オーバーロード 黒き触手   作:灰男

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壱話 二人の支配者

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 転移後、モモンガが様々なことを確認するため動いていたとき、ウルはずっと固まっていた。

 

 モモンガの一連の――セバスに哨戒を命じてからアルベドの胸を揉むまで――行動を見て、ウルは驚いた。

 驚いたという生半な次元ではなく、それこそ気絶でもするのではないかというほどに、驚いていた。

 

『いかがなさいましたか? 何か問題がございましたか?』

 

『――GMコールが効かないようだ』

 

『御赦しを。無知な私では――』

 

 アルベドが言葉を発しただけでなく、モモンガと会話するのを聞いて、ウルは絶句した。

 決してありえない。言葉を自発的に発するなど。プログラムされていない動きをするなど。口が動くなど。コマンドを用いずにNPCが命令を聞くなど。

 さらにはNPCに対して性的な行動を行っても、なんら、BANや警告すら無い。R-18どころかR-15な行動にさえ厳しかったあの運営が存在するとすれば、異常事態である。

 

「ありえない、ありえない――」

 

 そう言うウルの口も、言葉に合わせて動いている。

 いくらそうつぶやいても、現実に、目の前で、そして自分の身に起こっているのだから、とてもありえないなんて事は言うことができないのだが。

 

 

 

 そして目の前では、シャルティアとアウラが喧嘩をしている。

 

 ぷっちーん、と何かが切れる音がウルとモモンガの耳に聞こえてくる気がした。

 

(……あり、えない)

 

 しかし、目の前でこうも不可解にすぎる現状を見せ付けられると、否定するのはもはや難しくなってくる。

 第六階層に移動する前。玉座の間で、モモンガが『仮想現実が現実になった可能性』を挙げた。

 ウルは、少し失礼なことだが、それを内心で一笑に付した。他の可能性のほうがまだありえる――制作会社側の究極のサプライズであるといった可能性のほうがまだ現実味がある。

 

 仮想現実が現実になってしまっては、それはすでに『仮想』では無いではないか。

 

「サワガシイナ」

 

 しかし、ぎりぎり保たれていたウルの思考回路も、その冷気を放つ異形が現れたことによって停止してしまった。

 コキュートス。氷河地帯である第五階層の守護者である。

 

(……ありえな……)

 

「御方々ノ前デ遊ビスギダ……」

 

(……いや、ありえ――)

 

「……この小娘がわたしに無礼を働いた――」「事実を――」

 

「……シャルティア、アウラ。私を失望させるな」

 

「「もうしわけありません」」

 

(――あり、える……のか)

 

 終始無言で、ウルはモモンガが守護者達を御すのを見つめていた。

 ウルの思考内にて、モモンガの突拍子も無い案が最有力となった時であった。

 声音は普通のときより少しだけ低い調子。モモンガは鷹揚に頷く。

 実に支配者然とした態度。

 そしてそれに対する守護者達の態度を見ると――否、それは玉座の間ですでに分かっていたことだが――あることがわかる。

 

 ――彼らが、自分やモモンガに極限の忠誠を誓っているということ。

 

 ただ忠誠を向けられるだけなら、それに慣れていないウルはむずがゆく感じるだけだ。

 ――だが、今向けられている忠誠は極限まで高まった、最大級のものである。

 ウルはそれに、少しだけ恐怖を感じていた。

 

 そしてウルは、もう一つの考えに至る。

 忠誠を向けられているということは、モモンガと同じく、自らも支配者という立場になる。

 モモンガが尊大な口調を取っているのは、支配者にふさわしいと思う態度を取ろうとしているからだ。

 ならば自らも、そういった支配者然した態度を取るべきではないか?

