バズソー・バルログ。
今は断絶した
バルログ家は代々、炎を操る能力で外敵と戦う戦士としての役割を持っており、過去の戦争においても活躍した。そのような家系であるため、当主には強さが求められる。そしてバズソーは、一族の中でも最も炎の扱いに長けていた。
しかし、その性格に問題があった。傲慢で気性激しく、幼い頃から何かと問題ばかり起こしていたのだ。
彼が当主となったら、必ず家に災いを呼ぶだろう。そう判断した父親は、次期当主には彼の弟を指名した。親族も全員がそれに賛同した。
唯一反対したのは、バズソー本人だけである。彼は激昂し、弟も父親も、そして一族の全員を赤子に至るまで、自らの魔焔で焼き殺し、そのまま姿を消した。当主の証であり、家宝でもある炎の鞭と短剣を奪って。
◆
「死ねクソガキぃ!」
バズソーは地上の連也目掛けて、鞭を振る。そこからほとばしる炎が少年目掛けて降りかかってくるが、連也は木刀を白く輝かせ、炎を雲散霧消させた。
「フッ!」
次いで上空の敵目掛けて、木刀を鋭く突き出す。破邪の念が閃光となって放たれた。
バズソーはこれをヒラリとかわした――つもりだった。
「うおっ!?」
しかし念の閃光は突如爆発し、その熱風が彼の身体を叩く。
「ハアッ!」
空中で相手の体勢が崩れたのを見て、連也は追い打ちをかけた。木刀を縦横に振り抜くと、念が十字の光刃となって飛翔する!
「舐めるなよ、クソガキぃ!」
バズソーの全身から、魔焔が噴き上がった。量も勢いも凄まじく、彼自身が小型の太陽になったのかと錯覚するほどだ。その炎がバリアとなって、連也の念を相殺した。
反撃に移ろうとしたバズソーだが、その手足が不意に鎖で絡め捕られた。
彼の周囲にたくさんの魔法陣が浮かび上がり、その中から伸びる鎖であった。
「そこまでです」
鎧を纏った銀髪の女性が、屋根の上に立ち、呼び掛ける。オカルト研究部の顧問であり、赤龍帝眷属の一員でもある
「これ以上の好き勝手は許さないわよ、バズソー・バルログ」
その傍らには、リアス・グレモリーがいた。
「おとなしく投降なさい。私たちに協力すれば、お上の慈悲というものがあるわ」
「はっ! 糞食らえだ!」
「あら、そう。残念ね」
パチン!
リアスのフィンガースナップが鳴り響く。
「うがあっ!」
バズソーは苦悶の声を上げた。晴天にも関わらず、上空から一条の稲妻が降り注ぎ、彼の身体を打ちのめしたのだ。既に朱乃が、頭上に陣取っていたのである。
「どう? 気が変わった?」
リアスが問い掛ける。しかしバズソーの返答は、
「くたばれ」
「あなたがね」
紅髪の主君の言葉を合図に、朱乃がより強力な電撃を放とうとした瞬間――、
「ぬぅぅあああああっ!」
バズソーは再び、全身から魔焔をほとばしらせる。その熱たるや、ロスヴァイセの魔法で生み出された鎖を瞬時に溶解、蒸発させるほどだ。
束縛から逃れたバズソーは炎の鞭を滅茶苦茶に振り回す。放射された魔焔が四方八方に飛び散り、地面と言わず庭木と言わず家屋と言わず、触れた物を片っ端から燃やし始めた。
それは兵藤邸だけではない。隣近所の家屋も同様だ。あちこちで火の手が上がり始める。
「バズソー! あなた何を!」
「見ての通りさ、この辺一帯を焼け野原にしてやるんだよ! 早く消さねぇーと死人が出るぜぇ~!」
リアスの問いにバズソーは下卑た笑いを浮かべて答えた。
消火活動に自分たちを向かわせて、その隙に連也を襲うつもりだ。リアスはバズソーの狙いをそのように読んだが、それでもその策略に嵌まらざるを得ない。魔焔の火勢は強く、モタモタしているとバズソーの言った通り、死者すら出かねない。
「だが言っておく。バルログの魔焔は液体窒素ぶっかけたって消えやしねえ。これだけの広範囲、消せるもんなら消してみな!」
「良かろう」
答えたのは、ゼノヴィアだった。
