散々だった授業をなんとか乗り切った、放課後。
俺は学生寮の廊下を歩いていた。
「はぁ……。初日からこれじゃあ先が思いやられるな」
一度、手もとに目を落として山田先生から渡されたメモを確認する。
「1025、1025……。おっと、この部屋だな」
ドアノブに手をかけると鍵がかかっていたので、メモと一緒に渡された鍵で開ける。
(あれ? 電気がついてるのか)
「えっとお邪魔します……。おおっ!」
部屋の内装は思っていたよりずっと立派だった。
二人部屋の寮室と聞いたときはよくある古びた学生寮を想像したけれど、全然違った。
まるで高級ホテルだ。
けれども、電気がついているからいるだろうと思っていた同居人の姿が見当たらない。
パーテーションの向こう側とかか?
そんなことを考えながらベッドの奥を覗こうとしていたとき、後ろから水が流れる音が聞こえた。
なんだ、トイレか。
そう思い振り返って―― これから共に暮らす同居人の姿を認識した時、俺は固まってしまった。
結果、先に挨拶したのは、彼の方だった。
「やっぱり君が同室か。僕は界塚伊奈帆。初めまして、織斑一夏」
そこに立っていたのは、俺と同じようにIS学園の制服を着た、一人の男子生徒だった。
少し幼い顔立ちをした、日本人の少年。背も俺より低い。
制服には改造を加えているのか、上着の襟や裾が俺のものよりだいぶコンパクトに収まっている。
(……男子だ)
そうだ。すっかり忘れていたけどIS学園には俺のほかにもう一人、男子生徒が入学したんだ。
(いや、女子だったらどうすんだよ。考えがなさすぎだろ、俺。……疲れているんだから、これは仕方ないな、うん)
そんなことを考えていたせいで、俺は静かに差し出されたそいつの手に気付けなかった。
「……大丈夫だよ。ちゃんと洗った」
「あっ! わるい、そうじゃなくてだな。……これからよろしくな、界塚」
握手を交わす。
女の園に男二人。
なんだか、すごく勇気づけられた気がした。
「勇気ある行動をしたよ、君は」
俺が今日の昼間、セシリアとクラス代表の座をかけて決闘することになったことを話したときの界塚の反応が、これだった。
ちなみに三組は揉めることなく界塚がクラス代表に決定したらしい。
(……皮肉だよな? まさか本気で言ってるわけじゃないと思うけど、真顔でいわれると反応に困るというか……)
ひょっとして呆れられてるのか? もしかして、第一印象で馬鹿だと思われたかもしれない!
「それで勝算はあるのか」
しかし俺の心配をよそに、界塚は真面目に相談に乗ってくれた。
(内心どう思ってるかわからないけど……。表情筋がもうちょっと仕事してくれたらいいんだけどなぁ)
まあ、物は相談だ。正直に話そう。
「いや。正直言ってなんにもわからん。代表……候補生って、そんなに強いのか?」
セシリアは『エリート中のエリート』と名乗っていたけど、あんましその強さの想像がつかない。
千冬姉がわざとISの存在から俺を遠ざけていたせいもあってか、どうやら俺のISに関する知識は一般人のそれより欠如しているらしい。
俺の質問に、界塚は答えた。
「強い。僕たち同年代の中で頭一つ抜けた実力を持つのは間違いない」
「……マジかぁ」
気が重くなる。
なんかこう、薄々気づいてはいた事実なんだけど人の口から聞くとより事態が重くなったような気がしてくる。
界塚の無表情&低いトーンで宣告されるとショックも
「後悔、しているのか」
「いや。あそこまで自分の育ってきた国を馬鹿にされたんだ。あれで黙っているなんて、男じゃねえ!」
他所の国の人の中には、日本人を馬鹿にしている人がいるという話は知っていた。俺自身、十年前のあの日、自らの正体を失う大人たちの姿に失望してたかもしれない。
けど、それとこれとは話が別だ。
確かに勝ち目の薄い勝負に挑むなんて、他人から見れば賢い選択ではないのかもしれない。
だけどあの時あいつに言い返したことを後悔するつもりは無い! 勿論、これから逃げ出すこともだ!
