オーバーロード 黒き触手   作:灰男

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拾話 陽光聖典の絶望

「各員傾聴――」

 

 男が平坦に言う。日常会話をするように静かな声であった。

 頬に一本の傷を走らせる、黒い瞳の男であった。その瞳は感情が一切感じられない冷たいもので、見つめていると吸い込まれそうなほど深い黒色だった。

 その顔立ちが極平凡なものであるのもあいまって、その差が違和感を生じさせた。

 

「汝らの信仰を神に捧げよ」

 

 全員が黙祷を捧げる。それは本来数多くの手順を経る祈りを短縮化したものである。

 信仰心が非常に高いことがその行為から窺い知れる。それも、スレイン法国の特殊部隊『陽光聖典』なのだから当然のことであった。

 

 戦闘行為が多い彼ら陽光聖典は肉体・精神能力双方に置いて優れたものを求められる。厚い信仰心は前提条件のようなものである。

 

「開始」

 

 黙祷を終えた全員が、一糸乱れぬ動きで村を包囲する。

 その動きは軍隊すらも越えた統率と無数の訓練による成果であった。

 

 隊長であるニグン・グリッド・ルーインはかすかな安堵に息をつく。

 作戦がうまく展開され、今度こそ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを抹殺できるという確信がニグンの心の中で大きくなってきていた。

 

「――次は……別の部隊の協力を仰ぐか、そちらに任せたいものだ――」

 

 それでも失敗したときのことは考えておく。

 その愚痴に応える者が居た。二人は言葉を交わしてゆく。

 二人とも、やはり今度こそはガゼフを殺せる――何せ四つの王国の宝を装備していないのだから――と思っていた。

 

「――では、作戦を開始する」

 

 腕に巻かれた鋼鉄のバンド――腕時計のようだ――を見、ニグンとその部下は魔法を発動させる。

 彼らがそれぞれの魔法で召喚出来る中でもっとも最高位の天使を目の前に見たとき、彼らは自分たちの勝利を確信した。

 

 

 

 その先に災厄と死が待っているとも知らずに。

 

 

 

 

 

「あれは……天使?」

 

 ウルは遠目に騎兵が報告してきた人影を見やる。

 見える限りでは三人、不可視化を使っている者は居ないだろう。

 そしてそれぞれの前には、光り輝く翼を持つ、神々しい者が浮遊している。

 胸当てを着け紅く輝くロングソードを持った、戦姿である。

 

 天使。

 ユグドラシル時代にも存在したモンスターである――それが、この世界にも居るのだ。

 

炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)っぽいけど……どうなんだろう、中身は違うのかな。同じ召喚魔法がある? 魔法の内容は多かれ少なかれ同じということか……」

 

 そうである可能性は排除できない。ウルはそれを頭の片隅においておいた。

 次に、アインズとガゼフのほうを見る。

 

(さて、中身が違うと考えて……モモンガさんは危険だね)

 

 紅く輝くエフェクトがかかっている武器はたいていが炎属性であるというのがユグドラシルの相場であった。

 それがこの世界でも通じるとして、そうだとすればアインズと相性が悪いことになる。

 

(光・聖属性モンスターの代名詞、天使……)

 

 アインズは光・正・神聖攻撃に対して脆弱であり、さらに炎ダメージ倍加のペナルティを持っている。

 相手は天使、そして炎属性の武器を所持している――ように思われる。

 

(前に出るなら僕が……いや、それを言えば僕だって危ないか。それにこの姿のままでは)

 

 壁役である自分が出よう――そう考えたところでウルは思い直す。

 ウルは触手系種族である。

 その特筆すべきペナルティは『魔法攻撃脆弱』とアインズと同じ『炎ダメージ倍加』。

 天使は光・神聖魔法を扱うのだから、結局それに対する脆弱さに関してアインズとウルは大差ないのであった。

 

「……うーん」

 

 ガゼフがアインズの手を握る。何度も、何度も頭を下げ、感謝の言葉を投げかけている。

 ウルはそれをじっと眺めていた。

 

(誠実な人だなぁ)

 

 特につながりの無い村を助けてくれた者に頭を下げ、手を握り、感謝する。

 そして弱者を護るために剣を取り馬を駆り、敵を討つ。

 ウルはそんなガゼフに、少しだけ憧れた。

 

「――私は前のみを見て進ませていただこう」

 

「……その前にこちらをお持ちください」

 

