蒼く澄みきった快晴の空。遮る物一つとして無い空の中を二つの人型が駆け抜ける。
それらは只飛んでいるのではなかった。陽光に霞むなかで互いに火花と発火炎を散らしながら、その複雑な軌跡を絡ませていく――戦闘をしているのだ。
巨大な鋼の腕に、それに相応な化物染みたサイズと口径を誇るライフル銃、或いは二メートルを優に超える重厚な刀剣を構え、超音速で飛行する人の形をした
そしてその中央には二人の少女が、柔らかそうな体の殆どをむき出しにして鎮座している。
それは一昔前の軍人(或いは民間人)が見れば自らの正気疑うであろう光景だった。
『インフィニット・ストラトス』。通称『IS』
十数年前、篠ノ之束博士により開発された女性にのみ扱うことの出来るマルチフォーム・スーツ。
開発当初は主に宇宙進出のため研究されたがやがてその圧倒的な戦闘能力に注目が集まり飛行パワード・スーツとして発展を重ね始めたISは、現在では条約により表向きの軍事利用は禁止されているため、専ら最先端スポーツ競技としての地位を得ている。
しかし、少女たちが戦っているのは競技のため規定されたアリーナではない。
『すべての兵器の頂点に君臨する』とまで称された戦闘能力は未だ健在。それどころか更なる発展を遂げ続けている。
ISに乗っている少女達は交わす言葉も持たない―― 刃と射線を交わしながら、一切の感情を滲ませないままに、ただその役割を果たす。
一機は武者鎧のような鋼色のIS『
その装甲の形ゆえに一見して近接特化型とも見做されやすい打鉄だが、
この少女の駆る機体もそうであった。
超長距離狙撃用パッケージ『
その打鉄に対するは、IS『
打鉄のパッケージすべてに互換性を持つほどの姉妹機でありながら、その姿と性能には差異がある。装甲の色はその名とは異なり、緋色と呼ぶより焼き入れ最中の刃のような橙に近い。そして打鉄最大の特徴である肩部の物理シールドと腰回りの巨大なアーマースカートは外され、代わりに両肩部と両脚部にキックスラスターとウイングが其々一組ずつ備え付けられている。
それにより緋鉄は打鉄と基本設計を共有しながらも、防御性能と引き換えに高い機動力を得ていた。
精確な射撃を肩部シールドで受け止めた打鉄は、同時にスナイパーライフル『
回避不能の攻撃を最小限のダメージにとどめ、被弾しながらもこれを機とし沈着冷静に反撃行動に移る。
正しい選択、素早い行動、優れた操縦技術に基づいた完璧な挙動。
しかし、当たらない。音速を超えるISに命中させるために開発された禍筒専用の超高速飛翔弾頭は同規模の実弾兵装の中でも特に秀でた初速を有する。
それが敵の背後の虚空へ、無情に消え去っていく。
戦いの主導権を握っているのは、橙のIS『緋鉄』だった。
防御型と高機動型、超音速機動に十分な広さの戦闘区域での純粋な決闘という条件下。これを必然の帰結とみる者もいるだろう。
だが地の利など、この対決の行方においては微々たる要因でしかない。
実力の差が、それ以上を占めている。
警告音。打鉄のシールドエネルギーが5%を下回ったことを知らせる音だ。
あと一撃でも強力な攻撃を――例えば、近接武器による斬撃などを食らおうものならば、その瞬間エネルギーは尽きてしまう。
心許ない残エネルギー量に、早く態勢を立て直さなければという焦りが芽生える。
だが、その願いすら許されない。
一瞬で距離を詰める緋鉄が構えるのは、近接格闘ブレード『葵』。
敵機体のシールドエネルギーは本来知ることはできない筈だが、打鉄の困窮が見透かされていることは間違いない。止めを刺す気だ。
スナイパーライフルからアサルトライフルへの切り換え。打鉄の手の中で光の粒子が姿を変え、『
引き金が引かれる。点での一撃から一転。確実に敵を捉える、絶えることのない面での制圧へ切り替える。
