「遅くなった。状況は?」
□◎〇〇時 本来は非番であった秘書艦娘・戦闘艦長門が到着する。司令室に飛び込んで来た彼女は私服の侭であった。
《其の声は長門か。やけに遅いな、今日は休みだったのか? 悪ぃな。》
彼女が到着した時、再び天龍の指示で回線が開いた状態であった。連絡官から予備のマイクを手渡された長門は、コードを引っ張って地図の上に置いた。
「ああ、人が心良く本島の街のベンチで昼寝していた時に召集だ……おい、大淀。何故黙っている?」
長門が匙を向けると、大淀は沈痛な面持ちで口を開いた。
「……敵航空隊全機撃墜、併し天龍は機銃を喪失、主砲残弾僅か、敵艦残り三、左足艤装が浸水、航行不能の為、近接戦闘に移行しました。他鎮守府航空支援帯到着まで、およそ二十分です。」
「良くもまあ、その様で生きているな。」
《ああ、俺も吃驚だね。海上近接戦闘何てやる羽目になるとは、思わなかったぜ。》
此処で説明をすると、海上近接戦闘とは、艦娘が何らかの理由により浮力を残した上で航行不能になった場合、艤装と水面の反発により海上を蹴って走り、刀なりその拳なりで攻撃を行うことである。筆者は訓練すら行ったことが無いが、天龍は指揮刀として使っている対艦刀を用いながら戦闘を行っていたようだ。
まるで、雑談でもする調子で長門が話し続けた。
「妙な訓練もやってみるものだな。私も始めて見るか。」
《お前、ほとんど海に出ないじゃねえか。そんなことよりだ。》
「なんだ。」
《辞世の句ってヤツを考えているんだが、中々上手い事行かなくってさ。……うおっ。三十一字に収めることは出来んだ。五七五って、韻を踏むのがなかなか難しくてな。》
長門の動きが止まった。
「――――帰れないのか。」
脅している様な、其れ程重みのある声だった。対して、
《帰る気ではいるんだがな、仕方ないだろ。》
天龍は、さらりとしていた。
「二十分ももたないか。」
《ああ。――――っと、危ねえな。》
至近弾が天龍を襲った。長門は天井を仰いだ。
「そうか…………そうか。」
《悪いな。》
「全くだ。これから、重要な時期だと云うのに。」
『なんだ、本営からまた作戦の後衛でも任されんのか?》
「違う。五年経って、傘下の艦娘も増えたんだぞ。」
《俺を後ろに回して教導でもさせようってか? 嫌だね、俺は……嫌、其れも良かったのかもな……。》
「お前はこの鎮守府の柱の一つだった。タウイタウイに異動した初期から居て、其の前に四年間の実務経験がある。そんな奴はお前しか居ない。」
《手前も神通も、もう直ぐ八年だろ。着任だって、龍田の方が早い。》
「私も神通も空白期間が長い。龍田は六年目だ。お前じゃなきゃ駄目だったんだ。」
《駄々っ子かよ。》
此の場面に来ても、天龍は笑っていた。
《どの道、ごねてももう駄目なんだ。だから、考えてくれよ。頭良いんだろ、長門。》
長い息を漏らしながら、長門は机に地図の上から腰掛けた。
「――知らんよ。」
猫背になって、殆ど吐息のような声で云った。息を一度吸って続ける。
「図書資料室の貸出記録は、お前が一等じゃないか。その中にないのか。」
バリバリ、妙なノイズが司令室にこだました。
《前に読んだ気がしたんだが、土壇場になると思い出せなくってな。》
「……短歌は、最後の七七で感情を詠むと良いらしい。其れに、辞世の句は複数作るのも有りの様だ。短歌に収めなくても良いぞ。」
《へー、そうなのか。成程なぁ。》
連絡官が振り向く。
「支援航空隊、到着まで残り十五!」
「おい天龍、無駄話をしている内に五分経ったぞ。」
《――――こっちは死に物狂いで弾を避けてんだけどな。》
ドン。短装砲の砲撃音が無線で届く。
《――――こちら、護衛隊、天龍。敵巡洋艦商は確認。主砲残弾零。》
「下手くそめ。本体に当てろ。」
《うるせーな。》
其処から会話が途切れ、スピーカーからは着弾音のみが響いた。次の記録は二分後であった。
《――――だぁあっ、糞!》