 そっと、アインズがガゼフに何かを手渡した。

 ガゼフは微笑んでそれを受け取る。その顔には強い覚悟が見えた。

 そしてガゼフはアインズの目の前からゆっくりと去った。

 

 

 

 小さくなっていくガゼフの背中を見ながら、ウルはアインズの横に立つ。

 

「ああいうの、憧れますよね」

 

「……少し」

 

 できるのであれば自分も斯く在りたい。そうウルは思うのであった。

 

「アルベド。周囲のシモベに命令を伝達。伏兵の確認をしろ、もし居た場合は意識を奪え」

 

「ただちに……アインズ様、村長たちです」

 

 村長が二人の村人を連れ走ってくる。

 息切れしつつも、その顔に恐怖を浮かべながら訊ねた。

 

「アインズ様。私たちはどうすればよろしいのでしょう? 何故、戦士長殿は私たちを護ってくださらず村を出て行かれるのでしょう」

 

「あれはあれで正しい行動ですよ、村長殿――」

 

 ガゼフの行動、その真意を理解した村長は少しだけ俯く。

 自らの命を救ってくれているというのに、その行動の真意を読み取れず、勘違いし、怯え、憤怒したのだ。恥じるのも当然のことだろう。

 

「……あなたたちにできるのは、戦士長が時間を稼いでくれている間に逃げることだけです。残酷なことを言うようですが……」

 

 その言葉に、沈痛な雰囲気がよりいっそう重くなった。

 

「……戦士長殿の思いと意志を無駄にしないようにすべきだと私は思いますよ」

 

「私も、戦士長殿とお約束しましたので――さて。とりあえずは、村人の皆さんを大きめの家屋に集めてください。私が魔法で防御を張っておきましょう」

 

 

 

「――全員、集めて終わりました。ちゃんとアルベドと二人で見て残ってる人が居ないかどうか回ってきましたよ」

 

 大きな家屋――倉庫の入り口に、アルベドとウルが立つ。

 

「お疲れ様です、ウルさん――アルベドもな」

 

「ええ」

 

「そのようなお言葉……感激の極み」

 

 アルベドが九十度のお辞儀で返す。その綺麗さにウルは思わず苦笑した。

 

「……さて。ついでに、ちょっと、遠くからガゼフさんの様子を見てこようと思ったんですけど……」

 

「見えませんでした?」

 

「視力が良くなっているとはいえ少し遠すぎましたね、ぼんやりとしか」

 

「それでも十分です。どんな感じでした?」

 

「結構押されてますねー」

 

「……うん、予想通りですね」

 

「予想通りって?」

 

「いえ、盗み聞きを……何でもありません。なら、そろそろ頃合ですかね」

 

「頃合って」

 

「横合いから思い切り殴りつける頃合ですよ」

 

「……?」

 

 アインズが仮面の下に浮かべているのは悪巧みをしているときの顔だ。ウルには見ずとも分かった。

 すでに声に悪戯っ子のような感じが滲み出ているのだ。

 

「……さて、さて」

 

 アインズがつぶやく。

 

「ではウルさん、ちょっと転移するのでこちらへ近づいてください――アルベドも」

 

 二人言われるがままになる。

 

「――そろそろ、交代だな」

 

 そうアインズが言った瞬間――視界が変わった。

 地平線の向こうから真っ赤な夕日が体を照らしつけている。

 そこは紅く紅く、鮮血のように染まりつつある草原であった。

 

 

 

 

 

 それまで存在しなかったはずの影が三つ。スレイン法国特殊工作部隊『陽光聖典』隊長であるニグンはその三つの影に困惑の視線を送る。

 先ほどまで自分たちはガゼフの命を風前の灯の如く吹き消そうとしていたでは無いか。なのに、これはどういうことであろうか。

 その思いが、寄った眉に表れていた――追い詰められていたガゼフは霧のように消え、代わりに謎の人影が三つ現れたのだ。いささか不審にすぎる。

 

 一人は魔法詠唱者(マジック・キャスター)風の格好をした者。怒ったような泣いたような表情を象った奇妙な仮面を被っており、無骨なガントレットをしている。闇に溶けるような漆黒のローブはその者の身分の高さを物語っていた。

 もう一人は漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包んだ者。手にはバルディッシュ。どちらもその辺りで簡単に手に入るような代物ではなく、上級のマジックアイテムだと予測がついた。