命中率が上がる半面、当たったところで大したダメージにはならない。あくまで一度間合いを取り、次の手へ繋げるための布石。
緋鉄は最小限の回避で針に糸を通すかのように隙間をぬい、距離が縮まり弾雨が密となればブレードで弾き飛ばし打鉄へ迫るが、その勢いを削ることには成功している。
それでも覆らぬ機動力の差。迫る緋鉄の刃。
その間合いに到達する瞬間、打鉄はライフルを捨てる。その掌の中には、いつの間にか展開していたのか一振りのナイフ。
大振りのブレード呼び出しする時間はない。相手もそれは読んでいる。だからこそ、コンマ以下で展開可能な高周波ナイフによる正面からの不意打ちを選択する。
間合いと威力では彼方が勝るが、取り回しは此方が上。
胴一閃。真一文字に斬り返される打鉄。
敗北の証に、視界が黒に染まる。
「はーあ、今回は勝てそうな気がしたのに……」
一辺三メートルほどの筐体―― 軍用のISシミュレーターから抜け出した少女、網踏韻子は残念そうに呟いた。
勝てそう、というのは何か根拠があってのものではない。いつも通りの敗北を喫した今となっては、ただ自分の願望がそう錯覚させただけのような気がしてならなくなってくる。それがまた悔しい。
韻子はもう一つの筐体を睨み付ける。中には対戦相手であった緋鉄を駆る少女の、その中の人物が座っている。
「お疲れ。韻子」
もう一つの筐体の扉を開け中から顔を出したのは少年だった。
名前は界塚伊奈帆。
男性である彼は実際にISを操縦することはできない。彼がシミュレーターを使っていたのはあくまでも、IS操縦者を目指す幼なじみ、網文韻子の練習相手をするためである。
軍の設備を民間人の二人が利用できるのは、軍属のIS操縦者である伊奈帆の姉、界塚ユキがIS操縦者を志す韻子のために許可を取ったお陰だ。軍としても将来有望なIS操縦者の育成にも重きを置いているため、埃を被った設備を利用することにも快く応じてくれた。
伊奈帆が付き合わされているのはAIよりも実戦を想定した訓練に適当だという理由からだった。
しかし、それも今日で終わり。
もうすぐ新年度が始まる。韻子は四月から全寮制の学校、IS学園への入学が決まっている。
そのため二人のシミュレーション訓練はこれで最後。彼女は長きに亘る因縁の幕引きを勝利で飾りたかったのだ。
「ちょっとくらい手加減してくれてもいいんじゃない? 気が利かないなぁ」
「韻子は強いよ」
"本気で来なよ"と言ったのは韻子だ、とは言わない。
「候補生選考で最後まで残れたんだから、その実力は本物だよ」
「なにそれ皮肉?」
「僕が保証する」
「……ありがと。も、もう暗いし挨拶して帰ろっか。荷物、まとめるよ」
「ねえ、伊奈帆」
帰り道。バスの中で韻子は話しかける。停留所についたら二人の帰路は逆方向だ。
IS学園に入学してからでも伊奈帆に会えないことはない。ただこれまで通り気軽に会うのは少し難しいかもしれない。訓練という名目も使えない。
「なに?」
「……ううん。なんでもない。IS学園に入ったらさ、伊奈帆がどんなに頑張っても勝てないくらいすごい操縦者になるんだから。そしたら逆に叩きのめしてあげるから、覚悟してなさいよ」
「わかった。楽しみにしてる」
バスが停留所に着いた。
「それじゃあ、またね。伊奈帆」
「うん。また、今度」
韻子は少し嬉しそうに、伊奈帆はいつもの無表情より少し柔らかく、別れの挨拶を交わした。
二人は各々の道を歩み出す。
その日、界塚伊奈帆が無事に家にたどり着くことはなかった。
最初のシミュレーションのシーンはストーリー上必要ないかなと思ったんですけど、この後しばらくバトルシーンが無い予定なので入れました。
誤字脱字等あれば教えて下さい。作者が喜びます。