SAO異聞 ~curiosity player~   作:コーメイ

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「では、これから光輝君は他のテスター達と一緒にプレイしてくれ」

「了解ですよ、茅場さん」

「千人のテスターとは別枠で君を入れている。だからすまないが、他のプレイヤーとは……」

「はい、あまり接触しないようにしますよ」

「すまないな」

 GW最終日、茅場からの話を受けた光輝は、アーガスの開発室に週に数度通って、モーションキャプチャ等のデータ収集を手伝っていた。

 色々と無理難題を持ちかけてくる事もあった。槍や薙刀はともかく、西洋剣である刺突剣(エストック)細剣(レイピア)直剣(ソード)曲刀(シミター)、サーベル等の扱った事もないような物を渡され、「よろしく」と言われたり。「次はこれで八~九連撃を頼む」とにこやかに告げられたり。「今度はこっちで、何か見映えする技を」と丸投げされたり。

 だが、光輝は茅場と共に開発していく事を楽しんでいた。茅場もまた、能力が高く、ある程度の無茶振りにも応えてくれる光輝を好ましく思っており、二人は年の離れた友人のような関係となっていた。

 そして二〇二二年七月一日、今日から二か月間、ついにSAOのβテストが開始される。

 

 ――ここが、アインクラッドか。

 仮想空間に降り立ち、光輝は辺りを見回しながら思う。開発室から何度かαテスト中にダイブした事があったが、βテストとなるとやはり作り込みが違う。

 一緒に仕事をしていると、意外にお茶目な事をしてくるSAO開発陣だが、やはり大手企業と言うべきか。優秀な人達だったようだ。だからと言って、俺にいたずらを頻繁に仕掛けるのは勘弁して欲しいけど。茅場さんは見て笑ってるだけだし。

 等と徐々にずれていく思考をそのままに、光輝は人の少ない方へと迷いなく進んでいく。

 βテスト期間中の彼の仕事は、実際にダイブして色々な武器を使用する事や、クエスト進行におかしな点が無いかのチェックだ。その為、GM権限に近いスペックを最初から持っている。茅場から、他のテスターとの接触を控えるように言われているのもこの為だ。

 主街区を離れ、迷宮区へと歩いていく。初日でここまで来れる人は居ないだろう。そう考えて、光輝は眼前で戦闘態勢を取るコボルドに向かって口を開く。

「じゃ、まずは片手直剣から試させて貰うか」

 コボルドからの返事は、咆哮であった。右手に持つ棍棒を振り下ろしてくるがサイドステップで躱し、まずは横薙ぎに一閃。その後も躱しては斬り、弾いては斬り、とカウンター主体でソードスキルを使わず、コボルドの体力を削っていく。

 コボルドのHPゲージが半分を切ったのを確認し、光輝は一度大きく距離を取る。狙いは相手のスキルディレイ。思惑通り、コボルドは単発の重攻撃スキルを放ってくるが、体勢も十分の光輝には当たらない。スキル後の硬直をしているコボルドに対し、光輝は片手用直剣スキル、《スラント》のモーションを取る。後はシステムに合わせ、身体を動かすだけだった。

 青い光に包まれ、彼の持つ剣が素早く動いてコボルドの身体を両断する。半分弱ほど残っていたHPゲージを全損させ、コボルドはポリゴン片へと散っていった。

「高威力長ディレイのスキルか、低威力無ディレイの通常攻撃か、か。良く出来てる」

 面倒臭そうに呟き、装備を入れ替えながら迷宮区の奥へ進んでいく。

 道中、色々な武器やスキルを試しながらコボルドを屠っていると、いつの間にかボスの居る部屋の前である安全地帯まで来ていた。どうするか、悩んだのは一瞬だった。右手を振ってメニューを呼び出し、装備を整え……ようとして手を止める。メニューに表示されている時刻が、彼がダイブし始めて五時間程経っている事を示していたからだ。

