天龍死亡調査報告書   作:隱蓮秾

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ネタバレ:天龍が(ry


其の二

 ××△△時。

 天龍らは船団長や船長達と挨拶を済ませ、出航準備に取り掛かった。此の時、天龍は仲間達と雑談を交わしていて、非常にリラックスしていたと、同行していた艦娘が証言している。

 大体の艤装の点検を終えた天龍は、顔を上げて仲間達を見渡した。那珂や初風は普段通りにしていたが、初風以外の駆逐艦娘は、初めての長距離遠征に緊張している様子であった。特に潮は顔が青褪めていて、作業も遅れていた模様だ。

 面倒見の良い彼女であるから、しょうがねえな、といった風情で首を鳴らしただろう。天龍は足音を殺して潮の背後に忍び寄る。彼女の着るセーラー服の背中には、淡い色の凹凸がうっすらと浮き出ていた。

 天龍は、なんと、潮の背後からセーラー服の裾に両手を潜り込ませ、フロントタイプのブラホックを一息に外したのだ。

「ひゃ。」

 気丈な娘であったら抗議の声も上がるだろうが、潮は生来の気弱さがある。彼女は胸元を抑えて目を潤ませるに留まった。

「ブラのホック外しチャンピヨンの天龍さまに背中を向けるたぁ、良い度胸だぜ。」

 天龍はカカカと喉を鳴らしながら、そう胸を張ったという。

 彼女の云う『ブラのホック外しチャンピヨン』であるが、此れは彼女の自称する称号である。当鎮守府黎明期に、ブラジャーのホックを辻斬り的に服の上から外す、女学生が良くやる、あれが流行ったのだ。中でも天龍の技巧は群を抜いていて、何時の間にかホックを外され、寝巻きに着替えるまで気が付かなかった者も居たと云う。筆者は、此のホック外しが風俗の乱れである、と、鎮守府運営から禁止された後に配属されたのであるが、天龍の腕前は落ちてはいなかったようだ。

 さて、描写を戻すと、初風や那珂は事情を察したのだろう、クスクスと笑い合っている。

 天龍は尻餅をついた潮の前でしゃがみ、彼女と目線を合わせた。

「何時にも増して元気ねえな、潮?」

 奥手な潮はどう返して良いか判らず、口をパクパクさせている。

「怖いか?」

「え、えと、何がでしょうか。」

「何かがだよ。震えてんじゃんよ、お前。」

 指摘されて、潮は自分の胸元をかえり見た。確かに、胸を抱いた両手は小刻みに震えていて、驚いて息を呑んだ。

「おら〜っ!」

 そこに、いきなり天龍が襲いかかった。再び潮のセーラー服に手を突っ込み、へたり込んで余裕ができた腹の肉を揉みしだく。潮はへなへなとした声で悲鳴を上げた。

「なんだ潮ォ、弛んでんじゃねぇか? 神通のトコに二週間行けばげっそりできるぜ?」

「や、やめてください〜!」

 必死になって抵抗する潮を暫くもみくちゃに扱いてから、天龍は満足気に彼女を放り出す。ヨレヨレになった彼女の姿が、なんとも痛々しい。

「フゥー――――さて、潮。」

 『もうお嫁に行けない』と云わんばかりにさめざめと泣く潮の前に、天龍は仁王立ちに踏ん反り返った。

「俺が、怖いんだろ?」

 ぽかんと口を開けて潮は天龍を見上げた。

「お前は海軍のお船だろ? 敵なんて怖くねえ。もし怖いと思ってんなら、俺が怖いのを勘違いしてんだぜ!」

 仲間も恐れる軽巡洋艦だからな! と、天龍は胸を張る。

「若し本当に敵が怖くなったんなら、俺を思い出せ。ヲ級だろうがレ級だろうが、俺様の恐ろしさに比べたら、へでも無えよ。」

「は、はあ……。」

 潮は曖昧に頷く。ニマリと猫の様に笑った天龍は、踵を返して背中で手を振った。

「そんじゃ、ぱっぱと整備を終わらして、飯でも食いに行こうぜ。」

 天龍の背中を見送ると、今度は那珂が声をかけてきた。

「ビックリしちゃったでしょ? ごめんね、天龍ちゃん、不器用だから。」

「い、いえ、そんなことは……。」

 愛想笑いを浮かべる潮を、那珂の掌が撫でる。見上げると、彼女は慈しみを持って微笑んでいた。

「さっ、早く終わらせちゃお? 那珂ちゃんも、もうお腹ペコペコ!」

 ぱっと何時ものきらきらした顔に戻ると、那珂は自分の兵装の手入れに戻って行った。はっとして潮も滞っていた仕事を終わらせる為、取り落としたスパナを拾って自分の装備の前にもどる。すると、心配そうな漣と暁がそこに立っていた。暁は特に不安げだ。

