『お気に入り300突破』コメしようとしたら400行ってて吃驚。
もうね、素直に嬉しいです。
放課後、誰もいない廊下を韻子は二つ缶コーヒーを抱えながら歩いていた。
IS学園の校舎からアリーナへと続く廊下にはすでに西日が射し、橙色に染まっている。韻子の目的地はアリーナのピットに併設された整備室、そのうちの一つ。本心では放課後すぐに向かいたいところだったが、今日はクラス代表の代役として会合に出席してたため遅くなってしまったのだ。
一人歩いていた彼女はやがて『第8整備室』という記された一室の前にたどり着く。
カシュ。
空圧式の自動ドアが開く。整備室の中は薄暗かったが、辛うじてその全容は見て取れた。
通常IS整備室は整備科の生徒の実習にも使われるため学内のISの数に対応して広く造られているが、この整備室に限ってはさほど広くない。普段からISの整備には使われず、専ら教員機の武器格納庫として利用されている一室である。
だからこそ、今回はこの部屋が割り当てられた。
韻子は部屋の奥、作業している人物に近づき声をかける。
「お疲れ、伊奈帆」
冷たい壁に寄り掛かり、座りながら端末に文字列を打ち込んでいた伊奈帆が顔を上げた。
「コーヒー。ブラックと微糖どっちがいい?」
「微糖」
「はい」
微糖の缶コーヒーを受け取った伊奈帆が封を切る。韻子も残ったブラックを開け、缶を傾けた。
「……これが伊奈帆のISなんだね」
韻子の視線の先、整備室の中央に鎮座するオレンジ色のIS。
伊奈帆の操作する端末とケーブルで繋がっている。
「第二世代型IS『スレイプニール』」
それが界塚伊奈帆に与えられた専用機の名前。武神の愛馬の名を冠したIS。
今朝のホームルームのあと、二人は廊下に出た直後ユキに呼び止められた。その要件とは伊奈帆の専用機が届いたということ。
ただ、専用機は初期化と最適化を行わないと待機状態として携帯することが出来ない。その二つを済ませる前に専用機のことが周知されれば、野次馬やそれに紛れた産業スパイへ対応しなければならなくなる。それ自体は何ら難しいことではないが、少しでも面倒を減らすためには専用機の到着そのものを秘匿するのが手っ取り早いというのが、ユキが二人に伝えた事だった。
韻子はコーヒー缶を片手に、ぐるりとそのまわりを一周しながらISの造形を眺めた。
「倉持?」
鎮座したスレイプニールの外観は、倉持技研の開発した打鉄と通ずるものがある。韻子は現物を見たことがないので想像でしかないが、搭乗者の乗っていない『緋鉄』の見た目とも酷似しているように思えた。色なんか特にそっくりだ。
「半分はそうかな」
「やっぱり、この装甲は倉持の形よね。ところで伊奈帆はさっきから何をしてるの?」
専用機が届いたと聞いたとき、韻子は伊奈帆がすぐに初期化と最適化を進めるものだと思っていた。
なにか、専用機設定以前にやるべきことがあるのだろうか?
「OSをもう少し自分の理想に合わせたいと思って、カスタマイズを少しだけ。今は超長距離狙撃用プログラムと通常射撃用プログラムを一つに纏めていたところ」
「未完成なの?」
「僕がそう注文したんだ。カスタマイズは自分の手で仕上げたいと思ったから。でも実際に見てみると想定より手を加えたい部分が多い」
「大丈夫? まさかとは思うけど、クラス対抗戦まで間に合わないなんてことは……」
「ギリギリだね。間に合わせるよ」
「機体としてはどのくらい完成してるの?」
「九割九分」
「そこから伊奈帆でも一ヶ月かかるのかぁ。ISって正直学生が手を出していいもんじゃないと思うんだけど」
「ソフトの変更に合わせてハードに手を加える必要も出てくるかもしれないし、資料収集、技術習得、実践を並行して進めるから時間はどうしても掛かる」
「……なにか、手伝えることとかあったりしない?」
「心配しなくていい。学生の手でISを組むことには、前例がある。それに期間短縮の策もあるから」
「あぁ、またなにか企んでる……」
呆れた風な韻子。しかし同時に、伊奈帆が何を目論んでいるのか興味があった。
伊奈帆自身やれることは全てやる前提のはずだし、韻子の助力など微々たるもの。頼れる友人としてIS企業『デュノア社』の御令嬢シャルロット・デュノアがいるが、伊奈帆のISの存在は学園のセキュリティーの観点から緘口令が敷かれているため、彼女に相談することは出来ない。無論、他の人にもだ。
