何年か前にあった秘密の集まりに、あの男はたしかにいた。
秘書を名乗っていて毎回部屋の片隅に待機していたらしい。
それを俺が知らないのは暗い室内で人の位置が確認できなかったためだ。
そして何度目かの集まりの時
あの時は女秘書の格好をさせられていたと思う。
ベッドに寝かされ手を拘束された状態で、暗がりから伸びた老人たちの手にストッキングを裂かれていった。
連中は下半身の枯れた老人たちだから、俺に女装はさせても女のように突っ込むことはなかった。
それだけは救いだったと思う。
あんな老いぼれたちにまわされるなんて考えただけでゾッとする。
それでも枯れた老人たちは今まで様々な遊びを極めてきた男で、枯れていようが関係なくこちらを煽る手段を熟知している。
だから手や口だけで俺をイかせるなんて簡単なことだったんだろう。
裂かれたストッキングの中を手で探られ触られ煽られて、そんなことを一時間程続けられれば俺の意識なんて飛んじまう。
そうして俺が潰れれば老人たちは満足して帰っていく。それがいつものパターンだった。
けどその時は老人たちが帰っていく中で俺は意識を取り戻していた。
衣装は俺の出したもんでドロドロに汚れて、俺自身も動くことができない状態だった。
それでもなんとか帰らないとと思っていたところにあいつが来たんだった。
老人たちの誰かの秘書を名乗る若い男。仕立ての良いスーツを着て、俺に近づくと顔についた汚れをハンカチで拭き取ってくれた。
「お疲れ様です。後始末は僕がしますから、あなたは少し休んでいてください」
優しい声をかけられ頭を撫でられる。それだけでその男に好意を持つとか、そういうのはなかった。
ただ化け物みたいな老人しかいないはずの世界に、この男のような人間が存在した事に安堵したのは確かだった。
孤独で惨めな俺を人間扱いしてくれるヤツがいてくれた。それだけでかなり安堵したのを覚えてる。
だから男に頭を撫でられるのも嫌じゃなかった。
休むように言われるまま目を閉ざしたところで男に口許にキスされても黙認した。
というか、どうでも良かった。
それだけ精神的に疲弊していたんだと、今の俺は考えてる。
そうでなければ名前も知らない男にその身を全部預けるなんてできるはずがない。
そこで俺はまた意識を失い、目を覚ました時には元の服に着替えさせられ寝かされていた。
いつも通り『何もなかったかのように』片付けられている。
だから俺はあの男は夢の中の存在か何かかと、現実逃避のように思い込むことにした。
そして医大で遭遇した時も、声をかけられなかった事を理由にあの時の事を記憶の奥底にしまいこんだ。
月城さんが助けてくれて、集まりがなくなった時点で、俺も忘れるように努めた。
月城さんがあれを忘れるようにと言ったからだ。それに俺もそれが正しいと判断した。
けどそんな幻のような存在が、今になって戻ってくるなんて思いもしなかった。
そしてあいつが真琴にちょっかいを出しているなんてことも。
顔色が悪すぎるからと、マンションの部屋まで送ってくれた石黒に笑い話のように昔の話を垂れ流す。
石黒は後から聞くから今は休めと言うが、目が冴えちまってて眠れる気がしなかった。
「で、あいつは今も俺に興味があるらしい。笑えるよな」
……惨めすぎて。と言う言葉だけ飲み込んで、俺は苦笑いをこぼした。
話を黙って聞いていた石黒は、そんな俺の両肩をつかんでそのまま押し倒す。
「今の貴方は誰に組み敷かれても抵抗しない男ですか?」
「そんなことはねぇけど、石黒クンに押し倒される日が来るとはなぁ」
世の中変わったもんだ。そう笑うと石黒は慌てて俺から離れた。たぶんちっとも寝ない俺に業を煮やしただけなんだろう。石黒って、俺にだけ実力行使に出るとこあるし。
「俺は貴方がいつまでも起きているから……」
「わかってるよ。もう寝るから大丈夫だ。玄関の鍵は閉めたら真琴に渡しておいてくれ。あいつ合鍵持ってるから返しに来るだろ」
ここに来る気になればの話だけどなと自嘲の笑みをこぼす。そんな俺から顔を背けた石黒は、自分の眼鏡を押し上げた。
「鍵は預かっておきます。仕事を終えたらまた様子を見に来ますから」
早口にそうまくし立てた石黒はそのまま部屋を出ていった。
俺が垂れ流したのは、あの石黒を過保護にさせるほどヘビーな話だったのか?
それとも過保護にさせるほど、今の俺は酷い有り様なのか。
どちらとも判断つかない俺はとりあえずと今は寝ることにした。
この一週間、まともに寝てなかったからな。とりあえず睡眠時間を取り戻さねぇとどうにも頭が働かない。