オーバーロード 黒き触手   作:灰男

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11巻発売されましたね。


拾壱話 法国潜入

 ――スレイン法国。

 リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国とそれぞれ隣接した国であり、そして周辺国家の中でも最大の国力を持っている国家だ。周辺国が基本的に四大神を信仰しているのに対し、六大神を信仰する宗教国家である。軍事力に長けているが、周辺国家から極度に危険視されることは少ない。

 それは宗教観による選民思想――人間こそが選ばれた民草であるという思想が根付いているからである。選ばれた民同士で殺しあうことを是とはせず、代わりに亜人や異形などを征伐することに全力を尽くしている。よってリ・エスティーゼ王国と隣接するアーグランド評議国とは非常に仲が悪い。

 そういうこともあり亜人または亜人との混血者は非常に住みづらい国となっている。エルフにとってはそれが顕著で、住むとなればその長い耳の半分ほどを切り落とされる。

 

 政治体勢も宗教国家に相応しいものであり、神への敬意とその教えを中心に国が回っている。

 周辺国家の中では唯一戸籍台帳を調える国家であり、これによって武術や魔術の才能を持つ者を効率的に探すことができる。軍事力に長けているのはこれが所以である。

 さらには一夫多妻制も認められており、強い者の血が濃くなりやすい――神人、すなわちプレイヤーの血を覚醒させた者も存在する。時を経れば経るほど軍事力は増していくことになるだろう。

 

 六色聖典という特殊部隊を保持しており、それぞれの部隊は隠密のうちに特殊活動を行う。その存在は国民にすら知らされておらず、特に『漆黒聖典』の存在は他の六色聖典のメンバーでも知らないほどに極秘に扱われている――今のところアインズたちが知りえているのは陽光聖典の存在のみだ。

 

 

 

 そんな国こそ、ウルが今向かっている最中の国である。

 

 

 

 エ・ランテルまではアインズと同行し、そこからウルたちが別れ、スレイン法国へ行く予定であった。転移門(ゲート)の魔法で移動すればよいのだが、地理的な情報も得ておきたいということであった。

 しかし、それではなかなか時間がかかることがすぐに分かったのだ――よって急遽、途中まで転移門(ゲート)で移動することとなったのであった。そんなに予定に狂いが生じないのが救いだろうか。そして転移する際、門から出てくるところを目撃されるのが懸念されたが、それは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を使用することで避けることができた。

 予定は滞りなく、ウルたちはちょうど馬車――馬はゴーレムである――で移動しているところであった。もうすぐ法国が見えるかどうか、といった感じだ。

 馬車は貴族の乗るような華美なものではなく、簡素である。木製で、運転席と布の屋根のついた荷台があり、その荷台には様々な物資――装備品やマジックアイテムなどが積まれている。食料などは現地調達だ。もちろん偽装工作などの対策は施されているので盗まれる心配は無い――万が一盗まれれば一大事である。本来は至高の御方に相応しいもっと華美な馬車を、とミケタマを筆頭とした守護者たちが訴えたのだが、さすがにそれは本人が落ち着かないのとあまりに目立ちそうなのでウルが断った。

 

 比較対象に日本のアスファルトを持ってくるのが悪いのだろうが、道が悪く、馬車は小刻みに揺れている。そのために尻や背など体の節々が固まり、ウルは無性に体を伸ばしたい衝動を感じる。

 

(馬車の中くらい、別に良いと思うけどなぁ……)

 

 手首に着けている金属製の輪を見ながら、ウルは窮屈さを忌々しく感じる。しかし残念ながらそれについてはアインズ直々に釘を刺されているのだ。くれぐれも本来の姿を見せないように、と。だから外すわけにもいかないのだった。

 思わずため息をつく。

 

「………………」

 

 道中は暇である。特に話すことが無いのだ。

 ウルはふと横を――その同行者を見る。

 

「――どうかしましたかニャ、ウル様」

 

 赤と青の瞳がウルの顔を控えめに覗き込んだ。

 

「ん――いや、なんでもないよ」

 

 ただなんとなくそちらを見ただけのウルはすぐに視線を前方へと戻す。まだ不思議そうな顔をしているミケタマに、ウルは首を小さく振ってなんでもないと答えた。

 少し――ほんの少しだけ小首をかしげたミケタマは、ウルと同じように前に目を向けた。

 手甲と青龍偃月刀は装備していない。チャイナドレスは相変わらずだが、戦闘ができるような装備ではなかった。

 