 光輝は今日のボス討伐を諦め、ログアウトする事にした。

 

 仮想空間から現実へと戻ってくる時の感覚に未だに慣れないながらも、光輝はナーブギアを外し辺りを見回す。

「おかえり、光輝君。アインクラッドはどうだったかね?」

 ログアウトの信号を察知したのか、茅場が光輝の元へとやってくる。

「とりあえず、一層のボス部屋の前まで進んできました。ソードスキル主体でゴリ押しか、通常攻撃主体で堅実に行くか。良いバランスだと思いますよ」

「ふむ」

 相槌を打つ茅場に、光輝は苦笑しながら続ける。

「あと、武器の種類ありすぎですって。僕が色々やらされた以上のがアイテム欄にあって、一通り試したらこんな時間ですよ」

「そこはまぁ、私らのこだわりと開発陣の情熱の賜物だね」

 なんでも無いかの様に茅場は流す。

「で、どれ(・・)をエクストラにして、どれ(・・)をユニークにするんです? 《二刀流》とか《抜刀術》、《無限槍》なんかはチート臭いんですけど」

「ああ、そうか。光輝君はGMに近い権限を持っているアカウントを使っているから、知らなくても仕方ない。今光輝君が言った三つは、全てユニークに設定してあるよ。流石にβテストでその辺りを解放したりはしないがね」

「成程。聞いておいて良かったですよ、人前で使ったら洒落にならないですもん」

「すまない、伝えるのを忘れていた。あとは《神聖剣》や《暗黒剣》、《手裏剣術》と言った、全部で十一(・・)のユニークスキルを予定しているよ」

「当初の予定より一個増えたんですね。とりあえず了解です。チート臭いのは、なるべく人前で使わないようにします。使う時はアクティベートしてない(・・・・)階層に限定すれば、大丈夫ですよね?」

「うむ、それでよろしく頼むとしよう」

 二人して、悪戯を思いついたかの様にニヤリと笑う。

 光輝の仕事は、所謂デバッガーのようなものであり、特殊なアカウントを使っている為、現状で実装されている全てのソードスキルを使う事が出来る。と言うよりむしろ、全てを使うように指示されていると言って良い。それゆえ、熟練度が上がってから使えるようなスキルや、使用条件が特殊な武器はなるべく人目につかせたくない。

 そこで彼らは、解放されていない階層でそれを使う事にした。ボスを倒しても、上層へ上がるポータルを一般解放せずに、自分だけが行き来する手段だ。

「すまないね、MMOなのにソロ狩りを強要してしまって」

 なので、茅場は再度光輝に詫びる。大規模()多人数型()オンライン()の醍醐味とも言える、PTでの共同狩りを制限しているからだ。

「いえ、これも必要な事でしょうし、大丈夫ですよ。周りを気にせずに色々できる、ってメリットもありますし。それに、結構なバイト代も貰ってますしね」

 冗談めかして言う光輝に、茅場は微笑し礼を言う。

「ふっ、ありがとう。ところでもう夜も遅い。食事でもどうかね? ご馳走するよ」

「え? あ! もうこんな時間なんですか。えっと、はい、ご馳走になります。ちょっと母に連絡してきますね」

 茅場と夕食を取る旨を瑛梨香に電話し、連絡が遅いと怒られつつも承諾を貰う。その日の夕食は茅場の奢りで、高級イタリアンに舌鼓を打った光輝は、帰宅後。待っていたのに帰りが遅いと明日奈に怒られ、機嫌を直してもらうのに苦労したのであった。

 

 

 七月も半ばを過ぎ、クローズドβ開始から二週間。光輝は二層の辺境の村で、所謂『お使いクエスト』をこなしていた。

 テスター達はデスペナ覚悟の死に覚えで攻略を進め、今日にも二層のボス討伐のレイドを組むようだったが、光輝は既に五層に到達している。学期末テストも終わり、夏休みも間近に迫って時間に余裕がある。ソードスキルの検証もある程度の目処が着いたので、ここらでクエスト関連をチェックしようと考えたからだ。

