十五夜に影は蠢く 作:スフィンクス
「それで、昨日リンが野菜炒めを作ってくれたんだがそれに公孫勝が悪戯をしてな。史進が怒って——」
日常であったことを楽しそうに話す武松を見て最近のことを思い返す。
何故、武松がいきなりよく話しかけてくるようになったのか。それは恐らく一週間以上前に史文恭と闘った辺りからだろう。
闘った翌日に武松が見せて反応、匂いを嗅ぐ様子から鼻が良いのだと予測できる。梁山泊は一人一人が‘‘異能’’と呼ばれる鍛錬や修行だけでは身に付けられない者たちが集う場所だと有名だ。武松のそれも地味過ぎるが異能、またはそれに付随するものなのだろう。または単に鼻が良いだけか。
真実は案外後者だったりするのだが、武松の異能を知らない十七夜はそれを知るのはもう少し先になるかもしれない。
「楽しそうだな」
「っ! だろう? その時の史進の反応が面白かったんだ」
珍しく感想を述べた十七夜に内心驚きつつも出さないように返す。
「良いな。俺もお前たちみたいな友達が……欲しかった」
不自然な過去形に武松は考える。
ここの返答次第では先が危ぶまれる、ここまで来たのに全てが水の泡になるかも知れないと警告を鳴らされているような気もした。
まず不自然な物言いの理由を探る。
欲しかった、つまり今は欲しくないと言うことだ。欲しかった状況から欲しくない状況に変わった理由があるはずだ。虐め、虐待、暴力……考えられることは多数ある。ただ単に彼が一人で居るのが好きだと言う選択肢もある。
だがその可能性は少ないと直感する。
幾ら何でも人間関係に無頓着、達観し過ぎている。
十七夜の人生は既に主観的なものではなくなっており、彼自身が中心ではなくなっている。
それに、
(私と同じような感じがする)
武松は思い返す。
幼かった日々を。
人体自然発火現象と言う不可思議な現象に苦しめられ、やがて梁山泊に引き取られたときの日々を。それまで武道など全くもって体験したことがないにも関わらず死に物狂いで己を鍛え上げ。やがて他人や親しい人に災いを伴った現象を完全に操り壁を超えた者となった。
そして、その過程に好敵手、親しき友の残酷で悲しい‘‘死’’があったことを。
それが理由で武松は虎殺しなどと異名が付くのだがそれは望まぬもので、寧ろ要らない。
そこまで考えて十七夜を見つめる。
彼の眼は昔の私と同じだ。
親友を亡くして、一心不乱に何かを追い求めた自分。その先で自分は林冲や公孫勝、梁山泊の皆んなに支えられるのだがそんな人間は彼の周りには居ない。何処か、黒いものを見て完全に投げてしまったような感覚。人間という生き物に……絶望?……失望?……落胆してしまったような有様だ。
勿論、こんなものは全て武松の考えだ。
実は十七夜は凄い剽軽な奴かもしれない。
それでも武松は蓬莱山 十七夜を見極めることは止めない。
◯ ◯
——がっ!
——なんだおまっっ!
——や、やめてくでぇ!
——ぎゃぁぁあ!
