十五夜に影は蠢く 作:スフィンクス
「——まあ固いこと言うなよッ!」
地面が凹むほどの勢いで相手は踏み込んでくる。
ああ、何でこんなことになったんだ……唐突なバトル展開。
非常に——怠い。
寄り道と思って人通りの少ない工場裏を通ったのが悪いのだ。
「ほら、棒立ちか!」
目の前まで迫った‘‘敵’’と目が合う。
獣毛のようなものが靡く軽鎧に、金棒。当たればひとたまりもない。
しかし、俺はタイミングを合わせて右足を引き、頭を下げて避けた。
「はっはーっ! やるじゃないか! だが二撃目はどうだ!」
敵は金棒の一撃を急停止し、そのまま振り被る。
完全に体勢を崩した俺を撲殺する気だ。
「ほっ」
が、それはごめんと地面に転んで避ける。
「またか……」
四、五度転んで距離をとってから立ち上がる。
まだ二撃だが、こいつは間違いなく強い。
「一旦落ち着こう、お前は何だ?」
取り敢えず相手の詮索を始める。
初対面で会っただけで、何も情報を得られないかもしれないが名前だけでも敵がどんな存在かは分かるかもしれない。
「まあいきなり殴りかかったのは私だからな。名前くらい教えてやろう……私の名前は‘‘史文恭’’」
「史文恭……?」
敵は史文恭と名乗った。
何処かで聞いたような見たような……史文恭……
「その様子、私の名は聞いたことがあるようだな」
——中国にある梁山泊から留学生として
留学生……違う、
「——梁山泊か」
「ほう、それなりの知識はあるようだな」
待て、だとすれば何だ。
「お前は梁山泊と争いに来たのか? 態々川神で?」
「あまり情報は漏らせないがそれについては違うと言っておこう。私たちの目的はあくまでも違うところにある」
面倒くさい、面倒くさい。
間が悪過ぎるだろう。偶々通った道で川神で暗躍してる組織の幹部に会いました、尚且つ目をつけられましたなんて。
「史文恭、聞くがお前は無抵抗な人々に害なしたことがあるのか?」
俺からのその問いに、史文恭は訝しげに眉をひそめる。
意図を考えているのか少しの間沈黙が続く。
「……私たち曹一族は傭兵集団だ。残念だが完全に白な人間を殺したことはない」
だが、と史文恭は続ける。
「——戦場では気が昂ぶってしまう。無意識に刺し違えることくらいあるかもしれない」
刺し違えるかもしれない、つまり殺した。
完全な挑発だが、声音から本心だと伺える。
なら、
「——お前みたいな糞野郎を、俺は許さない」
瞬歩と呼ばれる古武術の歩法で史文恭へ肉薄する。
「やっと本気になったかッ! ——ハァ!」
一閃、金棒が凪られる。
生身で受けるには重すぎる一撃だ。
「——鬱陶しい」
そう呟きながら腰辺りに手を回す。
「——!? 何処から……!」
鈍い金属音が辺りに響く。
工場裏だからこそ目立ちはしないが、市街地では人が集まってくるレベルだろう。
そしてその音の正体はかち合った二本の武器。
一つは史文恭の金棒、もう一つは史文恭に相対する一メートルを越すくらいの茶焦げた武器。
「——‘‘マクアフィテル’’。短めに言えば‘‘マカナ’’と言ったか?」
「それなりの知識はあるようだな」
先ほどの意趣返しのつもりでそう答えた。
鍔迫り合いになった2つの武器は微動だにせず、二人の間に止まっている。
(パワー系の私と全く同じ? いや……これは合わせられているな……)
「私も実際に使用者を見るのは初めてだ」
「お前の初めてになれて光栄だな。どうでも良いが」
「私の初めてになったんだ、もっと楽しませて貰うぞっ!」
金棒が動いたかと思うと、少しずらされて体勢が崩れる。
見た目は華奢な腕で大きく押されると二、三歩下がってしまう。
「はあぁぁ!」
「——く」
獅子の爪のように繰り出される連撃に一つ一つ的確に対処していく。
横薙ぎに振るわれれば相殺し、縦に降り下ろされればギリギリのとこで避ける。
先ほどから風圧のせいか耳元でヒュンヒュンと鳴っている。
「ちょこまかと! 更に上げるぞ!」
もう一段階速さが上がり、攻撃は苛烈していく。
常人では目で追えない速さに到達しており、今更ながら史文恭の実力の高さが伺える。
「——取ったぁ!」
そう言ったの史文恭であった。
相殺するか回避しか出来ない状態を作り出し、隙を見て金棒に気を取られている脇腹を爪先で蹴った。
「ぐっ……」
「ふんっ!」
振るわれた一撃に、地面が砕ける。
空中で無理矢理足を動かし回避したが、掠ったのか視界の端で血が飛んだのを確認した。
だがその程度怯むほどの柔な心構えはとうの昔に捨てた、振り下ろしながらもこちらを凝視している史文恭を横目にマカナを持っていない左手で何かを手繰るように引いた。
(何だ、あの動き……?)
