I/S ( IS×アルドノア・ゼロ)   作:嫌いじゃない人

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第五話  夢に見る

 僕は立ったまま彼女の話を聞いていた。

 案内された部屋には僕のための肘掛椅子が用意されていたけれど、座れという指示は受けていない。

 なので、椅子の背に軽く手を掛けるだけで済ませている。

 

「――成程。それが貴方のISの、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)ですか」

 

「はい」

 

 答えた少女はテーブルの上のカップに手を伸ばす。が、それが冷めきっていることに気付くと申し訳なさそうに腕を下した。

 

「……私にはわかりません。なぜこのような力が私のISに与えられてしまったのか。この子は人を、宇宙の果てなき世界へ導くために生み出されたはずなんです。それなのに……!」

 

 確かに彼女の単一仕様能力(ワンオフ)が持つ二つの能力は、そのどちらも宇宙進出を目的として開発されたISには役立たないだろう。

 しかし単一仕様能力とは操縦者とISの相性が最高の状態へ達したときに発現するIS固有の特殊能力であるが、発現する能力が何によって決定されるのかは未だ判明していない。

 操縦者が潜在的に望む力だという説もあれば、篠ノ之博士がコアごとに予め設定しているという説もある。

 

 その疑問が、彼女を苛んでいるようだった。

 

「私は考えてしまうのです。もしかすると、この力は私の醜い欲望から生まれてきたものではないかと。誰かの生を歪め、(あまつさ)(おとし)めるような――」

 

「違います」

 

 言葉は意識する前に口から出ていた。

「それは思いあがりです。貴方がこれから使おうとしている能力は、人に新たな選択肢を与えることしか出来ない。それを選ぶかどうかの裁量すら貴方は持ち得ない。決めるのは、僕です」

 

 僕の発言に彼女は一瞬だけ呆けたような顔をして、それから笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます。伊奈帆さん。あなたはとても優しい男性なのですね」

 

「事実を言ったまでです」

 

「それでも、礼を言わせてください。……それと、こんな愚痴に付き合わせてしまってごめんなさい」

 

「いつも、こうなんですか」

 

 愚痴の内容が内容だ。自分に対して文句を言われたと誤解し気分を害する人がいたとしてもおかしくはない。

 

「ち、違います! その、最近友人とも会えていないせいか、年の近い伊奈帆さんとお話して気が抜けてしまったのでしょうか、つい失礼なことを……。えっと男性の方とは初めてなので、もしかしたらそれで緊張しているかもしれません」

 

「そうですか」

 

 もしかしたら彼女はあまり自由な身の上ではないのかもしれない。

 なにせ、使い方次第では世界のパワーバランスを崩し得るほどの能力だ。

 国際IS委員会の理事の中でも、その存在を知るものは稀だと聞いている。

 仮に彼女の単一仕様能力の情報がどこかからか漏れ出せば、世界中の国家や企業が彼女の力を求めるだろう。

 命を狙われる蓋然性も高い。

 

「……僕でよろしければ、話を聞くことぐらいはできます」

 

「あら? 話し相手になってくれるのではないのですね」

 

「それは、まあ……」

 

「ふふっ。やはりあなたは優しい人です。……でも、今日はもうおしまいですね。あの、またお会いできますか?」

 

「予定が合えば」

 

「……それでは、始めます。椅子に座ってください」

 

 言われた通り椅子に座る。

 それを命じた彼女は一度深呼吸をし、それから真剣な面持ちとなった。覚悟を決めたのであろうか、先ほどまでの歳相応の雰囲気から一変し、厳粛な空気を身に纏っている。

 

 

「最後に、今一度お聞きします。――力を欲しますか?」

 

「はい」

 

「何のために?」

 

「具体的な目的があるわけじゃない。貴方の言う『力』を求めたのは、僕なりの俯瞰的視点に基づいた総合的な判断によるものです」

 

「……その判断の中から、しいて一つを上げるとすれば……」

 

「大切な人の傍にいたいから、だと思います」

 