 村をあちこち歩かされ、時には近くの森でMOB(ザコ敵)を倒してドロップ品を集め、また村人の長話を聞かされる。中々手間のかかるクエストをようやく終わらせ、光輝は村の中央にある大樹の木陰で一息ついていた。

「おヨ? こんなトコに既にプレイヤーが居たのカ」

 特徴のある口調で声を掛けられ、光輝は素直に驚いた。

「あ、ああ。君もプレイヤーか。こんな辺鄙な所まで良く来たな」

「オレっちよりも早く着いていた君が言うカ? ……にしても、初めて見る顔ダナ。なんて名前なんダ?」

 ――ちょっとまずい奴に捕まったかもしれない。表情には出さないものの、光輝は内心で少し焦っていた。

「人に名前を尋ねるなら、まずは自分から名乗るってのが礼儀だろう?」

 冗談めかして言う間に、どう切り抜けるか考えだす。

「ム、それもそうダナ。オレっちはアルゴ。情報屋のアルゴってモンダ。まァ、情報屋は始めたばっかりだけどナ」

 やっぱり、まずい奴に変わりないようだ。よりにもよって情報屋とは。適当に誤魔化すか。

「ご丁寧にどうも。俺は……Brilliant《ブリリアント》だ」

 咄嗟に自分の名前の英語読みを答えてしまった。ログアウトしたら、この名前に変えて貰わないといけないな。今の名前なんてArgus01だから、アーガスの関係者臭がプンプンするし。やべっ、名前被りあったらどうしよう。等と光輝が考えていると、アルゴが光輝の横に腰を降ろし、独特の口調でブツブツと呟いていた。

「うーン。ブリっち……しっくり来なイ。リリたん……男だしナァ」

「何を呟いている?」

「うん? ああ、君のあだ名を考えていたんダヨ。でもイマイチしっくり来ないんだよナ。ブリリアント……ムー、いっそ日本語にしてみるカ?」

 前半を光輝に答え、後半はまた思考に耽っているアルゴを見て、光輝は思わず帰りたくなる。が、ここで逃げると嫌な予感がする。さて、どうする……やっぱ逃げ――

「ヨシ、君はコーキんダ」

 決意を固めかけた瞬間、アルゴの言葉に出鼻を挫かれる。

「はい?」

 思わず間の抜けた返事をしてしまう光輝に、アルゴは爽やかな笑みを浮かべて言う。

「ダカラ、君のあだ名だヨ。ブリリアントだと合わせにくいから、和訳して光輝。そのあだ名でコーキんにしてみたヨ」

「お、おう」

 数ある和訳から一発でリアルネームを当ててられ、光輝は勢いで返事を返した。思考回路が似ているのだろうか、と若干ショックも受けている。

「コーキん、オレっちはさっきも言ったように情報屋をやってルンダ。クエストの情報トカ、MOBの生態とかの売買だナ。そこでコーキんに聞きたいんダ。ここで受けられるクエストの内容に手順、報酬。そして――」

 スッとアルゴの目が細められる。

「――君が何故こんな判りにくい場所にいるのカ」

 肉食獣を思わすアルゴの目に、光輝はポーカーフェイスを崩さないながらも、背中に嫌な汗を掻いている様な気がした。

 

「なるほド、フィールドのマッピングをしてたのカ。確かに広いからナ」

「ああ、隠しダンジョンとか探すの好きだし、色んな景色も見れるからな。ダンジョンよりも、フィールドのマッピングの方が好きなんだ。二層のマッピングはここで最後だった。制覇したぞ」

