オーバーロード 黒き触手   作:灰男

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参話 造物主と被造物――2

「――それで、私は各階層の見回りをすればいいんですかニャ」

 

 ミケタマは跪いたまま、そう訊ね返してくる。

 

「うん、異常事態だから――セバスを緊急で哨戒に出すレベル、といえば分かりやすいかな?」

 

 それを聞いて、ミケタマの雰囲気がいっそう鋭くなった。

 ウルでさえ肌にぴりぴりと感じるほどの緊張感、および殺気。しかしそれを恐怖と感じることは無い。

 

「――あっ、申し訳御座いません!」

 

 殺気が漏れていたことに気づき、ミケタマはすぐに頭を下げ謝罪する。

 

「いや、いいよ。この程度はそよ風みたいなものだから」

 

「――さすがはウル様。私程度の殺気では、気に留めるにも値しないほどであると」

 

 頭を垂れ、ミケタマは感激を述べる。

 

(一々感激されると恥ずかしくてかなわないんだけれど……)

 

「……ちなみに一応聞くんだけど……ミケタマにとって僕ってどんな存在?」

 

 そう聞くと、ミケタマは勢いよく頭を上げた。

 

「――私の創造主です。神をも越える絶対者であり、この地に残っていただいたお方。そして私がこの身全てと極限の忠誠を捧げるいと素晴らしきお方。何よりも強く、何よりも優しく、何よりも慈悲深い――私の、主人様で御座います」

 

 果てしなく本気な声のトーンでミケタマがウルを褒め殺す。

 死ぬほど恥ずかしく思いながら、ウルは少しだけ目を逸らした。

 

「……有難う、そう言ってくれて」

 

「従者として、そして被造物として当然に御座います――この上ない御言葉を頂き、感激の極み」

 

 そういって、ミケタマは臣下の礼をとり、深く頭を下げた。

 その頭を、ウルは子供をあやすようになでる――ミケタマの喉が心地良さそうにくるくると鳴った。

 二本の黒い尻尾は小刻みに震え、歓喜していることが目に見えて分かる。

 

「……さて」

 

 ウルは触腕を戻す。ミケタマが名残惜しそうな雰囲気を醸し出しているのには気づかなかった。

 

「ミケタマには、すぐに仕事に出て欲しい。何時、何処から、何が来るかも分からないからね。こう言うのは酷かもしれないけど、もし強大な侵入者が現れた場合、君にはその身を張って足止めしてもらわなくちゃならない――そして侵入者の情報を僕たちに伝えなくちゃならない。場合によれば、その命を賭して。それがアインズ・ウール・ゴウンを護るためなんだ。ある程度周囲の状況を把握して事態が落ち着くまでは非番の日も無くなる。それでも、いいかい?」

 

「至高の御方々の望みとあらば」

 

「なら、すぐに準備しようか」

 

「――はい!」

 

 ――跪いたミケタマの姿が、一瞬にして消え去った。

 そして先ほどのように、家中からとてつもなく速い足音が聞こえる。

 

(……見えなかったな、動き)

 

 魔法による転移ではない。

 純粋に、素早さが異常に高いのだ。そうウルに創られたのだ。

 その特化しすぎている速さは、全速力で走った場合、セバスですら目の端で捉えるのが精一杯なほどである。

 

(……そういえば昔、たっち・みーさんやウルベルトさんに言われたっけ)

 

 ウルはふと、昔の思い出に思いを馳せる。

 

 

 

『さすがにそのステータス構成は極端すぎですよ……』

 

『浪漫じゃないですか?』

 

『いや、確かに浪漫ですけど……当たったら死にますよ』

 

『当たらなければどうということはない、ってかなり昔のアニメに出てくるキャラクターが言ってましたよ』

 

『……まぁ、ウルさんがそれでいいなら私は何も言いませんけど』

 

『実は当たっても確率ではどうということは無いんですけどね』

 

『……よく見たら職業(クラス)にガーディアンがありますね』

 

『ですねぇ』

 

『ガーディアンの恩恵で防御力上げるんですか?』

 

『パリィ特化です』

 

『本当に浪漫好きですね!』

 

『楽しいですから』

 

 

 

(――本当に、うん、本当に――)

 

 

 

『悪が足りない!』

 

『そういうキャラじゃないんですって……』

 