 そして最後の一人。黒い服に身を包んだ謎の男――武装をしているようには一切見えない。ローブを着けるでも、鎧を着るでもなく、薄気味悪い微笑を浮かべる人間だった――その笑みを見た瞬間、肉体・精神的に鍛えられているはずのニグンは無性に寒気だった。

 

 ニグンが警戒していると、一人――魔法詠唱者(マジック・キャスター)と黒ずくめの男が一歩前へ出た。

 

「はじめまして、スレイン法国の皆さん。私の名前はアインズ・ウール・ゴウン。アインズと親しみを込めて呼んでいただければ幸いです」

 

「僕はルタール・ウル。ルタールとでもウルとでも、好きなように呼んでね」

 

「後ろに居るのはアルベド。まずは皆さんと取引をしたい――少しばかりお時間をいただけませんでしょうか?」

 

 どの名前もニグンの記憶には存在しない。ますます怪しさが増す一方であった。

 ニグンは顎をしゃくり続きを促す。

 

「お時間をいただけるようでありがたい。さて――まず言っておかなければならないことはたった一つ。皆さんでは私――いえ、私たちには勝てません」

 

「……無知とは哀れなものだ。その愚かさのつけを支払うことになる」

 

 アインズの声にこもる絶対の自信。心底から信じているような雰囲気。

 それを感じ取ったニグンの顔には、少しだけ不安が見えた。

 もし目の前のアインズなる魔法詠唱者(マジック・キャスター)が本当にそのような力を持っていなければ、ガゼフを助けに来たりはしないだろう。

 そしてその場合戦況は大きく変わる――少なくとも悪化することになるだろう。

 

「――その天使は第三位階魔法辺りで召喚出来る炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)であると思いますが、間違っていませんでしょうか――いえ、ユグドラシルと同じモンスターを召喚しているようですが、呼称までもが同じなのか気になっただけです。天使系や悪魔系のモンスターは神話――特にキリスト教関係から名前が引用されていることが多い。にもかかわらず、この世界には宗教としてキリスト教は存在しない――上位天使(アークエンジェル)と呼ばれる天使の存在は非情に不自然と言えるでしょう」

 

 アインズはつらつらと、ニグンの理解不能な言葉を並べている。

 

「非常に稀な確率でそうなっている、という場合を除けば――それはすなわち、この世界に私たちと似た者が存在するということ」

 

「――いい加減に、独り言はやめてもらおうか」

 

 苛立ち、耐えかね、ニグンが遮る。

 

「ストロノーフをどこにやった?」

 

「……村の中に転移させました」

 

「……何?」予想外の返答に困惑の声を上げるがすぐに気を取り直す。「――愚かな、偽りを言ったところで――」

 

「――滅相もありません。お聞きになったから答えたまででしたが――実は素直に答えたのにはもう一つだけ理由があります」

 

 ――気温が一気に下がった。気がした。

 

「……実は、お前と戦士長の会話を聞いていたのだが……本当に、良い度胸をしている」

 

 突然、ニグンには目の前にいる魔法詠唱者(マジック・キャスター)の体が大きく見えた。

 威圧感。気のせいだと頭を振る。

 

「……ふ……不快とは、大きく出たな、魔法詠唱者(マジック・キャスター)。だからどうした?」

 

 風に乗った血の臭いがその鼻をくすぐる。

 ニグンはこの上ない平静を保つよう努めた。顔には変わらず嘲笑気味の笑みが浮かんでいる。

 

「……先ほど取引といったが、内容は――抵抗することなく命を差し出せ、そうすれば痛みは無い、だ。それを拒絶するなら愚劣さの代価として、絶望と苦痛の中で死に絶えて行け」

 

 アインズが、一歩。

 それだけで陽光聖典の全員が――ニグンも含めて、一歩下がった。

 

「ぁ――」

 

 無数の訓練を積んだ部下たちから、怯えのうめきが漏れる。

 

(――何者だ!)

 

 喉を鳴らしながら、ニグンは焦燥を覚える。

 

(一体何者だ! こいつは、一体――)

 

「これが偽りではなく真実を答えた理由。これから死ぬ者たちならば語ってもかまわない――『死人に口無し』だ」

 

「――っ! 天使たちを突撃させろ! 近寄らせるな!」

 

 二体の炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)が弾かれたようにアインズに襲い掛かる。

 

 ニグンの全身につま先から頭の頂点まで怖気が走る。鳥肌が立つほどに。

 その足はニグンの意思に反して震え出そうとしていた――声が震えなかったのが奇跡のようだ。

 

(ありえない! 恐怖――怖がっている?)