「ほんとカッ?! コーキんは凄いナ。オレっちにそのマップデータを売ってくれないカ?」

 フィールドを歩くのは好きだが、実は制覇などしていない。最初からマッピングされているだけだ。が、それは言えない。

 アルゴを誤魔化す為の言い訳を考える為、光輝は久しぶりに思考速度のギアをかなり上げたおかげで疲れ切っていた。

 だが、どうやら休憩は許されないようだ。光輝の持つマップデータは、隠しダンジョンや辺境の村が網羅されている。渡すのはかなり拙い。キーとなるフラグクエストの達成を条件に、解放されるダンジョンもある。だがそのフラグクエストは達成されていない。

 ――どう断ろうか。

「悪いが、それは出来ない。マッピングこそ終わったものの、クエスト関連はまだ手つかずなんだ。フラグクエストと、隠しダンジョンがある可能性がある。ここまで来たからには、どうせなら完璧にしたいんだ。すまないが……」

「ムム、確かにそうダナ。気持ちは判ル。ケド、コーキんは全部の階層をそうやるつもりカ? なら、オレっちと組んで――」

「いや、全部の階層って訳でもないよ。レベル上げもしないといけないし。今回はレベリング(レベル上げ)の暇潰しも兼ねてるからね」

「そうカー。なら仕方ないカ」

 少し寂しそうにアルゴは答える。なんとか誤魔化す事が出来たようで、光輝は安堵した。もちろんそれをアルゴに悟らせるようなヘマはしない。

 ここらで目線をズラすかな、そう考えてアルゴに一つ提案する。

「ただ上げないってだけじゃ味気ないな。んー。お詫びと言ってはなんだけど、君にこの層で取得できるエクストラスキルに関するクエストのヒントをあげるよ」

「なんだトッ?!」

 目を輝かせて身を乗り出してくるアルゴに人差し指を立てて、ただし、と光輝は付け加える。

「条件つきだ。一つ、君は女性アバターだから、受けるのはオススメしない。どこぞの男を引っ掛けて生贄にすると良い。一つ、その際、そいつに恨まれても文句は言わない事。一つ、ソロ専用のクエストだが、過酷だ。あまり広めるのも遠慮して欲しい」

「わかっタ」

「即答だな……ここからでも見える、あの高い岩山を登ってみると良いよ」

 そう言って苦笑する光輝に、アルゴは好奇心を刺激される。

「そのクエストは――」

「修行クエストになるのかな? これ以上は言いたくない、後は見てのお楽しみってね。繰り返すけど、君自身が受けるのはオススメしないよ」

「相当苦労したッポイナ」

 確かにそのクエストを受ければ苦労するだろう。受ければ、だ。既にそのスキルが登録されてある光輝には関係ないが、怪しまれない為にまた一つ苦笑を返しておく。

「さて、俺はそろそろ落ちるよ。やる事あるしね。またどこかで、お嬢さん」

 アルゴの返事を聞かずにログアウトし、光輝はアーガス本社のダイブ室で目を覚ます。

 自身の事情から、できれば余り関わりたくないな、等と考えながら、名前変更の為に茅場の元に向かう光輝だった。

 

 

 二〇二二年、八月八日。SAOのβテスト開始から、一か月と一週間が経った。

 夏休みに入り、学生のテスター達のログイン時間が増加した為、攻略速度が上がったようで現在は六層のボスを攻略中らしい。

 光輝もアルバイトの為、アーガスへ向かう電車の中だった。音楽プレイヤーからお気に入りの曲を流し、冷房の効いた空いている車内で、窓から流れる景色を何気なく眺めていると、じっとこちらを見ている女性に気がついた。

 金褐色の短い巻き毛に、クリッとした大きな目。どこかで見た事あるような容姿だ。既視感かな、と考えているとその女性とバッチリ目が合う。慌てて目を逸らすのも失礼かと思い、ゆっくりと視線をずらし、また車窓へと目を向ける。