『最悪の災厄である貴方が何故悪に傾いたキャラクターを創らないのか!』

 

『……まぁ、一応そういう職業(クラス)に就いてますけど』

 

『……悪じゃないのは百歩譲るとして、ステ構成がヤバすぎでしょう』

 

『浪漫です』

 

職業(クラス)構成はかなりガチなのに』

 

『キャラ設定に合わせたら結果的にこうなったんですよ……』

 

『……せめてカルマ値を悪に――』

 

『だからそういうキャラ設定じゃないんですって!』

 

 

 

(――懐かしいな)

 

 昔の、ギルメンとの楽しげな光景を幻視していると、いつの間にかミケタマが目の前に、先ほどまでと同じように跪いていた。

 ミケタマは遠い目をして黙っているウルに言葉をかける。

 

「……ウル、様?」

 

「――いや、ちょっと昔を思い出してただけだよ。それにしても速いね」

 

「お待たせするのは赦されないかと」

 

「別にいいけどね……ちょっと、立ってみてくれるかな?」

 

「はい」

 

 ミケタマは言われるとおりその場にすっと立ち上がった。

 

 服装は先ほどのものと同じであるが、左手には鮮やかな紅色の、右手には深い蒼の手甲がはめられている。一見ただの防具に見えるが、任意で金属爪を出し入れすることができる。殴打時のダメージに補正がつき、金属爪を出しているときは切断属性のダメージも与えられる。それぞれ『干将(かんしょう)』、『莫耶(ばくや)』と呼ぶ。その銘の由来は、中国に存在する、反射光すらも切れ味を持つようになるほどに鋭い一双の剣である。さすがにそれほどの切れ味は有していないが、それでも仕込まれた爪は相当の切れ味を持っている。前者は攻撃力に、後者は素早さに、それぞれ大きな補正を与える神器級(ゴッズ)アイテムである。

 

 そしてその手には青龍偃月刀が握られている。青龍の意匠が施された刃は目を引くような碧色に光を反射している。ただしこれは副武器で、主武器は拳と爪つき手甲である――だが、これも攻撃力と回避率に大きな補正を与える神器級(ゴッズ)アイテム。銘を『冷艶鋸』。『レイエンキョ』または『グァンダオ』と読み、その由来はやはり中国から。その昔、関羽という益荒男が扱っていたとされる刀の名前である。

 

 紅と金のチャイナドレス、朱と蒼色の手甲、淡い碧色に光を反射する青龍偃月刀。

 計三つの神器級(ゴッズ)アイテムを、ミケタマは装備していた――たとえ100レベルであっても、NPCにしては贅沢にすぎる装備だ。

 

「……うん、結構ガチな装備だね」

 

「ルタール・ウル様が授けてくださった物ですから」

 

 きゅ、と冷艶鋸の柄を握りながら、ミケタマが小さく微笑む。

 

「まぁ、僕が装備品をあんまり装備できないから結果的にミケタマに回ってるだけなんだけどね」

 

 ――ウルは、種族スキルをとったデメリットにより装備品の装備ができなくなっている。鎧、ローブなどの防具や剣、杖などの武器はおろか、特殊な装備を除いて装飾品を装備することすら許されない。つまりその身一つで戦えという運営の意思である――その代わり、基礎能力値がかなり高いわけだが。

 

 一度、超希少金属の産出される鉱山をアインズ・ウール・ゴウンが占拠したとき、神器級(ゴッズ)アイテムがウルにも回ってきた。

『多数決で等分することになった』と言われても、『等分しなければ平等ではない』と言われても、ウルには装備できないのだから宝の持ち腐れである。

 しかし配られた分を誰かに譲ろうとしても誰も受け取らないので、ウルは自分の創造したNPCにそれを与えたというわけだ。

 

「装備はばっちり。じゃあ、そうだね……見回りは一時間ごとにしようか。君の素早さなら見回りは全階層含めて十五分程度で終わるだろうし。各階層を隈なく見回って、そして警備が甘そうな場所を階層守護者に伝えてくれるかな――まぁそんな場所滅多にないだろうけど。見回りは一階層から七階層、それと九階層と十階層。八階層はモモンガさんの命令で立ち入り禁止になってる――」

 

「私風情のような者が至高の御方々の御座す領域に――」

 