 

 いくつもの死線をかいくぐってきたニグンは、一瞬、今自分が感じているものが何か分からなかった。

『恐怖』というものを感じるのは久しい。

 

(くそ――何者だ、本当に)

 

 相手の力を推し量ろうと冷静に思考しながら、ニグンは目の前の魔法詠唱者(マジック・キャスター)がどう出るかを注視する。

 そして次の瞬間、目を疑った。

 

 アインズは予想の斜め上の行動を取ったのだ――いや、行動を()()()()()()

 為されるがままにアインズは天使の剣に貫かれた。

 

(――は?)

 

 驚きと意味不明さのあまり、笑いすらこみ上げてきそうであった。

 そしてその笑いは嘲笑という形へと変わって表情に表れる。

 

「――は」

 

 後ろに控えるアルベドも、横にたたずむウルも、どちらも動かなかった。

 防ぎうる能力を持っているのならば、武装をしていないウルはともかく、アルベドは動くはずだった。

 つまり、何もかもがハッタリであったということ。威圧感も大げさな口上も偽りであり、ニグンの感じた恐怖も気のせいであったということだ。

 

「無様な、下らんハッタリでこちらを煙に巻こうと……はは――」

 

 ――しかし。

 

「――――…………?」

 

 ――違和感。

 

(……何か、おかしい)

 

 目の前の光景が、ニグンに何か違和感を抱かせた。

 

「……何をしている、すぐに天使を下げさせろ。剣が刺さっていれば倒れまい」

 

「い、いえ……そう命じているのですが」

 

「――――――」

 

 ――なぜ、アルベドやウルが焦った様子を見せない? しかも、ウルに至っては微笑を浮かべてすらいる――

 違和感の原因に気づいたのとニグンがアインズに視線を送ったのは同時であった。

 

 天使が何度も翼をはためかせている。まるでもがくように。

 二体の天使はゆっくりと左右に別れるように移動した。明らかに異様な――そう、誰かに掴まれて無理やり動かされるような動き方。

 

「――言っただろ?」

 

 ニグンは再度目を、そして耳を疑った。

 

「君たちじゃ私には勝てないと……人の忠告は素直に受け入れるべきだぞ?」

 

 この上なく平静な声がニグンの耳に飛び込む。

 胸部と腹部。そこに剣を生やしたまま、アインズは平然と立っていた。

 

「嘘、だろ……」

 

 ニグンの部下の一人がうめく。

 ニグンも、そう声を上げたい気持ちは山々であった。

 明らかな致命傷。角度から考えて、心臓やそのほかの臓器をいくつも貫かれているはずである。

 しかしアインズは倒れない――痛みにうめきを上げることもしない。

 

「ありえん……」

 

 そしてそのガントレットには二体の天使が首を掴まれている。

 目の前にいるのは魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるというのに、もし腕の力だけで持っているとすると、ありえない筋力である。身体強化系の魔法を使うにしろ素の筋力が無ければ効果は薄い。

 

「何かのトリックだ、そうに決まっている」

 

「あ、当たり前だ、剣が体を貫いているのに無事なわけが無かろう――!」

 

 隊員たちが慌てふためく中、アインズは両手に掴んでいた天使を大地にたたきつけた。

 すさまじい速さであった。ズン、と大地が震えるような錯覚を覚えるような音を立てて天使は地にめり込む。

 数瞬後、天使が光の粒子に変化して消えていった。

 

「――さて。つまらん児戯に十分満足したか? では、取引は拒絶したのだと受け取らせてもらおう。次はこちらの番だ」

 

 静寂。

 夕日の照りつける音さえ聞こえて来そうな、静寂。

 

「いくぞ? ――塵殺(おうさつ)だ」

 

「――――~~~~っ!」

 

 胃から酸がこみ上げてくる感覚。ニグンはなんとかそれを喉元でとどめる。

 どっと冷や汗が噴き出す。今まで何度も潜り抜けてきた、死線に置かれていた時と同じように――しかしその汗の量はそれまでとは比べ物にならなかった。

 一瞬心臓が止まるような錯覚を起こしてから、ニグンは息を詰まらせながら叫んだ。

 

「――全天使で攻撃を仕掛けろ! 急げ――奴を殺せ!」

 

「本当にお遊びが好きな奴らだ……ウルさん、下がっていてください。アルベドも、下がれ」

 

