艦隊これくしょん The Bridge 閑話・短編集   作:Piyodori

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さすがに2万文字は長すぎると思ったので分割しました。イパネマ環礁沖雷撃戦 つづきです。


イパネマ環礁沖雷撃戦:(後編)急速潜航

 赤色灯の灯る発令所の隅に置かれた艦長用の椅子の上に、その娘は座禅を組むようにあぐらをかき、じっと目を閉じていた。時折はるか遠くの海から爆発音がここへも聞こえてくるが、その空間で物音立てる者はなく、そこはとても静かだった。何度か音が聞こえたところでその部屋の主はゆっくりと目を開けた。

「おりこうじゃないよね……」

再び爆発音がかすかに届く。その娘はチッと舌打ちした。

「見てられねぇでち……。両減微速、進路一八五」

娘がそう言うと後方からモーターが唸る音が響き艦全体がかすかに揺れた。

 それまで海中に静止していたその艦はゆっくりと爆発音の響く方向へ舳先を向け進みだした。

 

***

 

 第二次攻撃の作戦を相談している間も、発令所の二人は聴音機の拾う音に聞き耳を立てていた。あれから、遠くで爆雷らしき音が数発聞こえた後は、ゴボゴボとかき乱された海水の雑音のみが聞こえてくる。

「進路三五〇で微速前進開始。潜望鏡深度まで上がったところで潜望鏡観測し状況を確認するぞ。いつでも魚雷をぶっ放せるように準備しとけよ」

「了解!」

イムヤが元気よく返事をしたとき、聴音機が再び敵の探信音を捉えた。それも聴音機を通さなくとも聞こえるほど強く……。

「近いわ!」

「機関始動、バラストタンクブロー。アップトリム十五!」

伊一六八のモーターは二軸のスクリューを回して急速に海面向けて浮上をはじめた。

 敵の探信音が再び艦を打つ。発令所の二人はすでにシャカシャカと水をかく敵のスクリュー音も捉えていた。

「ねえ、ちょっと近くない?」

いつの間にか頭上に二隻も敵駆逐艦が来ていた。そして再び探信音……。こちらの所在は悟られているに違いないと二人は覚悟した。イムヤが一瞬だけ怪訝な顔をして天井を見上げる。

「司令官、今の聞こえた? なんかバシャバシャって、かすかに……」

カメヤマ提督は首を振る。

「爆雷か?」

「うーん、ちょっと違うような気が……」

発令所の二人は身を硬くして爆発と衝撃を待った、が……。一向に爆発は起こらない。カメヤマ提督にもヘッドホン越しにそのバシャバシャという水音が聞こえたのはその時だった。

――まずい、ハリネズミだ!

カメヤマ提督は危機を悟り、瞬間的に叫んだ。

「イムヤ、取舵一杯、全速で!」

「取舵一杯、最大戦速!」

 投射型対潜弾ヘッジホッグ。カメヤマ提督が恐れたのは、ロケット弾によって艦の前方に散布される小型の対潜弾だった。弾頭重量は爆雷よりもずっと小さいが、爆雷よりはるかに素早く海中を沈降し、深度によって爆発するのではなく、潜水艦の船体に直撃した衝撃で爆発、一発が炸裂すれば近くの弾頭も呼応して一斉に爆発するシステムだった。やっかいなのは、何かに反応して爆発しない限り、対潜弾は海底へ沈んでいくだけなので、命中の正否が水上艦からはっきりわかるうえ、爆雷のようにのべつ爆発して聴音機を妨害しないという、恐ろしい兵器だった。