「つまり『大切な人の傍にいるために力が欲しい』、ということですね」

 

「はい」

 

「いいでしょう。私が力を授けるに足る、素敵な願いだと思います。……では少しの間、この目隠しをしていてください」

 

 そう言って差し出された少女の手の上には、白く綺麗なハンカチが一枚。

 それで目を隠せということなのだろうが。

 

「それは断ります」

 

「そんな! ひどいです!」

 

 もはや厳粛な空気は何処へやら。

 先のやり取りで既に怪しくなっていた彼女の威厳は、完全に剥がれ落ちてしまっていた。

 拒絶されることを全く想定してなかったらしい彼女は、頬を染めながら狼狽え始める。

 

「は、初めてなんですよ私! 見られながらなんて絶対に無理です!」

 

「……前例はあると聞きましたが」

 

「男性の方は別です! うう、まさかこんな日が来るなんて……。わかりました。目隠しは結構ですから、せめて目はしっかり閉じていてください」

 

「すいません。貴方を信頼していないわけではないのですが、そこまで無防備になることには抵抗があります」

 

 僕はあの男から『IS適性を付与するための処置』としか聞かされていない。薬品や外科手術の必要はないと理解していても、具体的な方法の説明がない以上は視覚を制限されるのは避けてほしかった。

 

 少女は赤くなりながら俯くと、自分に言い聞かせるようになにかブツブツと呟き始める。

 

「ううぅ……! これは儀式。これは儀式です」

 

「……わかりました」

 

 思い返せば、先ほどから彼女は僕の立場に十分な理解を示してくれていた。

 僕も彼女の気持ちに対して理解を示すべきだ。

 

「貴方に、全てを委ねます」

 

「……はいっ!」

 

 目を閉じる。

 視覚からの情報が遮断されたことにより、他の五感――特に聴覚と触覚が鋭敏になるのを自覚する。

 

 再び深呼吸の後、少女は『儀式』へと掛かる。

 

「それでは、いきます。私がいいと言うまできちんと目を閉じていてください」

 

 その言葉の直後だった。

 

 肌を撫でる大気が一変した、そう錯覚するほどに部屋の中の雰囲気が変わっていく。

 数分前のような人一人の気配に由来する微かな変化ではない。

 圧倒的な力の一片に触れようとするかのような未知の感覚の中で、僕は彼女の呟くような声を聴いた。

 

 

「―― 『資格のあるもの』、アセイラム・V・アリューシアの名に於いて――」

 

 

 彼女の指がそっと僕の両の頬に触れ、顔を持ち上げる。

 

 そこでようやく僕は彼女の不思議な振舞いの理由を悟った。散々警戒していた自分の愚かさも。

 

 成程。たとえ儀式と割り切っていても、初心な少女が忌避感を抱くのは仕方ない。

 しかし目を閉じるというシチュエーションは何ら状況を改善させていないということに、彼女は気づいていないのだろうか?

 そう思ったが、今さら呼び止めるべきかを判断する時間は無かった。

 

 

 柔らかな吐息の気配が、ゆっくりと近づいている。

 

 

 

 ―― 単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)《Harmonious》発動 ――

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、悪い伊奈帆。起こしちまったか?」

 

 界塚伊奈帆はベッドの上で目を覚ました。

 周囲を見渡して、ここが昨日入寮したIS学園の学生寮であることを認識する。

 部屋ではルームメイトの一夏がすでに制服に着替えて支度を終えていた。

 

 伊奈帆は時刻を確認する。

 朝食をとる時間を考えても朝のホームルームにはだいぶ余裕がある。

 

「おはよう一夏。ずいぶん早いね」

 

「おう、おはようさん。いつもは朝のトレーニングとかストレッチとかするんだけどさ、今日は寮登校初日だし時間には余裕を持ってこうと思って。伊奈帆にも声かけようかと思ったんだけど、目覚ましもかけてないみたいだったから起こしていいものか迷ってたんだよ」

 