 と、女性が席を立ち、光輝の方へと歩いてくる。光輝の目の前で立ち止まったので、光輝はイヤホンを外し、女性を見上げる。

「すこし良いですカ?」

 このイントネーションは聞き覚えがあった。

「あー、っと。アルゴ……さんでしょうか?」

「やっぱりコーキんカっ!」

 そう言ってアルゴは目を輝かせて、光輝の隣に座る。その時点で光輝は音楽を聴くのを諦めた。プレイヤーの停止スイッチを押し、鞄にイヤホンをしまいながら返事をする。

「そうです、偶然ですね」

 無難な返事をする光輝に、アルゴは嬉しさ半分、悔しさ半分といった微妙な表情で話しかける。

「そうだナー。SAO(アッチ)でも偶然、リアルでも偶然にオネーサンと出会ったんダ、もっと嬉しそうな表情(カオ)をしたらドウダ?」

「いや、世間は狭いなーと。それとも、お会いできて光栄です、お嬢さん。と言った方が良いですか?」

 茶化して答える光輝に、アルゴは楽しそうな笑顔を向ける。

「ハハッ、お嬢さんカ。オネーサンにそんな風に言うのは、コーキんくらいだヨ」

「それにしても、アバターいじって無かったんですね。どこかで見た事あると思いました」

「それを言うならコーキんもじゃないカ。オネーサンびっくりしたゾ」

 そう言ってマジマジと光輝の顔を見つめるアルゴは続ける。

「イヤァ、アバターだからカッコ良くしてるのかと思ったら、一〇〇パーセント天然素材とはネ。これは予想外だったヨ」

「僕も、正直ネカマだと思ってましたよ」

 若干苦笑いで光輝は返事をすると、大げさにアルゴは悲しそうな顔をした。

「意外とヒドイんだナ。そんなにSっ気があるのもオネーサン予想外だったヨ」

 対する光輝は冗談だとわかっているのか、余裕そうな表情で応える。

「いや、だってそうでしょう。西洋系の顔立ちの美人なんですから。自前だなんて想像も付きませんでしたよ」

 息をするように自然と褒めるのは、光輝が幼い頃の多感な時期に英国で育った弊害かもしれない。モデル体型で顔も整っている光輝が、そんな事を言った結果。

「そ、そうカ。オネーサンは美人カ。オセジでも嬉しいヨ」

 顔を真っ赤にしたアルゴが出来上がった。案外純情なのかもしれない。

「ところで、海外出身だと思うんですが、どちらの出身なんですか?」

「アメリカだヨ。ニューメキシコのサンタフェ生まれなんダ」

「そうなんですね。クイーンズイングリッシュで良ければ、そっちで話しましょうか?」

 光輝のその提案に、アルゴは目を丸くする。

UK(英国)育ちなのカ。ありがたいケド、日本語を覚えたいカラ、このままで良いゾ」

「三年ほどウェールズに居ました。だからちょっと訛ってますけどね」

 そう言って笑う光輝に、アルゴは思わず見蕩れる。

 ――顔ヨシ、体型もヨシで日本語と英語が喋れル。コイツはひょっとしてかなりの優良物件なんじゃないカ?

 そんなアルゴの思惑を知ってか知らずか、光輝は続ける。

「サンタフェですかー、一度は行ってみたいですね」

「そ、そうなのカ?!」

「ええ、ダウンタウンの歴史地区や、チャコ文化の歴史公園は見てみたいですから」

「お、おウ」

 無意識に上げて落とす光輝であった。

「ところで、二層のクエストはどうなったんです?」

 光輝の質問にアルゴは思わず頬を引き攣らせる。

「あー、その、なんて言うカ……」

 言いよどんだアルゴに、光輝は嫌な予感を覚える。

「もしかして、自分で受けたんですか?」

「好奇心に負けてナ。ハハッ……」

 ガックリと肩を落としたアルゴに、光輝は掛ける言葉に迷う。

「えーっと。その、凄い苦労したでしょう」

「ウン、オネーサン物凄ク後悔したヨ。おかげで《鼠のアルゴ》って二つ名が付いて、キャラは立ったんだケドナ」

「クリアしてないんですか……」

 遠い目をするアルゴの気を紛らわすかの様に、光輝は話題を変える事にしたのだった。

 

