十五夜に影は蠢く 作:スフィンクス
「——駄目だそれ以上は、本当に戻れなくなるぞ」
ジャマダハルを持った十七夜の手を止めるように槍が差し込まれる。それは槍だけではなく、腕も掴まれており、掴んでいる手の平は温かった。
「邪魔をするな」
感情が込められていないのか、機械的に十七夜はそう言った。
それを聞いた武松は思う——やはり、どこか狂っていたのか、と。
普段見せる態度とは違う十七夜に最初は戸惑ったが、それを無理矢理抑え込める。恐らく後でその反動が来るだろうと予想するが無視して質問を投げかけた。
「一週間前、工場付近で史文恭と闘ったのもお前だな?」
その質問に十七夜は頭を縦に振った。
「お前が史文恭に致命的ダメージ以上の攻撃を加えるのならばここからは私たちが相手をする」
「これは元々、我々梁山泊と曹一族の問題。これ以上入り込むのは止してもらいたい」
武松と林冲の物言いに十七夜は苛立った。
別に自分から関わったつもりは毛頭無い。
むしろ、最初から伝えられていれば避けて通ったほどだ。
「興が冷めた。もういい。そいつを殺そうが逃がそうが、好きにしろ」
十七夜はそう言うとジャマダハルから手を放す。重力に従って落ちていったジャマダハルは音を立てることなく影に吸い込まれていった。
面倒くさそうにそのまま背を向けると二人に言った。
「せめて、この一週間が何だったのか説明してくれ」
「勿論だ、巻き込んでしまった手前それは義務であると承知している」
林冲のその言葉を聞いて十七夜は歩き出す。
視線だけ夜空へと向けると、月を隠していた雲はもうじき消え去って行きそうだった。
と、事態は収束しようと見られたが——
「——まだだ、蓬莱山 十七夜ィィ!!」
「なっ!?」
「この気の量は!」
後方からパキンッと音が響く。
そして辺り一面に諦観していた史文恭の膨大な気が漂った。
「——ッ」
急いで振り向くと林冲と武松の驚いた顔が見えると共に、史文恭の手が顔を掴もうと伸びてきているが分かる。更に後方にははち切れるように千切られた鎖が転がっており、気の爆発で無理矢理逃げてきたのが容易に理解出来た。
「アァァァァァアア!」
慟哭のように叫び声を上げる史文恭に、十七夜は一歩たりとも動くことは出来なかった。
◯ ◯
結局、事態は誰の犠牲も無く終わりを迎えた。
満月はの夜から四日後、それまで梁山泊のメンバーは一度中国に戻って捉えた史文恭の身柄をどうするか天魅星‘‘宋江’’に指示を仰ぎに行った。
そうして帰って来たのが今日、十七夜は昼休みに学舎裏へと来るように呼ばれている。
今回の騒動の説明をしてくれるらしい。
四校時の授業が終わり、いつも通りの武松と時間差で教室から出る。その際、源義経から昼食を一緒に取ろうと誘われたが断った。
草花が茂る学舎裏に来ると、石で出来たベンチに腰掛けていた梁山泊全員が見える。
学舎の壁に凭れかかると目を向けた。
それに気付いた林冲が口を開く。
「この際前置きは無い。事の真相だけ語らせて貰う」
それから語られたのは十七夜にとって、最初から本当に関係無いことばかりだった。
事の始まりは、曹一族と梁山泊共に同じで‘‘M’’と言う人物からの情報提供らしい。
それが誰かは分からないが、確かな証拠と核心を持って語られた内容に戦力を常に求める両者に疑いはあれど、行動しない理由は無かった。
その二つの組織の目的は二年F組に所属する——直江 大和の誘拐と護衛、本人の了承があれば組織に組み込むというものだ。
味方になってくれれば有難いが、それ以上に曹一族の戦力となってしまうことを恐れた梁山泊は護衛を優先したとのこと。
「因みに、史文恭の身柄だが曹一族へと引き渡した。私たちとあいつは何度か矛を交えてはいるが、最近は表面下ばかりで両主共に争いが起こらないように手を回し始めている。今回の一件で、更にそれが深くなった」
興味が無いとばかりに十七夜は欠伸をした。昨晩寝られなかったのか、夏の陽気に諭されたのかはわからないが。
