オーバーロード 黒き触手   作:灰男

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漆話 蹂躙――3

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 あたりに立ち込めるむせ返るような血の臭いに、ウルは顔をしかめる。

 村の周りで警戒を行っていた騎士はあらかたウルたちが殺してしまった。血の臭いが濃厚になるのも仕方ないことである。

 

「……弱い」

 

 落ちていた剣の一つを握りながらそうつぶやいたのはウルだった。

 

 蹂躙を行う中、幾度か攻撃を受ける機会があった。

 狙いが無茶苦茶で、とにかくどうにかダメージを与えようとした斬撃であったとしても、相手が攻撃に特化したステータス構成であれば危険である。

 いくら物理防御に優れた種族であるウルでも完全攻撃特化にクリエイトされたプレイヤーに攻撃されるとただではすまない。そういった者をモモンガ――アインズは警戒し、気を緩めなかったのだが。

 

「――傷一つ付けられないだなんて」

 

 剣を投げ捨てる。

 物理防御に優れている、と言うよりは種族スキルの恩恵で物理ダメージに耐性を持っているのがウルである。その高い防御力に特性を加味すると、およそレベル80辺りのプレイヤーの攻撃辺りからウルに物理ダメージが通るようになる。のだが。

 

「それにしても弱すぎじゃないかな……この人たちが特段弱いんだと考えるほうがいいんだろうけど」

 

 ウルが一つもダメージを負っていないということは、先ほど相手した騎士たちが最低でもレベル80以下であるということ。

 さらに憶測するならば、遠くから聞こえる悲鳴を聞いた限り――

 

「……死の騎士(デス・ナイト)程度のモンスターにさえ、殺される?」

 

 そんな馬鹿な、とウルは内心思う。

 それは弱すぎるのではないか。死の騎士(デス・ナイト)はユグドラシルの中級者ならまず負けないようなモンスターであるというのに。

 もしそれが本当であれば、村の中に脅威は存在しないと言えた。

 

「憶測であることを祈ろう」

 

 敵が弱すぎることによって起きる弊害がどんなものであるかはウルには想像がつかなかった。

 しかし何事も度が過ぎるのは良くないことである。過ぎたるはなお及ばざるが如しとも言うのだから。

 

「……まぁ、良いか。考えるのはほかの人々の強さを調べてからでも良いよね」

 

 閑話休題。

 

 体をくねらせるアルベドを見ながら、ウルは未だに不快感に悩まされていた。

 

(――まだ消えない)

 

 アインズのように精神が安定化されるわけでも無いので、ウルの心にはずっと不快さが残っていた。

 それは姉妹の両親の死体を発見することでさらに増幅したのだった。

 

(……くそぅ、胸くそ悪いな。全員殺してやりたい位だ)

 

 子供のようなしぐさで地面を触腕で小突きつつ、ウルは体内に溜まった鬱憤を吐き出すようにため息をつく。

 

「――この村に攻めて来た者たちだけが弱いと考えるのが良いだろう、油断は決してしてはならない。……さて、では生き残った村人たちを見に行くことにしようか――」

 

 そこまで言って、アインズは首を動かしてウルを見る。

 黒い触手。何処からどう見ても人型ではない、つまり人間ではない。それではパニックになるだろう。

 アインズはどうしたものかと首をひねる。自らはとあるマスクで種族を偽るつもりだったのだが、ウルはそうにもいかないのだ――と思ったところで。

 

「――大丈夫ですよ、モモンガさん」

 

 ウルは得意げにそう言って、中空に触腕を差し入れる。開いたのはアイテムボックスだ。

 少しだけ記憶を探り、アインズはぽんと手を打った。

 

「…………ああ!」

 

「今忘れてましたよね、完全に……」

 

 迷い無く取り出したのは、腕輪だった。

 鈍い銀色に光を反射しており、非常にシンプルなデザインである。宝石などの装飾品は何もついていない。

 それは腕時計のように細く、実際ぱっと見では時計に見える。

 

「――<変化の腕輪(メタモルフォーゼ・ブレスレット)>」

 

 腕輪の名を呼んだ。

 