死に至るほどでは無いが悲惨だと形容出来る状況に史文恭は顔を歪める。
嫌に思ったのではない、やはり似たような人間だと笑ったのだ。
「お前も私と同じじゃないか」
「こいつらは不良だ。人に害を為す」
「私の眼にはお前が害を為しているように見えるが?」
「この国では人に害を為す者は人じゃない」
「ふぅん……やっぱり面白い奴だったんだな」
このまま行けば押し問答が続くだろうと理解した史文恭は適当に相槌を打つ。
今夜は満月、建物のいつもより濃い影で顔は見えないがその人物を史文恭は知っている。この一週間と少し、また会えないかと度々梁山泊にバレないように出歩いたほどだ。
「——この前は逃げられたからな」
兀々と靴音が聞こえる。影の中の人物だ。
「この前よりも、随分と好戦的だな」
暗闇の中から一人の男が出てくる。
服装は一般的な服装で目立つところはない。
しかし、来ていた半袖は何か英語が書かれていると一緒に返り血が付着していた。
「マクアフィテル、それを持ってる時点でお前は異質だ。武道家でも無ければ殺人犯でも無い」
やがて、影から出てくる。
真っ白に輝く満月に照らされた人物、それは——蓬莱山 十七夜だ。
「それはアメリカ大陸付近に住み着いていた部族のものだ。我が強い当時の人間は己の力を示すために素早く殺すよりも如何に、派手に殺せるかを競った」
「知ってるか、ここは日本の法律が通用しない場所なんだ。つまり、その辺で血を流した人間が居ても誰もどうとも思わない。精々考えるのは「またか」と言った感想だ」
「くっくっく、面白い。面白いなお前! なぁ、お前曹一族に来ないか? ……いや、私のところに来ないか? お前なら私の純潔を捧げても良い!」
「興味無い。お前の純潔なんてその辺の犬にでも捧げたらどうだ? 少なくとも人殺しのお前には丁度良い」
「ふふっ、ならば無理矢理襲ってやるッ!」
「それが一番嫌いなんだよ」
鈍い音が響く。
その音は一週間前に工場地帯で聞こえたものと同じだ。
「血が湧き、心躍る。やはり闘いというものはこうでなければなッ!」
「そんなことは知らないが、お前を潰そうと心が躍っているのは同じだ」
何度も何度も金棒とマカナがぶつかり合う。
十七夜は先日のように一本ではなく、最初から二本だ。
その状況下、史文恭は考える。
(太刀筋がこの前より殺しに特化している、フェイントをかけることも無ければ首筋を狙う感覚だけ。……私と我慢比べをしようというのか)
「はぁぁあ!」
金棒を横に凪ぎる。
十七夜は後転で避けるがそれは史文恭も予想して居たものだ。
「今のお前と一週間前のお前、どちらが本物なんだ?」
史文恭は十七夜に投げかける。
今と一週間前、十七夜は一人だけなのに的を経た問いだ。
「強いて言えばこっちだ。むしろ最初から俺はこっちしか居ない」
「そうか……」
やはり欲しい。どうにかして彼奴をこっちに引き込めないだろうか。
(私がそっちに行くと言う手もあるが……)
彼女は首を振る、自分は曹一族だ。一時の感情に左右されてはいけない。
だが、それほど十七夜が愛おしくなったというのも事実なのである。
「殴って連れて行くぞ!」
「面倒臭い……」
舌打ちをして十七夜は吐き棄てる。
マカナの先を地面に向けて同じく走り出し。
「はぁっ!」
「ふっ」
十七夜を葬ろうとした金棒を片手で受け止める、そのまま右手のマカナで容赦なく史文恭の肋骨を狙った。
勿論史文恭もそれでヤラレるような存在ではなく、受け止められた金棒を起点に上へと飛んだ。十七夜は直ぐに左手の力を抜くと頭から落ちてくる史文恭に頭突きを当てた。
「くっ」
「痛……」
石と石が反対方向からぶつかったような音がするとお互いに声を漏らす。
その隙を逃さないように史文恭の金棒を持った右手首を掴み首に熊手を入れる。
「あっ、ぶないじゃないか!」
しかし熊手は容易く掴まれ、史文恭は上手く体を捻って腕を逸らす。
右手は未だ掴まれたままだが気にせずに片手で首締めに行った。
「ぐっ」
首に手が回った瞬間十七夜は両手で思い切り投げた。
「やはりそう簡単に取らせてはくれないか」