そんな十七夜の様子を見て掴みどころが無い奴だと林冲は思う。
自分が護衛していた直江 大和は目の前に居る男子生徒とは違い、自分から仲良くしようと歩み寄って来てくれた。始めて史文恭に襲われた日には動揺していたが、簡略的に説明すると聡明な頭脳から大体読み取ってくれ、むしろ協力してくれた。
だが、目の前に居る男は違う。
度々武松が蓬莱山 十七夜について話してくれたがその内容から判断出来ないほどの協調性の無さ、何を考えているのか分からない。それは自分は強いから大丈夫だと余裕を持っているのか、それとも危機感が無いだけなのか……
しかし、そこまで考えて林冲は首を振る。
事は全て終わり、結果的に無関係の彼を巻き込んでしまった。
大事には至らなかったが、彼を悪く思うのは御門違いというものだ。
隣に座っている武松を横目で見ていると様子は変わらない。
他人に興味さえ持たない楊志ですら値踏みするかのような視線を向けているのに武松はそれが普通だとばかりに座っていた。
(こんな人物を武松一人に任せていたのか……。大変だったろうな武松……)
心中を察するかのように武松に合掌する。
脳裏には全然話してくれないと愚痴を零す姿と、やっと文章を話してくれたと喜んでいた武松の姿が浮かんでいる。
「んん。兎に角、この度は本当にすまなかった。無関係の君を巻き込んでしまったのは完全にこちらの過失。私たちに出来ることがあれば何でも言って欲しい」
今何でもするって言ったな? みたいな反応が十七夜には無い。
十七夜の三白眼が捉えるのは頭を下げる林冲だけだ。
「ああ、別にそういうのはいい。お前らの様子から故意に俺と史文恭を合わせたみたいなのも無いし……間が悪かったんだよ」
投げるように言った十七夜の言葉に林冲は安堵する。
死ねと言われれば命を投げ出すほどの覚悟は無いが、身体を捧げることくらいは覚悟をしていた。その場合は何とか全員じゃなく自分だけに抑えて貰うつもりだったがそれは杞憂に終わった。
「話はこれで終わりか? 用がなければ立ち去るが」
「あ、ああ」
そうか、とだけ言うと十七夜は背を向けて歩いて行く。今は昼食時だ、教室に戻るのだろう。
「あ……」
そこまで考えて林冲は思い出す。
「私たちのことだが、取り敢えず卒業まではこっちに残ることになった。もし何かあったら頼ってくれ!」
その言葉に十七夜は片手を上げて返事をした。
「変な奴だろう?」
完全に十七夜が見えなくなると武松が言った。
「うん」
それに対して林冲は正直に答える。
「本当にあいつが史文恭の野郎をボコボコにしたのか?」
「そんな感じはしなかった……」
史進と楊志にそう言われると林冲は何度目かになるかは分からないが史文恭と蓬莱山 十七夜が闘っていた夜を思い出す。
親不孝通りのコンクリートの中、二人は自分の武器を何度も振って相手を殺そうと闘っていた。今見た十七夜とは全く違うが、あの夜は戦場のような緊張感があった。
「闘いになると変わるタイプなのかもしれない。島津寮にも似たような黛 由紀江が居るだろう?」
「成る程なぁ……」
「でもさぁ、それでも蓬莱山が史文恭と闘えるには見えないんだよねえ」
「隠形が上手いのかな? 多少なりとも強者の雰囲気がある筈」
「だが蓬莱山が史文恭を追い詰めていたのも事実だ。私たちが止めなければあのまま止めを刺していただろう」
「影? って奴は?」
「あれに関しては本当に分からなかった。見たこともない術だ、鍛錬だけでは得られない力だろう」
「……異能?」
「多分」
「——それに、その時の史文恭は‘‘野性’’を解放していた。私が今まで見た中であの史文恭が一番強かった。‘‘未来視’’が出来る状態でもあの史文恭を倒すのは難しいだろう」
圧倒的な動体視力を誇る龍眼と、超えた者がその先で会得することがある特性。史文恭が持っていたのは知っていたがそれを見るのは初めてだった。
縛られているにも関わらず気を放出して引き千切り、無理矢理動いた。