変化の腕輪(メタモルフォーゼ・ブレスレット)>。触手系種族であるウルが装備できる数少ない装飾品であり、課金ガチャから排出される非消費型のアイテム。

 異形のみ――特に人型ですらない種族のみが装備でき、自らの姿を好きな生物の姿へと変えられる。

 ただし全てのパラメータの上限に制限がかかり、能力にも制限がかかり、一定数の攻撃を受けた場合元の生物の姿へ戻ってしまい使用制限が課せられる。

 それでも好きな種族の姿に成れるので、ユグドラシルでは異形系種族のプレイヤーにかなり重宝されていた。

 諜報に利用されていたことも多かったアイテムである。人間の姿をとれば人間の街に入り込めるし、蜥蜴人(リザードマン)の姿をとれば蜥蜴人(リザードマン)の街に入り込める。他の異形種の姿にだって成れる。一定数の攻撃を与えることでしか看破できないので、その変装が看破されることは少なかった。

 ぷにっと萌えの発案する作戦中でもよく使われていた。上位ギルドの二者を争わせ互いに疲弊させる、という作戦の中では要の一つを務めるほどであった。

 そんな課金アイテム中最上位レベルに便利なアイテムだが、レア度も最上位レベルで、排出率は非常に低かった。かなりの金額を注ぎこんで結局撃沈したプレイヤーは大勢居た。

 

 ずいぶん課金ガチャに金をつぎ込んだっけな、とウルは腕輪を眺めながら言う。その腕輪を持っているプレイヤーの中でウルはほとんど金をかけていない部類だと言えるのだが。

 効果や昔の記憶を想起するのもほどほどに、ウルはそれを触腕にはめた。

 

 瞬間、ウルは全身を布で包まれて拘束されるような感覚を覚えた。

 続いて触腕が全て体内に引っ込み、粘液の分泌が止まり、化学の実験で作ったスライムのような形状となる。

 まるで形作られた粘土を一度丸めて再度造形するような光景。

 その状態から、ウルの体はだんだんと人の形へと変化していった。

 

「……ふむ」

 

 その変貌の様にアインズが少し驚いた時には、ウルは黒ずくめの男の姿へと変わっていた。

 黒い短髪。可も無く不可も無い顔立ちで、スレンダーだ。その顔には微笑が浮かんでいる――人が良さそうではあるが、何を考えているか読み取れない。

 着ているものは紳士服だ。タイも締めている。といっても、その服さえもウルの体から出来ているので、実際は服ではなくウルの体の一部である。一応着脱は可能であり、耐久性はもちろん高い。

 言ってしまえば、その外見はただのサラリーマンだ――しかしその姿は、かの混沌を齎す邪神をどこか彷彿とさせた。

 

 邪悪な触手の化物は腹黒そうなサラリーマンへと変わった。外見の偽装は完璧である。

 元の姿と唯一同じ点は、黄色い瞳だけである。

 

「拘束されてる感じがすごいね」

 

 言わば、無理やり体の体勢を固定させられているような感覚。狭いところに無理やり詰め込まれているような感覚と言っても良い。

 それは先ほどの不快感とは別の肉体的な不快感を感じるレベルである。

 しかし我慢できないわけではなかった。ウルは少し不愉快に感じながらも言った。

 

「――少し待たせたね、行こうか」

 

 少し格好良さげに決めた割には、嫉妬マスクを付けたアインズを見て噴き出してしまったのだが。

 

 

 

 

 

「神に祈りを捧げるぐらいなら虐殺なんてしなければ良いだろうに」

 

 その言葉を聞いて、ウルは静かにうなずく。

 死体は指を組んで祈りを捧げるようにしている。アインズと同じ無神論者であるウルはそれを一瞥して目を背ける。

 神が居ると言うなら何故自分が救われないのか――と思うような環境にいれば自然とそうなるのだった。

 

(神、ね。世界が違うなら、もしかしたら本当に居るかもしれないけど)

 

 もしそうなら自らの考えを改めなければならないな、としょうもないことを考える。

 

「じゃあモモンガさん、お願いします」

 

「了解です――<全体飛行(マス・フライ)>」

 

 ふわりと、アインズとウルの体が浮き上がる。遅れてアルベドが続いた。

 ウルは久しぶりに感じる浮遊感に少しバランスを崩す。

 

「……久しぶりの感覚だ」

 

「行けますか?」

 

「大丈夫です」

 

