暗い世界で無数の手に囲まれて捕まって引っ張られて衣類を破られる。
若い頃にそんな悪夢を何度か見た。
だいたい疲れた時の休み前なんかに見たが、記憶が薄れるとともに見なくなる。
けど今回は休み前でもそういうのを見なかった。
正確にはそんなものに囚われなくなったというべきか。
言っちまえば12万もするあの牛衣装を着せられて、バカみたいに遊ばれたせいでそんな余裕がなくなったんだわ
つーか乳の部分がそれぞれスイッチになってて尻尾の根本がそれに合わせて動くとかやりすぎだろ
無線か何か知らねぇけど、振動したりうねったりどれだけテクノロジー詰め込んでんだって話だ
それで何時間も罵倒したり喘いだり忙しすぎて、あの男のことすら忘れていたからな
けど、もしそういうことを真琴が計算してアレを俺に着せたなら惚れ直すわ
そんなことはさすがにあり得ないだろうけどな
いくら天才外科医様でもそこまでスーパーなヤツじゃないし、そもそもうちの真琴君は基本的にガキで天然で鈍感さんだ
けどいつだって一途で真剣に俺と向き合ってくれる最高の恋人なんだ
休み明けに出勤した俺は休憩室の前で浅日と出くわした。
つーか、休憩室から出てきた浅日が俺を見るなり不審者レベルで慌て始めたんだが、今度は何をやってんだ?
「あっ、あの……」
何か言いたそうな浅日の横を抜けて休憩室に入る。
すると室内に前木と緋田と豊白がいた。
入り口に背を向けた前木が熱心に豊白と緋田相手に話をしてるらしい。
「……だから、真琴があの御曹司さんに告白されたなんて問題だと思うんだ。明紫波さんただでさえ最近忙しいのに、そういうことで余計な負担をかけたくないっていうか」
どうやら前木は真剣に相談事をしてるらしい。
で、俺に気付いた豊白が楽しげな顔を俺に向ける。
「どーもー、お疲れさまですー」
豊白の挨拶に続いて前木の奇妙な悲鳴が飛んだ。
「あっああああああ明紫波さんお疲れ様です!!」
動揺しすぎな前木が身体をくの字に曲げて挨拶してくる。
そして緋田がいつもと変わらない生意気な目を向けてきた。
「例の製薬会社にはこっちで話をつけておいたから。もう真琴の邪魔はさせないよ」
緋田の言葉を聞いた俺は、そういえばこいつもあの頃には医大にいたかと思い出した。
あの頃はこいつもただの新人で俺もあんまり関わろうとしてなかった。
けど今回は俺の知らないところで緋田なりに動いていたらしい。
「礼は言わねぇぞ」
「明紫波の礼なんて最初から求めてないよ。僕は真琴の為にしただけだから」
そう言い放った緋田は不機嫌な顔でそっぽを向いた。その頃には何かを察したらしい前木が豊白に何の話なのかと問いかけている。
俺は前木が騒ぎだす前にと休憩室を後にした。
夜中に仕事を終えた俺は、資料室へ寄ったついでに研究室に立ち寄る。するといつもと変わらずPCを凝視する石黒がいた。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
俺が声をかけると返事はくれるんだが、石黒の視線はPCから離れない。
俺はそれも気にすることなく石黒の向かい側に座った。
息を吐き出しながら机に突っ伏す。疲れたわけじゃないが、最近ここに来るとなんか落ち着くんだわ。
そうして俺がだらけていると椅子のずれる音がした。石黒が立ち上がるかしたんだろう。
けど俺は気にすることをしなかった。
やがて俺のそばにいつもと同じカップが置かれる。頭を持ち上げた俺はつい笑いをこぼした。
すると目の前に座り直した石黒が眉を潜める。
「何がおかしいんですか?」
「最近のおまえ、わりと優しいよな」
「うるさいですよ」
石黒な問いかけに返すと素っ気ない言葉が返った。質問しておいてなんだよ。
「……前は何も出来ませんでしたからね」
コーヒーのカップに目を向けた俺の耳に小さな声が忍び込む。だからと石黒に目を向けたがあいつはPCに目を落としていた。
「なんか言ったか?」
「何も言ってません。それを飲んだら帰りなさい」
問い返した俺に向けられたのは刺々しい言葉だった。
まあ、そこが石黒っぽいっつーか。こいつも素直じゃないよなぁ。