——龍眼
そう呼ばれる眼を持つ彼女はその動きが克明に見えていた。
龍眼とは即ち——人間が幾ら鍛えようとも超えられない線を超えた瞳。圧倒的動体視力視界の良さにある。
動体視力とは言い換えれば、運動における脳の理解の速さであり武人にとって必要不可欠な部分である。壁を超えた者達も初めは動体視力を鍛えるが、慣れてくるにつれそれは反射神経に作用されて鍛錬は疎かになる。
(何かを握るような……引っ張っているのか)
しかし、史文恭は違う。
龍眼と呼ばれるものを開眼した時点で常人、並大抵の達人よりも闘いにおける脳の処理速度は大いに上回っており、故に先手でどんな必殺を撃たれようが後攻から反撃することが出来る。
「——糸かっ!」
「なっ!?」
秒にすら満たない刻の中で史文恭が導き出した答えは‘‘糸’’だった。
その結論が出るやいなや、身体を大きく屈めた。
「まさか躱されるとはな……」
史文恭と同じ刻の中でひっそりと攻撃に転じた俺は史文恭に躱されたそれを掴み取る。
掴み取ったそれは、右手に持つマカナと対局したかのように全く同じものだった。
「二本目か、厄介な」
「どうやって避けたんだ? 正直今のには完全に虚を突けたと自信があった」
「手品が得意なのはお互い様だろう? 今のは私でなければ躱せていなかっただろうが」
改めて距離を置いて武器を構える。
(隙が無い、かなりの場数を踏んでるな……)
龍眼によって僅かな隙を探すが、マカナを八の字に構える姿には隙は見えない。
「…………史文恭、今こっちに来てるのはお前の仲間か!」
「……?」
今まで闘っていた男にそう言われると史文恭は一度意識を逸らして気配を探る。
「っち、梁山泊か……もう嗅ぎつけてくるとはな……」
「あいつらか」
「今日はここまでだ、次に会う時はもっと楽しもう」
金棒を背中に背負うと、史文恭は一飛びで工場裏から抜け出し見えなくなる。
「何なんだよ、一体」
いきなり現れて去って行った史文恭の背中に吐き捨てるようにそう言った。
そしてマカナを持った手を最初のように腰に持って行くと、いつの間にかマカナは消失したかのように消えていた。
考えたいことも言いたいこともあるが、取り敢えず今はこっちに向かって来ている梁山泊に見つからないように帰ろう。
夕日によって赤くなっていたコンクリートは少しずつ影が多くなって来ている。
もうすぐ完全に日が暮れることを示唆しており、何となく遣る瀬無い気持ちになった。
「ほんと、間が悪いわ……」
一言そう呟くと、男の姿は既に消えていた。
◯ ◯
「リン、戦闘があったのはこの辺りだ」
「ああ。ほんの少しだけ史文恭の気が感じ取れる……」
「そんなこと出来るのはリンだけだろうな」
史文恭達が去った後、夜に紛れて現れたのは二人の少女だった。
一人は腰丈まで伸びた黒髪に槍を持っており、もう一人は炎のように赤い髪をポニーテールにした手甲を付けた少女だ。
「慎重を期すタイプの史文恭が、私達以外に戦闘を行うとは思えない」
史文恭は卓越した戦闘能力を持つがその姿の裏腹、合理的な判断を下して任務を遂行する頭脳派とも言える。
この考えは予想や解析などではなく今まで何度も闘ってきた彼女達だからこそ確信を持って言えるのだ。
「それに史文恭すらも攻めあぐねる相手だ……もしかしたら川神一族が相手だったのかもしれない」
「それは無いだろう。さすがの史文恭でも川神一族相手に馬鹿正直に立ち回らないはずだ。例え私達と同世代だとしても、悔しいが私よりも圧倒的に強い」
「だが川神一族以外に史文恭相手に優位に立ち回れる奴が居るのか?」
「分からない、だが——」
二人は先ほどから数刻前の戦闘を見たかのように話している。