「お気遣いどうも。気遣いついでに三分待ってくれ。僕も一緒に行く」

 

「もちろんOKだ」

 

 

 

 食堂に着いた一夏と伊奈帆は食堂にいた女子たちから注目されながら、その列に並んだ。

 IS学園の朝食はビュッフェ形式になっている。

 二人はそれぞれ和食、洋食メインでメニューを組み立てていった。

 

「朝から結構食べるんだね」

 

「そのぶん夕食は軽めに済ませてるからな。ところで伊奈帆、今日ほんとは何時に起きるつもりだったんだ? 目覚まし時計くらいかけとかないと、さすがにマズいぜ」

 

「いつも自然に目が覚めるからアラームを使う習慣がなくて」

 

「へぇ~。すごいな」

 

「でも今朝は少し遅れた」

 

「まあ、それはしょうがないだろう。昨日は入学初日だったんだから、誰だってへとへとになるまで疲れるよ」

 

「……疲れというより、夢見かな」

 

「おっと、こんなところに味噌汁があったのか……えっとどっか空いてる席あるか?」

 

 プレートに朝食を載せた一夏が座れる席を探そうと食堂を見渡す。と、一斉に女子が動いた。

 ガタガタと音を立てながら自分たちの隣に二人分のスペースを空けているのだ。

 

(みんななにを慌ててるんだ? まだ時間もだいぶ早いのに……おっ! あそこに座ってるのは――)

「おーい! 箒!」

 

 一夏は壁際の席に一人座っていた幼なじみを見つけて声をかけた。

 

「……なんだ、一夏か」

 

 箒はさも今気づいたかのような、つっけんどんな態度をとるが、一夏が食堂に入ってきた段階で周囲は騒めいていたのだから彼女の反応は明らかに不自然だった。

 

 しかしそれに気付かないのが一夏クオリティー。

 幼なじみの刺々しい雰囲気に臆すことなく接していく。

 

「なんだとはなんだ。朝から失礼な奴だな」

 

「……ふんっ!」

 

「そうだ。箒ここ空いてるなら座ってもいいか? っと伊奈帆、相席でも構わないか」

 

「構わないよ」

 

「なっ! 男二人で勝手に決めるな!」

 

「もしかして誰かと待ち合わせしてるのか? だったら退散するぜ」

 

「いや、その、そういうわけではないが……」

 

「ならいいだろ。食堂も混んできたし、詰めて利用しないとな」

 

 一夏に言い包められた箒は渋々と横にずれる。二人はその空いたスペースに座った。

 丸形のテーブルを挟んで箒と伊奈帆が向かい合い、一夏がその間に挟まっている形になる。

 初対面の二人を、真ん中に座っている一夏が執り成した。

 

「紹介するよ伊奈帆。こいつは俺の幼なじみで剣術の同門の篠ノ之箒。小学校一年生の時に剣道場に通うことになってから、四年生の時まで同じクラスだったんだ。……それと、こいつが界塚伊奈帆。三組にいるほうの男子で、俺と同室に住んでる」

 

「よろしく篠ノ之箒」

 

「ああ。よろしく、界塚。……一夏がなにか不埒な真似をしたらすぐ私に言うのだぞ。叩き直してくれるからな」

 

「なんでだよ!!」

 

 

 

 それから三人は食事に手を付けながら話をした。

 朝のホームルームまではまだ時間はあるし食堂もあまり混んでいないようなので、ものを食べたまま喋ったりせずにゆっくりと会話は進んでいく。 

 

「ところでだ、一夏。昨日取り決めた決闘の準備はどうなっている? お前のことだ、どうせ――」

 

「うん? ISのことなら伊奈帆に教わることになったぞ」

 

「同じ一年なんだ。教えられることはそう多くないよ」

 

「でもあの電話帳みたいな参考書、ばっちりマスターしてたじゃないか。それだけでもすごいぜ。俺、アレ読んでるだけでどうにも頭が痛くなる気がして」

 

