光秀と三成が学会に出た日は俺も朝からバタバタとしていた。
土曜だったが緊急オペや急患もあり、政宗がいてくれたが、それでも夕方まで休憩が取れない有り様だった。
そうして陽が暮れた頃に来客がやってきた。
やっと取れた休憩を潰されるのはいい気分じゃないが、それがあの男なら話が変わる。
製薬会社の取締役という肩書きの男は、俺にとってはあまり馴染みのない相手だ。
ただ男と初めて会った時に信長から気を付けるようにと謎の注意を受けている。
もちろん何をどう気を付ければ良いのか、その時は知らなかった。
ただあの日はわりと冷静じゃなかったというか、最初は苛立っていた部分もあった。
俺の知らない若い頃の光秀はふざけて女装をするヤツだったのかと。光秀をそうさせられるのは俺だけだと思っていたから、なおさら腹立たしかった。
だがいざ本人に問いかけると、わずかに見えた怯えた気配に俺の頭の奥底がきゅっと冷え込んだ。
ああこれは若い頃のおふざけ写真の類ではないのかと、そう認識してしまった。
そこでやっと信長の言いたい事を理解した。
そして今日また現れた男は、学会で光秀と会ったことを教えてくれる。
「明紫波さんを諦められそうですか?」
「どうして諦める必要がある」
男はどう見ても俺より年上だろう。光秀より上かもしれない。それに社会的地位も経済力も、若い医師の俺よりもはるかに持っている。
それでも俺の中に、光秀を譲るという選択肢は存在しなかった。
「光秀は俺なんかが想像できないほどの努力を重ねて今の地位を築いてきた。そんな光秀だからこそ、俺はあいつを選んだんだ」
俺は回りくどい言い方なんてできないし、光秀のように目上への気遣いも礼儀もできない。
だからこそまっすぐな言葉を向けていた。
むしろこの男が俺の光秀を奪いに来ているのなら、礼儀なんて向ける必要はないだろう。
信長ではないが、遠慮することはないはずだ。
そうして相手を凝視していると、ややあって男はため息を吐き出した。
「君のような若い医師が明紫波さんに憧れてしまうのは仕方ないことだよ。でも明紫波さんを選ぶなんて、失礼な物言いじゃないかな」
「そっちは知らないだろうが、俺は俺の命を救う医師を探してフランスからこの月城医大へ来た。自分で自分の手術はできないからな。そして俺は、俺の命を託す相手に光秀を選んだ。そして光秀は俺のヒーローになってくれた。そこに失礼もなにもない」
我ながらたくさんしゃべっていると思う。このままだときっと今夜はもう誰ともしゃべりたくなくなるだろう。
だがこの男を黙らせるためならどれだけでもしゃべってやる。
「光秀は俺のヒーローで恋人だ。誰が何を言おうとそれは変わらない。そっちがあの写真で光秀を脅そうとするなら、俺も黙っていない」
実際のところただの外科医である俺にできることは少ない。それでも譲るつもりはないとはっきり告げる。
誰もいない医大の中庭で男はややあって遠くに目を向けた。
そして俺はちらりと施設の入り口を見る。
さっきから慶次と長政が握りこぶしを固めて様子をうかがってるんだが、今のところ出てくる気配はないらしい。
「君が明紫波さんと親しくなる前に捕まえてしまえば良かったね」
「あの元ヤンが簡単に捕まるタマだと思ってたら大間違いだぞ」
育ちが良いらしい男の言葉はのんきすぎて現実味を帯びない。対して育ちの良くない俺はキッパリと教えてやった。
「俺の光秀は、簡単に落とせる男じゃないからな」
男は立ち去る時まで笑顔を崩さなかった。むしろこれからもよろしくねと親しげな言葉を残している。
きっとああいうのをお坊っちゃん育ちというんだろう。
話を終えた俺は玄関で控えていた慶次たちの元へ向かった。
するとふたりだけでなく政宗と三成も控えていたらしい。
だが政宗たちよりも先に慶次が動く。
「告白されたんだよな? ちゃんと断ったか? 俺、明紫波さんにこの事黙っとくからな」
勘違いした上に興奮した様子の慶次に声をかけられた俺は驚きに目を丸める。
すると横から長政にタックル……じゃなく抱きつかれた。いろいろと痛い。
「真琴、困ったことがあったら相談に乗るからね」
どうやら長政も何か勘違いしているらしい。
だがどう説明したらいいのか俺もわからない。
ただ今は光秀に会いたくて仕方なかった。
ここ数日、俺は光秀から説明されるのを待っていた。
と言ってもあいつは学会の準備に忙しく俺の相手もままならない様子だった。
だから俺はおとなしく待っていてやったんだ。
だがもう待ちたくない。
「俺もう帰って良いか」
騒ぐ慶次と長政を無視して政宗に問いかける。
就業時刻は終わっているんだから、帰るのに問題はないはずだ。
すると政宗はいつもと変わらない笑顔を俺に向けてくれた。
「明紫波はすっかり疲れ果てているようだからな。様子を見てきてくれないか」
頼み込むような言葉を選んだのは、俺に気兼ねをさせないという政宗なりの優しさだろう。
そしてそんな政宗のそばにいた三成が鍵を差し出してきた。
「鍵を返しておいてくれますか」
「三成が返さなくていいのか?」
「俺はまだ仕事がありますから、面倒なことはしたくありません」
素っ気ない態度で鍵を押し付けて来た三成はそのまま立ち去ってしまう。
すると慶次が何かを思い出したように声をあげた。
「みっちゃんにおにぎり作ったんだった! 真琴またなー!」
慌てた様子の慶次は三成を追いかけ走っていく。
その様子を眺めていた俺は自然とおにぎりが食べたくなっていた。