「潮ちゃん、大丈夫?」

 気遣わしげな暁に、潮は微笑んで見せた。

「大丈夫。なんだか元気づけてくれたみたい。」

 そうフォローしても、二人は信じていないようである。

「天龍さんってそっちの人なのかな? 潮、気をつけなくちゃだめだよ?」

「ええっ? そんな人と何日間も一緒なんて……一寸憂鬱ね。」

「暁ちゃん、多分天龍さんはそんな人じゃないと思うけど……。」

 漣の言葉に頬を染める暁を、潮が困ったような曖昧な笑みで宥めた。

 潮は艤装の前に座り込んで作業を始める。

「多分、気を使ってくれたんだと思うの、天龍さんは。」

「えー?」

「あれが気遣いなら、病床の御主人様の乳首をこねくり回してるってー。」

 避難を声を上げる二人の顔が妙にコミカルで、潮はぷっと吹き出した。

 手先はもう、震えていない。

      ▼▼▼

 予定よりも速いペースで進行した部隊は、商船船長と相談の後、早めに補給港に停泊し、次の日の朝出港する事となった。天龍は逐一隊員の状況や、周辺の雲の動き、電索の反応などを司令官代理に報告し、指示を仰いでいたと云う。

 余談であるが、天龍は寄港した夜、那珂と夜深くまで飲み、路上で朝を迎えたらしい。天龍・並びに那珂は、所謂、蟒蛇の体質であった。那珂の姉妹艦からの調書を参照すると『――上略――どれだけ飲んでも、次の日に支障を来さず任務を行っていた。よく天龍と一緒に帰って来ては共に床で寝、起きて其の儘任務に向かい――――』とあるため、その夜の飲酒が、次の日の作戦行動に影響を及ぼしたとは考え難い。

 護衛作戦開始から三日目、□□△◇時。

 右舷中に配置された初風が右舷約五海里に六個の敵影を索敵した事を天龍に伝達する。直ちに天龍は合戦準備を隊員に伝達、商船に敵影の視認と有事の際に直ぐ全速力が出る様に伝えた。

 

「天龍よりタウイタウイ三一本隊へ、右舷に敵影補足! 数六、距離およそ五!」

 ノイズの後、大淀の声が通信機から聞こえる。

《――――タウイタウイ三一本隊から天龍へ。敵部隊編成は分かりますか? 相手はこちらに気付いているでしょうか?》

「分かんねえ。偵察機は飛ばしてないが、どうする?」

《――――提督代行指揮権により全ての戦闘行動を許可します。商船を保護しつつ敵部隊の撃滅を行ってください。》

「それと、可能なら、此処から一番近い泊地か警備隊に支援要請を頼む。」

《――――やってみます。》

 大淀は速やかに天龍の報告から部隊の大まかな位置を割り出して、付近の泊地に連絡を取っている。同時に、非番である秘書艦娘に呼び出しを行った。

 サントロープの航行記録を見ると、天龍の部隊は、深海棲艦の泊地も無ければ、各国の鎮守府も無い、戦闘地域の中の空白地帯にいた。其の地域は人類も深海棲艦も重要視しておらず、派手な戦闘も行われない。またサントロープ艦長の証言に拠れば、隊長及び副隊長の艦娘は「こちらは練度の低い艦娘が居る。強力な深海棲艦と遭遇した場合、其方を守れるか疑問である。」と言い、この航路を提案したという。

「此れより本部隊は戦闘を行う……が、本格的な戦闘行動じゃ無く、見つからずに逃げることを目的とする。俺の判断があるまで砲弾、魚雷の装填をするな。」

 天龍の意思は大淀の代行指揮下においても変わらず、彼女は本隊との通信を切り、味方全員に対し、こう通達した。

「サントアンネ、サントロープは機関強速、潮は後方につけ。初風、那珂がサントアンネ、サントロープの右舷に回り、左舷は漣と暁――――指示があるまで陣形は崩すな、絶対だぞ!」

