。心配するな、処刑される事はない。魔時眼にも、我等全員の無事な姿が映っている……怒られはするだろうが、まぁそれは仕方のない事だ」

「だ、大丈夫よ! いざとなったら私のおっぱいで」

「黙れ垂れ乳」

「だから、まだ垂れてないったら!」

 

 シェザナの抗議を無視して、クルガンは一人駒王町を出た。

 

 

 ベッドのサイズは、二人で寝ても寝返りが打てるほど余裕のあるものだった。それにも関わらず、連也の身体は今にも落ちそうなほど端に寄っている。

 理由は言わずもがな、彼の背中にピットリと寄り添う少女であった。

 

「連也、そんな端っこだと落ちてしまうぞ。ほら、もっとこっちへ来るといい」

 

 ゼノヴィアは少年の純情さから来る恥じらいなど露ほど気付かず、彼をベッド中央へと抱き寄せてきた。

 互いの着衣越しに、少女の豊かな胸が連也の背中にムニュッと押し当てられる。

 

「~~!」

 

 そのボリューム感溢れる柔らかさに、危うく変な声が出そうになる。

 ゼノヴィアは少年の反応に、これまた全く気付く事はない。

 気付く事もないまま、自分の肉体を更に密着させてきた。

 

「連也。君の身体はポカポカしてて暖かいな」

「さっきシャワー浴びたからな」

「うん、そういうのではなく、何だろう……君の身体の内側から、暖かなエネルギーを感じるんだ……こうして抱き締めていると、とても心地いいよ」

 

 そりゃあそうだろうな。

 連也は心中でそう呟いた。

 ()()()以来、自分の中には父の『念』が、父の命が宿っている。分厚い雪の下に埋もれた時、父は体内で練り上げたありったけの『念』を、自分の身体に注いでくれたのだ。

 その念と連也自身の念が、彼を寒さや飢餓から守ってくれた。

 だから今、自分はここにいる。 父は今も、自分を生かしてくれている。

 それを連也が自覚しない日はただの一日もない。

 ――だが、それは今(しとね)を共にする少女には、何の関係もない事だ。父の事を誇りに思ってはいるが、だからこそ軽々しくペラペラと他人に話すのは憚られる。秋月連也とはそういう少年であった。

 

「それはたぶん、俺の中に溜め込んである『念』だ」

「ねん?」

 

 聞き返すゼノヴィアに、連也は念道の説明をしてやった。

 

「それが君のあの不思議な力なのか……」

「半分は我流だ。父さんが死んでから、教えてくれる人がいなくなっちまったからな」

 

 そこまで言って、連也は余計な事を言ったと感じた。亡き父を出しにして女の子の同情を引いているみたいに思えてしまった。

 

「そう、だったのか……」

 

 ゼノヴィアが後ろから、ギュッと強く抱き締めてくる。

 

「それでも君は、己れを鍛え続けているんだね……たった一人で、手探りの状態で……」

 

 しかしゼノヴィアは、同情よりも尊敬の念を抱いた。

 振り返れば自分たちには、教え導いてくれるコーチがいた。

 共に鍛え合い、高め合える仲間もいる。

 だが、今同じベッドで寝ている少年は、師も友もおらず、孤独の中で自身の力と技を磨き続けていたのだ。

 果たしてそれは、どれほど大変な事だったのだろう? 鍛練の仕方を間違えてしまっても、それを指摘してくれる者がいない。自分の今のレベルは昨日よりも上がったのか、下がったのか、それを確かめ合える者もいない。常にそんな不安や寂しさが付きまとっていたのではないだろうか?

 そんな心境を(おもんぱか)ると、この少年に尊敬の念を抱いた。

 そして同時に、愛おしいとすら思えてきた。

 何か力になってあげたい。そんな気持ちが、ゼノヴィアの胸の内を満たしていく。

 

(……)

 

 連也は、少女の肉体の柔らかさと温もりを背中いっぱいに感じていた。

 今すぐ振り向いて、真正面から彼女を抱き締め、その白い柔肌をまさぐりたい衝動に駆られる。

 少ししてゼノヴィアの穏やかな寝息が聞こえ始めたが、連也の自分の中の獣との戦いは、始まったばかりである……。

 

 

 ゼノヴィアが目を覚ますと、もう夜が明けていた。カーテンの隙間から陽が差し込んでいる。

 ベッドに、連也の姿はなかった。

 身を起こして辺りを見回すと、部屋の隅で座禅を組み、瞑想している。

 

(熱心だな……)

 

 それを念道の修行だと思ったゼノヴィアは、外泊先でも修行を怠らない姿勢に、素直に感心した。よもや年頃の少年らしい欲望を抑えるためのものだとは、少しも思ってなかった。

 

 連也が目を開けて、立ち上がった。

 

「おはよう、連也」

「ああ、おはよーさん」

 

 二人は挨拶を交わすと、着替える事にした。

 ゼノヴィアがそのために自分の部屋に戻ると、連也は借りていたパジャマから制服に着替える。

 そしてカーテンと窓を開けて、日光と外気を部屋に取り込んだ。

 朝のひんやりした空気を、深呼吸で体の中にも取り入れていく。ただ吸って吐くだけの、普通の深呼吸ではない。体内の気を高めて念へと昇華させ、蓄積させるための、念道の呼吸法である。

 少年の、毎朝の日課だった。

 

 気は普通の状態でも、呼吸法と精神の集中によって、筋肉の力をも凌駕するエネルギーとなる。

 これが一定以上高まると、いわゆる相転移を起こして、感情の高ぶりに呼応して量や密度が増幅する性質を帯びるようになる。特に闘志や敵意などの積極的、攻撃的な感情とは相性が良い。

 念は更にその上の段階。思念によって物理法則すら超越するパワー。

 その存在に人類はかなり早い段階で気付いており、洋の東西を問わず、これを操るための技術を研究、開発していった。

 念法、念術など、呼び方は色々あったが、いつしか共通の目的によって、名称が統一されるようになる。

 その目的とは、聖人や達人と呼ばれる者たちの中でも更にごく一部の者だけが辿り着けた『高み』へと至る事である。そのための道という意味合いで、『念道』と呼ばれるようになったのだ。

 

 昨日の戦いで消費した念は、呼吸法で充填された。

 全身の細胞一つ一つに暖かなものが注ぎ込まれて活性化していき、感覚が鋭敏になるのがわかる。目を閉じて意識を集中させると、今いる寝室の内部どころか、周辺のロケーションまで、手に取るようにわかった。

 

(――?)

