天龍死亡調査報告書   作:隱蓮秾

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ネタバレ:天龍が死ぬ。


序章

 ――――背後からの爆発であった。

 

 天龍の遺体の解剖調査報告書には、そう、死因が記されている。

 戦時日誌にはこう記されている。

 『○○○○年◯月◯日 指揮官代行大淀、旗艦天龍並ビニ那珂以下初風、漣、暁、潮、五名ヲ率ヰ運送船「サントロープ」「サントアンネ」護衛ヲ命ズ。』

 当時、艦隊司令官はマラリアに罹っており、大淀が数週間前から代行して艦隊指揮を取っていた。護衛隊の編成は天龍自らが行ったとされる。

 天龍・那珂の練度は高水準で、那珂は他の水雷戦隊の旗艦だったが、大淀が提出した報告書には、天龍は那珂に対し要請を請い隊に加わったと記述されている。其れに就いては『――中略――二人で編成をまとめ、初風が中程度の経験を積んでは有るが、初風を除いた三名は一カ月以内にこの泊地に配属した者達であり、彼女らの育成を目的として那珂を編成に入れ――』と、死亡報告書には纏められていた。

 本稿を執筆するに伴い、戦闘詳報や戦時日誌といった正規文章を引用するのだが、其れだけでは報告書を装飾したに過ぎず、また、天龍と云う、いち艦娘が作戦行動に移ってから死亡するまでの短いバイオグラフイを書き残すには、いささか情報不足である。であるからして、本稿には護衛隊員や、当時指揮官代行として任に就いた大淀からの伝聞を含む物とする。

 

 日誌は『××××時 隊員各位、港街付近に集合。』から始まる。

「全員揃ったなー? うーしっ、作戦要項を説明するぜ。」

 今回の作戦で護衛する船は中型の商船二隻で、商船を中心に六角形の様に展開する作戦を立てていた。片道で四日間の作戦である。

「途中、何ヶ所かで補給を行なうが……まあ其の時其の時で連絡するから、今は良いか。」

 此処で天龍は独特の砕けた口調で大雑把に概要を説明した。大体の隊員は、後で那珂から作戦の詳細を聞いたそうだ。

「今回の作戦ではお前らの育成を目的として組んだ。那珂と初風以外の三人は、外洋に出た事も無いんだってな。

 若し分からない事があれば、俺か那珂に訊け。そんでもって、どんな些細なことでも、気付いたら旗艦である俺に報告しろよ?」

 はい。と、声を合わせて返事をする件の三名は、眠そうに目をしぱしぱと瞬かせている。

 天龍は苦笑して那珂を見ると、那珂は微笑んで返答とした。

「おっし。そんじゃあ商船の船長に挨拶しに行くぞ。もしお前らが護衛隊の旗艦になる時があったら、これだけは忘れんなよ。」

「挨拶は大事だ。」と云いながら、天龍が先行して街へと向かった。それに各自が追随して行く。

 那珂が云うには、港に向かう道すがら、漣や暁が那珂のそばに寄って来て、普段から那珂と天龍の仲が良いのか、と聞いたらしい。初風は頭をふらふらさせ、天龍に引っ張られていた。

「そうだよー。那珂ちゃんと天龍ちゃんはとっても仲良しなんだ!」

 暁が那珂のスカートを引いて話しかけた。

「でも、元々接点もないんでしょう?」

 那珂がにっこり笑って答えた。

「天龍ちゃんとは、なんて云うか、似た者同士っていうか? 最初から馬があったんだ。」

 暁と潮は顔を見合って眉根を寄せた。漣も首を傾げる。先ほどの彼女達の遣り取りを見ていた二人は、不思議に思っていただろう。

 天龍と那珂の両名は、筆者から見ても二人の性格は正反対に見える。

 想像力豊かな駆逐艦たちであるから、彼女達は空想したかもしれない。

 もしかして、あの硬派な天龍は、実は裏ではきゃぴきゃぴとしているのだろうか? それとも、那珂が実はバリバリの武闘派なのか――――。

 天龍が自室に戻ってドアを閉めた途端、「メイク崩れちゃったー><」と目にキラ星を浮かべんばかりにポーズをとり、歯の浮くようなセリフが並べられた流行歌を、キレキレの振り付けとともに練習し始める。

 または、那珂が一人鎮守府の裏手へと向かうと、ジメジメとした其処には、錆びた高速修復材の桶に水が溜まっていて、那珂はポケットの中から煙草を取り出し、「遠征なんてやってらんねー」なんて、乱雑な口調と死んだ目で紫煙を燻らせる…………

