オーバーロード 黒き触手   作:灰男

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弐話 造物主と被造物――1

 ――少し経って、ウルがモモンガに声をかける。

 

「――あ、そうだ、アインズさん」

 

「……あ、ウルさんは前までと同じでモモンガって呼んでくれていいですよ。何ですか?」

 

「では、モモンガさん。少し、行きたい場所があるんですが」

 

「どこに行くんですか?」

 

叢林(ジャングル)の近くの『ログハウス』なんですけど……」

 

「……あぁ、あそこですか」

 

 モモンガは場所を聞いて、ウルが何をしようとしているのか察した。

 

()()()行くんですよね? 良いですよ」

 

「では、早速――」

 

 そう言うや否や、ウルの姿がモモンガの前からかき消えた。

 

「……ふぅ」

 

 ようやく緊張の糸が切れたように、モモンガは一つ、小さな息をついた。

 

 

 

 

 

「――遠い」

 

 ウルは一人つぶやく。

 否、実際は遠いというほどの距離ではない。ならば何故、ウルが遠いと言うのか。

 

「……こんなに遠かったっけ……」

 

 移動する速度はユグドラシルのときとそんなに変わらないはずなのだが、とウルは考える。

 もちろん、距離は変わっていない。

 遠く感じるのは、ウルが久しぶりに『ログハウス』まで歩くのと、元々その移動速度が低いからであった。

 触手系種族は、総じて足が遅く、耐久や攻撃力が高い。

 故にこういった移動を苦手とする種族であり、また様々なデメリットもあるので、触手系種族となるプレイヤーは少なかった。いわゆる、不人気種族であった。

 

「……ふぅ」

 

 特に疲れているわけではないが、そこは気持ちの問題で、ウルはため息をつく。

 その目の前には、まさに『ログハウス』といった建物が建っていた。

 丸太が組まれて作られていて、二階まである。三角形の屋根。ご丁寧に玄関にかけられた小さな表札には『ミケタマ』と書いてある。

 何故ログハウスなのかという疑問に至りそうなものだが、湿()()()()()()()()()()からすれば、湿気の調整に長けたログハウスは好都合だろう。

 外見としては、まさに、絵にかいたような『ログハウス』である。

 

「こんな風に、作ったっけ?」

 

 なけなしの創造性を必死に振り絞ってクリエイトしたため覚えていても良いくらいなのだが、ウルはどのように作ったか覚えていなかった。

 

 そう、このログハウスはウルが作ったものである。

 特にデータクリスタルは使わず、何の変哲も無い家を――いわばキャラに付随する飾りとして作ったのだった。

 ウルはそういう細かいところに、そこそここだわる男であった。

 

「まぁ、いいか……今はそれが問題なわけじゃないし」

 

 記憶にかかった靄を振り払うように頭を振り、ウルは触腕の一つを上げる――そこで、あることに気づく。

 

「……あっ」

 

 自らの体には粘液が湛えられており、それに触れると状態異常となりスリップダメージを受けてしまう。

 さらに、その視線は石化能力を有している。

 そしてこれから会おうとする人物は、状態異常に対する耐性が低い。

 それは、握手するだけで相手が状態異常に陥ってしまうということ。見ただけで石と化してしまうということであった。

 

 その粘液と石化の視線は、モモンガの持つ絶望のオーラと同じように常時発動系のスキル。

 しかし、モモンガが絶望のオーラを自在にオンオフしていたのに対し、ウルはその方法を知らなかった。

 

(ユグドラシルではコンソールを開いてオンオフを切り替えていたけど……無いからな……)

 

 どうすればよいのか、とわたわたとしていると、急にウルは動きを止めた。

 

(――こうかな?)