突然、天龍の罵声が響く。しかし、次の一声には落ち着いていた。
《――――浅瀬に座礁した。左足が砂地に埋まってやがる。》
長門は何も言わず、下を向いていた。
「天龍、脱出は可能ですか。」大淀が尋ねる。
《無理だな、後ろに奴らが迫ってる。》
力が抜けたかの様に、大淀は背凭れに寄り掛かった。
《…………兵装妖精、機銃残弾を機関周辺に集めろ。艤装妖精、缶の圧を上げろ。》
「まさか、天龍さん!」
大淀が立ち上がった。
此れより先は、誰も彼も無線に集中し、聞き取りでは他人の行動を描写する事は叶わなかった。記録には一人一人の詳細な動きなど描かない。だが、皆一様に、無線から出るノイズが晴れたかの様に、天龍の其の声を聞き取れたと云った。
《兵装妖精は脱出。艤装妖精は俺の合図を待て。》
「往くのか、お前も。」
「止めて下さい、艦隊司令権を使いますから、天龍さん!」
「六人目だ、お前を入れて六人だ。隼鷹達に宜しくな……。」
「天龍さん、そんな事をしては遺体回収もままなりません! せめて、貴女の躰だけでも…………。」
無線は次の言葉まで沈黙していた。
《――――雨の香 迫る雲際 瑠璃の海 何故絵描きしか 北の港は》
「天龍さん!」
『艤装妖精、全員脱出しろ!》
長門がマイクのスイッチを切った。
《――――よう、深海棲艦。この天龍様を討ち取る誉れをくれて遣るよ。だが……。》
一際激しいノイズの後、通信機は押し黙った。通信官が重そうに口を開く。
「天龍との通信、途絶しました……。」
艦娘達が動かない中、士官の声が虚しく響いた。
「護衛部隊拠り、目的地周辺から、黒煙が上がっているとの報が入りました。」
大淀が俯き、眼鏡を取った。レンズが濡れていた。
「雨が近いと云っていた。奴らはスコールに紛れて、逃げおおせるだろうな。」
長門が呟くと、大淀は震える声で命令した。
「航空支援部隊へ、支援内容を天龍への航空支援から、護衛隊への追撃警戒に切り替えるよう、通達して下さい。」
本土防衛群大湊第六警備府建造、南西諸島方面群タウイタウイ島第三十一泊地傘下、天龍一番型軽巡洋艦娘・天龍
機関を自ら暴走させ、爆発。現場は六分後“通過”した他鎮守府航空隊が確認するも、スコールの為に、天龍、及び敵影の確認はできず。
一週間の後、艦娘登録を除名される。
「…………提督に報告せねばな。」
長門が立ち上がって、司令室を出た。
「通信官は天龍の轟沈を各隊に知らせて、護衛隊に、支援艦隊について行き、彼の鎮守府で補給後、護衛を切り上げ、帰還するよう命令して下さい。」
眼鏡を掛け直し、背凭れに体重を掛けた大淀は、窓の向こうを仰いだ。
「作戦は失敗です。」
タウイタウイの空は、誰の心も写さず、すかっと晴れ渡っていた。
※ ※ ※
ふむ、と軍服の男が呟いた。
「素晴らしい出来だ。当時の彼女たちの心情を間接的な描写で表現しようとしているし、資料からの引用、本人たちからの聴取もあって、素人の戦史小説としては出来過ぎなくらいだ。――――なあ、青葉?」
「あ、ありがとうございますぅ……。」
執務机の前の床で正座する、南西諸島方面群・タウイタウイ島第三十一泊地所属の重巡洋艦、青葉は、縮こまって謝辞を述べた。ただ、全く嬉しそうではなかったが。
机から青葉を見下ろす軍服の男は、天板の上に広げられた原稿用紙をひとつにまとめた。
「機密文書からの引用がなければ、もっといいのだが。」
「あ、あぅ……。」
早朝から提督に呼び出された青葉は、最近は大人しく見えるようにしていたし、きっと何かの褒賞ではないかと皮算用しながら執務室に向かったのだが、ごらんの有様である。さらに小さくなった青葉は反省の態度を示しつつ、どうやってこの男が自分の書いた原稿を手に入れたのかを考えていた。
「君が物書きを趣味にしていることは知っているし、私の眼に入らない限り止める気はないさ。でも、他人の死を直近で題材にするのは、いかんだろう? 古鷹から私に渡ったから良いものの、間違って龍田が見たら、どうなっていたか。」