 どちらもよく考えれば有り得ない話だが、其処迄強引な繋ぎ方でもしなければいけないほど、彼女達に接点は見受けられ無かった。

「暁ちゃん達が考えるような理由じゃないと思うんだけど……。」

 少女二人が妄想した内容をなんとなく察したのか、那珂は頰に汗を一筋垂らしながら、二人の思考を止めさせた。

「那珂ちゃん達はね、立場は全く違ってても、同じ境遇なの。天龍ちゃんは戦いたいのに遠征ばかり行かなくちゃいけなくて、那珂ちゃんは戦いたくないのに出撃指令がかかっちゃって……偶に二人で飲んだりするんだ。」

 那珂はこう云ったという。

 そう云われて、二人は納得した。那珂はアイドル活動に力を入れたい。天龍は遠征では無く戦闘がしたい。現状に不満を抱く二人が出会い、其処を切り口にして交流を続け、結果的に波長が合ったのだろう。愚痴仲間、とでも云えば良いのであろうか。

 併し、竹を縦に割った性格の天龍がぶつくさと託つ様は、未だ此処に配属されて間もない彼女達には想像し難かった。

 那珂は其の後、天龍にこれが終わったら飲みに行こう、と誘った。快活な声を朝の大気に響かせると、前を歩く彼女が振り返る。

「そういや、なんだかんだでご無沙汰だったな。おう、約束だぜ。」

      ※    ※    ※

 帰投してから、那珂はがぶがぶと酒を飲んでいた。

 アルコール度数四二度のウォッカを、氷の入ったグラスに注ぐ。那珂は、それを、ひといきに飲み干した。鎮守府の堤防に座る彼女の横には、何本も瓶が並んでいた。緑、茶色、無色、色とりどりの瓶が並び、それらが南国の太陽と、海の輝きでキラキラと光り輝く。そのうちに、もう一本、酒瓶が仲間に加わった。

「……ひっく。」

 これが嗚咽なのか、しゃっくりなのか、血中アルコール濃度が高い今の彼女には判断ができなかった。

 肴も無しに、かなり早いペースで空の瓶を増やしたせいで、十分くらい前から、喉や腹が痛み出している。彼女は芸能人の真似事をしている。活動に支障が出ればまずいのだが、どうせ入渠すれば治ってしまうのだから、と、あまり気にしていないもようだ。

 ふと、那珂は酒を注ごうとする手を止め、酒瓶を海の上に掲げた。手首を捻って瓶の口を下に向ける。シャバシャバと音を立てて、味付きエタノールは海原に溶けていった。それは、友達と飲むためにとっておいた、那珂がお気に入りの果実酒だった。

 その友人こと天龍の行方は、那珂が鎮守府に帰還してから三日経った今でも、わかっていない。

「……嘘つき。」

 那珂は膝を抱えてうずくまる。天気の良い堤防で、派手な服装の彼女が丸まっているのは、とても目に付いた。

「帰ってくるって、言ったのに。」

 壁訴訟しても仕方がないのは理解していたが、今はそう口ずさまずにはいなれない心境だ。

「約束って、言ったのに。」

 あちらはこちらのように活躍したい。こちらはあちらのような任務がしたい。

 あちらはがさつで、こちらは天真爛漫。

 海鳥が一羽で飛んでいる。那珂はそれを目で追いながら考える

 何もかもが逆で、たった一つだけ繋がりがあったのが良かったのかもしれない。その姿や様は、嫉妬の対象にもなりえた。出会い方を間違えば、私達は僻みあっていただろう。那珂はグズグズの頭でゆったりと考えていた。

 友人になるのならば、まるで、硝子の上に立つような関係性でありながら、これほど深い交わりを持つことはなかった。那珂は、姉妹艦娘達や司令官にさえ、今の立場の不満を漏らしたことはない。天龍が、天龍だけなのだ。

 しばし無言で海を眺めていた那珂であるが、おもむろに立ち上がると大きく振りかぶり/肩を可動域まで広げて/スナップも効かせて/外洋に向かって、グラスを放り投げた。トップスピンのかかったそれは、どこまでも飛距離を伸ばしてゆく。

「さようなら、天龍ちゃん。愛してるよ。」

 天龍は、那珂にとって間違いなく友愛の相手で、恋愛感情以外の全ての好意を向けた人間であった。

 ちゃぽん。

 グラスが着水した時、那珂は海に背を向け、鎮守府へ戻ろうとしていた。

 





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