 天龍が先頭に立ち、輪形陣を支持すると、各艦娘は指示通りの配置に付いた。

「那珂、水上機を飛ばせ。見つかんじゃねえぞ。」

《分かってるって。》

 水上機は左舷側から、大回りに飛ばされた。接敵への忌避感が、ここでも伺える。

 那珂の艦載機からの報告は、『軽空母一、重巡洋艦一、軽巡洋艦一、駆逐艦三』であった。那珂がそれを報告すると、無線からバリバリと音――那珂が言うには、天龍は迷うと頭を掻く癖があるらしい――がしてから、『砲弾・魚雷装填』の令が発せられる。

「――――護衛船団からタウイタウイ三一本隊へ。此れより我が船団は予定航路から外れ、大きく迂回する。」

 天龍は本体に連絡した後再び無線の電源を入れた。

《もしもの為に装填はしていろ。だが、できるだけ奴らに気づかれるな。左舷十一時の方向に進路を取る。那珂は初風と位置を交換、艦載機をそのまま飛ばし続けろ。》

《了解。》

《りょーかい!》

《りょーかい。》

《ラジャー!》

「了解です!」

 違う声の了解が四つ響き、潮は最後に無線を飛ばしながら、速度を落として商船の後ろに付いた。後ろから見た甲板は、慌ただしく人が動いているのが見えた。

《――――おい、潮。》

 潮の調書には、全体への無線の後、潮個人への回線で、天龍が話しかけて来たという。辺りを見回して、他の艦娘たちが何でもない顔で魚雷や弾薬を装填していたから分かったらしい。

《潮。此方から見えてるって事は、彼方からも見えてるってことだ。今はまだ気づかれてねえが、もし、『もう少しで逃げ切れる』ってときに見つかっちまったら――――。》

「私と初風ちゃんが、真正面に受けるんですね……。」

 バリバリと、此処でも頭を掻く音が聞こえたと云う。

《本当なら、那珂と俺が真横につければ良かったんだ。でも俺は旗艦だし、第一、もっと早い段階でバレるかも知れない。だから……。》

 其処で天龍は言葉を詰まらせた。

《だから、そのな――――。》

「大丈夫です、天龍さん。」

 併し、潮はその時気丈であった。

「大丈夫です。怖くありません。天龍さんに比べたら、何も怖くありません。」

 暫しの間が空き、潮は天龍がニヤリと笑っているのを想像した。

《――――そうか、そうだな。だって俺、世界水準超えてるからな。》

      ※    ※    ※

 正直に言うと、暁たちにとって、天龍が戻ってこないと言う事実は、いまいちピンとこない事象であった。だからメンタルケアのためであろうこの非番は、あまり理解できないでいる。

 だって、あの天龍が、である。決して死ななそうな、死んでも地獄の門を魚雷でぶち破ってきそうな、彼女が、なのだ。

 鎮守府内は暗いムードに包まれていて、誰もが粛々と各自の仕事をこなしている。

 そんな中に。

「ダウト。」

 暁は、潮、漣らとともに、談話室で時間を潰していた。各々の自室で時間を潰そうと、最初はそれぞれに思っていたのだが、結局はこうして元・遠征部隊の面々でトランプに興じていた。

「ねえ、さっきからずっとダウト、ダウトって言ってるじゃない。ゲームの意味ないわよ。」

 非難されたのは漣、声をあげたのは暁である。

「暇つぶしでしょ?」

 漣は素知らぬ顔でカードを手札に加える。手札は両手で持ちきれないほどにあふれ、すぐ横に伏せてあるカードも彼女の持ち札だ。

 ちなみに一番勝っているのは潮で、その次に暁である。ビリは漣であるが、少し前まで彼女がトップだった。

「もーやめましょ?漣、飽きてきた。」

 漣が手札を机にほうった。他の者達も漣の愚痴に対しては同感だったので、トランプはお開きになった。

 基本彼女達の精神年齢はそこまで高くない。無条件の休みとなれば、はしゃぎ回って街に繰り出すのだが、休みの原因が原因なので、さすがにそれは自重している。暇だが、暇を潰せない。子供の精神年齢と同じそれを持つ彼女達には、耐えられない状況だった。

