オーバーロード 黒き触手   作:灰男

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捌話 交渉

 案内されて家に入ったウルは、椅子の一つに座る。

 村長とその妻が諸々の準備をしている間。ウルとアインズはひそひそと話し合っていた。

 

「……これからどうするんです?」

 

「……とりあえず、適当な理由をつけて様々な情報を聞き出したいと思っています――その適当な理由をつけるのが難しいんですけどね」

 

「どうします。ナザリックの代表者であるモモンガさんに一任してしまっていいですか?」

 

「良くないですよ……一人でこんな重要な場を任せられるだなんて、いくら慣れているとはいえ胃が溶けそうです。胃、無いけど」

 

「ですよね、僕も一人でやれって言われたら嫌だと返すところです……なら二人でやりますか?」

 

「それが良いかもしれませんね。ウルさんもサラリーマンだったんですし、大丈夫でしょう……大丈夫ですよね?」

 

「……果たして僕の矮小なボキャブラリーと貧弱な話術で乗り切れるかどうか」

 

「三人寄れば文殊の知恵とも言うらしいですし、二人寄れば、まぁなんとかはなるでしょう」

 

「……そうですね、じゃあ二人で頑張りますか」

 

 そうして二人のサラリーマン――今となっては『元』が付くが――が村長を相手に交渉を始めることになったのだった。

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

 向かいの席に村長が座る。後ろにはその妻が立っている。

 どちらもくたびれたような雰囲気を醸し出していた。日々の農作業で肌は日に焼け、体はがっしりとしている。

 そんなに老けているわけではないのだろうが、それでもかなり老けて見えた。騎士たちが様々な問題を起こし、これから起こりうる問題について憂えているのだろうか、かなり疲れているようであった。

 

「疲れているであろうところ、申し訳ありません」

 

「い、いえ……あなた様方は命の恩人ですから、断るわけには行きません」

 

 ウルのねぎらいに対して、村長が言う。しかしその顔には、やはり疲労の色が濃かった。

 

「どうぞ」

 

 みずぼらしい器が二つ、テーブルに置かれる。アインズと、ウルのもの。アルベドはアインズに命じられ村の中を散策しているので家には居なかった。

 ウルはそれを受け取ったが、アインズは片手を上げて断る。

 

「――彼には少しばかり事情がありまして。悪く思わないでいただけるとありがたいです」

 

「申し訳ない」

 

「と、とんでもないです。頭をお上げください」

 

 アインズが初めて見るのと同じく、ウルも、火打石で火を熾すという行動は初めて見た。

 そしてやはり同じように、湯を沸かすという行為の大変さを知ったのだった。

 アインズとウルは並んで頭を下げる。ウルのその姿に至っては、どう見ても取引先の重鎮に頭を下げているようであった。

 

 ウルは差し出された白湯に口を付ける。

 

「……うん」

 

 まろやかな湯であった。

 なんとも言いがたい味で、世辞で下手に何か言うのは意味が無いと、味について言及するのはやめる。

 

「――さて」

 

 ウルがテーブルに器を置くと共に、アインズが口を開く。

 作りの悪い椅子を軋ませながら、ウルは座りを直す。

 

「前置きは抜きにして、交渉を始めましょうか」

 

「はい。ですが、その前に……」

 

 早速口を開こうとしたアインズを遮り、村長が席から立ち上がって頭を下げる。

 

「ありがとうございました!」

 

 遅れてその妻も感謝を述べ頭を下げる。

 

「あなた様方が来て下さらなければ、村の皆が殺されておりました! 感謝致します!」

 

 ウルはそれを聞いて、充足を感じた。

 何かをして、報われたような気分。決して何か対価を求めて村の人々を助けたわけではないが、ウルは嬉しくなった。

 

「お顔を上げてください――」

 

 アインズが宥める。しかし村長は感謝の言葉を投げかけるのを止めなかった。

 そんな中、ウルはどのようにアプローチしていくか冷静に考える。

 情報。それがまず足りない。情報を得るための情報が必要であった。

 金を求めるのであれば、通貨の単位、相場などの情報がウルたちには一切無い。

 よって持ちかけられた金額が相場よりかなり高いものなのか、それともカモにされているのかもわからない。

 ファンタジーにはよく銅貨、銀貨、金貨という三段階の単位があるが、それは固定観念だ。それすらも分からない一から始めなければならない。もしかすると銅貨が一番価値が高い可能性だってある。

 まるで闇の中、手探りで針を探すようであった。

 

(最初はモモンガさんに任せてしまおうか)

 

 人間観察モードに入ったウルは、アインズの出方を注視する。

 

