I/S ( IS×アルドノア・ゼロ)   作:嫌いじゃない人

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第二話だけ他の話より少し長いです。
自分の書きたいシーンのために辻褄を合わせようとしたら、妙に間延びしてしまった感じです。


第二話  誘拐事件

 とある部屋の中、二人の男が向かい合って座っていた。

 

 縦に長い部屋の中央には大きな楕円型の机が備え付けられ、その周りには左右で向かい合うようにたくさんの革張りの椅子が並べられている。

 構造こそ会議室のそれだが、部屋や調度品は議論を交わすには不要だろうと思われる高級感を漂わせている。

 オフィスビルの会議室というより、大型のホテルのそれに雰囲気は近い。

 

「僕を解放しろ」

 

 部屋の奥側の椅子に座る伊奈帆は、机を挟み目の前に座る男に言い放った。

 

 この部屋には彼のほかに男が三人いる。部屋の隅に立っている者が一人。その反対角の隅、伊奈帆の斜め後ろに立っている者が一人。そして伊奈帆から真正面の椅子に、背筋を伸ばし深く腰掛けた者が一人。皆一様にスーツを着込み筋肉質の体をサラリーマンの風袋(ふうたい)の中に押し込めている。

 椅子に座っている男だけが白人、立っている二人はアジア系だ。

 

 白人の男は白髪交じりの頭髪に、整っているが皺が深く落ちくぼんだ顔。それでいて血色が良く肉体は若々しい。それらの要素が合わさって年齢すら見当のつかない不気味な風体を完成させている。

 

「ふむ」

 

 男は顎に手を当てながら無遠慮な態度で伊奈帆を見やる。そのくせ、口調は穏やかに。

 

「君はどうやらパニック状態に陥っているようだ。自身の置かれた状況に対して何か勘違いをしているのかもしれない。どうかね。一旦深呼吸でもして、記憶を――」

 

「茶番は抜きだ。人攫い」

 

 男は目を細める。

 

「驚いたな。まさか正気だったとは。パニックのあまり狂ってしまったのかと心配になったよ。まったく誘拐されたというにここまで冷静とは、どうやら君は元来精神に異常をきたしている人間らしい」

 

「……」

 

 

 あの後、韻子とわかれた直後に伊奈帆は誘拐された。ただその時の記憶は彼に無い。あるのは薄れゆく意識の中、支えきれなくなった体と共に傾いていく視界の断片だけ。

 

 しかし今も座っている椅子の上で目覚めた伊奈帆は、即座に自信が誘拐されたということを結論付けた。

 目の前に座るこの男、あるいはその仲間が、一切の気配も予兆となる情報も出さぬまま人一人を誘拐することが可能かどうか考えた結果、それは全くありえないことではなかったからだ。

 伊奈帆にとって誘拐されるのは人生初の出来事だったが、それでも彼らがプロ―― クラッカーがエンターキーに指を伸ばす程度の意識と正確さで人に害を成すことのできる人種だと、そう判断した。

 

 伊奈帆は憶測から、目の前の男がこの犯行を主導、或いは命令した人物だと仮定し話しかける。

 

「それで」

 

「ああ。解放するとも。身体の安全も保障しよう。私たちはただ話を聞いてもらいたい。それだけなんだ」

 

 男は巧みな日本語でぬけぬけと宣う。伊奈帆には現状、拒否しようなどないのにだ。

 

 しかし今、手錠や轡で拘束されていないことを考えれば理性的な対話は十分に可能な相手なのかもしれない。伊奈帆は事態の改善のため、話を聞くことを承諾した。

 

「そうか、では自己紹介から。私の名は『ロジャー』。もちろん本名ではないがね、君が私を呼ぶためだけにつけた名だ。大切に親しみを込めて呼んでくれ。……役職としてはそうだな、スカウトだ。君を自分たちの仲間に引き入れる、或いは手を組みたいと考えた人々が、私を派遣したのだ」

 

 それが誰なのか、彼は明かさない。

 

「何か、仕事をさせるつもりか」

 

「そうだ。悪くない仕事だ。給料はしっかり、福利厚生もばっちり、危険はゼロではないが大勢の大人たちが身を挺して守ってくれる。そして君だけにしかできない」

 