 やけに冷静沈着な声がニグンの元まで届いた――そして、死を前にした状態にあっても、ニグンは目をむいてウルと名乗った男を見た。

 傲岸不遜なアインズが、敬称をつけて呼ぶ人物。

 黒ずくめの、薄気味悪い微笑を浮かべたままたたずむ男。

 

 今まで不審に思わなかったのが不思議なほどであった。

 

(あの男は――)

 

 全天使の一部をウルの始末に割こうかどうか逡巡したその時――

 

負の爆裂(ネガティブバースト)

 

 ――大気が震えた。

 黒い波動がアインズを中心に周辺を飲みつくす。

 

「……あ、ありえ、ない」

 

 瞬きの間に、天使たちは全て消し飛ばされた。

 対抗魔法による帰還ではない、ダメージによる『消滅』。

 ガゼフの言葉を脳裏に思い浮かべながら、ニグンたちはただ唖然と、そして絶望することしかできなかった。

 

「う、うわぁあああああ!」

 

「ありえん、糞、糞っ!」

 

「化物め!」

 

 最早悲鳴と化した声を上げながら、部下たちは魔法を放ち始める。

 

「――おっと……ちょっと危ないね」

 

 ウルのつぶやきも、半狂乱で魔法を放ち続けるニグンたちには届かない。

 

「……やはり知っている魔法ばかりだ――その魔法を一体誰が教えた? スレイン法国の人間か――それとも別の存在か? 聞きたいこと、聞かなければならないことが増えていくな」

 

「まったくです。もし超位魔法を使える相手がいるとしたら、かなりの脅威ですね」

 

 無数の魔法をその身に受けようと、痛みを感じているようにすら見えない。

 

(……悪夢か?)

 

「ひやぁあああああ!」

 

『死』を前にした極限状態に耐えかねた部下の一人が、狂乱したように絶叫しながらスリングを取り出し、(つぶて)を放った。

 狂乱状態にもかかわらず――極限状態に置かれているからこそだろうか、鉄の弾はアインズの頭部目掛けて吸い込まれていく。

 

 爆発音に似たような音。

 それを聞いて、地を蹴った音であるとは誰も思わないだろう。

 一瞬のうちに、アルベドがアインズの前に立ちはだかっていた。それをニグンたちが認識するのと共に、霞んで見えるほどに速くアルベドはバルディッシュを振りぬく。

 遅れて礫を放った部下が崩れ落ちた。

 

「……は?」

 

 あまりの恐怖に気絶でもしたのかとニグンが考えていると、確認した部下が叫ぶ。

 

「あ、頭を……鉄のスリングで頭を砕かれて!」

 

「……何だと? スリング……まさか、投じたスリングか」

 

「すまないな、私の部下がスキルを使用して私の身を護ったようだ――」

 

 病んだような緑の残光が、風に溶け消える。

 

「――飛び道具対策に防御魔法をかけているようだが、それを越える反撃を受ければ破られるものだろう? 驚くには値しないと思うが――しかしアルベド」

 

 ニグンたちなど一切眼中に入っていないかのように背を向け、アインズはアルベドのほうを向く――ウルはそのまま立っている。

 

「あの程度の飛び道具でこの身が傷つかないのは承知のはず。お前が力を使う必要は――」

 

「――お待ちください、アインズ様。至高の御身と戦うのであれば最低限度の攻撃というものがあります――」

 

 背後を攻撃することはできる。しかしニグンはそれを命じなかった。

 じっとウルが見つめてきているのだ。その人間らしくない黄色い瞳から放たれる冷たい視線を、ニグンとその部下に投げかけている。

 

「……背後を襲うようなことはしないんだね」

 

 品定めするような、そんな視線。そして全てを嘲笑しているような声音。

 何も動かない分、アインズよりもその男の力のほうが未知数であった。

 

「最低限の騎士道、なのかな――いまさらそんなものを気取っても遅いけどね。僕らは君たちを確実に殺す」

 

「ひぃいいい!」

 

 また一人、狂乱する。

炎の雨(ファイヤーレイン)

 悲鳴と同時に魔法が唱えられ、ウルとアインズに炎の雨が降り注ぐ。

 

「……愚かだね。それでいて無意味だ」

 

 ウルはそれを避けない――甘んじて受ける。

 炎の雨がいくつもウルとアインズの体に直撃する。しかし、やはりというべきか――

 

「……そんなに遊んで欲しいのか、少しは待てないのか?」

 

「むず痒い」

 

 火の粉を払うように、衣服についた炎を素手で払う。

 無傷。軽症に至ってすらない。

 

「分かったかい? 君たちは最早、死を待つことしか許されていないんだ」

 

「――っ、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)! かかれ!」

 

 全体のバフという補助の役割を任せられているはずの天使をニグンは動かす。指揮官としては賢く無い選択肢である。

 それでも、一縷の希望を見出したのなら、それがどのような悪手でも人は選ぶ。

 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)がどうにかしてくれるよう願いながらも、ニグンは反面、心の底ではこう思っていた。

 

 あの化物たちには、俺では勝てないのではないか?

