あの日あの時あの場所で、   作:浮火兎

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 開けっ放しにしておいた自室の窓から、突拍子もない風が頬に水滴を叩きつけた。

 午後になり、朝からどんよりと陰りを見せていた雲たちが一斉に泣き出したのだ。

 港町であるル・ロンド唯一の宿屋を営んでいる我が家は、きっと雨宿りを求める客たちで大繁盛となるに違いない。

  読んでいた本をしまい、窓から身を乗り出して慌てふためく表通りを見た私は、そう核心した。

 両親は今頃、駆け込みの客相手にてんてこまいだろう。慌しい声が自分のいる二階にまで聞こえてくる。

 

(チャンスだ……!)

 

 今なら誰も部屋にはこまいと考えた私は早速行動を起こす。

 物音を立てないように、寝台横の棚からタオルの中に隠しておいた短剣をそっと取り出した。

 扉に背を向けてベッドに座り、利き手ではない方の腕をじっと見つめ、狙いを定める。

 刃を浅めに腕に添え、躊躇いなく力を入れてスライドさせる。チリっと熱い痛みが走ったが、この程度ならば無視できる。

 片手で器用に短剣をタオルにくるみ、元の場所に隠すと急いで傷口から溢れ出た血を拭う。

 ここで深呼吸をひとつ。目蓋を閉じ、意識を霊力野(ゲート)へと集中させる。

 

「母なる大地よ、今ここに神の奇跡を起こし、汝の傷を癒したまえ」

 

 呪文を詠唱すると、どこからか暖かい感覚を感じた。それを見失わないよう、意識を継続させながら自分の傷口が治るイメージを浮かばせる。

 

「ファーストエイド」

 

 精霊術、発動。傷口から日光の様な暖かさが伝わり、先ほどまでドクドクと流れ出ていた自分の血流が、急速に元に戻る。

 目を開け、傷が綺麗に消えてなくなっていることを確認。念のために傷のあった場所を触ってみるも、傷口が開くことはなかった。

 成功だ。私はふぅ、と張り詰めていた緊張を解すように息を吐きだした。

 

「さて、片づけ片づけ~」

 

 ちょうどいいタイミングで降り出した雨のおかげで、短剣に付着した血と腕についた血も、タオルを湿らせて拭うだけで済んだ。

 今日は調子がいい。たった一回で回復術が成功したのだから。

 

「ついでに、部屋でもできる攻撃系も試してみるか」

 

 何がいいかな、と考えながら周囲を見渡す。

 室内でも被害がでないもの、と考えながら、ふと視線が窓まで行き当たったところで思いつく。

 

(雨が降ってるんだから、多少部屋が濡れても雨のせいにできるかな)

 

 系統は水属性に決まった。あまり派手にならない術ということで、シャンパーニュを選択。

 

(この世界でも使えるのかどうかはわからないけど……それも込みでの実験ということで)

 

 よし!と気合を入れて、目を閉じ集中させる。

 規模は小さめを想定し、両の手を前に出し、受け皿のように構えて詠唱する。

 

「あどけなき水の戯れ……」

 

 初めての術ということで、全意識を詠唱に集中していた私は、その時近づいてきている者がいることに全く気づいていなかった。

 

「シャンパー……」

「なにしてるのレイア?」

「っヌぅ!?」

 

 接近者に肩を叩かれ、中途半端に術を発動させてしまった私は、驚き集中を乱してしまった。

 結果、手のひらにほんの少し具現化させるつもりであったシャンパーニュは、威力も出現させる場所も誤り――

 

「ぅわっ……!?」

「ぶっ……冷た……」

 

 見事、肩上に大きな噴水を作りあげてしまい、自ら術の威力を知ることとなってしまった。

 肩を叩かれた事により肩上あたりに出現位置をずらしてしまったせいで、どうやら背後に立っていた幼馴染もその余波を食らったらしい。

 噴水の大部分は私が被ったとはいえ、彼――幼馴染であるジュードも伸ばした右腕と上半身が水浸しである。

 

「レイア……」

「……すまん、ジュード」

 

 呆れたようにため息をつく彼に乾いたタオルを渡しながら、これから始まる説教の逃げ道を私は脳裏で懸命に探し回った。

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