 

 アルゴと別れ、光輝はアーガスの前まで来ていた。ジーンズのポケットの中にある、光輝の携帯端末にはアルゴのアドレスが入っている。

 アルゴから「βテストが終わったらオフ会したいカラ」と交換を請われ、「楽しみにしてますよ」と気軽に笑顔で教えるあたり、天然ジゴロの素質は十分の光輝である。

 受付嬢の挨拶に笑顔を返し、通い慣れた道を進む。アーガスに通い出して、およそ三か月強。顔見知りもかなり増えた為、声を掛けられる事が多い。

 女性社員からの流し目をサラリと受け流し、夕食への誘いは丁重に断りながらSAO開発室に進む。

 今日は久々に、ダイブせずにモーションキャプチャでデータ収集をするそうだ。

「こんにちはー。牧村光輝です。茅場さん、来ましたよー」

「こんにちは、光輝君。相変わらず時間通りだね。では、今日もよろしく頼む」

 茅場や他の開発陣の指示に従って、光輝は既に手馴れた様子で様々な武器を模した物を片手に、身体を動かしていく。

 相変わらずの無茶振りのおかげで、光輝のバトル漫画や格闘ゲームの知識は増える一方の今日この頃だ。漫画の技を実際に再現しろ、と言われたのも一度や二度じゃないからだった。

 形だけは綺麗に動せれば、あとはゲーム内のシステムアシストにお任せできるので助かっているのだが。

 今日のノルマもある程度終わらせ、微糖の缶コーヒーを片手に光輝は休憩をしていた。もう片方の手には、明治時代の剣客の浪漫譚を描いた漫画が開かれている。維新志士時代に人斬り抜刀斎と呼ばれた男が、不殺を誓い様々な敵役と戦っていく、九十年代に流行ったバトル漫画だ。

 そこに、茅場がやってきて光輝に声を掛ける。

「お疲れさま。ちょっと良いかね?」

「あ、茅場さん。お疲れ様です。大丈夫ですよ」

 光輝は答えながら、流し見ていた漫画を脇に置く。

「光輝君は、SAOが正式サービスが開始されたらプレイするかい?」

「勿論ですよ! ……って言っても、製品版を入手できれば、ですけどね」

 予想外の質問に、光輝は思わず力強く即答を返す。突然の要請、慣れないバイトだったが、彼はSAOの魅力を十分に堪能したのだ。一般人とはいささか違う方法だったが、他人よりも出来る事は多かった。むしろ感謝していたぐらいだ。

 既に光輝は、レベル一から、ステータスも初期値から開始される、製品版を手に入れた時の序盤のロードマップも検討し始めている。

 ファンタジー然とした風景や様々な武器、異形の怪物等の、ゲームとしての楽しさだけでなく、光輝が通う古流剣術道場でも、SAOは有用になり得る可能性も高い。自身の反応速度が、僅かだが上がっているような気がしているのだ。

「そう、か……。光輝君、一度君が習っている佐木の剣舞をキャプチャしないかね?」

 対する茅場は一瞬だけ、少し苦いような表情をした。が、それもすぐに消し、普段の鉄面皮を取り戻して言う。

「一刀一扇術ですか? 構いませんが……ソードスキルに無いですよね」

 茅場の表情に疑問を覚えたものの、茅場の提案が突拍子もない事だった為、光輝はその疑問を後回しにした。

「良く良く考えたら、君が普段やっている剣術は見た事が無かったからね。一度見てみたいんだ。どうせならモーションキャプチャも使って、何かの参考にしてみるのも良いだろう」

