艦これ的怪談   作:千草流

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1.海座頭

「これは以前、私が出撃していた時のことよ」

 

蝋燭の明かりが、幾人かの影をゆらゆら浮かび上がらせる。蝋燭の火は暖かく安心感を与えてくれる色合いだが、それでいてどこか儚げで朧気で、なんとも知れず不安を誘う。

 

―――ゆらり

 

窓の閉められた室内で誰かの吐息が蝋燭の火を揺らす。

 

―――ゆらり

 

人の影もまた、蝋燭の火に連れられ揺れる。

 

―――ゆらり

 

影は形を変えそこにヒトではない何かを形成する。

 

―――ゆらり

 

大きく形を変え、火の揺れが収まるとまたそれはヒトの形となる。

 

火の揺れが収まるまで沈黙していた川内は、影の揺れが収まったのを確認して再び口を開いた。

 

「その日は夜戦が長引いて燃料も弾薬も少なくなったから、早々に帰投していたのよ」

 

―――ゆらり

 

またも影が揺れる、しかし川内はそのまま言葉を続けた。

 

「特別変わったことが合ったわけでもなくて、いつもと同じように鎮守府まで向かっていた時。鎮守府まで半分くらいの地点でアイツが現れたのよ」

 

淡々と作戦結果を報告するかのように、川内は語りを続ける。

 

「一応言っておくけど、これは公式の記録には残ってないわ。言ったところで誰も相手になんかしてくれないと思ったから……」

 

前置きは良い、早く続きを語れ。そういった周囲の視線を感じ取った川内は一度目を降ろし、少しだけ間を開けた後に再び口を開いた。

 

「初めにそれを見つけたのは私だったわ。真っ暗な海の上で少しばかりの月明りの中、遠くの方で白っぽい何かが動いていたのが微かに見えたの……」

「最初は深海棲艦かと思ったわ。そこで相手はまだこっちには気がついていないようだったから、燃料のことも考えてやり過ごそうと思ったわ」

「じっと息を殺して相手が去るのを待っていた、もし私達がそのまま前進していれば丁度斜め向きに交差するような進路を相手は取っていたから、じっとしていれば衝突することはなかったと考えたの」

「段々と相手との距離が縮まってきて、暗闇でもある程度目視できる距離まで近づいた時に気が付いたのよ」

 

そこでまた、川内は焦らすように言葉を一端切る。

 

―――ゆらり

 

影が、笑い狂っているかのようにゆらゆら、ゆらゆら、その形を異形のモノへと変える。

 

「違うッ…!」

 

まるでその時の心境をそのまま言葉にしたかのように、川内は驚愕を大きく口に出す。

 

―――ゆらり

 

川内が突然発した大声に幾人かが反応した、それに伴い影はより一層揺れ動く。

 

「あれは違う、深海棲艦なんかじゃない!」

「その事に気が付いた時、私は背中に冷や水を垂らされたかのように感じた!そいつはまるで人のような形をして、海に下半身を付けたままで波も立てずに進んでいた!そして何よりそいつの目が、黒くて、黒くて、真っ黒なその瞳が、どこを見ているのか分からないその瞳が恐ろしかった!」

「これはきっと生物じゃない!生きている者じゃない!深海棲艦でも持っている、生物としての要素をそいつからは何一つ感じなかった!気が付けば私は身体が震えていた!口が震えて、歯が、カタカタ、カタカタ、鳴って!見開いた目は、どんどん乾いていった!来るな、来るな、こっちに来るな!私の中の何かがそいつの存在を拒否していた!」

「やがて、数秒か、数分か、或いは数時間にも感じられた時間が過ぎて、そいつとの距離は段々と離れていった。そこでやっと周りを見る余裕が出来たの。それで後ろに付いていた駆逐艦の子たちが泣きじゃくっていたり、耳を抑えて俯いていたり、とてもじゃないけど見ていられなかったわ。でも私は旗艦としてしっかりしないといけないって思って、私自身まだ震えながらだったけど皆を励まそうとしたの」

「それで、ふと、アイツの向かった方向に視線を向けた」

 

―――ゆらり

 

「目が合った。そいつの黒い瞳が私を捉えていた!私は咄嗟に砲を向けた!自分でも意味の分からない何かを叫びながら一心不乱に弾を撃っていた!着弾点が水飛沫で隠れるまで打ち続けた!見るな、こっちを見るな、見るな見るな、見るな!」

「弾を撃ち尽くして、荒げていた息を、抑えながら、私はやってやったという気になっていた。実際に当たったかどうかは分からないけど、もし相手が並みの深海棲艦なら、恐れをなして撤退するであろう程の狂乱ぶりに自分でも分かっていたから、きっとアイツも、と思ったわ」

 

―――ゆらり

 

「私は根拠もなく安心して水飛沫が消えるのを待った。やがて水飛沫が消えれば、いつもと同じ静かな海がそこにはあると信じていた、でも……」

 

言葉を抑え全てが終わったような口調で話を進める川内は、そこで一度言葉を切った。

 

―――ゆらり

 

―――ゆらり

 

―――ゆらり

 

ゆらゆら、ゆらゆら、影は踊る。嗤い声が聞こえたような気がした。誰も嗤っていない。甲高い耳障りな嗤い声が部屋中に反響している。

 

―――ゆらり

 

―――ゆらり

 

―――ゆらり

 

キャハハ、キャハハ、影は嗤う。一つ嗤う、二つ嗤う、部屋中の影が狂い嗤う。咄嗟に耳を抑えたい衝動に駆られる。誰も耳を塞がない。

 

―――ゆらり

 

―――ゆらり

 

―――ゆらり

 

「そいつはまだそこにいた」

 

―――ゆらり

 

―――ゆら

 

―――ゆ

 

―――

 

火が消えた。明かりが消えた。影が消えた。嗤い声が消えた。

 

「そいつの黒い瞳が!まるで意志を感じないその瞳に!私の姿が映っていた!私は叫んだ、砲身を上げた!引き金を引いた、弾は出ない!耳を抑えた、そいつは消えない!目を閉じて、蹲って、叫んでッ!」

 

―――ゆらり

 

―――ゆらり

 

―――ゆらり

 

誰かがまた蝋燭に火を灯した。

 

「どれくらいそうしていたか分からないけど、ふと明かりを感じて顔を上げた。太陽の光、いつのまにか夜は開けようとしていた。目の前にはいつもの静かな海が広がっていた。アイツの姿はどこにもなかった」

 

蝋燭は静かに揺れる。影も揺れる。そこに異形の姿が見られない。嗤い声も聞こえない。

 

「あれが何だったのか、一緒にいた駆逐艦の子達に聞いても泣きながら首を横に振るばかり」

 

「正直そいつの姿は詳しく覚えていないし、そもそもそんな奴が本当にいたのかどうかも今となって自分でも疑わしいわ」

 

「でも、あの瞳は、あの真っ黒な瞳だけは確かに記憶に強く焼き付いているわ」

 

と言って、川内は語りを終えた。

 

―――ゆらり

 

静かに、影が笑いだしたように見えた。怪異の夜はいまだ終わらない。

 

 

 




海座頭:海坊主の親戚的な何か、座頭とは昔の盲人の階級?職業?のようなもの。琵琶法師といって思い浮かべた姿を想像してもらえればいい。

例、耳なし芳一
  座頭の市
  鍼灸師琵琶丸、など
  
こいつらが上半身だけ海から出した状態で、立ち泳ぎ状態で迫ってきたら間違いなくチビる

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