「…………そう言えば、司令官のマラリアが治ったって言っていたけど。」

 ポツリと潮が呟いた。

「お見舞いに行きましょう!」

 暁が立ち上がる。

「提督だって、直接、私たちから話を聞きたいはずよ!」

 この際、時間を潰せるなら、報告会でも良い。みな、だらだらと椅子から腰を上げた。

 そうして療養所に3人で姦しく歩いていくと、一軒家の引き戸に向かおうとする、女性の後ろ姿が見えた。

「あ、那珂ちゃんさん。」潮がつぶやく。

 遠目からでも分かる、その花のような衣装は、間違いなく那珂改二の制服である。だが潮は、今日のそれには、いつもの鮮やかさが感じられなかった。

「那珂ちゃんせんぱーい!」

 暁が手を振ると、那珂は少し間を置いてからくるりと振り返って、幾分翳りのある笑顔を見せる。暁が那珂に追いついて顔を覗くと、彼女は肩をすくめた。

「提督のお見舞い? 私、提督から呼び出されちゃったの。」

「そうだったんですね、私たちはお見舞いしたあと、直接報告しようと思って。」

「そっかー。偉いね、みんな。」

 駆け出した暁に遅れて那珂に近づくと、鼻につく臭いが潮たちを迎える。

「那珂ちゃん先輩、お酒飲んでるの?」

 暁が首をかしげると、那珂は「ファンのみんなには内緒ね?」と笑った。

「何もやることないから、ずっと飲んでたの。ここで飲まなくても、どうせ、飲む機会なくなっちゃうからね。」

 那珂ちゃん先輩もだらしないのね、なんて笑い合うが、那珂のすこしかすれた声に、潮はどこか虚しさを感じ、彼女の胸中を掻き立てて、その細い喉を動かさせた。

「そ、そうだ、那珂ちゃんさん、このあと、一緒にマミヤに行きませんか?」

 普段、自発的な行動をとらない彼女の突飛な行動に、那珂以外の艦娘たちは軽く驚いていたが、那珂は何も感じとっていないように「うん、行こうね。」と微笑む。

「じゃあ、まずは提督のところに行こうか。」

 そして彼女はいつもより元気なく言った。

「狡いわ、潮ちゃん! あたしもいきたい!」

 潮の提案が了承されると、他の駆逐艦娘も私も、私もと言い出す。那珂は目を丸くしてから、うふふと声を出した。

「うん、ありがとう。皆で行こ。初風ちゃんも誘ってね。」

「やったー! 絶対よ? 絶対!」

 そうして、話が纏まって、潮が話に上った初風を、今日、まだ見ていないことを思い出した時、

「ふざけんじゃないわよ!」

 療養所から怒声が響いた。

「…………初風ちゃん?」

 潮が呟いた時には、那珂の身体は、自身の脚力によって弾き出されていた。

「那珂ちゃん先輩!?」

三人が慌てて扉をくぐると、部屋の前で顔を青くしている那珂に追い付いた。

「那珂ちゃんさん!」

 潮達が病室に転がり込むと、体を起こした提督、床にへたりこんだ大淀、見舞いの品であろう果物が目につき、それから、医務官に抑え込まれた初風が身体を揺すって逃れようとしていた。

「離しなさいよ、ヤブ医者! あんたの代わりにそこの売女の頭カチ割って、脳みそ治療するんだから!」

 茫然とする大淀に初風は口汚く罵る。

「何が失敗よ、何が「死なせてしまった」よ! 天龍はねぇ、私達を、たかが小船二つと親友と、戦力にもなってないぺーぺー四人生かすために『死んだ』の! 成功も失敗もないわ、ただそれだけよ。だから……!」

 よく見ると、大淀は眼鏡をしておらず、頬に小さな赤手形をつけていた。

「だから、天龍の死を汚すこと、言わないで!」

 初風は、思いの丈を目一杯叫んだ。潮はまだ足りないと口を開こうとする彼女に割って入った。

「初風ちゃん、天龍さんが死んだって、まだ決まってないんじゃ、」

「死んだのよ!」

「!」

 凄まじい眼光で初風が睨む。

「死んだのよ、もういないの。護衛任務を遂げるために、私達を生かすために、戦力の消耗を防ぐために、最期まで兵士としてあるために!」

 漸く騒ぎを聞いた警備兵が駆けつけ、初風は二人がかりで立ち上がらされた。

「受け入れなさいよ、あの人の死を。そうしなきゃ、私たちが生き残った意味が……。」

「初風。」

「……何よ、糞司令。」

 言葉を遮った、病床の上の男が静かに/穏やかに言う。

「君に二日間の懲罰房入りを命ずる。」

顔色一つ変えない提督に、初風は不敵に口角をつり上げた。

「今、初めて、あんたがいけ好かない提督で良かったと思ってるわ。」

 男はただ少女を見つめていた。

潮たちは、そのまま連行される初風の後ろ姿をただ見つめることしかできない。命を出した男はベッドから裸足で降りて、部屋の隅に飛んでいた眼鏡を拾った。

「落ちていたよ、大淀。」

「あ、す、すいません。」

いつもなら、下士官の物を拾うような上官ではない彼から眼鏡を渡されても、大淀は今だ呆然としている。そして提督はゆっくりと潮たちを見た。

「初風は、此処で建造された艦だ。教官は天龍がやってね、彼女は、初風をとても可愛がっていた。」男は目を細めながら語る。「初風も天龍を慕っていた。色んなことを教わっていた。護衛の時の陣形の移行方法、遠征任務の警戒対象……下着の金具外しまで、何かもね。」