 言葉を交わして、先刻角笛の音がした方角へ飛行する。

 風が猛烈に吹きつけ、服が勢い良くたなびく。

飛行(フライ)>の魔法を習得していなかったためあまり使用する機会がなかったウルだが、それでも今現在の速度がユグドラシル時代のものより速いものであることは分かった。

 

 すぐに村の上空まで到達して、二人は眼下の景色を見渡す。

 地面の一部が黒くなっている。死体と、血液によるもの。いわば死の騎士(デス・ナイト)の存在を知らせる標識である。

 その標識の上に、死の騎士(デス・ナイト)が立っていた。その眼前には数人――四人の騎士。どれも極度の疲労で息を荒くし、剣を杖にしてどうにか立っている。死を待つばかりだったというのに、唐突に目の前の死の騎士が動きを止めたのだ。九死に一生を得たと言うべきだろう。

 

死の騎士(デス・ナイト)よ、そこまでだ」

 

 アインズが軽く命ずる。

 まもなく二人は地上に降り立った。そこにアルベドが続く。

 騎士たちは絶望に打ちひしがれる。自分たちに死を齎さんとした死の騎士(デス・ナイト)、それを使役していた者。それと得体の知れない黒ずくめの男と、全身を黒い鎧で包んだ者。三人もが目の前に現れたのだ。

 

「はじめまして、諸君――」

 

 実に悪者らしく、アインズは生き残った騎士たちに話しかける。

 

(肉体的・精神的に疲労させ、圧倒的な力を前に絶望させ、さらにその『力』を従えている姿を見せることによって完全に心を折る、か)

 

 モモンガさんは人の意志を折るのが上手いな、とウルは思う。

 しかしアインズの脳内にそのような考えなど無い。ウルは守護者特有の深読みを行ったのだった。

 

「まだ戦いたいというなら――」

 

 金属がぶつかり合う音が聞こえる。騎士たちには投降の意思を見せないという選択肢など無かった。

 アインズが命ずるまま、騎士たちは頭を垂れる。この調子だと靴にキスしろと命ぜられても言うとおりにしそうであった。

 

「諸君には生きて帰ってもらう。そして諸君の上――飼い主に伝えろ」

 

 アインズが<飛行(フライ)>で騎士の一人へ近づく。幾度か言葉を交わした後、アインズはそれを突き放した。

 

「……ああ、僕からも言わせて貰おうか」

 

 我先にと走り出そうとしていた騎士たちが立ち止まる。その目は疲労と絶望で濁りきっていた。

 

「遅れたけれど、僕の名前はルタール・ウル。無駄かもしれないけど、一つ釘を刺させてもらおうか」

 

 かつかつと足音を鳴らしながらウルは騎士の一人に近づく。

 鼻と鼻が触れ合いそうな距離まで近づき、その瞳を覗き込んだ。

 

「――関係ないんだけどさ。君たちって神に仕えてるの? まぁ、仕えていようがいなかろうが関係ないんだけどさ……」

 

 その騎士は、ウルの瞳の中にどす黒い混沌を見た気がした。

 何もかもがそこには渦巻いている。謀略が、悦楽が、嘲笑が。それらはただ混沌を導くために――

 目の前の存在は人では無いナニカだと、騎士はそんな感覚を覚えた。

 

「……とにかくさ。無関係な人を巻き込むのはやめよう? 神への捧げ物という名目で殺してるのか、それとも神の御許に送ってあげているという名目なのか、それともただ私欲に従って略奪するために殺してるのかは知らないけど」

 

 尋常ではない力で、騎士は頭を両横からつかまれる。頭蓋の縫合がみしりと悲鳴を上げるのを騎士は感じた。

 その顔に浮かぶ何を考えているかわからない微笑みは悪魔のものに見えた。常に人を嘲笑い、その滑稽な様を楽しんでいるようなそんな笑み。騎士はそれまで浮かべていた恐怖の色をいっそう濃くさせる。

 

「別に僕が君を、君たちの言うカミサマの御許に送ってあげてもいいんだよ? モ――アインズさんの考えなら一人くらい減ってもどうせ変わらないだろうし」

 

 そんな言葉を微笑みながら言うウルに、騎士は体の芯が凍りつく思いだった。

 手を離すと一目散に逃げ帰る。

 その背中を見てウルはため息をついた。

 

