艦これ的怪談   作:千草流

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6.蜃

「それじゃあ次は私の番かしら~?」

 

どこか間延びした口調で語り始めたのは天龍の姉妹艦である龍田であった。

 

―――ふわり

 

何かが沸き立った。

 

「あれはお休みの日だったんだけどね~、夜中になんとなく目が覚めちゃってね。それで布団から起き上がって窓の外を眺めていたの」

「その日は月がとっても綺麗でね~、満月じゃなくて少しだけ欠けてて十六夜くらいだったかしら?それで窓から入ってくる月明かりが不思議なくらい神秘的だったわね~」

「隣でぐっすり気持ちよさそうに眠っている天龍ちゃんの頭を撫でながら、ゆっくり静かにその月を眺めていたわ~」

 

その言葉を聞いた天龍が少し恥ずかしそうに縮こまる。それを愛おしそうに眺めながら龍田は語りを続けた。

 

「ふとした時に見上げる月はまるで止まっているようで、静かな星空と相まってまるで世界の時も止まっているかのように錯覚する。でもじっくりと観察していると月だってゆっくりとその位置を変えているの」

「知識では分かっていても月が実際に動いているのを実感することなんてあんまりないんじゃないかしら?その日はそれが分かるくらい暫くの間、その月を眺めていたわ~」

「気が付けば月が海の向こうの地平線に近くなっていた、その時にそれは現れたの」

 

外からの光を遮るために閉じられていた暗幕の隙間から、光が、月の光が、冷たい暗闇に閉ざされていた室内を優しく照らした。

 

蝋燭の火で揺れる影は、淡く存在を散らし、反して月光は、隣の誰かの姿をはっきりと映し出す。

 

「一瞬だけ、目を閉じてまた開いた時、それはもうそこにあった」

「思わず私は手を、今はもう届かないそこに手を伸ばした。かつての面影は残っていても今はもう別の物となっている私の生まれ故郷。それがあの時の、あの当時の姿のまま、月の下に遠くの海の上に聳え立っていたの」

「どうして?そう思って手を伸ばして、窓ガラスに手が当たって。どうして?そう思って顔を近づけて、窓ガラスに顔が当たって。どうして?届かない、そこにあるのに届かない。窓ガラスがあるからじゃない、きっと一度目を離してしまえばあれは消えてしまう。だから届かないの」

 

どんなモノであっても故郷を思う念はきっとある。誰もが一時、望郷の念に駆られた。

 

「待って!そう思いながら、それでもあれを目指そうとは思わなかったわ」

「あれはきっとそうやって追い求めても意味のないモノ、どんなに手を伸ばしても、どんなに願っても、あれは手に入らない幻。手に入れようと思ってはいけない影」

「きっと沢山の人達が願って追い求めて、そして破滅していった。そういった、甘美な麻薬のような何か。痺れさせて、憬れさせて、思い出させて、忘れさせない、そんな、何か」

 

龍田は一度目を閉じて、何かを求めるように手を伸ばした。伸びきったその手は崩れるように落ちる。それでまた龍田は目を覚ました。

 

「きっと、科学的なんて陳腐な言葉で語ってしまえば、あれはただの蜃気楼。ただの気象現象で、それ以上のなんの意味もない」

「でも本当にただの自然現象だったのか?だって蜃気楼が起きるのは昼、太陽の光が屈折してそこにある物を歪ませるだけなの。私は夜に、それも何もない海の上にあれを見たの。だからあれはきっと誰かの悪戯なんじゃないかって私は思うわ~」

「誰かって?そうね~、私達の想いを汲んであれを見せてくれた神様か、それかなんてことない海に棲む誰かじゃないかしら?」

 

遠く、物理的に、時間的に、心理的に、何もかもが遠く海の向こうに消えていく。ヒトはそれを悲しいと思い、寂しいと思い、それでも忘れずに離れてゆく。

 

「また一瞬だけ目を閉じてまた開いた時、あれはもう影も形も無くなって、静かな海と綺麗なお月様だけが空に浮かんでいた」

「暫くの間、何かに憑りつかれたように私は何もない海を、窓に張り付いてじっと眺めていた。もう何もないのに未練がましく外を見ていた」

「その時背後で、衣擦れの音が聞こえた。天龍ちゃんが身じろぎしたその音で、私は夢の世界から目を覚ましたの。そこにいた天龍ちゃんを見て、もう一度だけ窓の外を見て。それでお仕舞い、泡沫の夢は終わり」

 

―――ふわり

 

何かが崩れ消え去った。

 

「あれが本当にそこにあったのか、ただの特殊な気象現象が見せた幻だったのか。それは分からないわ」

 

「あれが幻であれ、そうでなかったにせよ、私はあれが見えて良かった。もう一度だけ見えて良かった」

 

「私はいまここにいる、隣には天龍ちゃんもいる。だからもうそれで良いの」

 

「これで私の話はお仕舞い、ちょっと短くて、もしかしたらつまらなかったかもしれないけど、これでお仕舞い」

 

柔らかな口調のまま、龍田は語りを終えた。

 

月明かりが雲の向こうへと隠れ、再び闇が支配を始める。




蜃:蜃気楼の蜃。蜃とは本来は龍の仲間である者のことを指し、また巨大な蛤のこともそう呼んだ。蜃気楼は現在では自然現象の一つであると認知されているが、昔は蜃や蛤が吐く気が楼閣を表すのだと言われていた。今回は龍繋がりで龍田に出演してもらった。

蛤の調理方法、酒蒸し
       お吸い物
       焼き蛤
       その他いろいろ

蛤を肴に酒を一杯、お腹空いた。

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