「……ということなんで、手伝ってもらえますか」
「へっ?」
伊奈帆は振り返り、暗闇に話しかける。その先には武装を格納したコンテナしかない。
しかし伊奈帆の言葉に反応するように、ゴソリと動く気配があった。
「誰!?」
「うーん。張り込みスキルには自信あったのに、まさか見破られるとはねぇ」
コンテナの陰から姿を現した生徒に、韻子は見覚えがあった。一夏の代表就任パーティーに襲来した上級生だ。
「新聞部の部長さん!」
「ノンノン! 私は副部長。新聞部副部長、スクープ逃さぬ情報戦士 黛薫子!」
しかし当然、真面目っ子韻子はそんなノリには誤魔化されない。
「どうして!? この場所は秘密のハズ……!」
廊下で話していたとき、ユキは二人以外には明かしていないと言っていた。それにそのとき、三人の話が聞こえる距離には人はいなかった。だが、あのタイミング以外でここの情報を知ることは不可能。
「まさか、盗聴器……!」
「それは断固否定!! "読唇術は使っても盗聴器は使わない"、それがIS学園新聞部の伝統よ!」
聞こえる距離に人はいなかったが、見える範囲に人がいなかったわけではない。
今朝、薫子は一年二組の転校生と一年三組の新任教師の両方を張っていたのだ。
「読唇だって盗聴なんじゃないの……?」
「それで界塚君。私に手伝ってもらいたいと? 私も暇じゃないんだけどな~」
「告発しますよ」
確かに薫子の行動は公になれば問題だろう。しかし薫子は臆すことなく不敵に笑う。
「ふふふ。でも、それで困るのは私じゃなくてあなたのお姉さんじゃないの?」
「ユキさん?」
「界塚君の専用機……『スレイプニール』だっけ。その秘匿は学園警備観点からの方針だった。だから持ち主のあなたにだけこっそりと伝える手筈だったのに、あなたのお姉さんはその情報を漏らしてしまった。となれば規則上、処罰は免れないわ。まあ口頭注意程度だろうけど、着任早々はキツいでしょうね」
薫子が語る完璧な計略。伊奈帆は一蹴する。
「織斑先生に告発します」
「それはヤメて」
「うーん。さすがは界塚君。よもや頭脳戦で私を凌ごうとは、聞きしに勝る策略家ね」
「頭脳戦?」
韻子のツッコミはスルー。
「まあ冗談はこのくらいにして。真面目な話、私の手が必要?」
「借りれるなら、是非に」
「それで、私に何かメリットある?」
「織斑先生の罰則を免れます」
「ぐっ……! 冗談で流そうとしたのに、失敗だったか……!」
「冗談です。強制はしません」
「それこそ冗談、手伝うわよ。それじゃまず、ISの詳細なデータ見せてくれる?」
薫子は伊奈帆から端末を受け取ると、それを手にISの周りを歩き観察を始めた。ISのソフトとハードを見比べ、同時に把握しているようだ。
「ねえ、伊奈帆。あのひと信頼できるの?」
韻子は薫子に対し、信頼できる記事を書く記者というより、下賤なパパラッチに近い印象を受けていた。
「大丈夫」
伊奈帆はその心配を否定する。
「あの人の成績は整備科で一番」
「……嘘ぉ」
「それはどういう意味かな? 韻子ちゃん」
いつの間にか機体の観察を終えていた薫子が戻ってきていた。
「速いですね」
「ざっと見ただけだからね。でもコレ、既に完璧って言っていいくらいの完成度よ? 正直、君の目指すところが想像付かないかな」
困惑したような言葉と裏腹に、薫子の態度には高揚が漏れ出ていた。
「使われてる技術自体はそれほど難しくもないけど、もしかしたらあのとき以来の大仕事になるかも……くひっ♪」
「ええと、それで結局、先輩の手を借りることは頼めますか?」
「まかせなさい! どのくらい仕事があるのか分かんないけど、界塚君が一ヶ月かかるという言を信じるなら、そうね……。最終的な仕様が分からないから作業そのものは界塚君に任せて私は補佐に回るとして、そうすると私の分担は人に教えながら作業をすることになる……」
薫子は『スレイプニール』をチラリと見る。
授業では『打鉄』の整備、改修で完璧な成績を収めた。だが学生に求められる完成度など高が知れている。これから自分たちがやろうとしていることはその向こう側の試みだ。
今、頭を捻ったところで導かれるのは皮算用。だが薫子は自分の直感を信じ、最も確かと思える皮算用をはじき出す。
「一週間!! 界塚君と力を合わせて一週間で仕上げてみせる!」
薫子は拳を突き上げ、そう宣言した。