 何故ミケタマが同行者なのか、少し過剰戦力ではないか――という言葉がアルベドから上がった。

 理由は簡単だ、守護者の中でも手が空いていたのだ――しかしアインズは渋い反応を返し、その考えに反対した。

 ミケタマはナザリックの秘匿戦力とも言える存在。別にその存在が秘匿されていようとされていまいと、結局ミケタマの存在が齎す効果は変わりないのだが、しかしもしミケタマを失った場合の戦力の損失は大きい。ユグドラシルと同じように蘇生する事ができるとも限らない。

 それでもミケタマは珍しく引き下がらなかった――そこにウルの後押しがあった。

 ミケタマは主を護れるのは自分以外にいないという考えから、アインズに提言し懇願したのだった。ウルの方は、ミケタマを連れて世界を見て回りたいと思ったのだった――娘のような存在と一緒に旅をしたいという願望があったのだ。

 ウルがそう言うのであればそう簡単には無下にできない、そして他に手が空いていて適任な守護者が居ないということでアインズはそれを許したのであった。

 そして元々与えられていた任、ナザリック大墳墓の警備はセバスやコキュートスに引き継がれ、晴れてミケタマはウルと行動を共に出来るようになったのである。

 

「――――――」

 

 手綱を握り馬を駆るミケタマの横顔は妙に楽しげである。主の前でなければ鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だ。

 

(なんでだろうか、何かうれしいことでもあったのかな……)

 

 ウルは首をかしげる。

 ミケタマもウルと同じように体の節々が痛むはずである。そして馬の手綱を握っているのは彼女なのだから多少なりとも手が痛いはずである。

 しかしミケタマは微笑を浮かべている。何がそんなにうれしいというのか。

 

(……まぁ、良いか。特段聞かなきゃならないことでも無いだろうし)

 

 所在無く指先を遊ばせながら、ウルは景色を眺める。

 辺りには短い草が生えており、見える範囲内に樹は立っていない。地平線までが見渡せるような草原である。

 そのような些細な光景にも、ウルは感動を覚える。

 

(一面緑だなぁ……)

 

 元の世界では決して見ることの無い、見ることのできない光景である。

 空といえばまず鼠色。草木も別に無いわけではないのだが、ウルの見ることのできた狭い世界では見ることは無かった。

 夜空に限らず、青空に限らず、こうした『自然』に触れ合う機会はまったくなかった。

 

「――ふぅ……」

 

 深く吸い、吐き出す。青々としたにおいがウルの鼻腔を満たした。

 その感覚さえもウルは新鮮に感じるのだった。

 

「――ウル様」

 

 出発してからどれくらい経っただろうか。ミケタマがウルに言葉をかける。

 

「見えてきましたニャ」

 

 それを聞いて、ウルはふと立ち上がる。腰がパキパキと音を立てた。

 

「……おお」

 

 それは、エ・ランテルとはまた一風変わった都市であった。

 壁はあるのだが、強固では無い。本当に街の中と外を区切ることだけを目的としているもので、防御面での役割は期待しづらいと思われる。

 門から多くの人間が出入りしている。ただし亜人の姿はほとんど見えない。

 まじまじと観察を始めようとしたところで、ウルはまずしなければならないことを思い出した。

 

「あ。……ミケタマ」

 

「何でしょうか」

 

「ちょっとこっちに向いてくれるかな?」

 

「御意に」

 

 同意の意思が返ってくるが、その声には少し困惑の色が混ざっていた。

 

「大丈夫、補助魔法をかけるだけだから……」

 

 それを聞いてミケタマは素直にウルのほうを向く。

 

「……そういえば、これに関しては実験してなかったね……使用する頻度は少ないだろうけど、駄目だね。スキルに関しても……今度ナザリックでやろうか」

 

 つぶやきつつ、ウルはユグドラシルで使用する頻度の低かった魔法を発動する。

 

上位幻術(グレーター・イリュージョン)

 

 ウルの取っている職業(クラス)レベルを上げることで取ることが出来る魔法。その名の通り幻術系の第八位階魔法である。ミケタマに効かない第六位階魔法よりは上の魔法であるので問題は無い。そうした低位の補助魔法などをかけられないのが魔眼を持つ『ケット・シー』の短所であった。

 ウルは基本的に状態異常系の魔法やスキルを取るように心がけていた――性能重視よりロールプレイ重視と言えるだろう。便利で手ごろな<飛行(フライ)>の魔法を取っていないのもこのためである。