「っ! ……いや! 理論だけではダメだ!」

 

 突然、箒が力強く主張する。

 その主張は一夏も思っていたことだが、座学以外の対策案が出ていないのにも訳がある。

 

「それは俺も思ってたんだけどなぁ。新年度始まってしばらくは、訓練機の貸し出しは上級生の方が優先されるらしいんだ」

 

 昨日のうちに伊奈帆が調べてくれたことだが、休暇中にISの操縦感覚を忘れてしまわないための措置として規定されているらしい。

 おそらく一夏が頼めば譲ってくれる先輩方もいるだろうが、その理由を聞いた一夏としてはあまり大きな借りを作るような真似はしたくなかったのだ。

 

「だから一夏は甘い。そもそもISが無いからとなにもできないという考えが軟弱なのだ」

 

「でもな箒。素人の俺が言うのもなんだけど、実物を知ってるのとそうじゃないのとでは全然違うだろ」

 

 

 

「それだったら、僕が協力できると思うな」

 

「へ?」

 

 

 突然、プレートを持って歩いていた女の子が三人の会話に入ってくる。

 一夏は彼女に見覚えがあった。しかし一夏が声をかける前に、箒が噛みついてしまう。

 

「なんだ貴様はいきなり! 誰か知らんが人の会話に割り込むなど失礼だぞ!」

 

 一夏が慌てて箒を止めた。

 

「箒、クラスメイトだって! お前の方が失礼だぞ」

 

「あはは。いや、今のは急に声をかけた僕の方が悪いよ」

 

 しかし少女は箒の尖った態度に荒波を立てず、笑いながら受け流してくれた。

 優しくて気配り上手、人付き合いの上手そうな少女だ。そのスキルを箒にも少しわけて欲しいと、一夏は思った。

 

「えっと君の名前は確か……」

 

「シャルロット。シャルロット・デュノアだよ。もし三人が良ければ、一緒に座っていいかな?」

 

「伊奈帆、箒、いいよな?」

 

「いいよ。知り合いが増えるのは大歓迎だ」

 

「ふん! 一夏は知らない女の味方をするのだな。勝手にしろ!」

 

 伊奈帆が詰めて空いたスペースに、シャルロットが座った。

 持ってきた朝食はパンケーキプレートだ。

 

 一夏は彼女に聞く。

 

「なあシャルロット。さっき言ってたことって、ほんとか?」

 

「うん。だって僕も専用機持ちだからね」

 

「えっ! そうなのか!」

 

「あはは。一応自己紹介の時にフランスの代表候補だって言ってたんだけど、織斑君はそれどころじゃなかったみたいだね」

 

「うっ! ……すまん。でも、だったらなんでクラス代表を選ぶときに立候補しなかったんだ? セシリアみたいに」

 

「僕もクラスのみんなと一緒、一組の代表は一夏でいいと思ってるんだ。だから勝ってもらわないと、一夏が代表にならなきゃ僕が辞退した意味がなくなっちゃうよ」

 

 いきなりプレッシャーをかけられた一夏は驚いた。

 自分の知らない間にそんな期待がかかっているなんて思ってもいなかったのだ。

 

「ええ……。急にそんなこと言われても」

 

「言ったろ一夏、これはクラスの問題だって」

 

「ええい!!」

 

 急に箒が立ち上がる。

 見れば食器はすでに空になっていて、食後のお茶も飲み終えたようだった。

 箒が急いで食べていた様子もなかったが、三人の中で一番先に座っていたのだから何もおかしなことはない。

 

「とにかく、一夏は今日の放課後、剣道場に来い! 腕が鈍っていないか確かめさせてもらう!」

 

「ISと剣道がどう関係あるんだよ?」

 

「問答無用だ!!」

 

 言うだけ言って、箒は自分の食器を片付けに向かった。

 

 

「ご馳走様。とてもおいしかったです」

「はいどうもありがとねー」

 

 

 残された一夏は箒が不機嫌になった理由がわからず固まっていた。

 