あれが史文恭の本気だと考えると今も少し身体が震える。
生憎、それまでの闘いの疲労があったのか十七夜の顔を掴むことなく凭れかかるように倒れたのだが、あのまま二人が闘えば下がる他なかっただろう。
「カワカミって怖いとこだね」
武松の膝に寝転がったままの公孫勝か言った。
「うん。あながち間違ってないな……」
ここに来る前に言われた宋江の言葉を思い出す。
——武の聖地‘‘川神’’。あそこは川神一家を含め様々な者が集まる所。私も何度か足を運んだことがあるがまだ名の知れぬ強者たちが数多いる。林冲、おんしは強いがまだ梁山泊の中に居る籠の鳥だと言うことを努忘れるなよ、
と。
確かに今、痛感した。
島津寮や川神学園には確かに武人は居た。だがそれも自分には及ばない者が大半で、明確な差を見せられているのはやはり川神一家だと。
自分は少し、侮っていた。
今日から改めて頑張ろう。
林冲の握る槍に、更なる力が加わるのは必然であった。
〄 ◯
時間は遡り、十七夜が史文恭と闘った翌夜。
少し欠けた月で三人の大人が月見酒を愉しんでいた。
「鉄心、今年の夏は何か催すのか?」
「そうじゃのう……去年まで武道大会を開いていたのじゃが、今年は林冲ちゃんたち梁山泊や義経ちゃんらが来て面白くなったから思考を凝らしてみようかとの」
「それはそれは、どのようなもので?」
「ふむ、まだ決めてはおらぬのだが。次世代の獅子を決めるタッグ式トーナメントと久しく模擬戦のどちらかを考えておる」
「ほう。それはまた面白そうだな」
獅子を彷彿とさせる外見をしている男はそう言うと川神水と書かれた瓶を傾け杯に注ぐ。
彼の名は‘‘ヒューム・ヘルシング’’。川神百代さえも差し置いて世界最強である。過去に隣に座る川神 鉄心と闘ったことが何度もあり、好敵手である。しかし、最近は自分よりも若者の指導を中心とした鉄心に嘆いている。
「どちらにしても九鬼は噛ませて貰いましょう。祭り事は帝様も楽しみになられていますからね」
ヒュームに反して柔和な笑みを浮かべるのは‘‘クラウディオ・ネエロ’’。戦闘における才能は余りないが、従者としての才能は世界でも指折りだ。ミスター・パーフェクトと呼ばれる彼に隙はなく。才能が無いと言いながらも実力は壁の上に立っている。
「ほっほっほ。助かるのぅ……して二人とも、結局昨晩のアレは何か分かったのかの?」
「ああ。やはり俺たちの予想通り梁山泊と史文恭だった」
「やはりのう、あやつらが何をしに来たのかは分かっておるのか?」
「次代盧俊義の素質を秘めた直江 大和の前者は護衛で後者は誘拐だ。もっとも、曹一族の方は失敗して史文恭は昨晩捉えられたらしい。今代の史文恭は良い眼をしていた、あの赤子共が倒せるとは思わなかったのだがな」
「流石にあの異能の数では叶わなかったのじゃろう。因みに史文恭ちゃんじゃが梁山泊と停戦しだい学園に入ってくるようじゃ。一応高校は過ぎているようじゃが梁山泊と同じく二年、S組所望じゃった」
「ふっ、それはまた面白くなりそうだな……時間があれば手合わせ願おう」
「随分とヒュームは史文恭を評価しているのですね」
「当たり前だ。龍眼は俺が闘った中でも五本に入る曲者だった。単純だからこそあの眼は強い。恐らく本気を出せば川神百代並みに強くはなるだろうな。そう意味では合理的考えが出来る奴は赤子を脱している」
他人を自分基準で過小評価するヒュームにしてはかなりの褒め言葉だと二人は感心する。
世界最強故に他人の認めることをしないヒュームはあの現武神である川神 百代さえ赤子と評価する。そのヒュームに本人知らずに認められている史文恭はどれだけ凄いのか、だがその史文恭を梁山泊の人海戦術ではなく一人で抑え込んだ者が居ると当事者たち以外は誰も知らない。
「これまた、面白くなってきそうじゃの」
鉄心の言葉に二人は静かに頷いた。
jk史文恭絶対可愛いよ、パッケージ版史文恭ルート入れてクレェ(^ω^)