 男は目を伏せ、静かに下を向いた。

「彼女の死は大きな損失だ。友軍の死は艦隊の志気に直結する。人員の損失は艦隊の経験値の喪失である。非常に惜しい人員をなくしたよ。」

「ちょっと!」

 何も顔に浮かべない提督に、暁は義憤した。

「天龍さんが死んだって、決まった訳じゃないわよ! それに、まるで他人事みたいに……心配じゃないの!?」

「心配する必要がないんだ、もう。」

 その時、潮は彼の無表情の中に、深い悲しみを見た気がした。

「私は悲しまない。悲しめば、艦隊運営に私情が出る。大淀はよくやった。ただ、一瞬タイミングを逃しただけだ。死人が出るのは、そう言う時なんだ。」

 独白のように提督は滔々と言葉を並べる。暁は、ついこの間まで一緒にいた人間を、過去の者にしているその態度が気に入らなかった。

「だから、死んだって決まった訳じゃ……。」

「敵は目の前に居るんだ。」

 反論する前に、男は芯のある声で殴り付けた。

「今も我々は睨み合っている。睨み合って、相手が隙をつくるのを待っている。兵士一人死んで弱味となれば、そこから一気に均衡は崩れて行くものだ。だから、我々は、少なくとも、私は悲しまない。」

 語り終えた提督は、ベッドの横から水差しとコップを手に取りながら、言う。

「この話は終わりにしよう。こんな話をしに呼んだ訳じゃないからね。」

 本当は那珂から全員に伝えるつもりだったけど、と溢して、提督は那珂を見据えた。

「軽巡洋艦娘、那珂。君を筆頭として、護衛隊の者等と共に今回の護衛任務に関する、前回提出したものより詳細な報告書の作成を要求する。

並びに、再発防止、再発対処の為のマニュアル作成を、大淀と、火急速やかに行ってくれ。」

 凛然とした敬礼と共に、那珂は了解の意を示す。駆逐艦娘達がそれに続くと、男は満足げに頷いた。

 潮も他の少女らと同じように敬礼の姿勢を作っていたが、司令官目線こちらを向いた時、彼女の身体は更に固くなった。なにか言われるのだろうか、不安に思っていると、

「大丈夫か、潮。」

 と、気遣いの言葉を投げ掛けられて、当惑した。体調は万全で、身嗜みも整えている。何かおかしな所でも――――服を見下ろすと、ぽたぽたと水が落ちたあとがセーラー服の胸にある。涎でも垂れていたのかと口に手をやると、それは頬を伝っていた。湿り気を指でなぞっていくと、それは目尻から流れていた。涙だった。

「あ、あれ? どうして……。」

 まばたきでも忘れていたのかも知れない、そう思って目を擦っても、涙腺は止まらない。

 どうして、どうしてと、混乱に陥りかけたが、それからすぐに答えに行き着いた。

 天龍は死んだのだ。

「……ごめんなさい、先に失礼します。」

「潮ちゃん!」

 仲間の声を振りきって、午後の鎮守府を潮は走った。

 天龍は死んだのだ。

 その事実がじわじわと潮に染み込んで行く。見ないふりをしていたわけでなく、理解ができなかった。だが、それを理解してしまった。ぢくぢくと痛む胸を抱えて、潮が自分の部屋に飛び込むと、姉妹艦娘達がお茶を飲んでいる。

「潮、どうした――って。」

「ちょっ、潮、痛いってば。」

 潮は扉のすぐ近くに居た朧に、強く、強く抱きついた。

 天龍は死んだのだ。

 その事実は潮一人が抱えるには重すぎる。だが、小さな潮の口から出すには、それは大き過ぎて、誰かに伝える事はできなかった。

「潮、泣いてるの?」

 姉妹艦娘が気遣わしげに声を掛けてくれる中、潮は、ただただ、胸の痛みを、一肌の温もりで溶かすことしか、出来なかった。





ありがとうございます


これはホームページからの転載である。


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