艦これ的怪談   作:千草流

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3.付喪神

深夜、誰もが寝静まり、静寂だけが虚空に消える。

 

ヒトに非ず、ヒトで亡き者達が静寂の海で跋扈を始める。

 

「それは、いつも大切に使っていた包丁に小さな欠けが入ったことから始まりました」

 

次なる語り手は海で戦わずとも、厨房でこそ力を発揮する間宮であった。

 

その語り口にはおどろおどろしい雰囲気は見られず、聴収は少しばかり肩透かしを食らったような気分であった。

 

「先ほどまでの皆さんの話に比べると幾分か地味かもしれませんが……」

 

一言、そう前置きを持って間宮は語りを続けた。

 

―――シャッ

 

はて、これは一体なんの音だろうか。聞こえ慣れぬ音が静かに染み渡ったような気がした。

 

「大きく罅割れた訳ではなかったのですが、研ぎ直すには少し時間が掛かりそうだと思いました」

「何か固い物に打ち付けたわけでなく、ただちょっと力加減を誤ってしまったことと、あとは純粋に耐久の問題だったのではないかと思います。どれだけ大切に扱おうとも、どれだけ丈夫な物であっても、物はいつか朽ちていきます。ただその日はまだその時では無かった、だから私は後日研ぎ直す為に丁寧に仕舞い、その日は予備の包丁を使っていました」

「やはり、いつもとは僅かに感覚が違うような気がしていましたのでなるべく早く直そう、とそう思っていました」

 

―――シャッ

 

「異変に気が付いたのはその日の片づけと、翌日の下ごしらえを終え、就寝しようと厨房から出て扉を閉めようとした時でした」

 

ようやく本番か、と誰かが僅かに期待を抱いた。合わせて室内を優しく照らす蝋燭の火がブワリと震えた。

 

―――シャッ

 

「誰もいない筈の厨房から音が聞こえたんです」

「シャッ、シャッ、という音でした」

「勿論、厨房の扉を閉める前にガスの栓が閉まっているか、電気は切っているか、それらをしっかり確認しているので誰かが忍び込んでいたのならその時に気が付く筈です。そこで誰もいないのは確かに確認した筈でした。でも確かに音が聞こえたんです」

 

―――シャッ

 

間宮は途切れることなく語りを続けた。

 

「もしかしたら、食いしん坊な誰かが、私の点検をすり抜けられるような隠れ場所を見つけて潜んでいたのではないかと、そう思ってつまみ食いしている誰かが隠れる間もないように勢いよく扉を開けたんです」

「でもそこには誰もいませんでした」

「おかしいなあ、と思いながら念のため誰かが隠れられそうな空間を隈なく探しましたが、人の一人も、妖精の一体も、エラー猫の一匹も、そこにはいませんでした」

 

―――シャッ

 

「不思議に思いながらも、また厨房を出てまた扉を閉めました。そこで扉に耳を当てているとまた聞こえてきたんです」

「シャッ、シャッ、という音が確かに聞こえていたんです」

「私はそこで怖くなりました、どうしようか、誰か呼んで来て一緒に見てもらおうかしら。そう思いましたが、時刻を考えると殆どの方は就寝している筈で起こすのも憚れました。仕方ない、そう思って勇気を出してもう一度だけ扉を開けてみました」

 

―――シャッ

 

「やはり、そこには誰もいませんでした。私はゾッとしました。何が起きているのか、誰か潜んでいるのか、さっぱり分からなくて!怯えながらもう一度全体を点検して!それでもやっぱり誰もいないし、音を鳴らすようなものは何もなかったんです!」

「シャッ、と音が聞こえました。部屋の外で聞いた時は何度も続けて、シャッ、シャッ、といっていたのにその時は一度だけでした。そこで音が聞こえてきた方に目を向けると、綺麗に片づけたはずの机の上にそれはあったんです」

 

―――シャッ

 

より鋭く、切り裂けそうな音が聞こえた。刃物のようで冷たく恐ろしく感じられるその音は、反して、どこか優しく温もりを持っていた。

 

「包丁、でした」

 

―――シャッ

 

嗚呼やっぱりそうか、と誰かが予想が当たったことに満足している中、間宮は語りを続ける。

 