 

 思い立つと共に、ウルは無意識的に<伝言/メッセージ>の魔法をモモンガに対し発動していた。

 

『――モモンガさん』

 

『――えっ』

 

 唐突に聞こえた声にモモンガは少し硬直する。

 しかしすぐに<伝言/メッセージ>によるものであると理解すると、モモンガは我に返った。

 

『えっと、モモンガさん?』

 

『あっ、はい、何でしょうか』

 

『僕も何か……喋ったほうが良いんでしょうか?』

 

『え――あ、あぁ、それは――』

 

「御方々、ドウカナサレマシタカ」

 

 コキュートスがウルとモモンガに問いかける。

 少し沈黙があったので、それを怒っているのだと感じたのだろうか、頭を下げている二人から恐怖の感情が感じられた。

 

「――いや、なんでもないよ。気にしないで良い」

 

 自然と、そんな言葉がウルの口を衝いた。

 続いてあっという言葉が口から出かけたが、ウルは何とかそれを押しとどめる。

 

『――上に立つ人の口調なんてあまり分からなくて……すみません』

 

 ウルの中での『支配者』という像は、もっと偉そうな――仕事場の上司のような喋り方だったのだが、ついつい素が出てしまった――が。

 

「――ソレハ申シ訳アリマセンデシタ、ルタール・ウル様」

 

『……いえ、好感触です。そんな感じで良いんじゃないでしょうか』

 

 しかしそれをコキュートスが不自然に思うことは無く、また頭を下げたままの二人から恐怖の感情が霧散した。

 アウラとシャルティアが内心胸を撫で下ろすのと共に、ウルもまた胸を撫で下ろした。

 

(……えっと……何言えばいいんだろう……)

 

 言葉を選びつつ、ウルは口を開いた。

 

「……良く来たね、コキュートス」

 

「オ呼ビトアラバ即座ニ、御方々」

 

 コキュートスの口から吐息が漏れる。空気中の水分が凍り、ぱきぱきという音が鳴った。

 

「この頃侵入者も無く暇ではなかったか、コキュートス――」

 

 また、モモンガとコキュートスが会話を始める。

 

 短いながらも、会話を――意思疎通を実際に行った。

 ウルはそれで、半分確信した。

 この世界は、ユグドラシルの世界なのだと。そして自らは支配者の一人となっているのだと。

 

「――皆さんお待たせして申し訳ありません」

 

 長身の悪魔――デミウルゴスが現れるのを見ながら、ウルはその確信がさらに強くなっていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

「――モモンガさん」

 

二人転移した後、レメゲトンにて、ウルはモモンガに声をかけた。

 

「……なんでしょうか」

 

「名前を、変えるって」

 

 ギルメンであるウルにさえ事前に伝えられていなかったこと。

 一種のサプライズになった形だ。

 

「そうです。名前を変えます」

 

 遠い目で、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを見ながら、モモンガが言う。

 虚ろな紅い眼光が、焔のように小さく揺らめいた。

 

「……独断ですか」

 

 じと、と、ウルはその黄色い目でモモンガを見つめる。

 話し合いと多数決を尊重するアインズ・ウール・ゴウンのギルド長であるモモンガにしては、考えられない行為であった。

 

「返す言葉もありません。完全に俺の我侭です――」

 

 モモンガは頭を下げる。

 

「――頭を下げるほどのことじゃないですよ。ただ、事前に伝えておいて欲しかったな、と少し思うだけです」

 

 触腕をパタパタと振り、ウルが言う。

 

「それに、サプライズみたいで驚きましたし――ちなみに改名した後は何と名乗るんですか? 気になります」

 

 ようやく頭を上げたモモンガは、今度は少し照れくさそうに言う。

 

「……聞きたいですか?」

 

「聞きたいです」

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

 子供のようなやり取りを交わした後、モモンガは大きく息を吸うようにして――実際は吸ってなどいないのだが――言った。

 

「……『アインズ・ウール・ゴウン』です」

 

「――――――」

 

 ウルは言葉を失った――

 

「……駄目でしょうか。仲間との栄光を、後世に遺そうと」

 

 ――その考えの素晴らしさに。

 

「――ふふ」

 

「思ったんですが――え?」

 

「……いい考えだと思いますよ。いや、最高だと思います。ふふ」

 

 ふふ、と笑い続けるウルに、モモンガは小首をかしげる。

 

「……いえ、もし僕がギルド長で、もしこの世界に転移してきたら、多分同じようなことをしようとするだろうな、と。そう思っただけです」

 

 モモンガがどれほどギルドを愛しているかを知り、ウルは微笑んだのであった。

 

 

 

 ――そして同時に、モモンガも、ウルがいかに自分と同じほどにギルドを好いているかを感じたのである。

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