 

「……はぁ、しょうもない……アルベド、下がってて」

 

「ちょ、ウルさん……」

 

「モモンガさんにばかり相手させるのも悪いでしょう? それに僕だって実験したいです――」

 

 アインズは黙る。

 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は標的をアインズから、その前に立ちはだかったウルへと標的を変える。

 光の輝きを宿すメイスが叩き込まれる。それは常人であれば、直撃すればただではすまない力が込められていた。

 この上無く自然な動作でウルは右の手のひらを掲げる。そして振り下ろされたメイスを素手で受け止めた。

 サンドバッグを殴るような音が響く。それは人体を殴ったにしては奇妙な音であった。

 

「……うーん、痛くもなんとも無い――やっぱり上位物理無効化は発動してると見て良い、よね」

 

「何をしている! 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)、再度攻撃を――!」

 

 メイスが再び振り上げられることは無かった。

 天使の体が震える。それは全身に力を入れることによるもの――しかしメイスは重い岩のように動かない。

 

腕輪(メタモルフォーゼ・ブレスレット)で制限されている筋力でも、十分に押さえ込める……かな?」

 

 そうつぶやくのと共に、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)が地面を削りながらニグンたちの後方へ吹っ飛んで行く。

 

「――あ、あぁ、あぁっ!」

 

「普通に蹴っただけなんだけどなぁ……」

 

 あまりの衝撃に、腹部を中心にその鎧が大きくへこんでいた。

 メイスと丸い盾、そして本体が、同時に無数の光の粒子へと変わる。

 

「一、撃……っ!?」

 

「ありえんっ! こんなの、あっ、ありえてたまるかぁ!」

 

 防御に重きを置かれた能力値。

 そしてそれはニグンの『召喚モンスターの強力化』という生まれながらの異能(タレント)で強化されている。

 それを一撃で、しかもただの蹴りだけで倒せるなど。

 

(ありえん!)

 

 大声で叫びながら、まだ足りず、ニグンは心中でも叫ぶ。

 

 剣でその身を貫かれても問題なさそうにし、四〇体を越える天使を一発の魔法で殲滅する魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 それを護る、黒い鎧に身を包んだ守護者(ガーディアン)

 上位天使(アークエンジェル)を越える強さと堅さを誇る監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を蹴り一発のみで倒す男。

 

 ――あれには勝てない。俺では決して。

 

 先ほどのニグンの考えが確信に変わる。

 そして保とうとしていた余裕が消え、その代わりに絶望が心を蝕みだした。

 

 徐々に太陽が沈む。

 燃えるような赤色で染まっていた草原が、やがて血の様な赤黒に変わり始める。

 目の前にたたずむ『死』そのもののような存在が、やけに大きく見え出す。

 

(――冷静に、なれ――)

 

 絶望感と恐怖に苛まれつつも、ニグンの脳内はどうにか落ち着く。

 心臓の速過ぎる鼓動がやけにうるさく聞こえる。

 意を決し、ニグンは震える手で懐に手を差し入れる。

 

「――防げ、お前たち! 生き残りたい者はとにかく時間を稼ぐのだ!」

 

 そして取り出されたのが、クリスタル。

 名を『魔封じの水晶』。スレイン法国の至宝である。

 それを使用するのはいささか躊躇われたが、命には代えられないし、目の前のアインズ・ウール・ゴウンと名乗る化物を殺すことが最優先であるという状況判断が勝った。

 

「最高位天使を召喚する。時間を稼げ――!」

 

 その必要は無く、アインズは棒立ちのままでアルベドに自らのみを護るよう命令するだけであった。

 水晶が砕け散り、光が輝く。

 

「見よ、最高位天使の尊き姿を! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)――!」

 

 足と頭の無い、翼の集合体のような天使であった。

 その姿はどこかの神話に化物として出て来そうなものであったが、しかしその姿は冒涜的という言葉から程遠かった。

 神聖。見る者全てを浄化するようである――ニグンはアインズとウルが驚愕している姿を見て勝利を確信する。

 