「アルベドと同じこと言うんだね……それもモモンガさんが許してる。万全の警備をお願いするよ――それと」

 

 ウルは思い出したかのように言葉を続ける。

 ミケタマにかかる肉体の疲労のことを考えていなかった。いくら100レベルNPCであるとはいえ、作業の効率はどうしても悪くなるだろう。

 ウルは試しに、アイテムボックスを開くときのことを思い出しながら――モモンガがアイテムボックスを開いているときを思い出しながら、中空に、先を人間の手のように変形させた触腕を伸ばす。

 湖面に沈み込むようにその触腕が何かの中に入り込む。

 

(……ビンゴ)

 

 内心ほっとすると共に、そのまま触腕を横にスライドさせた。ウルに見えるのはユグドラシルのときと同じようなアイテムボックス。

 そこには、いくつもの巻物(スクロール)が並んでいた。それを横に、アイテム一覧をスクロールするように動かす。

 数々の指輪、宝石、ポーションなどの消耗アイテム、少し多目の課金アイテム、そして武器や防具作成に使用する素材アイテムなどが大量に収められてあった。

 

(今見てみれば、かなり溜め込んでるなぁ……)

 

 武器や防具の類は一切無い。装飾品も、様々な指輪を除けば、ウルが装備できる特殊な物一つしかない。

 他は全て、宝石や金属、モンスターの素材などのアイテム作成に際して重要となるアイテムと消費アイテムであった。

 その様は、他のギルメンから『アイテムボックス』ではなく『倉庫』と形容されるほどである。

 

(……これだ)

 

 スクロールし、スクロールし、そして指輪の収められているあたりで手を止める。

 

「――ミケタマには、この指輪をつけてもらう」

 

 取り出したのは、『リング・オブ・サステナンス』。

 これは肉体疲労を一切無くす優れものである。ミケタマはこれからかなりの重労働を行うこととなると思い、ウルはこれをミケタマに授けようと思ったのだった。

 

「それはリング・オブ・サステナンス。肉体の疲労が一切無くなって、仕事の効率が悪くならない」

 

 手のひらを広げたミケタマに、それを手渡す。

 

「仕事も多分辛くないよ――着けるのが嫌でなければ受け取って欲しい」

 

「――ありがとうございます!」

 

 指輪を握り締め、跪き、臣下の礼をとる。

 

「いいよ、それくらい。あと、仕事が苦痛に感じたりしたら言ってね」

 

「何よりも広い御心に感謝致します――仕事を苦痛に感じるなどとんでもありません、至高の御方々に授けられた任、謹んでお受けいたします!」

 

「――じゃあ、行動を開始してくれるかな。僕はもう行くから」

 

「はっ!」

 

 それと共に、ウルはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力で転移した。

 ウルが居なくなった後も、ミケタマはしばらくの間、跪き頭を垂れたままであった。

 

 

 

 

 

「ふにゃぁ……」

 

 緊張の糸が切れたかのように、ミケタマが声を漏らす。

 

「緊張したニャァ……頭撫でてもらっちゃったニャ……」

 

 それを思い出すだけで、再度その尻尾が震える。

 

「……しかも……ご主人に、ウル様に、貰っちゃったニャ……」

 

 絶対者であり、支配者であり、創造者であり、父親であるウルの前では、緊張のあまり語尾に『ニャ』をつけるのも忘れてしまうようであった。

 

「……指輪……」

 

 その顔はだらしなく緩み、にへらにへらとしている。

 

「……えへへ」

 

 ひとしきり笑んだ後、ミケタマは頬を軽く張り、表情を引き締めた。

 

「……ん……油断するといけないニャ。また緩んでしまうニャ」

 

 数度、ぺしぺしと音を立てて頬を叩き、ようやく表情が緩まなくなる。

 そしてそのオッドアイの両目をきっと鋭くし、冷艶鋸を握りなおす。

 

「……行くニャ。ここからはナザリックの秘匿戦力、最速の遊撃手としてのオシゴト――いや、ここからも、ニャね」

 

 そして、ミケタマの姿は風のように掻き消えた。

 

 

 

 誰も、ミケタマがその指輪を()()()()()()はめていることを知らない。

 意識的なものか、はたまた無意識的なものか。そしてウルに対して()()()()()感情があるのかないのか。

 それは誰にも分からないことであった――




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