艦これ的怪談   作:千草流

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7.不知火

「私自身は、あまりそういった不思議な怪異に出会ったことはありません」

 

そうして語り始めたのは不知火であった。

 

「というわけでこれは、人伝に聞いた、というより私が生まれた時から知っていた話です」

 

―――ぼっ

 

火が灯っている、蝋燭の火が。

 

「なぜ私が生まれながらにして知っていたか、初めに種明かしをしてしまえば、この話が私の名前の元となったからです」

「不知火、陽炎型二番艦不知火の事ではなく、不知火とそう呼ばれる怪火が存在していたそうです。していた、と何故過去形なのかと言うと、不知火は現代では科学的に解明された自然現象となっているからです。漁火といって、軍艦には縁があるものではないですが、漁船が魚をおびき寄せるために灯す明かりがあります。この明かりが屈折し、本来見えない距離からそれが見え、海上に不思議な明かりが灯る現象。これを九州のとある地域で不知火と呼ぶそうです」

「かつては不知火が見える日は近場の者達はこぞって見物していたそうです」

 

―――ぼっ

 

俄かに、部屋が明るくなった気がした。

 

「しかしこの不知火、最初にも言ったように現代では自然現象として考えられています。ただそれを踏まえた上で考えると幾つかおかしな点が挙げられるのです」

 

―――ぼっ

 

一つ。

 

「まず一つ目、不知火は龍神の起こす灯だと言われていたという文献が存在することです」

「不知火は海に棲む龍神が起こした灯であり、どこか神聖視されていたようなことが書かれているそうです。さらにそこには、龍神の灯、龍灯が出てる日は近所の漁村では漁船を出すことを禁止していたそうです。ここで思い出して欲しいのは、龍灯、つまり不知火の元となる光源は漁船の灯りだということです」

「もう気が付いているでしょうが、漁船が出ていない筈の海で漁火が元となる不知火が発生するなんて有り得ないでしょう」

 

―――ぼっ

 

二つ。

 

「勿論、その文献の記述が正確かどうかは分かりません。本当は不知火など知ったことかとばかりに漁に出ていたのかもしれません。しかしそうするとまた可笑しな事に気が付くのです」

「同じ海域の漁ということは、どの漁船もきっと漁火を灯して漁に出ていたことでしょう。そうなると海には漁火がはっきりと輝き、少し遠くに見えるだけの不知火を人々が怪火だと騒ぎ立てることはないのではないでしょうか?私ならきっとこう思います、随分と沖に出ている船がいるな、と」

「こうなってしまうと、そもそも不知火という言葉が生まれなくなってしまいます」

 

―――ぼっ

 

ふと語りから耳を離し、隣を見ればやけに隣人の顔がはっきりと見える。その影も。

 

「次に二つ目です。この不知火は古くは日本書紀に記述されていることです」

「そこに記された、情報として残っている不知火の最古の目撃譚は西暦が始まって百年もしていないような時代の物です。この時代は未だ弥生時代であり、今と比べると明らかな技術的な開きが存在しています。そこで考えて欲しいのは船です。この時代にもしっかりとした船はありました。日本から海を渡り、大陸まで行けるような船があったことでしょう。民間でも、今でいうカヌーのような形状の船はあったそうです」

「そこで思うのは、果たしてカヌーのような船で、陸地から見えないような沖合いまで出て漁をしていたのでしょうか?この時代、今ほど人口も多くなく、食料もそこまで大量には必要ではなかった筈です。なのにわざわざ沖合まで出る必要があったのでしょうか?」

 

影が二つに割れたように見えた。一つだけの影が小さく揺らめいている。

 

―――ぼっ

 

影が三つに割れたように見えた。影は一つだけ。

 

「これは完全に私の推測ですが、陸地でも稲作が流行り始めた時期に危険を冒してまで沖合に漁に出る必要は無かった、私はそう考えます」

「すると、不知火の元なる遠くの漁火の存在も無くなってしまいます。これではその時代に目撃譚が残っているのはあり得ないということになり、逆に漁火が無くとも不知火が存在していたことの証明となるではないでしょうか?」

 

―――ぼっ

 

―――ぼっ

 

―――ぼっ

 

幾つも灯り、幾つも揺らめく。

 

一つ灯り、広がり、静寂の海に溶け消えていく。

 

「三つ目に、漁火についてです」

「現代でこそ、便利な電灯が存在し、かなりの光度で海を照らすことが出来ています。しかし、不知火は今よりもずっと昔から見られてきた現象です。おそらくかつては電灯など無かった筈ですので、漁火の名前の通り火を使って海を照らしていた筈です。そうなるとまた可笑しな事に気が付くのです」

「今目の前にある蝋燭のように、火は燃やす素材にもよりますが現代の電灯に比べて光が弱いでしょう。そうすると、どれ程の光の屈折があったのかは分かりませんが、このようなちっぽけな明かりが遠くまで届くものなのでしょうか?それを考えると、昔見られた不知火が本当に漁火であったのか疑問に思います」

 

―――ぼっ

 

「そして最後に、またこれも文献の記述からになるのですが」

「不知火が出ている日に、実際に船で不知火を追いかけた記述です。そこには追いかけても追いかけても、その分不知火の方が逃げていく、といったような記述があります。成程、確かに不知火が光の屈折によるものなら追いかけても捕まえることは確かに不可能でしょう、虹を追いかけるのと同じことです。しかし、ここで一つ気になることがあります。水平線上に見える不知火を求めて船を出した、どれだけ追っても逃げていく、この記述です。私がその場にいたのならばきっとこう記述したことでしょう、どれだけ近づこうとしても全く距離が縮まらない、と」

「そうです、古の記述では、まるですぐそこの見える位置にある物が、どんどんと動いているような印象を受けるのです」

 

―――ぼっ

 

部屋中が灯で満ち満ちた気がした。不思議と熱は感じない、蝋燭の火だけが熱を放つ。

 

「長くなりましたが私が言いたいのはつまり、本当に不知火はただの自然現象なのか?ということです。科学的な証明には全て現代であることが条件に組み込まれている気がしてならないのです」

 

「もしかしたらかつて、本当に不知火は何かの、それこそ本当に龍神の仕業であったのかもしれません。それに、そう考えた方がなんとなくロマンチックではないですか?」

 

「む、何でしょうその顔は、私がロマンなどと語るのはおかしいとでも?不知火に落ち度でも?」

 

最後にお決まりの台詞を持って不知火は語りを終えた。

 

不知火が本当にただの自然現象であるか否かは、誰も分からない。

 

―――ぼっ

 

どこかでまた火が灯る。

 

怪異の夜を静かに照らす。




不知火:九州の有明海や八代海で見られる怪火。詳しい説明は全部本文にある通り、ぬいぬいの名前の由来。なお本文の主張は、光学現象の専門家でもなければ歴史家でもないの作者による思いつきの推測なので真に受けないように。

ぬいぬい可愛いよぬいぬい

これが書きたいがためにこの小説擬きを書き始めたようなものである。

一番書きたいことは書いたけどネタはあるからまだ続くよ。

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