「成る程、確かにそうですね。了解です」

 そう言って光輝は缶コーヒーを飲み干し、近くのゴミ箱へ捨てる為に立ち上がる。

「鉄扇は用意できないが、普通の扇子でも剣舞では問題ないだろう?」

 同じく立ち上がった茅場の問いかけに、光輝は首肯を返して、一つ大きく伸びをした。

「コジローさんから、唯一褒められてるのが剣舞ですから、期待しといて下さい」

「では、大いに期待するとしよう。佐木氏も認めると言う、その腕前をね」

 不敵にニヤリと口元を吊り上げる光輝に対し、茅場はプレッシャーを増すような発言でやり返す。仲のいい二人だった。

 

「お疲れ様。見事だったよ」

 提案を受け、剣舞を披露した光輝へ向けて茅場が言った言葉は、率直な賞賛だった。

 基礎を疎かにしない光輝の剣舞は、美しいの一言だ。淀みのない滑らかな動きで、時に力強く時にしなやかに舞う。若い身空ながら、師範である佐木虎次郎をして、「俺並み」と言わしめるその実力に、茅場は舌を巻く。

「有難うございます。これは結構自信あったんですよね」

 光輝はその賞賛を素直に受け取りつつ、袖で額の汗を拭った。

 他の開発陣の人たちからも、口々に凄かった、等の声が掛かる。光輝は思わず天狗になりそうな自身を戒めるが、褒められるのはやはり嬉しい。口元が緩んでいる。

 パンパンッ、と二つ手拍子を打ち、光輝を囲んでいた開発陣の注目を集め、茅場は言う。

「良い時間だし、今日はこれくらいにしよう。光輝君、有難う。また宜しく頼むよ」

「はい、こちらこそ。それではお疲れ様です、失礼しますね」

 一礼し去っていく光輝を見送り、茅場は開発陣にも告げた。

「差し当たって、切羽詰まっている案件も無い。今日は皆、久々に定時で上がろうか」

 その発言に一同は盛り上がった。

 SAO開発が軌道に乗ってからしばらくの間、開発陣は皆遅くまで残って仕事をしていたからだ。

 勿論、開発陣は皆、情熱を持ってSAOを開発している。アーガスは大手企業である為、休日や残業手当の制度はしっかりしているし、予定がある場合は早く帰れる事もある。

 だが、やはり早く帰りたい時もあるのが人間だ。

 苦には思わなくても、疲労は溜まるものだ。同僚の残業を尻目に自分だけ、というのも帰り辛いものがある。

 なので一同はこの提案に飛びついた。早々と帰り支度を済ませ、「室長、お先に失礼します」と退社していく者。談話室で仲の良い同僚と、何処に飲みに行くかを検討しだす者。妻に「今から帰るよ」と連絡を取る者。喫煙室にて一服しながら、降って湧いたような余暇をどう使うか考える者。「今ならまだ間に合うかも、光輝君を食事に誘おう!」と息巻く者に、「抜け駆けはずるい」とそれを止める者。

 彼ら彼女らを眺めながら、茅場は深く腰を下ろし大きく息を吐いて思考に耽る。

 光輝の正式サービスもプレイすると言う発言は茅場の予想通りだったが、受けたショックは予想以上だった。思っていたよりも、光輝の事を気に入っているらしかった。

 幼い頃よりの夢である、真の異世界の実現。それに八つほども年下の友人を巻き込んで良いのか、という葛藤が生まれてしまう。

 茅場が決断した時には、長くなった日もすっかりと落ちていた。社員が消したのであろう、節電の為か室内の証明は半分ほど落とされている。

 茅場は無糖の缶コーヒーを購入し、それを飲みながらキーボードを高速でタイピングしていく。何かに追われるように。何かから逃れるように。

 

 

 

 薄暗くなった室内で、眼前にあるディスプレイが、茅場の顔を青白く照らしていた。

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