天龍死亡調査報告書   作:隱蓮秾

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其の四

 

 彼女は死ぬのであろう。

 □○○◎時以降の司令部での記録は、護衛隊、天龍、救援部隊、航空戦隊、司令部内(主に大淀の言動である)と、四つの通信と大淀の事を同時に書いている。天龍が各隊の行動を確認がしたいと、逐一報告を仰いだからだ。記録官は嘸忙しかったに違いない。其れを示すように、筆跡が其処から荒くなっている。

 其の荒い筆跡で記された文を追うと、初風と救援部隊旗艦の由良が口論と行かない迄の言い合いになり、那珂に諫められていた様子である。部隊の詳報には書き記されてはいなかった。

《タウイタウイ三一泊地護衛隊、救援隊旗艦・由良。敵の編成を教えて下さい》

 始まりは、由良が護衛隊に直接通信を掛けた事からである。

 司令部の記録を辿ると、『六艦デアルガ、今ハ四艦ナリ。』と那珂は答えていた。かなり短縮して書かれているから、

「護衛隊より救援部隊へ、敵は軽空母と重巡と軸とした六艦編成。駆逐艦二艦を撃沈した後の逃走のため、現在は四艦と見られます。」

 と云ったのだろう。救援部隊の詳報も確認すると、那珂の返答を聞き、由良は、

『其レバカリカ』

 と呟いた。記録を原文のまま引用すると、どうも大仰でならない。

《それだけですか……?》

 と云った所であろうか。

 恐らく、つい口から出てしまったのであろうか。由良は直ぐさま謝罪している。だが、初風が通信に割り込んだ。

『常日頃ハ何ヲスルカ。』

「あなた、何時も何の任務してるのよ?」

《え? 何時もって、普通に出撃して、戦闘して……。》

「泊地の主力鎮守府って訳ね。云っとくけど、私達は毎日周辺警備と護衛が任務なの。華々しい作戦の話なんて、年に一度、主力の後揃えがあれば良い方。其れに、今、此の部隊の半数は外洋航海すら初めての新参者なの。寧ろ、航行不能一人で済んでいるのが奇跡なのよ。」

 初風が捲し立てる。

「初風ちゃん、止めなさい。」

 那珂に嗜められて、初風は何も云わずに前を向いた。此の様な遣り取りがあったと彼の鎮守府からの報告書には書き出されてはいるが、那珂に聞いても、其の様な事は無かったと言い切っていた。

 初風はその時、天龍は戻らない物と確信していたと云う。

「初風ちゃん、私と先頭、交代して?」

 天龍と別行動を執り始めて数十分後、那珂は初風を隊列の後方である自分の位置に配し、自らが先頭に立った。

 速度を落として那珂とすれ違う時、那珂は初風の背中をポンポンと二回叩いた。

 するすると後方に回ると、右舷側には潮が着いていて、初風は左舷側に自分を置いた。

 潮は険しい顔で、遥か後ろを見つめていた。

「何見てんのよ。」

 初風がぶっきらぼうに尋ねる。

「……敵の航空部隊の動きを見てる。」

 何で、と聞く前に潮が口を動かす。

「敵機が此方に来たら、私と初風ちゃんが受けなきゃならないから。」

 初風は潮の視線を追った。空に黒い胡麻粒が、ぐるりぐるりと旋回している。あの下で、天龍が戦っているのだろう。

 胡麻粒が今、一つ火を噴いて墜ちていった。彼女は未だ健在の様子だ。

「そうね。私達がやらなくちゃね。」

 ――――この短期間であの泣き虫潮を、よくも此処迄育てたものだ。

 初風は高角砲を構えながら、遠くに戦う部隊長を想っていた。艦娘になって初めて訪れた南西諸島で、不思議な愛敬を見に纏った彼女に出会い、彼女に全てを教わった日々が脳裏をよぎる。

「初風より副隊長那珂へ。今の天龍の状況を司令部に聞いてちょうだい。」

 初風は無線を開き、態々那珂に状況確認を促した。

《こちらタウイタウイ三一本隊、天龍は、左足艤装が浸水しながらも戦闘は継続中、敵重巡洋艦を大破、敵航空隊、残り八、》

(ロートルの癖に頑張っちゃって。)

 と、思っていたと彼女は語っていたが、素直にはなれない性分の彼女であるから、此れは照れ隠しであろう。

照れ隠し混じりに、初風は潮に天龍と出会った頃の自分を重ねていたと云った。潮は、天龍の精神性を彼女自信の性格を持ちながら受け継いでいるように見えた。自分と違うのは、作戦技術とブラのホック外しを、教わっていない事位か。

 恐らく、彼女はもう戻らない。漠然とした、併し手応えのある確信が初風の胸中で凝固して行く。痛みに耐えきれず、涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。