 

「これで大丈夫かなぁ……大丈夫じゃなかったら不味いな」

 

 陽光聖典の話によれば、スレイン法国は亜人を排斥する国家である。『人間』こそ至上であり、たとえ人型であったとしても『人間種』は滅すべき対象なのだ。

 ミケタマは異形種ながらも、いつも取っている形態は人型である。その外見は、猫耳を除けばほとんど人間である。

 つまりはその猫耳が問題。それを隠さなければ法国には入れないだろう。

 

「……うん、ちゃんと触覚も騙せてるね。成功だ」

 

「あ、にゃっ……その、ウル、様っ」

 

 それまで耳があった場所にウルは手を伸ばす。術者であるウルにさえ手は空を掴むように感じ、そこに耳があるようには思えない――二本の尻尾も今は姿かたちも見えない。

 しかしミケタマには触られているように感じるようで、くすぐったいのか体を震わせる。

 

「あ……ごめんね」

 

「い、いえ……」

 

 なぜか頬を染めつつミケタマはそっぽを向く。

 ちょうど機嫌が良さそうだったのに、悪いことをしたかとウルは失態を責める。

 

「本当にごめん」

 

「御方の御前で変な声を上げた私が悪いのです、お気になさらないでください……」

 

 そういって手綱を引く。そこからしばしの気まずい沈黙が二人の間に広がった。

 

 法国に近づくにつれて道を行き交う馬車や人が増え始める。

 人々の視線がミケタマの頭に向くことはなく、幻術はきちんと効いていると考えてよいだろう。

 

「――――――」

 

 ――その代わり、その美貌に振り向く者は多かった。

 ミケタマは小さくうめく。その顔は少し赤く照れているようにも見えた。

 

「……不思議なことを聞くようだけれど、人間にじろじろ見られて嫌に思う?」

 

「いえ……単に気恥ずかしく感じるだけですニャ」

 

 アルベドのような思考回路ではないことにほっとするウル。

 もしこれがアルベドであればその視線どころか、大量の人間の存在は不快以外の何物でもなく、今にもバルディッシュを振り上げて撫で斬りを始めようとするところだっただろう。

 

(もしモモンガさんとアルベドがこっちに赴いていたら……愉快なことになりそうだね。いや、笑い事では無いか)

 

 脳裏にはその光景が容易に思い浮かぶ。

 黒い鎧の大男が同じく黒い鎧を着た女性が殺戮を始めようとするのを必死に止める様。

 考えただけでもシュールであった。

 

『――止まれ』

 

 当然であるが、検問が敷かれていた。治安維持のためであろう。

 衛兵だろうか、それとも軍の兵士だろうか、同じ鎧を着た四人ほどが門の前に立っている。鎧にはどれも同じ紋章が刻まれていた。腰に提げているのはメイスであり、剣などの刃物を持っていないことを考慮すると、どれも魔法詠唱者(マジック・キャスター)であることが伺えた。

 

「……怪しまれないように、なるべく自然体で行くんだよ」

 

「はっ」

 

 互いに聞こえるだけの小声で言葉を交わす。

 そして何事も無く検問は終わった。

 

 

 

 

 

 ウルはまず、街の景観に驚いた。

 思ったよりも文明的である。ウルはてっきり、もっと中世的な感じなのかと思っていた――エ・ランテルでそんなことは無かったのだが文化の違いも考慮して、道に糞尿が投げ捨てられているという状態も覚悟していた。しかしそれは杞憂に終わったようである。

 外よりも揺れが少ない。道は石で舗装されていた。

 

「結構文明的だね……なかなか、大きい街みたいじゃないか」

 

 道を行き交う人々の目には生き生きとした輝きが宿っている。圧政などが無い証拠だ――ウルはもう一度周囲を見渡す。

 見た感じでは店が多い。見た感じ、大通りなのだろう。かなり賑わっている。しかしエ・ランテルほど人が多いわけではなかった。

 

「平和そうだ」

 

 その都市の名は神都。スレイン法国の本部である。

 

「……さて。まずは宿を探すかな」

 

 ぐるりと辺りを見渡す。

 そしてウルはアインズの懸念が当たっていたことを知った。

 

「………………」

 

 文字が読めない。

 言葉に関してはきちんと翻訳されるようだが、文字に関しては翻訳コンニャクを食べさせられていないようである。

 