庭に立つ少女は既にエクソシストの戦闘服に身を包み、手には物々しいデザインの鞘に納められた剣を携えている。その鞘の各部がスライド変型して、彼女の髪と同じ蒼い色の刃が現れた。
「エクス・デュランダルの名において命ずる。炎よ、去れ!」
高らかに叫び、剣を掲げる。
剣から発せられる強い光が周囲に広がると、住宅街を襲った魔焔が、たちまちの内に消え去った。
エクス・デュランダルには七本のエクスカリバーの特殊能力が宿っている。
その内の一つ、生物無生物問わずあらゆるものを支配する
この祝福の能力で、支配の能力行使の成功率を上げたのだ。
その結果は、もはや語るまでもあるまい。周囲の家々をも巻き込んで兵藤邸を襲った魔焔が、嘘のように消えてしまった。
「こ、このメスブタがぁぁああああ!」
バズソーは激昂して喚き散らす。
「もう諦めろ! お前に勝ち目はない!」
リアスとロスヴァイセも屋根から飛び立ち、二人と共にバズソーを囲んだ。
「私たちの力を甘く見ていたのが敗因ね。さぁ、おとなしく投降なさい。それとも、死体も残さず消し飛ばされたいの?」
リアスの手から放出される滅びの魔力が、不気味に揺らめく。
一誠は神器の機能で自身の力を連続倍加させて、いつでも砲撃を撃てるようにしている。
朱乃やロスヴァイセも、何かおかしな動きをしようものなら即座に攻撃する準備を整えていた。
「ククク……死体も残さず消し飛ばす、か。おー怖い怖い」
バズソーはゆっくりと降下していき、屋根の上に着地した。
「いいぜ、やれよ。やってみろよ。やれるもんならな」
両手を広げて、挑発する。
「俺の死体も残さず消し飛ばすんだろ? オラ、やってみろやクズどもがよ! テメェーらに出来る訳ねぇーけどなぁ!」
「何だと、この……!」
その挑発にカッとなる一誠だったが、怒りに任せた攻撃は出来なかった。
バズソーに向けて砲撃を放てば、彼の足下にある自宅まで破壊してしまうからだ。
「どうした、やらねえのか? 少なめの脳ミソでもそれくらいは理解出来るってか……そぉーだよ! この町で戦う限り、地の利は俺たちにある! テメェーらが全力を出すと、町が吹っ飛んじまうからなぁ~!」
バズソーはゲラゲラと笑い出す。
「ま、この町がどーなろうと、俺には関係ねえ事だがな……だが、テメェーらはムカつくから、全員殺す!」
再びバズソーは全身から魔焔を噴き上げた……否、彼自身の肉体その物が、炎に変わっていく。そしてそれはみるみる内にサイズを増していった。
六階建ての兵藤邸をも越える大きさにまで膨れ上がった人型の炎は、背中から炎で出来た翼を広げた。
自分自身を魔焔と化した、焔魔人と呼ばれる姿だった。
「死ねや、ビチグソどもがぁー!」
バズソーは口から無数の火炎弾を発射した。
一誠たちは散開してこれをかわす。
しかし外れた火炎弾は弧を描いて地上に落ち、住宅街を再度炎に染めていった。
「エクス・デュランダル!」
ゼノヴィアが聖剣に命ずる。支配の能力を帯びた光が放たれるが、今度は何の効果も現さなかった。
「馬鹿が。意思のない炎ならともかく、今のこの魔焔は俺の一部であり、俺の意思が宿ってんだよ! そんなナマクラなんぞで消せるほど、ヤワじゃあねえ!」
バズソーは勝ち誇り、炎の巨拳をゼノヴィア目掛けて振り下ろした。
しかし、横殴りの突風が拳を叩き、狙いを逸らした。連也の念による衝撃波だ。
「しゃらくせえ!」
バズソーは口から炎を吹き付け、連也に浴びせる。
「ハッ!」
連也は突き出した木刀から念を放出し、炎を散らした。だがその結果、散った炎が周囲に燃え移る。
「ヒャハハハ! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄! これがバルログの魔焔の本当の力だ! テメェーらカスどもにどうにか出来る代物じゃあねえーんだよ!」
魔焔その物と化したバズソーの高笑いが、地獄の鐘の音のように響き渡った。