勿論二人はその時居らず、完全に当事者二人だけが知る内容だった。なら、一体何を見て話しているのか……
「——ここは武の都とも言われている地だ。松永や黛……それ以外にも隠れた武道家は数知れず居るのだろう」
二人の視界にはコンクリートに現れた幾多もの傷が見えていた。
それは見間違えることなく史文恭の金棒によるもので、攻撃は躱されたか流されたと予想するには簡単である。
「すんすん……史文恭以外にもまだ匂いがする。人通りが少なそうな場所だ、多分その者の匂いだ」
「武松はその匂いを一応覚えておいてくれ。私は居ないと思うが周りを見てくる」
「分かった。痕跡はどうする? 私の炎で溶かして慣らしておくか?」
「ああ、その方が良いだろう。頼んだ」
武松の手から炎が放出される。
コンクリートが表面のみ溶けるように調整され放たれた。
◯ ◯
「筋肉痛だ……」
翌日、学園の敷地に入ってからそう呟く。
思い出すのは昨日の出来事、史文恭と名乗る女だ。
適当に迎撃したけど次会えば容赦はしない。
いきなり現れて殴りかかってきたと思えば、傭兵で刺し違えたこともあるという。
容赦しない理由は後者だけで十分だが、自分から探すようなことはしない。
昔から行動する時は自分の視界に入った時だけと決めており、見えないとこまで手を伸ばす必要は無い。
靴を室内用に履き替えると、教室がある三階へと向かう。
何故学校というものは高学年なほど上の階に上がっていくのだろうか。歳取っていくのだから階を下げるパターンに改善して欲しい。
だらだらと心中で文句を吐きながら階段を上がって行くとSのクラス標識が見える。
「……」
「……」
扉を開ける時、同じタイミング出てきた青髪と目が合う。
「失礼」
「ああ」
開けられたままの扉をくぐるとクラスの中では昨日やって来た武松を中心に数人の集まりが出来ている。
集まっている者たちはクラス内でも実力的に上位の者だ。
「……ん?」
「どうかしたのか、武松さん」
「何か考えているような表情ですね」
「源義経、道を開けてくれるだろうか」
Sクラスは頭の良い奴が集まる場所だが、割合的には武道も両立した文武両道型が多く。寧ろ学力的にもそっちの方が頭が良かったりする。
因みに俺は学力的には中の中で、上位を狙う気もさらさら無い。
「——少し良いか」
「——!?」
考え事をしているといつの間にか今や時の人である武松が立っていた。
何かと思い立ち止まると、両肩を掴まれ武松へと寄せられた。
「すんすん…………やはり……だが」
「——放せよ」
掴んでいる腕を払うようにして後ろに下がる。
棘の入った言葉にクラスの何人かが睨んでくるのが分かる。
「あ、すまない。いきなり……」
本当に悪気があったのか、語尾が小さくなりつつも頭を下げてくる。
「いや、もう良い」
止めて欲しい。
何が目的かはわからないが目立つようなことは。
「待ってくれ、君の名前だけでも教えてくれ!」
クラスに注目されている状況だ、名前まだ言わないとなれば悪目立ちし過ぎるだろう。
「——
「ほうらいざん……?」
どうやら漢字が分からないらしい。
「彼の名前は蓬莱山と言ったのか」
「主も知りたかったの?」
「あの時のお礼を改めてしようと思って」
頭を使っている武松を尻目に横から抜けて自分の席へと戻る。
と、耳に源義経の声が入ってくる。
「——あ、武松さんもう直ぐ宇佐美先生が来るぞ」
「分かった。でも少しお手当洗いに行くだけだから」
「す、すまない……」
「ううん、教えてくれてありがとう」
武松はそう言うとクラスを出て行った。
向かうのはお手当洗いではなく、林冲がいるFクラスである。