「だったら問題ない。勝ち目はある」
「作戦でもあるのか!?」
界塚は空中にディスプレイを映し出すと、それを俺が見やすい向きに変えた。
「ひとまず一夏の理解が怪しい国家代表候補生の説明から始める。それでいい?」
「そっからか……。ああ、頼むよ」
俺としては作戦の方が気になったけど、話の腰を折るのも悪いので授業の予習だと思ってありがたく聞くことにした。
「君の知っている通り国家代表候補生は文字通り、国家代表操縦者の候補者として選出された学生だ」
「おう」
そこまではセシリアからも聞いた。
、
「でも国家代表操縦者は一国あたり一名から三名なのに対して学生を含めた代表候補は十人、二十人はざらにいる。最も多い中国では百人以上が候補として選ばれているくらいだ。トップエリートと言え、あくまでも『候補』でしかない」
「おおっ!!……いやちょっとまて。少しおかしくないか」
ISに絶対必要なISコアは世界に467個しかない。
セシリアは自分用の専用機を持っていると言っていたけれど、コアの数と比べて候補生の人数が圧倒的に多いような……。
そもそも人口十億人以上の中国で100人って、とんでもなくトップ集団だと思われるのだが。
「ISコアは貴重だから、代表候補の中でも特別な操縦者にしか与えられない。数のことは心配しなくていい」
「いや冷静に言わないでくれよ! セシリア専用機持ちだぞ!」
「そこに君の勝機がある。……これがセシリア・オルコットの専用機『ブルー・ティアーズ』」
ディスプレイにISの動画となにかのデータを示す画面が表示される。
動画には青いISを纏ったセシリアが空を飛ぶ姿が映っていた。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。兵法の基本。
しかし俺は、せっかく得られそうな相手の情報から、目を逸らしてしまった。
「見ないのか?」
「……実は子供のころから剣道の手合わせとかで、事前に相手の得意な技とか調べるのが苦手でさ。みんなやってることでそれが卑怯だとかは思わないけど、俺には合わないから」
「見といた方がいい」
「甘い考えだっていうのは分かってるんだ。勝負は試合より前から始まっているってことも」
なに言い訳してんだろうな俺は。せっかくアドバイスしてくれてるのに、無碍にするようなことまで言って。
「それでも見るべきだ。一夏、これは君の意地だけの問題じゃない。きっかけはどうあれ、これはクラス代表を決める一年一組の問題だ。慣れないやり方だとしても、総合的に判断してそれがベストなら皆のために選択するしかない。これからの学園生活を考えるなら尚更のこと―― 状況は、待ってはくれない」
「……わかった。見せてくれ、界塚」
「伊奈帆でいい。僕も一夏と呼んでるのに、一方的なのは好きじゃない。それと失礼なことを言って悪かった」
「いや、伊奈帆の言う通りだ。俺は、俺が誰と戦おうとしているのか、どんな世界で戦おうとしているのか、もっと考えなくちゃなんなかったんだ。……ありがとな、伊奈帆」
セシリアの動画はイギリス政府が撮影、公表したものだった。アラスカ条約により求められているISに関する技術、情報の開示を目的とした動画らしい。
PR映像も兼ねているそれには、セシリアのISの全てではないものの、決闘の準備には十分な情報が映っている。
「『ブルー・ティアーズ』、遠距離狙撃型のIS、か。……今さらだけどISの動きってすごく速い。よくカメラが追いつくな」
「ISの試合の撮影には軍事技術を流用した専用の特殊機材が使われている。僕が注目してほしいのはイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵装『ブルー・ティアーズ』。ほら、これだ」
一時停止した画面の中で伊奈帆が指し示したのは、セシリアのISの周囲を飛び交うフィン状の蒼いパーツ。オールレンジ攻撃を可能とする無線誘導兵器らしい。
IS『ブルー・ティアーズ』の特殊兵装『ブルー・ティアーズ』。ちょっとややこしくて混乱を招きそうだけど、この『ブルー・ティアーズ』を搭載した第一号機だから『ブルー・ティアーズ』は『ブルー・ティアーズ』という名前らしい。確かに理屈はあってる。
伊奈帆の話は続く。
「IS、ブルー・ティアーズの操縦者にはIS適性とは別にBT適性という
「誰でも使えるわけじゃないのか?」
「うん。それにBT適性はIS適性より希少性が高い。セシリア・オルコットは被験者のうち最も優れたBT適性の持ち主としてブルー・ティアーズの専属操縦者に選ばれた経緯がある。つまりは純粋な操縦技能で選ばれたのではないということ。逆説的に言うのであればBT適性の価値がそれだけ高いということだけど――」
「そいつさえ攻略できれば、勝機が見えてくるってことか」
「正解」
成程な。これは俺にとって朗報かもしれない。
「わかった。……なあ。ここから俺一人でセシリアの研究をしてみたいんだ。ここまで手伝ってもらっておいてなんだけど」
「止めないよ。今までやってこなかったならきっといい練習になると思う」
それからも伊奈帆といろんな話をした。
趣味のことやよく聞く音楽のこと、中学にいた面白い先生のことなんかを。
伊奈帆のことは最初は物静かなヤツだと思っていたけど、話してみると案外面白い。
感情や考えが表情から読みづらいだけで、俺と変わらない普通の男子高校生だ。
それともう一つ発見。
お互いのことを話している中でこいつも俺と同じ、家族が姉一人ということに気が付いた。
だけど、俺はそこを掘り下げようとは思わなかった。
今日はもう遅い。この時間から互いのたった一人の家族のことまで踏み込んだら、きっと寝不足になる。
俺たちはそれを本能的に察知していた。
その話は、また次回ということで。
「話は変わるけど、一夏に尋ねておきたいことがあるんだ。少しいいかな?」
「なんだよあらたまって。俺に答えられることだったら何でもいいぞ」
たぶん真面目な話だ。
伊奈帆の表情もさっきまでよりなんとなく固い気がする。
「この女性と面識はあるか?」
再びモニターを見せてくる伊奈帆。
映っていたのは俺たちと年が同じくらいの一人の少女だった。
美しいプラチナブロンドの髪を後ろで結い前へ垂らした、どこか儚げで可愛らしい女の子。
セシリアとはまたベクトルの違う、おしとやか系のお嬢様タイプだろうか。
「……いや。見覚えはないなぁ」
アドバイスのお礼になればと思い、必死に思い出そうとしてみたが記憶にはなかった。
俺の周囲にはあまりいない類の
「そうか。ありがとう」
伊奈帆の質問はそれだけだった。
なぜ伊奈帆が俺にこの少女を知っているか聞いたのか、その意図は分からない。
でも、知らないものはどうしようもない。
俺は思っていたほど大層な質問じゃなかったな、と思いながら、気がつけばその少女のことを頭の隅へと追いやっていた。
あまり一人称と三人称をまぜると混乱するかな? という不安もありますが、今後もちょいちょい一人称での描写を使いたいと思っています。
原作キャラへのSEKKYOUはアンチ・ヘイト。
二次創作スレにもそう書いてある。