突如火災に見舞われた我が家から逃げ出した住民たちは、訳もわからずその怪物の威容を見上げ、恐れおののくしかなかった。
一誠は上空から、生まれ育った住宅街が炎に包まれていくのを見る。
今すぐあのはぐれ悪魔を消し飛ばしてやりたい。今の自分の力ならば充分に可能だ。
しかし、
「くっそぉぉおおおお!」
一誠は龍翼を広げて、バズソー目掛けて突撃。やりきれない感情と、犠牲をいとわない敵への怒りを込めた拳を繰り出す。
しかしそれは、むなしく巨体をすり抜けるだけだった。
「間抜けかテメェーは! 今の俺は炎その物だ! 炎をぶん殴れる訳ねえだろーがこのウボァ!?」
罵倒の最中に突風をくらい、バズソーは兵藤邸の屋根から地面に落ちた。
連也だ。
足下には、水をたたえたバケツが置かれてあった。庭の水道で汲んできたのだろう。
バズソーはそれを見て嘲笑う。
「ヒャハハハ! 何だそりゃ! まさかそのバケツの水をぶっかけようってのか? そんなんで俺様の魔焔を消すつもりか? 出来る訳ねえだろーがこの田吾作がぁーっ!」
連也は答えない。
しかしその表情は、憤怒に燃えていた。
呼吸を整え、体内に蓄積された念の圧力に意識を集中させる。
木刀『飛龍』の切っ先を、バケツの水に突っ込んだ。
「念道剣――」
そしてその木刀を勢い良く振り上げる。
「舞い翔龍!」
瞬間、その場にいた誰もが、我が目を疑った。
バケツの中から、容量の何倍、何十倍、否、何百倍もあろうかという大量の水が渦を巻いて噴き上がったのだ!
その不可思議な激流は龍となって住宅街を駆け巡り、家屋を蝕む魔焔を次々と消し去っていく。
そしてバズソーの巨体を頭から丸呑みにした後、巨大な水竜巻となって天へと伸びる!
「ぐぁぁぁああああああああッッ!!」
水竜巻の中から、バズソーの苦悶の叫びが響く。連也の破邪の念がたっぷりと宿った水が、魔焔その物と化した肉体を削り取り、消滅させているのだ。
もがき苦しむバズソーの目に、水竜巻の勢いに乗って上昇してくる連也の姿が映った。
「この、クソガキがぁぁああああ!」
炎の拳を苦し紛れに繰り出す。
だが、念の白光を放つ木刀はそれを難なく切り裂いた。
「イィーエヤァッッ!!」
気合いと共に、木刀『飛龍』がバズソーの眉間を稲妻のように鋭く打った!
破邪の念が衝撃波となって焔魔人の体内に浸透し、爆発、雲散霧消させた。
水竜巻が弾けて、にわか雨となって住宅街に降り注ぐ。
空高く舞い上がっていた連也は、重力に誘われて地上へと落下していく。
しかし空中で、不意に柔らかい物が少年の顔を包んだ。
ゼノヴィアが、落ちていく彼を抱き止めたのだ。
少女は連也の顔を、その豊かな胸にうずめたまま、ゆっくりと着陸した。
連也はフラフラとよろけて、ペタンと地面に座り込む。
「大丈夫か、連也」
「電池切れだ」
今の水を操る技は、それだけ大量の念を消費させたのである。情けない話だが、ゼノヴィアがいなかったら、なす術もなく地面に激突していたかも知れない。
そんな後先を考えない大技を使わせるほど、少年は敵の非道な行いに怒りを覚えていたのだ。
ついさっき充填した念のほとんどを使いきった反動で、体が重い。連也はアスファルトで舗装された道路の上に、ごろりと寝転がった。
後頭部に、何かが当たった。一瞬ゴムの塊かと思ったが、視界に上下逆さまのゼノヴィアの顔が飛び込んでくる。それで、今彼女が膝枕をしてくれているのだとわかった。
「ああ、悪いな」
「気にするな」
ゼノヴィアはそう言って、微笑む。
邸内にいた兵藤夫妻やアーシアは、小猫やレイヴェルが地下のシェルターに避難させてくれているはずだ。家の損壊は……グレモリー家が何とかしてくれるだろう。
今は、この剣士の健闘と勝利を労いたかった。
雨はすぐにやんだ。
「おお……でかいな」
連也が呟く。
視線を追うように空を仰いだゼノヴィアの目に、大きな虹が移る。
青空を七色の光が横切る様は、さっきまでの戦いが嘘のように美しかった。