「――単刀直入に聞きます。幾らほどなら私たちに払えますか?」

 

「あなた様方に嘘などつきたくはありません。銅貨と銀貨を集めてどれほどになるかは分かりませんが、銅貨にして三〇〇〇枚ぐらいでしょうか、それが限界であり支払える金額です」

 

(――――――)

 

 先ほどの懸念が的中した。ウルは困ったように息を詰まらせる。

 村長の顔色に変化は無い。それは真剣そのものであり嘘をついている様子ではなかった。

 つまり提示した額は、村の修復、そして村人のこれからの生活に支障が出ない範囲で――やはりある程度の支障は出るだろうが――やはり限界であるということだ。

 この場合足りないのは『相場』というピース。しかしそれを見つけ出すもとい聞き出すのは難しそうであった。

 

 初めをモモンガさんに任せておいて良かった、とウルは思う。

 返ってきた答えは少し芳しくないものだったが、しかし先ほどの問いより効果的な質問をウルには考え付くことは出来なかっただろう。

 思考誘導とはこれほどまでにも難しいものだったかとウルは冷や汗をかく。

 

「細かい硬貨ですと持ち運びが困難ですので、出来ればもう少しまとめていただけませんか」

 

「申し訳ありません。金貨は、この村では基本的に使用する機会が無いもので……」

 

「ではこうしましょう。私がこの村のものを妥当な金額で買い上げるので、私が支払いに使用した硬貨を私に渡してくだされば良い」

 

 着実に相手の思考を――話の流れを誘導して行くアインズにウルは感心する。

 そして同時に、アインズがローブの下から金貨を二枚取り出すのが横目で見えた。鋭くなっている視覚が捉えたが、それぞれ新金貨と旧金貨である。ローブに収納機能など付いていなかったはずなのでアイテムボックスから取り出したのだろうとウルは推測する。

 しかし次の瞬間にアインズの手にあったのは新金貨のほうであった。

 

「これで買い物をしたいといった場合、どの程度のものをいただけますか?」

 

「こ、これは――!」

 

 金貨を見た瞬間、村長とその妻の目が見開かれる。ただ珍しいのか、それとも金銭的価値がかなり高いのか。

 かなり驚愕している様子で、断った上で、部屋の奥からあるものを持ち出す。

 

(なんだっけ。両替天秤? 電子天秤の原始的な奴だったっけ、今はもう博物館くらいでした見ることが無い奴)

 

 金貨を丸いものに当て大きさを測り、次に金貨を片側の皿に、もう片側に錘を乗せ重さを測る。

 夫人が二つ目の錘を載せたところで、金貨と錘がつりあった。

 

「――どれくらいの価値でしょうか」

 

 アインズと一瞬だけ目を合わせた後、ずっと黙っていたウルがようやく口を開いた。

 

「……交金貨二枚分くらいの重さですから……あ、あの、表面を少し削ってみても……」

 

「ば、お前――失礼なことを言うんじゃない!」

 

 怒る村長をウルは手を上げて諌める。

 

「大丈夫ですよ、夫人の気が済むまで確かめて頂いて結構です。しかし削ったり潰したりして中身が全て金だった場合は、その価値で買い取って頂くことになりますけど」

 

「い、いえ、申し訳ありません!」

 

「いえいえ。取引の際に疑ってかかるのは当然のことです」

 

 ニコニコと笑みながらウルが言う。

 まじまじと二人がその金貨を見ているのを見て、上手く会話を繋ぐ。

 

「――美術品のようでしょう?」

 

「え、あ……はい。本当に綺麗です。ちなみにどちらの国のものなんですか?」

 

「そうですね……遠い国です。今はもう無くなった国――亡国の金貨です」

 

「そう、なんですか……」

 

 アインズが少しだけ遠い目をしているのを村長は見、少し複雑なことを聞いたかと思う。

 

「……さて。その――コウ金貨二枚分の価値だそうですが、そこに芸術品としての価値は乗りませんか?」

 

「……確かに、そうかもしれませんが……いえ、本当に綺麗だとは思います。しかし私は鑑定家や商人ではありませんので、正しい価値をつけることは不可能です」

 

 当たり前のことであった。無理に価値を引き上げることは今は不必要であったので、少し失敗したかとウルは思う。

 

「ええ、そうですね。良く考えれば聞くべきことではありませんでした、申し訳ありません」

 

 タイを直しつつ、座りなおして咳払いをする。

 しばしの沈黙。ぬるくなりかけた白湯を乾いた口に一口含んでから、ウルは再度口を開いた。

 

「……それでは、この金貨で買い物をした場合、およそコウ金貨二枚相当になるということでよろしいですね?」

 

