オーバーロード 黒き触手   作:灰男

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玖話 王国戦士長と闖入者

 共同墓地の外れで、ウルは葬儀を眺めていた。

 粛々とそれは進められていた。内容についてはウルの知っている葬式と相違ない――故人の死を悼み、手を合わせ、神の名を告げ、死者たちの魂に安息が訪れるようにと祈る。

 ウルも同じように、安息が訪れるようにと黙祷を捧げた。

 

 アインズが蘇生アイテム――蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)を持っているのは知っていた――いや、それはウルも所持している。

 しかしそれを使うことはなかった。アインズに使うかどうかを聞くまでもなかった。

『死』とはどのような生物も忌み嫌うもの。逃げて、逃げて、逃げ続けて、それでも逃げ切ることのできない追跡者のようなものである。それに抗いうる力を持っていると人々が知ればどうなるか――ウルにも想像に難くはなかった。

 

「――そういえば」

 

 ふとアインズが声を上げる。

 

「この死の騎士(デス・ナイト)、時間経過で帰還しませんね」

 

「……ああ、確かに」

 

 そこもユグドラシルと違う点であった。

 ユグドラシルと違う点――ウルは考える。特に思い当たらなかったが、死体に取り憑くような演出があったのが関係あるのではないか、とウルは仮説を立てた。

 それをアインズに話す。

 

「それはあるかもしれませんね」

 

 いくらか実験しなければ、とアインズは仮面に手を当てながらぶつぶつとつぶやく。

 

(……それもそうだな、僕も実験しないといけないのか)

 

 眷属創造は未だに使っていないし、色々とやることが多そうである。

 厄介ごとが一つ増えたか、とウルは肩をすくめた。

 

 そんな二人の横に、影が並ぶ。

 忍者服を着た蜘蛛のようなモンスターだ――八本の脚からはそれぞれに鋭い刃が生えている。

 

「……八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)? アルベド、これは――」

 

 怪訝な顔をしながら周りを見渡すアインズ。

 

「御二方にお目通りがしたいということで連れてまいりました」

 

「モモンガ様、ルタール・ウル様。御二方においてはご機嫌麗しく――」

 

「――世辞はいらん。それよりもお前が後詰ということか?」

 

「はっ。私以下、四〇〇のシモベたちがこの村を襲撃できるように準備を整えております」

 

 やはりセバスに伝言ゲームの才は無いとウルは再度感じる。

 

「……襲撃の必要は無いよ。それについては僕とモモンガさんとで解決したから」

 

「お前たちを指揮しているのは誰だ?」

 

「アウラ様とマーレ様です。デミウルゴス様、シャルティア様、ミケタマ様はナザリック内にて警備、コキュートス様はナザリック周辺警備に入っております」

 

「なるほど――」

 

 アインズはいくつかの命令を下した後、葬儀に目を移す。

 少女が泣き崩れているのが遠目に見える。ウルはその光景に心を痛めた。

 もう少し早く来ていれば両親も助けられたかもしれない。しかしそれはもう起こってしまった訳で、たらればの話をしていても意味が無い。

 

「――行きますか、ウルさん」

 

「……ええ」

 

 葬儀は未だ終わる気配を見せない。二人はアルベドと死の騎士(デス・ナイト)を後ろに伴い、村への道を歩き出した。

 

 

 

 

 

 綺麗な夕日であった。

 アインズとウルは二人並び、それをぼんやりと見つめている。

 アインズが脳内で様々な考えを巡らし思考回路を回転させているのに対して、ウルは何も考えていなかった――何も。

 

(……綺麗だなぁ)

 

 星空と同じで夕日というものも、元居た世界ではあまり見ることがなかったものである。

 その朱色を、ウルはいつまでも眺めていられる気がした。

 

「……世界」

 

 唐突に、何の前触れもなくつぶやく。

 『世界』。今現在ウルが居る世界。それがいったいどのような神秘を秘めているのか。

 未知に対する恐怖と、それを遥かに越える好奇心。

 柄にもなく、そして年甲斐もなく、ウルはわくわくとしていた。

 

(まるで、初めてユグドラシルにログインした日みたいな気分だ――)

 

 ウルは懐古する。

 今、横に他のギルメンが居たら、どんなに楽しかったことか。どんなに嬉しかったことか。

 

(モモンガさんだけじゃ足りないってわけじゃないんだけどね……)

 

 それでも、全員――アインズ・ウール・ゴウンの四十一人がこの場に居れば――と考える。しかしそれはどうやっても叶わぬと思われる願いであった。

 

(……他にも、来てるのかな。来てるんだったら、探したいな)

 

 もしこの世界の戦闘力の基準があの騎士だと仮定すれば、ウルたちはかなりの強さを誇っているはずである。

 ならば、その力は確実に伝承に残るだろう。誰が転移したかによって魔王か勇者か災厄のモンスターになるかは変わるだろうが。

 

(ウルベルトさんなら魔王、たっち・みーさんなら勇者だろうな……)

