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「――おや、どうかしたのかニャ?」
ナザリック大墳墓、厨房。
哨戒の合間の休憩時間中に散歩していたミケタマは、漂ってくる良い匂いをたどってそこを訪れた。
そして見れば、料理当番のメイドたちがたむろしてなにやら話し合っている。
その横にある机の上には皿に盛り付けられた料理がいくつか並んでいる。どれも見事な盛り付け具合で、一流のフルコースの一皿を務めても不足は無いだろう。
「あっ、ミケタマさん」
「やっほー」
ミケタマの存在に気づいたメイドたちはいっせいにそちらを向く。
一般メイドたちの中でミケタマは、よくその姿を見かけそして案外気さくに話しかけられる、ちょっとしたアイドルのような存在だった――ちょうどルプスレギナやシズのように。
「なーに、新作料理の開発中なのかニャ?」
「いえ、それがですね……」
メイドたちは、どうやらミケタマの言う通り新作料理を開発しているらしい。
しかしその新作料理はただの料理ではなく――
「――ルタール・ウル様にお出しするに足りるものを開発している、と」
「そうなんです」
ちょうど、行き詰ったところであったようだ。
どのように作っても、至高の御方に捧げるには不足があるようにしか思えないらしい。
「――ちょっと私にもちょうだいニャ」
「あ、はい。どうぞ」
ミケタマは肉の乗った皿をひとつ選び、丁寧にフォークとナイフを扱ってそれを口に運ぶ。
噛み締めた瞬間、ミケタマの口内に濃厚な肉汁が広がった。
「――ん、美味しいんじゃないかニャ?」
「ありがとうございます」
次に魚を口に運ぶ。
柔らかい感触と共に酢の優しい酸味が感じられる。
「……これも、良いんじゃない?」
次に、野菜。
「これも」
次はスープである。
「あちゅっ……うん、ちょっと熱いけど美味しいニャ」
甘味。
「……うん」
そこにあった皿の一通りを食べたミケタマは、感想に困っていた。
(どれも普通に美味しい……!)
一流のフルコースを食べたような気分のミケタマは、逆に悪いところを探す。
(……特に無いニャ。私だって特別舌が肥えてるわけじゃないニャ)
どれだけこのメイドたちは向上心が高いのか、と思う。
どう言葉をかけたものかとミケタマが考えあぐねていたところで、メイドの一人が訊ねた。
「……ミケタマさん、お願いがあるのですが」
「え――あ、あぁ。何かニャ?」
「――ルタール・ウル様のお好みになる料理とは何か、知りませんか?」
「――――――」
ミケタマは非常に困る。
被造物であるならば、創造主であり絶対の忠誠を捧げる主の好む食べ物くらい知っておかなければならないだろう。
そんな妙なプライドが、ミケタマに『知らない』と言わせることを許さなかった。
「――あ、あぁ。ウル様の好きな食べ物ニャね――」
必死に頭を回転させる。
ミケタマはそれなりに聡明ではある――そうあれかしとウルに創造された――のだが、やはりアルベドやデミウルゴスほど頭の回転が速いわけではない。
記憶を探る。記憶の海へ飛び込む。
やはり素直に答えようかと思ったとき、ようやく思い出した。
「――そう! そうニャ、ウル様が好きだと言っていらっしゃった食べ物は――」
「――いやー。リアルは相も変わらず大変ですよね」
第六階層のログハウス。
飾りとして作られたそれだったが、実は小規模な集会所としても使える。たむろして話合いたいときや一人でぼーっとしたいときなどには重宝するのであった。
いつの日か――そこに、ウルとヘロヘロがいた。
『リアル』のことについて話しているようであった。
「――唐突ですね、ウルさん。いえ、確かにそうですけど。まったく以ってそうですけど」
「本当、嫌になっちゃいますよねー」
「私はもう感覚が麻痺してるって言うか、体がそれに慣れちゃってるって言うか……」
「やっぱりブラック企業に務めると大変なんですよね――今の日本は九割ブラック企業ですけど。ははは」
「ウルさんこそ、この前珍しく零してたじゃないですか。上司が死ぬほどうざったいって」
「前の職場に比べたらマシですよ……って、それについては忘れてくださいって言ったじゃないですか」
「あまりの怨念のこもりっぷりだったし、忘れられるわけないですよ……」