「箒の奴、一体なにがしたいんだ……?」

 

「もしかして僕が怒らせちゃったかな?」

 

 シャルロットがしょんぼりしている。

 

 自分が話に割り込んだせいで、グループの一人が抜けてしまったと思ったらしい。

 

 一夏が慌ててフォローする。

 

「いや。シャルロットは悪くないって。俺たちが声かけた時からなんだか機嫌悪かったし」

 

「一夏。さっき篠ノ之箒としていた約束、僕も同伴していいかな」

 

「あっ、剣道場の話? 僕も行ってみたいな! ……篠ノ之さんが良ければだけど」

 

「おう! いいぜ。ぜひ来てくれよ」

 

 一夏は喜んで承諾した。

 正直、あのテンションの箒と二人きりになると手加減というものを忘れられそうでおっかなかった。

 

 パンパン!

 手を叩く音がした。

 次いで凛とした女性の声が食堂に響き、生徒の注目を集める。

 

「いつまで食べている! 食事は迅速に、効率よく取れ! ……そこの生徒、箸に不慣れならフォークを使え。もたもたするな!」

 

「千冬姉!? どうして学生寮に……」

 

「私は一年の寮長だ。遅刻したらグラウンドを十周させるぞ。これは寮長として下す罰だ。私のクラスに遅れたものは教師としても罰してやるから心しておけ!」

 

 その言葉に食堂にいた全員が急いで食事を掻きこみ始めた。確かにここまで言われたら誰だって慌てるだろう。

 

「伊奈帆もシャルロットも、急いで食べないと……」

 

「いいよ。食事にスピードは求めてない。慌てるような時間でもないし」

 

「ごめん一夏。僕もう食べ終わっちゃたから先に行ってるね」

 

「お、おう」

 

 マイペースな伊奈帆と、案外ちゃっかり者のシャルロット。

 どちらに合わせるべきか一瞬迷ったが、一組の授業に遅れるわけにいかない一夏は急いで朝食を済ませていった。

 

 四人の中で伊奈帆が最後まで残った。

 

 

 鶴の一声によって食堂にいた大勢の生徒がいなくなった後、伊奈帆に声をかける女性がいた。

 

「……友人は先に行ったみたいだぞ。急がなくていいのか」

 

 その友人を追い払った人物、織斑千冬だ。

 これが普通の女子生徒ならキャーキャーと黄色い悲鳴が飛ぶものなのだが、伊奈帆は相変わらずのテンションを保っている。

 

「チャイムの十五分前に着席できるようには気をつけています。それに食堂に残っている人数から考えても、僕の行動はそこまで孤立したものではないかと」

 

 伊奈帆の言う通り、食堂にはまだ何人かの生徒がいる。

 しかし彼女たちは少し遅れて食堂に来たために、千冬の言葉を聞いていなかった子達だ。

 伊奈帆のように千冬の言葉を聞いた後でのんびりと食事をとっている訳ではない。

 

「まったく……あいつに聞いていた通りだ」

 

 千冬はため息をつく。

 

「姉貴に何を吹き込まれたんですか?」

 

「信じられないようなエピソードばかりを、な。だが、今のお前を見るにあながち嘘でもないらしい。……あと、あれは通常授業の初日から遅刻しないようにという私なりの心遣いだ。あまり無碍にしてくれるな」

 

「はい」

 

 伊奈帆はスクランブルエッグを食べた。

 

 

 

 

 放課後、剣道場に来ていた伊奈帆とシャルロットは剣道場の端に座って剣道の試合を見学していた。

 伊奈帆は携帯端末のカメラで試合を撮っている。

 試合をしているのは、もちろん一夏と箒だ。

 

「せっ!」

「やっ!」

 

 鋭い掛け声が飛び交い、時たま竹刀と防具の触れる音が響く。

 

「やああっ!!」

「ぐあっ!」

 

 力強い気合と共に振り下ろされた一本。

 吹き飛ばされたのは一夏の方だった。

 