「……はぁ。殺される側になったら途端に弱気になる、か。大した力も無いくせに、弱者には大きな態度で……三下だね」

 

 体の感触を確かめるかのように、手をグーパーとさせる。

 人間の姿に戻ったような感覚であるが、物理的な閉塞感があることが違っていた。

 

「まだ外しちゃ駄目ですか」

 

「駄目です。この後は――」

 

 アインズが少し遠巻きに様子を伺っている村人たちに視線を移す。

 一つ細く息を吐き、ウルは仕方なく不快感に変わりつつある拘束感を我慢することにした。

 

「……さて……」

 

 スイッチを切り替えるようにアインズがつぶやく。ため息はぎりぎり堪えたようであった。

 

「……ウルさん、パスです」

 

「今度は僕の手番ですか」

 

 完全に人型のウルのほうがリスクは少ない。アインズはガントレットか仮面を外されれば正体がばれてしまうからだ――今のウルに攻撃を加えようとする人間はこの村には居ないだろう、という考えからだった。。

 ぽりぽりと頭をかきながら、ウルが前へと出る。自分の空っぽな頭で良い応対ができるだろうか、と考えながら。

 日々の営業で磨かれた読心術と話術を信じるしかなかった。

 

「……さて」

 

 ウルはまず、村人たちの状態を無遠慮にも観察した。

 得体の知れない化物を見るかのような視線。特に子供はそれが顕著であった。

 腰が引けている。唐突に何かをすれば先ほどの騎士と同じように一目散に逃げそうな雰囲気だ。

 まだ何もしていないにもかかわらずおびえたように震えている者さえおり、ウルは少し傷ついた。

 大方、というよりほぼ全員の感じている感情は恐怖。それを消すよう努力することから始めることにした。

 

「君たちはもう安全だ。騎士はあらかた排除したから、安心していいよ」

 

「――あ……あなた様たちは、いったい……」

 

 村の代表者であろう者が口を開いた。

 その視線が自分を見ていないことに気づき、ウルは自らの後方に視線を向ける。

 それはアインズを、アルベドをと過ぎて、死の騎士(デス・ナイト)にたどり着いた。

 

「……アレに関しては大丈夫、君たちを襲わないように彼が命令してあるからね」

 

 にこりと笑んでウルは言う。

 少しだけ胸を撫で下ろしたかのように、村人たちから不安の色が少し――少しだけ薄れる。

 

「僕たちはこの村が襲われていたのが見えたから助けに来た」

 

 村人たちが口々に声を上げる。

 懐疑によるものが大きかったが、中にはいくつか感謝のものも混じっていた。

 ウルは思案する。懐疑的なものが多いとは何事か。

 どう言ったものかと考えあぐねていたところ、アインズが後ろから前に出てきた。

 

「――ただと言うわけではない。私たちがわざわざ命を救ったのだ、村人の生き残った人数にかけただけの金を貰いたい」

 

 その言葉で村人たちから懐疑の色が薄れたことから、ウルは嗚呼と考え付く。

 

(無償っていうのは怪しいのか……まぁ、そうだよな。確かに、美味い話や物を無料で与えられたら疑うもんなぁ)

 

 完全な善意で行った故に、対価として金銭を貰うことは不本意だったが、しかし懐疑があるままでは第二の目的である情報を十分に聞き出すことができない。

 仕方の無いことであった。

 

「い、今の村は、騎士たちのせいでこんな状態で――」

 

 麦は馬に荒らされ、多くの村人――特に多くの男が虐殺された今では、騎士に略奪された金銭が戻って来るとしてもやはり心もとない。

 しかし命を救ってくれたのだ、払うものは払わないと今度は自分たちが殺されるかもしれない。

 二つの脅威に村人たちは挟まれていた。

 

「――ところで、僕たちはさっき姉妹を見つけた。騎士に殺されそうだったから二人とも助けたよ。その子たちを連れてくるから少し時間がほしい――だからその話はその後にしよう。そのほうがそっちとしても良いでしょ?」

 

 皆こくこくとうなずく。考える時間がほしいのは村人もウルも同じであった。

 アインズとウルは視線を合わせ、同じようにうなずいた後、歩き出した。

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