「……ちなみにミケタマ。一応聞くけど、その辺に書いてある文字を読むことはできる?」

 

「申し訳ありません……」

 

「だよね――というわけで、早速使おうか」

 

 ウルは周囲から見えないようにアイテムボックスに手を差し入れ、取り出したモノクルを装着する。

 

「こればかりは、仕方ないね……勉強して読めるようになるまで我慢だ」

 

 そのモノクルは翻訳機能を持った眼鏡である。

 それはナザリックに一つしかない――つまり、紛失または破損してしまえば代えは利かないということだ。

 ウルは考える。まずは図書館らしき場所に行かねばならない――それもなるべく迅速に。これが第一の目標である。

 できるのであれば文字の表を作り、それをなるべく覚える。簡単な単語も覚える――辞書らしきものが手に入ればなお良しだ。それでモノクルを返せる。ゼロから翻訳するよりもはるかに簡単だ。

 遅すぎると王都でセバスが行っている任務に支障が出る恐れもある。伝承や周辺地理、歴史などを知る前に言葉を覚える必要があるとはウルも思っていなかったのだった。

 文字読解魔法を使えれば何も困ることは無い、万々歳なのだが。しかしいくらウルがロールプレイ重視でスキルや魔法を取っていたとしても、そのような魔法は取って無い。そういったキャラ付けではなかったしあまりにもニッチすぎた。

 

「……ああ、ちゃんと日本語で読める……」

 

 慣れ親しんだ言語が目に飛び込んで来、ウルはほっとする。久しぶりに日本語を目にする気がした。

 そして読めない漢字が表示されていないのも僥倖であった。常用漢字程度なら読めるのだが、難解な漢字はウルには読めない。

 

「見える範囲に宿は無いね……もうちょっと進めてくれるかな?」

 

「はい――」

 

 やがて、周りよりも一回り大きい建物が見えた。横には馬と馬車を繋ぎ止める場所がある。

 看板を見れば、単に『宿屋』とあった。本当にそう書いてあるのかそれともモノクルが勝手に余分な部分を削っているのかは分からない。

 人の出入りが激しい。名前にもそうあるのだから、おそらく宿屋であろう。

 

「ここで良いよ。止めておいて」

 

「御意に」

 

 ウルは一足先に石畳に降り立つ。

 周りを注意深く見渡しながら、一歩、宿に踏み入った。

 

(治安は良さそうだし、客層も悪く無いように見える……嬉しい限りだね)

 

 今、腕輪(メタモルフォーゼ・ブレスレット)を着けているウルからすれば、何か因縁をつけられて喧嘩を吹っかけられるのさえ怖い。

 ダメージがあろうと無かろうと、規定回数攻撃を受ければ変装が解ける。解けてしまう。それがその腕輪の仕様であった。

 

(極力気をつけないと……ああ、偽名……ミケタマに言うのを忘れてた。失態だ)

 

『いらっしゃいませ、ご宿泊ですか?』

 

 ミケタマにそれを伝える間などあるはずもなく、受付の男がウルに声をかけた。

 

「……ええ。とりあえず、三日ほど。二人です」

 

『かしこまりました。幸いお部屋は空いております、食事は朝夕に一度ずつです――料金は先払いですがよろしいでしょうか』

 

 ウルはあらかじめ取り出しておいたユグドラシルの新金貨を取り出す。

 

「構いません……大きいのしかありませんが、よろしいでしょうか……足りますよね?」

 

『ええ、構いませんとも。足りるかどうか……金貨ですし、足りるでしょうが、少々お待ちいただきたい』

 

 そういって受付は奥へ行った。

 カルネ村の村長と同じように金貨の大きさと重さを計っているのだろうか。しばらくして受付は戻ってきた。

 

『……交金貨二枚分ほどでしょうかね。見たことのない金貨ですが……いえそれは今は良いでしょう。これだと、お釣りは銀貨八枚と銅貨八枚になります』

 

 三泊で銀貨一枚と銅貨二枚。一泊ならおよそ銅貨四枚といったところだろうか。

 金貨があれば普通に過ごすのに困ることはまず無いのだとウルは気づく。内装もきちんとしており綺麗に掃除されているこの宿の料金がまさか他より著しく低いわけが無いだろうという考えからだ。むしろ他の宿よりも高い部類に見える。

 遅れて、後ろからミケタマが歩いてくる。

 

『おや、お連れの……女性でしたか』

 