 ロジャーはここで言葉を切る。

 一拍だけ言葉を止めるのは、演説でも使われる有効な手法だ。

 

 しかし彼の振る舞いは意としてのものではないようだった。自分の言葉を信じてもらいたい―― 裏を返せば、他人が信じられないような突拍子もないこと信じてもらおうと告白するときに起こる、無意識の動き。

 

「……」

 これが本題か。

 

「界塚伊奈帆。君にはISを操縦し、IS学園に男子生徒として入学してもらう」

 

 

 

 もしここに第三者がいたら男女問わず全員が同じ答えを言うだろう。

 不可能だ。ISは女性にしか動かせない。

 確かに織斑一夏という唯一の例外は最近発見された。

 だが伊奈帆は自分もそうだとは考えない。事実、彼がもう少し子供のころ姉の職場でISに触れる機会があったが、他の男性と同じくISに触れると即座にその起動プロセスは停止したのだ。

 

 

 伊奈帆は意図せずに半ば開いた口を閉じてから、ロジャーに尋ねる。

 

「方法があるとでもいうのか」

 

「あ……。そ、そうだ。それだとも。我々はとある技術を独占している。世界には明かされていない、不可能とまでされている、男性にIS適性を付与する処置法だ」

 

「それを今証明できるか? もし織斑一夏がその実例だというのだとしても――」

 

「いや違う。織斑一夏は私たちの処置は受けていない。彼がなぜISに乗れるのかは不明のままだ。それと……我々は君からの信用は必要としていない。君に窮屈な思いをさせていないのはあくまで対話を円滑に進めるためだ。こちらにはその為の、様々な道具の用意がある」

 

 一つ山場を越え調子の戻ったロジャーは再び主導権を握りにかかった。

 

「仕事の話に戻そう。我々の手によって処置を受けた君は世界で二番目の男性IS操縦者としてデビュー。政府と超法規的措置により保護されたのちIS学園へ入学する。以上だ。理解したか?」

 

 彼の説明は目的も手法さえも明らかにしない、あまりに雑多だ。理解しろというほうが無理がある。

 それでも首を横に振れない伊奈帆は、代わりに質問に質問で返した。

 

「お前たちの利が見えない。目的はなんだ」

 

「そうだな、君にはそれも知ってもらいたいんだった。ただそのためには、我々の正体も話しておかなくてはならない」

 

 それは先ほどまで意図して避けてきた話題。しかしロジャーは簡単に明かしだした。

「私はIS委員会の公安職員だ。目的はISにかかわる国際規模での危機管理。これは国際IS委員会の総意だ」

 

 『国際IS委員会』通称IS委員会。

 ISに関する国際的な取り扱いを定めた国際法「アラスカ条約」(正式名称、IS運用協定)に基づき設置された、国連の下部機関。その主たる役割は各国家のISの運用を監視することであるが、水面下で発生するISによる国家間の軋轢の解消をはじめとして、未だISという存在を扱いかねている国際社会において多様な役割を果たしているという。

 ちなみに一般的なイメージにおいては、決して民間人の少年を誘拐し脅迫するような組織ではない。

 

 ロジャーの言葉は続く。

「なぜIS委員会が君を必要としているか順を追って話そう。だがその前に質問だ。界塚伊奈帆、君は今の『IS』が、競技、娯楽、産業、職業、そして兵器として安定していると思うか? "安全"とは言わん。アレはそんなものではないからな……。大事なのは人の手で管理できるリスク、ハザードであるかだ」

 

 伊奈帆は正直に即答する。

「安定はしていない。要因は二つ。一つはIS自体の問題。ISの中枢、ISコアそのものがブラックボックスであり不確定要素そのものであること。もう一つはISを運用するための環境の問題。法、インフラ共に発展途上という状況下で国家、企業、個人の利益追求が先行しすぎていることだ。ISのリスクは『中』と『外』に遍在している」

 

「いい答えだが、耳が痛いな。君の言う『外』の問題の解決は正に私たちの仕事だ。『中』の方は、まあ良識ある学者たちに任せるとして……。私はその二つに、さらに中と外の両方に亙るリスクを提示したい。IS開発者『篠ノ之束』というリスクだ」