『泣きそうになったけど、泣いたら、天龍の死んだ意味が薄れると思って。』

 余談であるが、潮からの聞き取りの際、帰ってきた時にブラのホックが外れていた、と証言した。ホックはずしの名手である天龍とは戦闘行動中は接近しておらず、激しい戦闘の最中、彼女がそのような児戯にかまける余裕もないと思われる。では、一体誰が彼女の下着を外したのか。読者諸氏の中には気付いた者も居るであろう。

「安心なさいな、迎え撃つのは、私も一緒よ。」

 そう云って初風は潮の背中を、ぽんと叩いた。

 初風にその事を聞くと、ニヤとしながら、何とも食えない顔でこう言って退けた。

『技術ってのはね、使わないと錆びるもんなのよ。私しか受け継がなかったモノがあるなら、惜しみ無く使った方が良いでしょう?』

と。

      ※    ※    ※

 初風が人の気配を感じて檻の方を見やると、向こう側に、ドアと机とロッカーと、少女が一人立っていた。

「あら、青葉。貴女も遂に年貢の納め時が来たのね。明るく楽しい営倉暮らしへようこそ。」

「まだなにもしてませんってっ。」

 青葉は檻の向こうに堂々とベッドに横たわる初風を見て、青葉は声をあげて否定した。

 初風が体を起こして、何をしに来たのかと青葉に尋ねると、取材をしに来た。と答えた。初風が笑う。

「なに、結局営倉入りが御望みじゃない。突出しまくって出撃禁止食らってたのと良い、マゾなの?」

「違います! 龍田さんに頼まれたんです!」

 眉を非対称に上げて、初風は睨んだ。

「なんで龍田が?」

 青葉は目をそらす。

「いやあ、ちょっと……。」

「…………フーン。」初風は何か合点がいった風で「まだ、立ち直ってないのね。一番早く回復すると思ってたけど。」

 初風は壁のむこうを透かすように目を放ったっきり、黙ってしまう。青葉が鉄格子に近づいて、その彼女の横顔を眺めた。

「……なによ。」と初風。

「初風さんは、どう思っているんですか、此度のことは?」

「どうって、惜しい人材をなくしたわ。あと少ししたら戦力も整うし、教導艦娘になれたのにね。」

 青葉は首を振った。

「艦娘としてではなく、初風さんに聞いているんです。」

「悲しいわよ。辛くて、身体がバラバラになりそう。」

 初風が犬歯を見せるように口を動かした。

「あんたが加古なり古鷹なりを失うのと同じ――――いえ、一緒にされてたまるもんですか。誰にも共感はさせないわ。」

 青葉は口を噤んだ。

 初風が立ち上がる。

「もしかして龍田のことは嘘で、同情して、悩みを聞いて慰めようって訳? これは私の痛みよ。誰にも渡せない。海の底まで持ってって、天龍にぶちまけてやるんだから。」

 初風は眉を吊り上げ、静かに怒っていた。強烈な視線を受けながら、青葉はまっすぐに彼女を見る。

「――――龍田さんのことは本当です。なんで死んだのか、知りたいって。」

 は。

初風の口から吐息が漏れた。次の会話まで、スピードボールの合間のブレーキボールのような、歯痒い間隔が空いた。

「どうやって龍田と話したのよ。」

 立ち直ってないところからするに、龍田は自室に籠って出てこないはずだ。

「竜田さんから無線が来ました。」

「………………。」

この重巡は素直なだけが長所であるから、これは本当なのだろう。

「あんた、無線記録とか、詳報は読んだの。」

「はい。さっき、記録室に行ってきました。でも、それだけじゃ当たりません。竜田さんから任せられたんです。私なりに、このことに真摯に向き合いたいんです。」

 はっ。二度目は、明確な笑いになって出てきた。

 この女は、どれだけお人好しなのか。姉妹艦娘ですらない、ひょっとすると、これまで同じ部隊に一度か二度編成された程度の付き合いである龍田のために、規律違反を犯すなんて。初風は力を抜いて、ベッドにストンと座った。

「いいわよ、付き合ったげる。」

 ただし、私にも見せなさい。初風が言うと、青葉は頷いた。彼女の手元を見ると忘備帳を持ってきていた。そこで、初風は思い出した。

「今から取材するのかしら?」

「はい! そのつもりでメモ帳も…………。」

「――――でも、そろそろ提督が見巡りに来るんじゃない?」

「ええっ。」青葉が目を剥く。

「昨日もこんくらいの陽の傾きの時に来たし。」

 初風が天窓を指で指した時、コッコと足音が届いた。

 面食らった青葉は、はじかれるようにロッカーの中に飛び込む。それがなんともコミカルで、初風は腹を抱えてゲラゲラ笑った。

 扉が開きざま、男が口を開く。

「――――面白いことでもあったのかい。扉の外まで聞こえていたよ。」

「何でもないわ、思い出し笑いよ。」

 





ありがとうございます。

晩に最後の投稿をします。
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