 ミケタマの顔に目を奪われ、しばし経った後思い返したかのように受付は手元の帳簿をぱらぱらとめくりなおす。

 そういえばとウルは口を開く。

 

「―― もちろん、ベッドは二つでお願いしますね」

 

『……あ、そうでしたか。これは失礼いたしました』

 

 少し拍子抜けしたかのように受付は帳簿にペンを走らせる。

 いったいどのような勘違いをしていたのかと考える――想像に難く無いが。

 そして帳簿をめくり終えた受付が訊ねた。

 

『お名前をお伺いしても?』

 

 答えても答えないでも、どちらでも良いのだろうが、ここで答えなければさすがに怪しまれるだろう。

 逡巡無く、ウルは答えた。

 

「――ミニョン・ガット・ウルタールと申します」

 

『ウルタール様、ですね……して、そちらのお方は?』

 

 ミケタマはウルが偽名を言った意図を掴みつつも、咄嗟に偽名を考えるのは難しい。

 申し訳なく思いつつ、そして詰めが甘いと自責し、ウルはミケタマが口を開くのを遮った。

 

「――失礼、彼女には事情がありまして……『ケット』とお呼びいただければ」

 

 ウルはちらりとミケタマのほうを見やる。異存は無いようでミケタマは頭を下げる。

 少し眉を上げながらも受付は帳簿にペンを走らせた。『事情』とやらが何か無闇に詮索しない辺り、やはり商売人なのだろう。

 

『ウルタール様とケット様ですね。承知いたしました、お部屋はお好きなものをお選びください』

 

「この部屋で」

 

 適当な部屋を選び、鍵を貰う。

 

(……鍵が付いているあたり、そこそこ上質な宿なのかな? ご飯も美味しいと良いんだけど……多分無理だよね、ナザリックのご飯より美味しいご飯なんてなかなか出せないよ)

 

 事実、その宿はかなり上質なものである。

 継続して利用するには少し高すぎるくらいだ――故に客は少なめである。

 

「――ふぅ」

 

 選んだ部屋に入り、ひとまずベッドに座る。ぎし、と小さな軋みを上げるベッドは、部屋の向かいに一つずつ置かれてあった。以前の――この世界に来る前におけるウルの生活なら考えられないほどに上質な生地である。しかしナザリックのものに比べるとはるかに見劣りした。

 窓際に簡素なつくりの机、その上に羽ペン。引き出しの中には羊皮紙が数枚。これはウルが今念頭においている目的からすればありがたいものであった。まあ、羊皮紙と筆記具を買う手間が減った程度であるが。

 

「慣れって怖いね、本当……人はどこまでも贅沢を求めるようになる生物だね」

 

 部屋の内装を見渡す。

 ナザリックの自室と比べるとどうしてもみずぼらしく見える。だがそれが特段気になることは無い――ウルがまだ社畜の時、劣悪な環境を幾度も体験しているからというのが理由である。

 そしてもう一つ――ウルとしては、治安がよければどんな宿でも良かったのだ。部屋にベッド以外何も無くとも別に困ることは無い。

 宿泊が目的ではないのだ。極端に言えば、一時的な滞在場所として役目を果たせれば内装や機能などどうでも良いのであった。

 

「――ミケタマ、ごめんね。事前に偽名を考えておくように言わないで」

 

「いえ、ウル様の謝られることではありません! 私の機転が至らないが故に――」

 

「いや、こればかりは僕のミスだった。上司が失敗したのにそれを部下が謝るだなんてあってはならないことだからね――偽名を使う意図も伝えてなかった」

 

「偽名をお使いになられたのは……もし本名が広まった場合、そしてウル様の御名前を知っている敵対者が居た場合、その者が行動を開始するかもしれないから、でしょうかニャ」

 

「そうだね。まあ、本当にそういう存在が居れば、偽名を使うっていても一次凌ぎにしかならないだろうけど」

 

 ウルは話題を断ち切るように立ち上がる。

 

「この話はおしまい。ここはこちらが頭を下げるべきなのだろうけど……君はそれを許してくれなさそうだ」

 

「とんでもない! し、至高の御方が私のようなものに頭を下げるなどあっては――!」

 

「うん、だからこの話は終わりにしてくれるとうれしいな」

 

「御意に!」

 

「――なら、ささっと行動を開始するよ。時間は有限で、そして僕たちを待ってくれないからね」

 

 そうしてウルたちが赴いたのは、図書館であった。




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