「――おや。ヘロヘロさん、ウルさん」
愚痴を吐きあっていたところに、モモンガが加わる。
「あ、モモンガさん。珍しいですね、ここに来るなんて。自然が恋しくなったんですか?」
「ウルさんを探してきたんですよ、来週に計画してる素材稼ぎの件についてなんですけど」
「あー、その件ですか。行きますよ、壁役は多いほうが良いでしょう?」
「それは非常にありがたいです……ぷにっと萌えさんにそう伝えておきますね」
「ええ、分かりました――って、今度はペロロンチーノさんですか?」
今度はペロロンチーノが加わる。
「おひさですウルさん」
「こちらこそお久しぶりですペロロンチーノさん」
「どうです最近? 体、壊したりしてないですか?」
「今のところは大丈夫ですねー、お気遣い有難う御座います」
「なら良かった、仕事が大変だって前聞いたので……」
わいわいと賑わう。
比較的小さなログハウス。そこにモモンガ、ペロロンチーノ、ヘロヘロ、ウルの四人が詰まっているの。傍から見れば少し窮屈に見えるほどだ。
「――そういえばこの前買ったって言うエロゲ、どうだったんですか」
「やっぱりぶくぶく茶釜さんが……?」
「出てませんでしたよ、もうマジで最高でした」
「良かったですね、かなり期待してましたもんね」
「ロリは至高ですねやっぱり」
「――そういえばいつでしたっけ、二ヶ月くらい前? ペロロンチーノさんが新作のエロゲ買ったって言ってたとき」
「あー、ペロロンチーノさんが、あの、げっそりしてた……」
「やめて、思い出させないで」
「あの落ち込みっぷりは半端じゃなかったですよね……」
「ペロロンチーノさんには悪いけど、少し笑っちゃいましたよ」
「やめてください! 俺のライフはもうゼロです――!」
いつものように、他愛も無い話を和気藹々と続ける。
そしてふと、誰かが言った。
「――そういえば、今日夕飯に牛丼食べたんですよね」
「本当ですか? 私も食べたい……肝臓がちょっとヤバイかもしれないからビールは駄目だけど」
「僕もたまには食べたいですね……良いなぁ」
「良いでしょう良いでしょう、卵も付いてますよ」
「良いなぁ……! エロゲ買ってるのにどこにそんな余裕があるんですか……」
安月給のブラック企業に務めているウルやヘロヘロからすれば、牛丼さえも贅沢品であった。
否、それはモモンガやペロロンチーノからしても同じだった。
「――あ、ウルベルトさん」
「何だ何だ、ちょっとした集会みたいになってるじゃないか。俺も――」
そこにウルベルトが加わり、雑談はさらに盛り上がる。
人が集まる場所にはやはり人が集まってくるわけで、他のギルメンも集まって来、ログハウスが狭いということで、少し拡張したらどうかなどと言葉を交わしながらみな円卓の間へと転移する。
よくある日常の光景であった。
「――というわけニャ」
ミケタマはその話を聞いていたのだった。
『ギュードン』が何かミケタマには分からないが、それは主が食べたいというほどのものであり、そして何らかの事情でなかなか食べることができない好物であるのには違いない。
「つまり、ウル様は『ギュードン』ってものを好んでいらっしゃるニャ。なかなか食べられないほどの貴重な食べ物――もしくは調理がかなり難しい料理に違いないニャ」
ふふん、とミケタマは自分の推察を伝える。
話を一心に聞いていたメイドたちは歓声を上げた。
「つまり、『ギュードン』を作ればウル様がお喜びになられる」
「新作料理はそれに致しましょう」
「ええ、それが良いわ。至高の御方に相応しい『ギュードン』を作らなければ」
「ウル様に喜んでもらえるよう頑張らなければいけません」
口々に言う。
そして静まった後、おもむろにメイドの一人がたずねた。
「……ミケタマさん、『ギュードン』ってどんな料理ですか?」
後日『ギュードン』という名の豪華な一皿――少なくとも牛丼とは似ても似つかない、かけ離れている――が食卓に上がり、ウルが『これじゃない』という顔をしながらそれを食したのは別の話。
そしてアインズがそれを羨み、自分も牛丼を食べたいと言い出してまた一悶着あるのだが、それもまた別のお話である。
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