「も、もちろんです」

 

「……ふむ」

 

 顎に手をあて、それとなくアインズに視線を送るウル。

 やはりアインズが主体で進めたほうが良いだろう、自分は繋ぎ役として話したほうが良い。

 そういった思惑は、いくらかアインズに通じたようだ――バトンパスの時間である。

 

「……では、実はこの硬貨は数枚ありまして、どの程度の物資を売っていただけます? 当然――」

 

 張り詰めていた緊張の糸をほんの少しだけ緩め、気取られること無く、細く息を吐く。

 何か致命的な失敗を犯していないかどうか。しかし、それに関してはおそらく大丈夫だろう。途中でアインズに諌められたりしていないのだから。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様! ルタール・ウル様!」

 

 緩めていた緊張の糸がいっそう強く張り詰める。

 村長の顔色も声色も硬くなっており、迫力のある様子となっていた。

 

「……アインズで結構ですよ」

 

「こちらも、ルタールでもウルでも、どちらかで結構です」

 

 村長は少し首をかしげた後、話を続ける。

 

「……アインズ様、ウル様。御二方の仰りたいことは十分に理解しております」

 

 ウルにはアインズが小首を傾げているのが見えた。ウルもそれにつられるかのように小首をほんの少しかしげる。

 村長の言っていることの要点が上手く掴めない。口を挟まず、村長の言い分を傾聴することにしたウル。混乱しつつもポーカーフェイスは崩さなかった。

 

 

 

 アインズが金貨で物資を買うといったのは、出せる金額の限界では足りないと思っているからであろう。

 アインズは強大な力を持つ者である故に、その力を行使し命を救った代償を金に換算すると莫大な数となることは分かっている。

 村中の物資と金をかき集めればその額も払えないわけでは無いだろう。

 しかしそれでは村のこれからが危なくなる。だから非常に恥ずかしいことだが分割払いで払わせてくれないか。

 

 要点をまとめるとこうだった。

 一方、アインズの思惑は物資を買うことではなく、金貨一枚でいくつほどの物資が買えるかどうか確かめることだった――食い違っているのだ。故にアインズは、そしてウルは何を言いたいのか要点を掴めず混乱していたのだ。

 

 どう言ったものか。そうウルは黙って考えていたのだが、そこでアインズが口を開いた。

 

「――わかりました。報酬はいりません」

 

「え! ……な、何故?」

 

 これにはウルも含めて驚く。油断していれば村長とまったく同じ言葉を発していただろう。

 無償の救済こそウルの本意であった。だが無償では怪しまれるから金を要求しようという考えを上げたのはモモンガさんではないか、そこから情報を聞き出すのではないのか――とウルは先ほどよりも大きな混乱の海に落とされる。

 アインズはウルに視線を送りながら口を開いた。

 

「……私はナザリックというところで魔法を研究していた魔法詠唱者(マジック・キャスター)でして。つい最近になって外に出てきたのです」

 

「やはり……そうでしたか。それでそのような格好を……」

 

「あぁ、まぁ……そんなわけです」

 

 よりいっそう強い視線をウルは感じる。

 何を伝えたいのか理解しようとし、そしてアインズが『合わせろ』と心の中で言っているのをウルは聞いた気がした。

 あわてて口を開く。

 

「――実は私も、最近そのナザリックから出てきたのです。主に彼の助手のようなものを務めていました――魔法詠唱者(マジック・キャスター)ではありませんけどね」

 

「ははあ……そうだったのですか」

 

 村長はさらに感心したような感じで言う。

 ウルが念を押したことによっていっそうアインズとウルのことを信じ込んだようだった。

 

「――報酬はいらないと言いましたが」

 

 アインズが話を続ける。

 そこからは、何の支障も無く話が進んだ。

 金の代わりに情報を寄越せ、という要求。村長としては金を払わないで良いし、それで対価を払えるというのだから、願ったり叶ったりだろう。

 そもアインズとウルの目的は世界の様々なことの情報だった。金を要求する下りも相場や貨幣の種類を知るためのものだったのだから、こちらこそが本来の目的である。

 

「――わかりました。誰にも、決して誰にも言いません」

 

 アインズと村長が握手を交わす。商談成立であった。

 上手く行って良かった、とウルはため息をつく。水とほとんど大差なくなった白湯を飲み干し、器をテーブルに置く。

 

「では……色々と教えて頂けますか?」

 

 

 

 

 

 新たに出された白湯に口を付けながら、ウルは現在の状況を脳内で整理する。

 聞いたことも無い三つの国名――それぞれリ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国という名。

 ある程度――諸事情によってある程度だけ――北欧神話に通じているウルも、そんな国名は聞き覚えがなかった。

 