 

 『悪』を好む最強の魔法職と『正義』を貫く最強の戦士職の二人を思う。二人ならば絶対にそうなるだろうな、という考えに基づいて。

 そこまで考えて、ウルはこれからの第一目標を思いついた。

 

(――そうだ。伝承とかを調べてみようか)

 

 街に潜りつつ、情報収集ついでに伝承について調べる。

 そうすれば他のプレイヤーが転移しているかどうかも分かるのではないか。

 そういう思惑があった。

 

「――モモンガさん」

 

「ウルさん――あ」

 

 二人が口を開いたのは同時であった。

 そして日本人特有の譲り合いの精神で、相手がしゃべりだすのを待つ。

 

「モモンガさん、お先にどうぞ」

 

「ありがとうございます……ウルさん、俺、リ・エスティーゼ王国に行きます」

 

「そうですか。実は僕も、そんな感じのことを言おうとしてたんですよ」

 

 先の考えをアインズに伝える。

 

「――つまり」

 

「僕も潜入することにします」

 

「……危険ですよ」

 

「僕と同じこと言いますね」

 

「……もし潜るとして、どこに行くんですか」

 

「少なくとも王国以外ですね。効率厨ではありませんが、今はなるべく効率を求めたいところです」

 

「……やはり、情報が無い今では――いや、何を言ってもブーメランを投げているようになりますね」

 

 頭を振り、アインズは言葉を切る。

 

「帰ってから話し合いましょう」

 

「そうですね、僕もそろそろ窮屈で」

 

 延々と、思い切り伸びをしたいという欲望に駆られているウル。

 アインズも脳が疲労を訴えているようだった――脳があるのかどうかわからないが。

 

「……アルベド、撤収するぞ。ここですべきことはもう終わった」

 

「承知いたしました」

 

 ピリピリとした雰囲気を出しているのがウルにも感じられた。

 おそらくその兜の下の顔には柔和な美しい笑みが浮かんでいるのだろうが、発する殺気は肌を刺すように苛烈なもの。

 アインズは問う。

 

「人間が嫌いか?」

 

「好きではありません。脆弱な生き物、下等生物。虫のように踏み潰したらどれだけ綺麗になるか――いえ、例外の()が一人居ますが」

 

(……辛辣だなぁ)

 

 人間との交渉の場には絶対に出してはいけないタイプだ。人間の街に送りでもした暁にはどうなることやら。

 大惨事の光景が脳裏に浮かんだウルは肩をすくめる。

 

「……じゃあ、村長に挨拶して帰りますか?」

 

「ええ」

 

 ウルは辺りを見渡す。

 探しに歩くまでも無く、村長は見つけられた。広場の片隅に数人の村人たちと集まっている。

 なにやら相談しているようで、その顔は真剣そのものであった。略奪から逃れたことを安堵する顔でも、死者を悼む場でする顔でも無い。

 舌打ちが聞こえそうなほどに渋い表情をしてから、アインズが村長の元まで近づく。ウルもそれに伴う。

 

「……どうかされましたか、村長殿」

 

「何かお困りで?」

 

「おお、アインズ様、ウル様。実は――」

 

 話に寄れば、村に戦士風の者たちが馬に乗って村に近づいているそうだ。

 

「……なるほど」

 

 先の騎士たちの件もある。村長その他村人たちは二人におびえたような視線を向けている。

 まだ略奪されるのではないか。死の危険がまた迫っているのではないか。

 そんな村人たちの考えを、ウルは片手を上げて制する。

 

「お任せください。私たちがなんとかしてみましょう――」

 

「村長殿の家に生き残りの村人を至急集めてください。村長殿は私たちと共に広場に」

 

 鐘を鳴り、村人が集まる。ウルとアインズが横に並ぶ後ろにはアルベドが控えている。

 村長は怯えて震えている。その不安を取り除くかのように二人は話しかける。

 

「ご安心を。今回だけは特別にただでお助けしますよ」

 

「皆さんは私たちが護ります」

 

 やがて数体の騎兵の姿が見えた。隊列を組んでおり、統率が取れている――盗人の類では無い。

 格好が統一されているわけではなかったが、どの鎧にも同じ紋章が描かれている。主武器は同じつくりの剣であるが、予備武器には統一性が一切無い。

 どこかの軍であることは明らかであった。しかしそれにしては様々なものに関する統率性が無さすぎた。

 

「………………」

 

 ウルは、一行のリーダーと思われる男に視線を向ける。

 屈強な男である。いくつもの戦場を乗り越えてきているのだろう、そんな体をしているし、そんな雰囲気を醸しだしていた。

 しかしただの野獣のような男ではない。その瞳には鋭い知性の輝きも宿っていた。

 

 男の視線は、目の前に居る者たちを品定めするかのように動く。

 村長を軽く流す。死の騎士(デス・ナイト)に少しとどまり、アルベドに長い時間とどまる。ウルに少しだけとどめ、そしてアインズには鋭い視線を送った。

 