「確かに数を確認して棚にしまったはずの包丁が一本、机の上にあったんです。まるで今そこに現れたように、当たり前のようにその包丁はそこにありました。そんな馬鹿な!そう思いました。当然です、厨房を預かる者として、刃物を管理を怠るわけがありません。毎日きちんと整理して片づけていたはずのそれがそこにあるのは、絶対にあり得ないことでした」

「恐る恐る、その包丁を手に取るとそれはその日、欠けてしまった包丁でした。どうしてこれがここにあるのか、そう考えながらも、とにかく刃物を出したままにしておくわけにはいかないと、それを仕舞い直しました」

 

―――シャッ

 

「包丁が何故か机の上にあったこと以外は、特におかしなこともなかったので、怪音の原因はまた夜が明けてからにしようと思い、厨房を出ようと扉に手を掛けました。その時、カタッと音がなりました」

「その音に反射的に飛び上がりそうになりながら、そっと後ろを振り返りました」

 

―――シャッ

 

ゴクリと、誰かが息を飲む。何が地味なものかと、誰もが背筋に刃物を突き付けられているように錯覚した。

 

「あったんです!包丁が!今、たった今!仕舞ったばかりの包丁がそこにあったんです!私は恐ろしくて、外聞も気にせず泣きそうなって!へたりこんで包丁から距離を取ろうとしても扉に背が当たって!厨房の中で、その包丁だけが嫌に大きく見えて!」

 

―――シャッ

 

一度、恐ろしさに身を固めるような動作を取る間宮だが、捲し立てるように語りを続けたあと急に静かになって一端口を閉じた。

 

「でもそこでまた音が、シャッ、という音が聞こえたんです」

「私はハッとなって気がつきました。この音は、包丁を、刃物を研いでいるような音ではないかと。それに気が付いた時、私はまるでその音が泣いているような音に聞こえました。シャッ、シャッ、と泣いているんです」

「途端に、恐怖は消え去りました。あれほど大きく見えていた包丁が、今度は小さく身を縮めて震えているように見えました」

 

―――シャッ

 

―――シャッ

 

―――シャッ

 

「私は慌てて照明を付け直すと、厨房の端に置いてある棚から研ぎ石を取り出して、一心不乱に欠けた包丁を研ぎ始めました」

「シャッ、シャッ、と深夜の厨房には刃を研ぐ音だけが染み渡っていました」

「それでそのまま研ぎ続けて、気が付けば窓の外が明るくなっていました」

 

―――シャッ

 

―――シャッ

 

―――シャッ

 

「手元を見ると、十分に使用に耐えられるだけの切れ味を取り戻した包丁がありました」

「自分でも、なぜ夜中にこれほど熱心に研ぎ直していたのかよくわからなかったでのですが、そろそろ朝食の用意をしなければならなかったので、その包丁を持ったまま寝不足の目を擦りながら厨房に立ちました」

「皆さんからも、珍しく眠そうだと言われたあの日の事です」

 

そうか、と誰かが納得した。

 

音は聞こえない、もう包丁は研がれたのだ。

 

「どうしてあの時、包丁が机の上にあったのか、徹夜をしてまで研ぎ直そうと思ったのか、たぶん包丁が可哀想だと思ったからでしょう」

 

「きっと、あの包丁は欠けてしまって使われなかったのが我慢ならなかったんじゃないでしょうか。それか壊れてしまって捨てられると勘違いしたのかもしれません」

 

「長く、そして大切に使っている物ならば、きっと自分から直してくれと言い出してもおかしくはないと私は思っています」

 

間宮はそれで語りを締めくくった。

 

蝋燭の火は揺れ動くことなく、静かに明かりを灯し続けていた。

 

怪異の夜はまだまだ続く……




付喪神:九十九神とも表記される。ようするに、器物だって長生きしてりゃあ化けて出るといったもの。長く使い続けられた物が魂を持つという概念はかなり昔から日本で伝えられてきた。神道でいう八百万の神と似たような概念だと考える。どちらが先かは置いておいて、とにかく物が化けて出たものを付喪神と呼ぶ。怪談ではどちらかというと粗末に扱われた物が恨んで出てくることが多い気がする。艦娘とは軍艦の魂が形を成した物といった設定が見られるが、こういった概念が元であると考える。


つまり、PCだって大切に扱っていればいつの日か美少女付喪神となって降臨する可能性も……!?

『とある俺のパソコンが美少女になって毎日が青春ラブコメなのは間違っているわけがない!?』みたいな?

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