着地した後史文恭は右手首を回すように動作不良が無いか確認する。
(何て握力だ、もう鬱血してるのか……)
若干痺れが残っているが無理矢理動かせば支障は無い。
だが金棒を持っては変えたほうが良いだろう。いや、むしろ手放して肉弾戦に持ち込んだ方が良いかも知れない。
沈黙が続く中、史文恭は十七夜を見遣りながら変化に気付く。
それには十七夜も気付いているだろうが、念の為そちらの方に視線を向けると不動を貫き通した。
(今回は本気で仕留めに来てるってところだな)
「——居たぞ! 史文恭だ!」
「——相手は誰だ?」
親不孝通りは警察の介入が無いように入り組んだ道筋にされている。
その為素早く目的地に来るならば屋根を飛んでくるのが一番だ。
灰色の三階の建物の屋上、そこに旗袍を纏った二人が現れた。
一人は長髪に槍、もう一人は赤髪のポニーテール……そして幻で無ければその手には炎が浮かんでいる。
「林冲に武松か、遅かったじゃないか!」
「史文恭! お前が一般人に危害を加えようとするのならば私は容赦しないぞ!」
「やはり、お前だったんだな……蓬莱山 十七夜」
武松が十七夜を見据えながら言う。
顔だけ武松の方を見た十七夜の三白眼は満月に照らされていつもより独特に見える。
「だが残念だったな。お生憎様私は今お前たち梁山泊には興味が無い。今私が興味があるのはこの男だ……蓬莱山 十七夜? だったか」
武松の言葉を拾ったのだろう。
史文恭がそう聞くと十七夜は是と答えた。
「手を出すなよ二人とも、今私は求婚中だッ!」
姿勢は低くく、前傾に走る。
その姿は身に付けた毛皮も相まってさながら狼のようだった。
「はあぁぁぁぁぁあ!」
唸るように吠え、金棒を振り上げる。
右手首は痺れている為、問題無いと言ったが一撃を加えるにはバランスが悪い為振り上げときののみに使い振り下ろしのタイミングでは添えるだけだ。
——しかし
その振り下ろしが十七夜に当たることはなかった。
「鎖ッッッ!?」
金棒から突如、藪より飛び出す蛇のように銀色が走る。
龍眼を持ってしても誰も予想しなかった事態に史文恭の反応は遅れ、右腕へと絡まった。
一瞬の出来事に処理が追いつかない史文恭であるが、それを見逃さないかのように今度は地面から鎖が映えるように現れて縛り上げた。
「何だこれは……! くっ!」
鎖は身体を一周して巻き付いている。
何度か捻ってみるが擦れる様子は無い。
地面に縫い付けるように縛ってくるそれに膝を屈してしまう。
途端、辺りが暗くなる。
先程までの明りは何処に行ったのかと夜空を見上げると、白く輝く満月は風に流される雲によって隠されていた。
そしてその時、その場に居た林冲と武松含む三人は眼を疑った。
光源が無い暗闇の中、今まで無かったものが確かに存在している。
それは全て違う形で、一つとして同じものは無い。
錆びた剣、チャクラム、ハンマー、戦斧、日本刀、コピシュ、長槍、大弓に弓矢、双剣……そしていつの間にかマカナもその中にあった。それらは全て、地面や壁から……いや、‘‘影’’から生えていた。
「くく、くはははははっ! 何だ! 突いてみれば蛇じゃない! 龍どころか、かなり異質なモノが出てきたじゃないかッ!」
その言葉に十七夜が反応を示すことは無い。
「私を縛り上げてどうする? 殴るか? 蹴るか? それともこのまま犯すのか?」
犯すと言った瞬間眉根が動いたのを史文恭は見逃さなかった。
「……」
ゆっくりと史文恭に歩いて行く。
やがて見下ろせる位置まで来ると、額に手をやった。
何をするつもりだと史文恭は怪訝な顔を向けた。
額に当てられた十七夜の掌が離れていく。
すると、史文恭の額から周りの武器と同じように金属武器が出てきた。
「ジャマダハル。変な武器ばかり使うな」
「別に良いだろ?」
「くく、違いない」
十七夜はジャマダハルを持ちながら手を引く。
尖った穂先は鎖によって固定された史文恭の腹に向けられている。
「——じゃあな」
一言、そう呟くと肉を突いた。
鎖プレイ史文恭……イケる。
jk史文恭……イケる。