 

 ウルは、唐突にそのやり方に気づく。

 どんな感覚かと聞かれても、ウルには説明することができない。

 手を動かすが如く。脚を動かすが如く。歩き、走り、跳ぶが如く。

 人はそれを、誰かに教わることなく覚える。生まれたときから、脳が、本能が覚えている。

 ウルのそれも、同じであった――モモンガが絶望のオーラをオンオフしようとしたときに覚えた感覚と同じ感覚を、ウルも感じた。

 

「……こほん」

 

 粘液がすでに分泌されていないことを確認し、そして視線に石化能力が無いことを感覚的に理解し、ウルはドアをノックした。

 

 

 

 ぺたんぺたん、と間抜けな音が響いた。

 家の中から反応は無い。

 

「……むぅ、どうにも上手く行かないな」

 

 触腕の先を見つめて、腕に力を入れるようにして力を入れてみる。

 

「……こう、かな?」

 

 指の形を変えるようにして、触腕の先の形を変えようとする――その試みは成功したようで、触腕の先は細くなり、粘土の如く形を変え、人間の拳のような形となった。

 

「変形や、固くする程度ならできるんだね――」

 

 己の体に対する理解を深め感心すると共に、今度こそ、とウルは扉をノックする。

 今度は、コンコン、と硬質な音がした。

 

「……起きてるかな?」

 

 ――そこで、ログハウスの中から()()()()()足音が聞こえた。

 どうやら起きていたらしいと、ウルは安心する。

 まもなく、丸太の扉が勢いよく開いた。

 

 

 

「――今日は非番ニャ。いったい誰……」

 

 ――凛としたソプラノボイス。

 

 まず、ネコ耳が目に入った。

 文字通り、ネコの耳である。それが、短く切りそろえられた黒髪の中から生えている。

 どういうわけか、人間の耳もきちんと頭の横についている。つまり耳が四つ付いている状態。生物学的に見れば少しおかしなことになっている。

 手は人間のものであるが、足がネコのような足。手までもがネコ形だとものが持てなくて様々な不便が生じるだろうと、創造の際に案じられたためであった。

 

 着ているのはノースリーブのチャイナドレス。赤地に金糸で様々な刺繍が入れられていて、派手で豪華である。

 ややぴっちりとしたその服は、元から良い体のラインをよりいっそう綺麗に見せている。このチャイナドレスは神器級(ゴッズ)アイテムで、回避率や攻撃力、素早さに大きな補正を与える物だ。尾てい骨の部分には小さく穴が開いていて、そこから二本の黒く長い尾が伸びていた。

 

 眠たげに薄く開かれたその目は、右目が赤色、左目が青色で、オッドアイである。特に、左目は妖しい輝きを奥に宿している。これは彼女の種族『ケット・シー』の固有の魔眼で、第六位階以下の魔法を魔力に変換して吸い取る、というものである。

 

 顔は非常に整っている。アルベドと同等の美しさを持っているが、そこにはまだ子供らしさも残っていた。

 その外見をざっくり総評すれば、『猫のコスプレをした綺麗な女性』である。

 

 

「――久しぶり、ミケタマ」

 

 彼女の名前は『キャット・ミケタマ・カッツェ』。

 ウルの創造した100レベルNPCである。種族は先に言ったように『ケット・シー』、人とネコを足して二で割ったような外見をした種族である。

 

 ミケタマは、しばらくの間固まっていた。

 信じられないものを見たような、もしくは死んだと思っていた人間を見たような、そんな顔である。

 ウルが小首をかしげたとき、ミケタマはその宝石のような目に涙を湛え始めた。

 

「――ル……ルタール・ウル、様……?」

 

 涙はすぐに流れ落ち始め、ミケタマは堪えきれない嗚咽を漏らしている。

 何か悪いことをしたか、とウルが訊ねて謝ろうかとしたその時、ミケタマはその場に静かに跪いた。

 紅いスリットから生白い太ももが覗き、ウルは少しだけ目をそらす。

 

「――ナザリック秘匿戦力の一、キャット・ミケタマ・カッツェ……御身の、前に」

 

 そしてミケタマは、ウルの触腕の一つを取り、そっと口付けた。




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