(ユグドラシルとは別の世界? でもそれだと同じような魔法が使えたりしている理由が分からない……あーわかんない)

 

 思考を易々と放棄しかけ、それではいけないと思い直す。

 

 村長の話を聞きながらウルとアインズはひそひそと話し合い、お互いの考えを伝え合っていた。

 

 この世界に来ているのが自分たちだけかどうか。

 騎士たちがスレイン法国の偽装工作である可能性。

 他のプレイヤーが転移している可能性と、そのプレイヤーがナザリック大墳墓に与える影響。

 これから自分たちがすべきこと。

 いくつかの違いはあったが、アインズの考えとウルの考えはおおむね同じものであった。

 

(……情報収集。情報だ、今必要なのはあらゆる情報――情報は武器であり防具であり明かりである。ぷにっと萌えさんがそう言っていたけど……正にそうだね)

 

 モンスター、人間種や亜人種の存在が分かったことはそれでも大きな収穫だが、しかしそれだけでは駄目である。それぞれがどれほどの強さを持っているのか測らなければならない。戦力のものさしとなるのは、現状先ほどの騎士と村人だけ――人間だけが弱いという可能性もありうる。ならば何故人間が生存競争のなかで生き残っているのかという疑問は残るが。

『冒険者』という存在、その戦力については完全に未知数。魔法詠唱者(マジック・キャスター)の冒険者も多数存在するようで、懸念するべき対象は無数にあった。

 上げられた三つの主要な国のうち、村長が知っているのはリ・エスティーゼ王国のものだった――最寄の都市、それも城塞都市はエ・ランテルと呼ぶらしい。

 詳しい人口は分からないようであった――しかしかなり多いだろう。最も大きい都市だといわれるのだから。

『城塞都市』という言葉の響きにウルはいくらか惹かれるものを感じた。

 

 情報はありすぎて困るということは滅多に無い。だが、今回はあまりにも情報が多かった。

 ウルは頭がオーバーヒートするような錯覚を起こす。そして、今度こそ思考を放棄した。

 

(……まだ早いけど、一度寝たくなってきた……情報を整理しないと……)

 

 情報の取捨選択というのが睡眠行動の目的の一つだが、今回得た情報の中で捨てるべき情報は一切無いと思われたので、睡眠行動にあまり意味は無さそうであった。

 それでも、一度寝たかった。情報を噛み砕き、それぞれを自分なりに繋ぎ合わせるという行為は、今の彼の焼ききれる寸前の思考回路では不可能であった。

 

「……やはり街にでも行って暮らす必要があるか」

 

 呟きを聞いて、ウルはふとアインズのほうを見る。

 確かに、それは名案であった。しかしそれはリスクのかなり大きい案でもあった。

 

「危ないですよ」

 

「もちろんそうですけど……それが一番手っ取り早いと思います」

 

「……確かに一番早いでしょうが……しかし……」

 

 冒険者や魔法詠唱者(マジック・キャスター)などの強さ。モンスターはどのようなものが存在するか。世間一般に流れる情報。この世界での常識。

 ウルが先ほど挙げた情報のあらかたは手に入るだろう。要注意人物の情報だって手に入るかもしれない――それはかなりのメリットである。見聞だけではなく、自らの耳と目で確かめる。これほど確実なものは無い。

 

「……メリットはデメリット無しでは手に入れられない、か」

 

 どのような物事においても、それは言えるのだった。

 どこまでも臆病に、どこまでも慎重に、静かにゆっくりと着実に情報を手に入れるのも良いだろう。

 しかしそれでは時間がかかりすぎる――情報は手っ取り早く集めることを求められている。何者かがナザリックを襲撃してくる可能性だってある、それも情報があれば防ぎようがあるのだ。

 

「……そうですね、それが手っ取り早い方法なんでしょうね」

 

 ウルがそう言ったところで、二人の聴覚が足音を捉える。

 急いで走ってくるようなものではなかった。ウルはゆっくりとドアに目を向ける。

 ノック音。席を立っていいかどうか視線を送ってくる村長にアインズは了承を示した。

 ドアが開き、その向こうに居た男がウルとアインズを見た。

 

「村長、お話中すみませんが、葬儀の準備が整ったので……」

 

 許可を求めるように村長はウルとアインズを交互に見る。

 

「どうぞ、早く行ってあげてください」

 

「ええ、かまいませんとも。私たちのことはお気になさらず」

 

「ありがとうございます――」

 

 村長が家から出て行く。夫人もそれについてゆく。

 ウルは脱力し、ぬるくなった白湯を一息に飲み干して、この日何度目か分からないため息をついた。




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