「――なんと、いうことか……」

 

「………………」

 

「アインズ・ウール・ゴウン。そしてルタール・ウル。お前らは私に最高位天使を召喚させた、その力には敬意すら感じる!」

 

 両手を広げ、勝ち誇りながら、ニグンが叫ぶ。

 

「できるならばお前たちを我が同胞に迎えたい気持ちもある。しかし! 最高位天使を召喚した以上、お前たちには死んでもらう!」

 

 一気に喝采が湧き上がる。

 それは恐怖からの解放と勝利への希望によるもので、爆発的に、暗くなりつつある草原に響き渡った。

 

「<善なる極撃(ホーリースマイト)>を放て!」

 

 人の到達できない領域にある、第七位階の魔法――究極の魔法を放つよう命じる。

 それは死刑宣告と同義であった。

 

「――分かった分かった。何もしないからとっととかかって来い。それでお前たちは満足なのだろ?」

 

「どこまでも、しょうもない……」

 

熾天使(セラフ)クラスならまだしも、よりにもよって主天使(ドミニオン)クラス――」

 

 アインズとウルが、そんなことを言う。

 その言い方に、ニグンは不穏な違和感を感じた。これから聖光に焼かれて死ぬというのに、あまりにも余裕にすぎるのではないか――しかしそれについて問いかける間もなく、それは放たれた。

 

 ――<善なる極撃(ホーリースマイト)

 

 魔法の発動。そして落ちてきたのは光の柱だった。

 それは見ているだけで身も心も浄化されるような光景であった。

 悪しき存在はその清浄なる力を前に消滅する。善き存在であってもそれは同じことである。

 目の前の化物、アインズ・ウール・ゴウンは消し飛ぶ。

 ――そう思っていた。

 

「――ははははは」

 

 冷ややかな笑い声。それは誰のものであるか、ニグンは辺りを見渡す――しかし、途中でやめる。

 その声の主を確認してしまえば、どうにもならなくなってしまう気がしたのだ。

 ニグンはその声が誰によるものか薄々気づきながらも、それでも確認したくなかった。

 しかし、そんな思いは無慈悲にも砕かれる。

 

「これが、ダメージを負う感覚……痛みか」

 

 希望の光が消える。

 

「しかし、痛みの中でも思考は冷静……行動に支障は無い、か」

 

「――あーあ、多段ヒットの攻撃かぁ……」

 

「――かっ――か、かとっ、かとうせいぶつがぁあっ!」

 

 三つの絶望は未だに立っていた。

 三者三様の反応を見せる三人――共通しているのは、どれもダメージを負っているように見えないということだ。

 それを見、ニグンたちは引きつった笑顔を浮かべるしかない。

 

「素晴らしい。また一つ実験が終わったな――って、ウルさん?」

 

 アインズがウルに問いかける。

 

「いえ、その、腕輪が……まぁ、『死人に口無し』ですし良いですよね?」

 

「……あー……」

 

「かぁとうせいぶつがぁああああ――!」

 

「というか無理です。仕様的にもう、姿が保てません」

 

「わ、わたっ、私たちの敬愛すべき主君であられるアインズ様とウル様! わたしの――」

 

 アルベドの叫びをBGMに、アインズとウルが言葉を交わす。

 そしておもむろに、ウルの体が崩れた。

 

 アルベドが飛ばしてくる尋常ではない怒気と殺気と怨念に棒立ちのまま立っていたニグン。

 その黒い鎧の中から何か巨大なモノが現れようとしているのをただ見ていた――しかし、その見当は違っていた。

 

「あー、すっきり……思いっきり伸びをしてる気分……」

 

 黒ずくめの薄気味悪い男、その体はまるで溶けるように崩れ、触手の化物へと変貌した。

 ニグンたちは最早唖然とすることしかできない。驚愕を越え、絶望すらもすでに通り過ぎ、思考は完全に停止している。

 

「――四肢を酸で焼ききり、性器をミンチにして――」

 

「――よい、アルベド」

 

 アルベドはぴたりと止まる。その静まり方はかえって不気味でもあった。

 

「……さて、お待たせして申し訳ない」

 

「――わかったぞ……お前たちの正体が! 魔神! お前たちは魔神だな」

 

 なかば狂ったような目でニグンはアインズたちを指差す。

 

(そうに違いない! そうでなければ――ありえない! あってはならない!)