「……どういうことだ」

 

「いや。どうって言われても……」

 

 一夏は面を取り肩で息をしながら、板張りの床にへたり込んでしまっている。

 

「どうしてそこまで弱くなっているんだ! 中学三年間、お前はいったい何をしていたんだ!」

 

「バイトして家計の足しに――」

 

「部活はどうした! 剣道部じゃないのか!?」

 

「帰宅部。三年間、皆勤賞だぜ」

 

「っ! ……軟弱だぞ一夏! 男なら武道と労働の両立くらいして見せろ! 無論、学問もだ!!」

 

「んな無茶な!」

 

「無茶などあるものか! 鍛えなおしてくれる!!」

 

 威勢よく竹刀を構えなおす箒を見た一夏は、頭蓋骨を割られるわけにはいかんと大慌てで面をかぶりなおした。

「やあああっ!!」

 

 

「ねえ織斑くんってさ、結構弱い?」

「あんなんで本当にIS動かせるのかな?」

 

 

 噂を聞きつけて道場に見学に来ていた他の生徒の言葉には、ほんの少しだけ織斑千冬の弟に対する失望のようなものが漏れ出ている。

 言われている本人がそれどころではないのが、ある意味幸いだろう。

 

 しかし二人の試合を一番近くで観ていたシャルロットの意見は、彼女たちとはある種、逆の視点に立っていた。

 

「一夏は弱くないよ。動きも、太刀筋だって悪くない。……箒が、強すぎるんだ」

 

 シャルロットだって代表候補生に選ばれた直後から、自分の身と専用機を守るために軍の特殊部隊で護身術を仕込まれた。

 実際に大の男の軍人と渡り合えるだけの実力もあるし、学んだことの中には長物と対峙した際の対処法もあった。

 

 しかし竹刀を持った篠ノ之箒を相手にその格闘術が通用するイメージが湧かない。

 対等な条件としてこちらが竹刀を持てたとしても怪しいだろう。

 

 箒の剣術は、代表候補性が舌を巻く程のものだった。

 

「篠ノ之箒は中学の時、剣道の全国大会で優勝している」

 

「えっ!?」

 

 伊奈帆はネットから拾ってきた新聞の記事をシャルロットに見せる。

 

「……篠ノ之、箒の名前は見当たらないけど」

 

「この頃の彼女はまだ重要人物保護プログラムが適用されていたから偽名で通っていた。だから名前で検索しても該当項目は表示されない。例えば当時のスポーツ雑誌でも、彼女の実力は高校部門はおろか男子の部でも優勝を狙える、とまで語られているけど篠ノ之箒の名前は何処にもないんだ。……この記事の通りなら一夏が負けるのも仕方がないことかな」

 

「ふ~ん。そうなんだ」

 

 箒の実力と伊奈帆の情報収集能力に感心しながら、シャルロットはさっきから気になっていたことを尋ねた。

 

「ところで、伊奈帆はどうして防具を着けているのかな?」

 

 シャルロットの言う通り、伊奈帆は袴を着て剣道用の防具を着けていた。面までしっかり用意している。

 

「ここまでの有段者と手合わせできる機会はあまり無いし、せっかくだから」

 

「えぇ……、唐突すぎない?」

 

 

「はああぁ!!」

「がっ!?」

 

 三度、道場の床に倒れる一夏。

 倒した箒は、息一つ乱していない。

 

 伊奈帆は手を挙げながら、道場の中央へ進み出る。

 

 

「次、お願いします」

 

「む、界塚か。……一夏はへばってしまった様だし、いいだろう! 相手をしてやる!」

 

 剣道全国大会で優勝した少女と、経歴上は剣道未経験の少年の試合。

 

「無茶だと思うけどなぁ……」

 

 カメラを手渡されたシャルロットは伊奈帆を見送りながら、誰にも聞こえないように呟いた。

 

 




更新が新しい順の検索結果で、どんどん埋もれていく……ちょっと恐怖。
みんな、執筆速いなぁ。
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