 

 その名前を出したときロジャーは少しだけ声のトーンを下げていた。まるでここにいない、地球のどこにいるのかすらわからない兎耳の女性に聞き咎められるのを恐れているかのように。

 

「『白騎士事件』」

 ロジャーは十年前の出来事を口にする。その日のことは伊奈帆もよく憶えていた。

 

「私たちは外の連中は何処となくお祭り騒ぎだったが、日本人である君たちにとっては忌むべき記憶だろうな……。あのパニックは酷かった。ミサイルという絶望に瀕した若者たちの凶行。人の本性を問われているようだった」

 

 マナーが良い、礼儀正しいという認識を世界に広めていた日本人の暴走には、多くの人々が驚き、認識を新たにした。日本人は極東の猿、或いは人間一皮むけば皆同じだと。

 

「聡いきみなら気づいているだろう、あの惨劇を引き起こしたのは誰なのか」

 

 白騎士事件の犯人。それは誰もが予測しながら、誰も表立って批判しようとは思えない。そんな人物。

 

「恐るべき叡智と技術を持ちながら彼女には道徳観と倫理観が欠如している。『天災』の呼び名を持つ一個人を野放しにはできない」

 

「それと僕がIS学園に入学することの関係性がない」

 

 篠ノ之束の探索は今も全世界規模で進められている。IS委員会や国家のみならずISの技術を独占したいと考える巨大企業や犯罪組織までもがこの十年虱潰しに動いているのだ。もはや人の生活できる環境は調べつくし、次は海底か成層圏かという段階にまで至っているとの噂もある。

 そんな状況で何故という思いが、伊奈帆にはあった。

 

「篠ノ之束の過去の知人から聞いた話では、昔の彼女は他人に一切興味を持たず勝手気ままに振る舞う問題児だったらしい。そんな彼女が執着または興味を示した数少ない対象が、友人である『織斑千冬』、妹の『篠ノ之箒』、そして友人の弟であり妹の幼なじみである『織斑一夏』の三人。そして、この三人がIS学園という一ヶ所に集う。篠ノ之束が彼女たち接触することの蓋然性は高い。我々は学園に、パイプのある誰かを置きたいと考えている。……そこで君が呼ばれたわけだ」

 

「なぜ僕を選んだ。IS委員会の伝手ならば入学の決まった生徒から指名することも出来たはずだ」

 

「それは君が優秀なIS操縦者だからだ。シミュレータのデータは見させてもらったよ。あれの成績はクラウドにより広範囲に共有されるが、軍や企業はより現実に即した能力、適性を図るために予め登録していたIS適性と合わせて機械的に選別し評価する。男である君がいかに活躍しようと誰も気に留めないわけだ」

 

 ロジャーは、クククと馬鹿にしたような笑いを浮かべる。

 

「しかし我々は違う。もはやIS適性は変化させられる数値でしかない。他所の連中が見落としていた優秀な人材を、男女問わずスカウトできる。君のような隠れたエースは世界中に大勢いる。……その中でも君はとびきりだがね。さらに織斑一夏と同じ国籍、年齢とくれば、彼との接触を望むにはこれ以上ない最高の条件だ。これが、君を選んだ理由だよ」

 

 

 

「さて。今度はもう少し具体的な、君の利益の話をしよう。脅迫というのは長引くほどリスクが増していくものだし、君がIS学園に入学したら我々の手は届かなくなるしな。……それに世界のためとはいえ、まだ年若い民間人に滅私奉公を求めるのは忍びない」

 

「僕の望むものを知っているつもりか?」

 

 伊奈帆への返答として、ロジャーは参ったという風に首を振る。

「残念ながらそこは我々の諜報能力も及ばぬところだよ。だから、君が探すんだ。私がこれから君に挑むのは交渉ではない。どちらかと言えば『誘惑』だ」

 

 

「君のお姉さんは軍のIS乗りだそうだね。それに君の幼なじみ、網文韻子といったかな? 彼女もIS操縦者を目指して今年から入学するそうじゃないか」

 

 ロジャーはわざとらしく伊奈帆の表情を覗き込む。そこに変化は見られないが、ロジャーの胸中にふと一つの懸念が湧いた。

 なにか気配を感じ取ったわけではないが、確証がなくともあえてそれを口にする。

 