 

 ニグンが知っている最高位天使と戦えるという存在は、六大神、竜王(ドラゴンロード)、伝説の化物である国堕とし、そして魔神。

 その中のいずれかに違いない、否、魔神に違いないとニグンは考える。

 

(魔神に決まっている……ならば、まだ勝機は……!)

 

 四つの中から魔神を選んだのは、その中で唯一、最高位天使が打倒することができる存在であろうと思われたからだ――無意識に、ニグンはそう思い込んだのだ。

 

「――もう一度だ! もう一度<善なる極撃(ホーリースマイト)>を叩き込め!」

 

 もう一度叩き込めば化物どもは倒れるかもしれない。

 化物どもは虚勢を張っているのかもしれない。

 倒せなくとも損傷を与えることはできるかもしれない。

 かもしれない。かもしれない。かもしれない。

 仮定に仮定を積み重ね、ニグンは何とか心を保っていた。

 しかし――

 

「……今度はこちらの番だろ? 絶望を知れ――<暗黒孔(ブラックホール)>」

 

 アインズが二撃目を甘んじることは無かった。

 空間に開いた巨大で空虚な孔が、すべてを飲み込む。

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を、光を、希望を、一縷の望みさえも。

 

「……お前は、何者なんだ……」

 

 ニグンは膝から崩れ落ちる。

 その喉から掠れた声が漏れ出した。

 

「……アインズ・ウール・ゴウンだよ。この名はかつては知らぬものがいないほど轟いていたのだが――さて、時間を無駄にしないためにもおしゃべりはこれくらいにしておこうじゃないか」

 

 夕日が落ち、闇が世界を支配する。

 赤黒く染まっていた草原は艶やかな黒に変わり、ニグンは目の前の『死』が口を開いたのを感じ取った。

 

 他の部下が力なくしゃがみこむ中、大きく空間が割れる。

 活力を失った目でその光景を見つめるニグン。

 

「やれやれ……感謝して欲しいものだな。何らかの情報系魔法でお前を監視しようとした者がいたようだぞ? ――私の攻勢防壁が起動したからたいして覗かれてはいないはずだが……では、遊びはこれぐらいにしよう」

 

 ニグンはその言葉の意味を悟る。

 そしてたまらなく怖くなる。

 今まで命を奪ってきた者がどのように命を請うてきたか。

 今まで殺してきた者たちがどんな顔をして死んで行ったか。

 それら全てを走馬灯のように思い出し、そしてさらに恐怖をかき立てられる。

 

(――死んでたまるか!)

 

その執念が、パクパクと開閉を繰り返すだけだった口に言葉を紡がせた。

 

「ま、待て! ちょっと待って欲しい! アインズ・ウール・ゴウン殿……いや様――!」

 

 アインズとウルはその命乞いを冷ややかに見下している。

 

「い、命を助けてくださるならば、望む額を用意いたします――」

 

「――僕たちはね」

 

 ニグンの言葉を遮る。

 

「――いいかい? 僕たちはね、決してお金が欲しいからこうやって君たちを怖がらせてるわけじゃないんだ。別に何かモノが欲しいってわけじゃない――いや、確かにそれも重要だけど、それが()()()ではない。だからお金やモノを対価に命を救えだなんて願いを聞く気は無い。僕たちが欲しいのはお金よりもっと重要なものだからね」

 

「ならばそれを――」

 

「だから僕らは君たちに()()んだよ――それに、僕たちの提案を蹴ったのは君たちのほうだろう?」

 

「そ、それは! しかしそれでは、もし提案を受け入れても――」

 

「うん、そうだね。だって僕たちは最初から君を、君たちを生かしておくつもりなんて無かったのだから」

 

「そんな――!」

 

 言い切るウルに、ニグンは泣きそうになりながら、すがるような声で懇願する。

 それを断ち切ったのはアルベドであった。

 

「――ナザリックにおいて生殺与奪の権を持つアインズ様がそうおっしゃられたのだから、そしてウル様がそうおっしゃられたのだから、人間という下等生物である貴方たちは頭を下げ、命を奪われるときを感謝しながらただ待つべきだったの」

 

 話にならない、と言わんばかりのアルベド。

 そしてニグンは同じように話にならない、と慈悲を求める視線をアインズに送る。

 アインズは頭を振り、口を開いた。

 

「――確か、こうだったか。無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」




閲覧ありがとうございました。
分割しようと思ったのですが切りどころが見つからず、かなり長くなってしまい申し訳ありません。
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