 

 廊下の方に、二つの反応を感知した。

 ゼノヴィアと一誠だ。

 廊下に出ると、パジャマ姿のままのゼノヴィアを、一誠が壁に押し付けていた。二人の会話が聞こえてくる。

 

「なんで秋月と一緒に寝たりなんてしたんだよ」

「アーシアを助けてくれた恩人だ。お礼にそれくらいしてもバチは当たらないだろう。本当に、ただ同じベッドで寝ただけだしね」

「それだけでもダメだ! お前は俺の眷属なんだぞ!? 勝手にそんな事していい訳ないだろ!」

「君だって、私以外の女と寝ているじゃないか」

「う、いや、だってそれはリアスが」

「君は良くて私はダメなのか? それは横暴というのではないのか?」

「くっ……そ、それでもお前は俺の眷属で」

 

 一誠が最後まで言う前に、ゼノヴィアは深く長い溜め息をついた。

 

「眷属、か……確かにその通りだけどね。でもこういう時くらい、『お前は俺の女だ』くらいの事は言えないのか? (キング)の身分を笠に着て、相手を束縛する事しか出来ないのか?」

「うっ……」

 

 一誠は黙り込む。その隙に立ち去ろうとするゼノヴィアだったが、一誠は逃すまいとその腕を右手で掴んだ。

 

「何だ。離せ、痛いぞ」

「まだ話は終わってないだろ!」

「よせよ」

 

 ここで連也はようやく、二人の間に入った。

 一誠の右腕を、掌でスッと撫でる。

 ただそれだけで、一誠の腕が消えた。

 

「えっ?」

 

 否。

 腕自体は、ちゃんとくっついてある。

 だが、まるで自分の物ではなくなったかのように、力なく垂れ下がっていた。何の感覚もない。動かすどころか、力を込める事も出来なかった。腕は確かにあるのに、最初からそんな物はなかったかのように、一誠は自分の右腕の存在を認識出来なくなっていた。

 

「俺とゼノヴィアの間には何もなかったよ。彼女が寝入った後、俺はベッドから出て違う所で寝たからな」

「そ、そんなの、信用出来るかよ……」

 

 一誠の口調が急に弱々しくなった。連也の能力に、薄気味悪いものを感じたからだ。

 

「だったら、ゼノヴィアにも聞けばいい。ただし、もっと紳士的にな」

「イッセー、連也の言ってる事は本当だ。さっき目を覚ましたら、連也はベッドの外で寝ていたんだよ」

「という訳で、この話はもうおしまい。はい、やめやめ」

 

 連也がパンパンと手を叩いて、会話を打ち切った。そしてダイニングルームへ向かおうとする。

 

「お、おい! これ! 俺の手はどうすんだよ!」

「二、三分もすれば戻る」

「それじゃあイッセー。また後で」

 

 連也とゼノヴィアが揃ってその場を去ろうとした時、突然轟音が鳴り響き、家全体が揺れた。

 よろめいたゼノヴィアと一誠を、連也が咄嗟に抱き止めた。

 

「な、何だよ今の!」

「見てくる。ゼノヴィアを頼む」

 

 連也は一誠に言い残して、窓を開けて外に飛び出した。

 

「おい! ここは三階――!?」

 

 開け放された窓から顔を出した一誠は、我が目を疑った。

 飛び下りた連也が、地面から二メートルほどの高さの辺りで壁に手を触れると、ピタリとその身体が静止したのだ。手を離すと、羽毛のように柔らかな動きで、フワリと庭の芝生に着地した。

 

 その彼を囲むように、数本の火柱が噴き上がった。

 

「はっはっはっ! テキトーにその辺焼け野原にすりゃあ出て来るんじゃねぇかと思ってたが、ドンピシャだったなぁ!」

 

 上空からの声に見上げると、バズソーが背中から翼を広げて、空中に浮いている。両手には炎をまとった短剣と鞭を携えていた。

 彼の傍らで、六階建ての兵藤邸の屋根が吹き飛ばされ、炎と煙を上げている。

 

「まさか最初に狙った家に住んでたとは運がいいぜ! 昨日の続きといこうやクソガキ! 他の奴等はボスに譲ってもいいが、テメェーだけは……バルログの魔焔を舐めたテメェーだけは、俺が殺す!」

 

 バズソーは顔を怒りと憎しみで激しく歪ませる。まさに悪鬼羅刹の形相だ。

 連也はブレザーの内ポケットに手を入れた。その手を引き抜くと、木刀『飛龍』が握られている。刀身を伝って放射される破邪の念が白光となって、周囲の火柱の火勢を弱めていった。

 

「――はぁっ!」

 

 気合いと共に木刀を真横に振り抜くと、火柱は一斉に消えた。

 

「ほぉー、見事なもんだ。まるでマジックだな。あの金髪(パツキン)のメスガキもそうやって助けたのか? ますます気に入らねぇーよ、お前」

「そいつはどうも」

 

 軽口で返す連也。しかしその眼差しは険しかった。

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