古鷹さぁん! 青葉は、誰に対しても優しすぎる友人の顔を思い浮かべ、心で泣きながら弁明した。
「その龍田さんから頼まれて書いたんですよ! 天龍さんがなんで死んだのか、死ななきゃいけなかったのか知りたいって! そりゃあ、物語にする為に、少々脚色はしてますけど……。」
「龍田が?」
提督が目を細めると、青葉は「本当です!」と叫んだ。
「どーせ、『一歩も部屋から出てない龍田とどうやって連絡を取ったのか』って思ってるんでしょう?! 龍田さんから無線でお願いされたんです! 推敲も中途半端なのに、早く完成させないと、そっちのほうが何されるかわかったもんじゃありません……!」
青葉も、機密文書の私的利用の重大さは理解している。みんなから危ない橋を渡っていると思われがちだが、今回以上に法を犯したことはない。非は自分にあると理解しながら、青葉は必死の弁明を試みた。
「青葉、見てられなかったんです。那珂さんも初風さんも、みんな落ち込んじゃって……龍田さんが立ち直ったら、みんなもこれを乗り越えられるんじゃないかって……!」
提督は、肩で息をする青葉から視線をずらし、机に肘をついてしばし思案した。
「……まあ、人員のメンタルケアという名目でなら、ありかもしれないけど。」
「司令官……!」
「でも、君の独断に変わりはないから、罰として陸上でのハイポート走、制限時間付きで一〇マイルをしたまえ。それから、遂行したものを私に提出の後、報告書をだしてくれ。あとはこちらでどうとでもなる。」
機密漏洩が、一〇マイルぶん大気で肺を焼くくらいなら、なんてことない。
「はい、はい!」
何度もなんども頷く青葉に苦笑しながら、提督は、原稿を青葉に差し出そうとして、思い出したように口を開いた。
「ああ、そうだ。朝のこと、誰にも言わないとも約束できるのなら、制限時間を無くしてもいいよ。」
「朝のこと?」
青葉は原稿を受け取りながら、首をかしげた。
「……長門たちと、今日は会っていないのかい?」
「青葉、内勤扱いなので、戦闘に出る人優先だと思って、食堂にはまだ行ってません。ここには、部屋から直に来ましたよ?」
それを聞いて、提督は軍帽をかぶり直した。
「そうか。なら、忘れてくれ。」
「いーえ!」
青葉は原稿を叩き置き、胸ポケットからメモ帳と万年筆を取り出した。
「それとこれとは話が別ですっ!」
提督は、言わなきゃよかったなあ、と、ニヒルに笑った。こうなった青葉は、吸い付いた蛸よりも離れない。
「ぜひ、取材お願いします!」
※ ※ ※
執務机に叩きつけられた原稿用紙の最後のページにはこう締め括られている。
▼▼▼
長門を旗艦とした、筆者と古鷹、龍田、潮、初風の遺体捜索部隊が編成され、該当海域に派遣された。
其れと入れ違うかの様に、タウイタウイ三十一泊地の浜辺に、天龍の上体が打ち上がった。内臓は海棲生物に食べられていた物の、腐乱もほぼ無く、首に着けていた識別表から、当泊地の天龍である事が判明した。
下半身は爆発の威力で吹き飛ばされた物と、解剖記録には残されている。又、鎮守府から遠く離れた海域からどうやって短期間で流れ着いたのかと言う点に就いては、魚や海豚などが突っつき回して此処迄運んだ、深海棲艦が泊地近海まで逃げて来て、天龍の遺体を引っ張って来たなどの説が挙げられていたが、詳しくは判っていない。
更に、捜索部隊も、天龍の対艦刀を滷獲使用していた深海棲艦と接敵。大破艦を出しながらもこれを取り戻した。
捜索隊の帰還の一日後、下半身も漂着。解剖後、告別式が執り行われた。
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ありがとうございました。
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これで終わりです。