寝ているとわかってはいるが一応ノックをして反応を待つ。案の定、返事は返ってこない。私は躊躇いなく中へと足を踏み入れた。
そこは玩具の類は見当たらない代わりに本棚の大きさが特徴的な、年相応とは言い難いシンプルに纏められた子供部屋。寝台ではジュードが天使の寝顔をして安らかな寝息を立てている。
ゲームで見た15歳の姿も充分可愛かったが、子供の今はそれ以上に犯罪者が沸きそうなほど可愛いです。そこいらの女の子なんか比べ物にならないね!
すやすやと眠っているところ非常に申し訳ないが、心を鬼にして私はジュードの耳元で起床を促す。
「起きてジュード。もう朝だよ」
「……」
むずがり、布団の中へと顔を隠す幼馴染に私はさらに追い討ちをかける。といっても、身体を軽くゆさぶる程度なのだが。
本音を言えば、このまま惰眠を貪らせてあげたい。なぜなら私がジュードの立場だとしたら間違いなく睡眠の邪魔をされたくないからだ。むしろ、誰だって寝ているときにちょっかい出されたくないよね。
だが彼はぐうたらな私と違って真面目であった。以前に一度、寝坊したジュードを起こさず待ち続けた時にものすごく怒られたことがある。「これからは絶対に起こしてよね!」と泣きながら念を押されてからはきちんと声をかけるようにしている。ジュードのレイアに対する説教癖ってこんな幼少時から始まってたのか、と身をもって体験しましたよ。将来が怖いなあ。
数回ゆすると、今度は薄っすらと目を開けて顔をこちらに傾けたジュードがゆっくりと口を開いた。
「……ぁれ…………れぃあ……?」
「そうだよ。風邪が治ったら海停に行く約束だったから迎えに来た」
目の前にいるのが私だと理解するのに数瞬間があったが、すぐにがばっと起き上がった彼は私の頭を掴みおでこへ自分の額を合わせた。
少々勢いがありすぎて、コツンどころかゴツンといい音がしたが、聞かなかったことにした。相手は寝起きだ、悪気はない……我慢我慢。
その体勢のまま、私も彼同様目を瞑って額に集中する。すると、額から僅かだが温かみを感じる。それは単なる熱ではなく、身体の芯へと浸透していくような、じんわりとした温もりだった。
それは一種の
彼は元々霊力野が狭く、大きな術が扱えない。回復系の術は他の術と違い、精密さや力の強さによって効果が大幅に変わるものだ。両親が医者故に自分もできることを、と望んだジュードが会得したのがこの治癒作用である。後に改良されて治癒功となる技の原点だ。ゲームのように手ではなく額を使用しているのは、霊力野が脳にあるため慣れない内はこちらの方がやり易いとのこと。それを解ってるからこそ、先程の衝撃からくるこの痛みについて怒ることなど私にはできない。でもこれ地味に痛いぞ……。
「ねつは……うん、ないね。もう歩き回っても平気?」
「大丈夫。念の為、あとで大先生に診てもらうし」
親子揃って心配性だなぁ。
なんとなく、くすぐったいような気持ちになり自然と口元が緩んだ。反対に幼馴染の方はといえば、私の反応にしかめっ面を浮かべている。そんな幼馴染が殊更かわいく見えて、嫌がられると分かっていつつ指で頬を突いた。
「……なに?」
「不満そうな顔してる」
「だって、いつも一緒にいるのはぼくの方なのに……」
悔しそうに呟いた彼を、私は腕の中に閉じ込めた。
彼の言いたい事はなんとなくだが察せる。その気持ちが、ジュードの優しさから来ているということも。
背中に手を回して、宥めるようにポンポンと手で叩く。首元に顔を埋めたジュードが、ポツリと呟いた。
「ぼくだって、レイアを助けたいよ」
この年のわりに大人びた思考を持ってしまったのは、偏に私に責任があるのだろう。けして大人たちは彼から子供らしさを奪おうなどとはしておらず、むしろ子供は子供同士で仲良く遊べばいいと考える親達だ。近所の同い年であり所詮、言うところの幼馴染みである私たちはお互いの両親が共働きなのもあり四六時中共に居る訳で。身体年齢は子供でも精神年齢は大人な私の影響を多大に受けた彼は、子供ながらに充分大人な思考を持つようになってしまったのだ。
「ジュードにはいつもたくさん助けてもらってるよ」
私は一度、ジュードの目の前で倒れた際に死の瀬戸際に瀕したことがある。パニックに陥ることもなく、緊急事態だとすぐに判断したジュードは両親の元へ走ってくれた。大人たちは純粋に彼を褒めたが、彼の両親だけは違った。片手にも足りない年の子供に応急手当の仕方、それも簡単なものではなく専門的なものを教え込んだのだ。
「お前が一番隣にいる分、レイアにもし何かあったら助けてあげられるのはお前しかいないんだ」
そう告げたディラック大先生の言葉にもジュードはすんなりと頷いた。今思い返せば、そこから彼の世話焼きは始まっていたのだろう。総じてみると、真面目な性格といえる。両親の資質を十分に受け継いだジュードは、応急手当だけでは満足できず本格的な医療についても知識を強請った。子供だから何もできない、そんなのは嫌だと主張した彼に与えられたのは医学書。この部屋に本棚が多いのはそのせいでもある。
常日頃から忙しい両親を見て育った彼は、端から教えてくれるなどと思っていなかったのか、医学書を貰うと独自に勉強を始めた。偉大な父親の背中を見て育った彼の求めるものは大きすぎる。子供には十分すぎるほどのものを持っていても、まだ足りないと駆け足で大人に登っていくジュードを見るのは辛い。それが私のためだと知っていても、彼が頑張っている姿を見る度に胸が痛む。
一度、「無理してそこまですることはない」とジュードに言ったことがある。その時に泣きながら激怒した彼が言った言葉が、「ぼくはレイアに死んでほしくない!」という衝撃的なものだった。この年で人の生き死にを理解している、そして受身のままでいず自ら行動までする精神の屈強さ。人の生死を目の当たりにする家業、私という存在、様々な因果によって彼の成長速度はありえないスピードを出していた。
さらに、彼は私の気持ちにまで気づいているのだろう。私が常日頃から感じる負い目にも、彼は責任を感じていた。
「だから、ありがとう」
言葉で報いることしかできない。ごめんね。その言葉は心のうちに隠して、私はジュードの手を引っ張り立ち上がる。
「さあ、遊びに行くんだろ? 早く朝ごはん食べておいで」
「うん! すぐに食べおわってじゅんびするから、待ってて!」
さて、私は今のうちに大先生のところに行って外出チェックをしてもらうか。
これで不可が出たら、ジュードをぬか喜びさせる結果になるんだよなあ。それだけは勘弁。
頼むぜマイボディ、今日はジュードのためにも絶好調でよろしく。
書き直したらよく分からないものになってしまった……。
本当はさらっとした感じだったんです。でも表面的な心象しかなかったので、ちょっと深く掘り下げたら訳の分からないことに……あるぇ?