「……失礼。気のせいだったら謝る。もし君が今、私を殺す算段をしているのであれば止めてくれないか。それは互いの精神衛生上よくないことだ」

 

「謝る必要はない。続けて」

 

「そうか。こちらには脅す意図はなかったんだが、浅慮だったな。……話を戻すと、私が言いたかったのは君の親しいこの二名は、すでにISと関わる道を選んでいるということだ。もしこの先、ISの世界に身を投じた彼女たちが大きな苦難や悪意に晒されたとして、君はどうする? 男だから、ISは動かせないからと言い訳して見放すつもりか?」

 

「あなたの語る苦難や悪意には具体性がない。仮に僕がIS操縦者になったとして、それはこちらから危険を招くようなものだ。篠ノ之束の興味を引くことになるかもしれない。逆に僕が二人を巻き込んでしまうことのほうが想定すべきリスクだ」

 

 うんうんと、ロジャーは楽しそうに首を振る。

 この男のリアクションがオーバーになるときは、凡そ自分の筋書き通りに話が進んでいる時だ。

 

「そう。君が言うとおりになるかもしれないし、でも私が言うとおりになるかもしれない。残念ながらどちらも、確率すら導き出すことの出来ない不確定な可能性にすぎない。これでは理路整然とした交渉なんて夢のまた夢だ。……だから質問を変えよう」

 

「……」

 

「界塚伊奈帆、君はどうしたい? 大切な人に危機が迫ったときに、君は何処にいたい? ――思い出すことだ。十年前のあの日、君に何が出来た!? 君は姉と手を握り、炎に包まれる孤児院から逃げ出すことしか出来なかった。そうだろう」

 

「それでも施設の皆が無事だった。あの場では最良の選択だったのには違いない」

 

「違うな。逃げることしか出来なかった。それが賢い選択だからじゃない。それしか選択がなかったからだ! 君はもしかしたら、あの日の無力を過去のことだと思っているかもしれない。大きく成長し、たくさんの知識を身につけた。だがな、それでも君は無力のままだ。もう同じ想いを繰り返したくはないだろう?」

 

 

 誘惑。

 惑わし誘う。

 利益ではなく感情に訴えるという点では、確かに交渉というよりも誘惑だろう。

 しかしロジャーが伊奈帆に仕掛けているものは、厳密にはそれとも異なる。

 

 この男は論理で守られた伊奈帆の本心を暴くつもりだ。

 一時の気の迷いや言質には価値がない。脅迫すらも無意味。

 

 伊奈帆自身の意志でISに乗る選択をさせる。それが彼に与えられた仕事だった。

 

「君には今、『後悔』しないための賢い選択をする能力はない。それを判断するための情報が致命的に不足しているからだ。未来のことは誰にもわからない。……今君が選べるとすればそれは、『最後の後悔』をどこでしたいかだ。大切の人の隣か、遠くの日常の中か。酷なことだがそれを今、選ぶんだ」

 

 ロジャーは何かを取り出して机の上に置いた。ごん、と重い音がする。

 伊奈帆の携帯と、一丁のマカロフ。伊奈帆の手の届く距離までその二つを滑らせる。

 それから何か合図をしてアジア人二人を部屋から追い出した。

 

「我々は君の選択を尊重する。純粋な君の意志に依る選択を聞きたい。不満だろうが私にはこれが限界ということを理解してほしい」

 

 パン!

 パッ!

 

 木の机に楕円状の穴が二つ開いた。

 

「実弾。本物の銃は初めて見た」

 

 伊奈帆は腕と肩に残る痺れの感覚を記憶しながら、尋ねる。

 

「訊こう。このままあなたを撃たずに退出することも出来るのか」

 

「ああ。信じるか否かも含め、全て君の意思にゆだねられている」

 

 

 短い沈黙ののち、伊奈帆は答える。

 あっけない幕切れだったかもしれない。

 

「いいだろう。もう少し話を聞こう」

 

 

 




次の話からようやくIS学園編。
某主人公もちょっとだけ登場します。

白騎士事件捏造はアンチ・ヘイト
IS二次創作スレにもそう書いてある。
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