(目つき悪っ……)

 

 まるで路地裏にたむろするごろつきのような目つきだった。

 しかし臆することなく、ウルは微笑みをその顔に張り付けたまま、その男を冷静に見つめ返す。

 

「――私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士たちを討伐するために王のご命令を受け、村々を回っている者である」

 

 冷静な声音が広場に広がる。村長の家からはざわめきが聞こえてきた。

 村長も、その名をつぶやく。そのような称号も名前も、村長の話の中には出てこなかった。

 

「……どのような人物で?」

 

「かつて王国の御前試合で優勝を果たした人物で、王直属の精鋭兵士たちを指揮する方だと」

 

「……ふむ」

 

 なかなかに強いのではないか、とウルは目の前の男を警戒する。

 少し雰囲気が変わったのか、ガゼフの視線が一瞬アインズからウルへと移った。

 

(強さのものさしにはちょうど良いかもしれない)

 

 警戒すると共に、その男をどのように利用できるかも考える。

 しかしそれは相手の力量が漠然とでも分かっていない故に判断しかねた。

 

「この村の村長だな」

 

 ガゼフはウルから視線を離して、村長に向ける。

 

「横に居るのはいったい誰なのか教えてもらいたい」

 

「それには及びません。はじめまして、王国戦士長殿。私はアインズ・ウール・ゴウン。この村が騎士に襲われておりましたので助けに来た魔法詠唱者(マジック・キャスター)です」

 

「私はルタール・ウル。彼と同じくこの村を救いにやって参りました、お見知りおきを」

 

 それを聞いて、ガゼフは馬から下りる。

 それだけで金属の鎧が鈍重な音を立て、地に足をつけたガゼフがおもむろに頭を下げる。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉も無い」

 

 それを見、ウルは警戒を解く。

 目の前の男は、強かったとしても善人だ。今の態度でそれがよく分かった。

 

「……いえいえ、実際は私たちも報酬目当てですから、お気になさらず」

 

「ほう……報酬か。冒険者なのか?」

 

「それに近いものです」

 

「ふむ。なるほど。ならばかなり腕の立つ冒険者とお見受けするが……寡聞にしてゴウン殿とウル殿の名は存じ上げませんな」

 

「旅の途中、たまたま通りかかったもので。さほど名が売れてないのでしょう」

 

「……優秀な冒険者方のお時間を奪うのは少々心苦しいが、村を襲った不快な輩について詳しい話を聞かせていただきたい」

 

「もちろん、喜んでお話させていただきます。この村に来た騎士の大半の命は奪いました――そのあたりの説明も必要でしょう?」

 

「命を奪った……貴殿たちが殺したのかな、ゴウン殿、ウル殿」

 

 アインズはちらとウルを見てから口を開いた。

 

「……そうであると言えますし、そうでないとも言えます――もっとも、彼は殺していませんがね」

 

 現在のウルの戦闘能力は低い。本気を出そうと思えば腕輪を外して元の姿に戻らなければならない――そうなれば村人たちがどう思うことか。

 アインズはウルは何もしていないと言うことで、ウルが戦闘を行う機会を減らし、その正体がばれることを極力防いだのだった。

 代わりに視線を移した先は死の騎士(デス・ナイト)。それにつられてガゼフはそちらに視線を移す。

 

「……今ここで二つだけお聞きしたのだが……あれは?」

 

「あれは私の生み出したシモベです」

 

「……では、その仮面は?」

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)的な理由によって被っているものです」

 

 この上なくぼんやりした説明だったが、ガゼフはそれを不思議に思うことは無い――不審に思ってはいたようだが。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)は相当な変人が多いのだろうな、とウルは思った。

 

「……その仮面を外してもらえるかな?」

 

「お断りします。あれが……暴走したりすると厄介ですからね」

 

 上手いと思った。

 死の騎士(デス・ナイト)の使役を道具の力によるものと思わせることによって仮面を外さないでも良いように、そして自らの実力をある程度下げて見せることを両立している。

 

(頭が切れるなぁ)

 

「――なるほど、取らないで居てくれた方が良いようだな」

 

「ありがとうございます」

 

「では――」

 

 自分のほうに話題が飛んでこないと見ると、ウルはガゼフから意識を離した――その鋭い聴覚に飛び込んでくる音があったのだ。

 遠くからの蹄の音。かなり馬を急かせているようで、かなり遠いところから聞こえるのだが、その音はかなり速く近づいてきた。

 

「――戦士長!」

 

 息を荒くしながら、一人の騎兵が駆け込んできた。

 深刻そうな表情で、言葉を発するのもままならないほどに息切れしているが、それでも言葉を紡ごうとしている。よほど重要な情報を運んできたのだろう。

 

「周囲に複数の人影。村を囲むような形で――接近しつつあります!」

 

 それは緊急事態を告げる報であった。




閲覧いただきありがとうございました。
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