◇
「それじゃあ、界塚先生の着任と三人の再会を祝って、乾杯です! 乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯」
三人はグラスを突き合わせ、その中身のビールを煽る。
「ゴッゴッゴッ……くふ~♪」
「山田先生、明日は授業がないとはいえあまりはしゃぎ過ぎないように」
「たまにはいいんじゃない。先生ってストレス溜まるんでしょう?」
「界塚
IS学園教職員寮の一室、山田先生の部屋で、織斑千冬と山田真耶、界塚ユキの三人は仲良くちゃぶ台を囲んでいた。
この三人はIS学園に教師として勤める以前から親しい関係にある。
千冬とユキは、共に両親が不在で幼い弟を姉の手一つで育ててきた。そんな共通する境遇もあり、二人は出会ってすぐに腹を割って話せる友人になった。
そして真耶とユキは、日本の代表候補の座をめぐり競い合った仲。かつてのライバルであり今では気の置けない友人である。
この集いも建前としては『界塚ユキの歓迎会』だが、要は『久しぶりに会ったんだし積もる話もあるでしょうからパーッと飲みましょう』という流れで始まったもの。
つまみはそこらのスーパーのパック惣菜。そのソーセージやらポテトサラダやらをパックのまま机に並べている。ここで『何か作ります』と言う人が誰一人いないのが独身三女の残念なところだ。
「いやはや~。それにしても、まさか自分が学校の先生になるとは思わなかったなー」
「それでも姉弟いっしょにいられるならいいことじゃないですか。織斑先生も、織斑くんがいるからか今年は気合の入りようが違ウぃひタァァ!!」
向う脛を蹴られ悶える真耶。
「織斑先生もうアルコールが入ったんですか……? 加減がいつもより……」
「……馬鹿を言え」
酔ったのではない。ユキとの再会に素ではしゃいでいるのだ。
「……どうですか、ウチの伊奈帆は? みんなとうまくやれてます?」
「そういうことは普通、三組の担任に聞くものだと思うが」
「織斑くんと一緒にいるところはよく見かけますね。仲も良いみたいですよ」
「よかった……。あの子、何かと誤解というか、孤立しやすいところがあるから」
「変わり者なのは否定できんな。だが成績は優秀だ。一夏には今まであのようなタイプの友人はいなかったから、互いにいい影響を与えることを期待している」
千冬の知る一夏の男友達は、五反田弾と御手洗数馬くらいのもの。千冬の基準ではあまり頭が良いとは言えない部類の少年だった。
もちろん"織斑千冬の弟"という色眼鏡をかけずに一夏と接していた彼らの人柄は、それなりに高く評価している。ただそれでもやはり大切な身内の知人というものはついつい厳しい目で見てしまうものなのだ。
「あ! 私まだ一夏君に会ってない!」
「それはまた明日……は土曜か。はっはっはっ。残念だったなユキくん」
「あ、酔ってる」
「う~ん。休みの日に先生が生徒を訪ねるってのも変な話よね~」
「最近は織斑くんも休日返上でクラス対抗戦向けの特訓してますから邪魔しちゃだめですよ」
「特訓とは生意気なぁ……勝つのはなお君よ!」
「うわぁこっちも酔ってる!」
「ほう。頭でっかちが私の一夏に勝てるかな」
「なんですって!!」
「あの二人とも、飛ばし過ぎですって……。アレ!? 空の瓶がこんなに転がってる! いつの間に!!」
因みに一番多く空けたのは真耶である。
立ち上がり火花を散らす二人の姉。
「ああぁ暴れないでください」
「はっはっはっ。私は教師だぞ。道理は弁えている」
「右に同じく。てなわけで、こいつで勝負!」
ユキがベッドの下から取り出したるは、某国民的カーレースゲーム。真耶が実家から持ってきたものだ。
「はっはっはっ。『ふぁみこん』か! 私に反射神経の絡む競技で挑もうなど笑止。いいだろう。負けたやつはつまみの買い出しだ!」
「……あまり熱くならないでくださいね」
「なに言ってんの。真耶も参加よ。つまみのタダ食らいしようったってそうはいかないんだから」
「ええぇぇ」
「はっはっはっ。ゲームスタートだ!」
千冬がテレビに繋がれたゲームのスイッチを入れる。
謎のゲーム大会は夜中の三時まで続いた。
勝者は真耶。勝因は二人が酔ってダウンしたためである。
とりあえず今プロットが出来てるのが一巻終了時点までなので、そこまではコンスタントに載せたいなと思っています。