 探信音が再び鳴った。敵艦二隻が後ろから迫る。今、回避行動に移れば敵空母の追跡は難しくなる。だが、すぐに駆逐艦を巻かなければ自分達は生きては戻れない。

 カメヤマ提督は海図台の引き出しから別の海図を引っ張りだした。あちらこちらがまだ空白だったが、付近一帯の水深と海底の地形が等高線で示された海底地図だった。

「それってはっちゃんに作ってもらった地図ね」

イムヤの言葉にうなずきながら、カメヤマ提督はディバイダーを開いて距離を測る。カメヤマ提督はイムヤにある一点を指し示す。

「深度二十、全速八ノットでここまで突っ走れるか?」

そこは今いる地点から北東に二浬、イパネマ環礁と隣接した小島の間にある浅い瀬戸だった。イムヤは厳しい表情ながらも、無言ではっきりうなずいた。

「深度二十、取舵〇八〇。敵の真下を突っ切るぞ!」

「了解、バラストタンクブロー。取舵一杯!」

潜水艦伊一六八は百八十度回頭しながら潜望鏡深度まで浮上しつつ、敵駆逐艦の左舷側からまっしぐらに接近した。駆逐艦の放つ探信音の間隔がだんだん短くなってくる。再びヘッジホッグや爆雷の着水音が立て続けに聞こえてきたが、発令所の二人は無言で艦を進める。衝撃は艦尾の方から突然襲ってきた。イムヤとカメヤマ提督は後ろのめりに床に倒れた。照明が一瞬消え、計器のカバーガラスが割れて床に散らばる。

「やられたー」

頭をぶつけたイムヤが後頭部を押さえながらうめく。カメヤマ提督も尻餅をついて腰を床に強打したが、今はそれどころではない。

「ひ、被害状況は?」

そう言い終わらないうちに天井を走るパイプの一本のバルブが弾け飛び、冷たい海水が吹き出した。

「後部発射管室、居住区、発令所、第二倉庫に浸水! 漏水防止作業を開始!」

イムヤはそう報告しながら艦内の必要な箇所のパイプやバルブ、ポンプに指示を出しながらダメージを確認した。

「損害軽微、後部発射管室は水浸しになっちゃったけど、航行に異常はないわ」

「機関室と蓄電池室は?」

カメヤマ提督は通水バルブを閉じながら尋ねる。

「今のところ異常なし」

「よし、そのまま前進、うわぁ!」

再び海中の爆発によるショックを受け、油圧系の走るパイプの接合部から真っ黒なオイルが吹き出し、イムヤと提督の白い制服は墨汁を吸ったように真っ黒になった。

「感度のいいハリネズミがちょっと離れたところで暴発したみたい」

照明が海水を浴びてショートしたので、イムヤは赤い非常灯を点灯させた。

「もうすぐ敵の真下だな」

聴音機のヘッドホンはとっく頭からずり落ちていたが、敵の発する探信音は直接聞こるくらい強く鳴っている。

――敵の懐に潜り込めたか?

亀裂の入ったパイプにゴムテープを巻きながらカメヤマ提督は思った。

 ほとんどのヘッジホックは進行方向の前方に対潜弾を投射するため、普通は艦首付近に設置されている。それにロケット弾で遠方に打ち出すので、目標からは一定の距離が必要で射界も前方に制限される。自分の側面から艦尾へ回り込もうとする相手は狙えないはずだった。

「敵が向きを変えたのかな? スクリュー音も変化、速度上げたわ」

二人は薄暗く赤色灯でぼんやりてらされた発令所で、オイルで真っ黒な顔を見合わせた。

「いいか、注意しろよ。下手打つとこっちがお陀仏だ。何回上げる?」

カメヤマ提督は潜望鏡の筒を小突きながら言った。

「二回……。そうすれば必ずうまくやってみせるわ」

イムヤはずぶ濡れになった長い髪を今一度結い直しながらうなずいた。そうしている間にも伊一六八の蓄電池は最大電圧でモーターへ電気を送り込み、モーターはフル回転で二軸のスクリューを回した。伊一六八は海中に大きな騒音を響かせながらひたすら二浬先の瀬戸を目指す。

 イムヤの耳は再び忌々しい「ハリネズミ」の着水音を捉えた。方角まではわからない。

「ヘッジホッグ着水!」

「針路変更、面舵十度!」

「針路変更面舵十度、ヨーソロー!」

イムヤは復唱しながら急いで艦に指示を出す。普通の船にブレーキはついていない。仮に潜水艦の鼻先にヘッジホッグが落ちても、急ブレーキでやりすごすことはできない。急速転舵で艦が大きく傾いた。

「深度三十! 針路そのまま!」

 その後、伊一六八は何度か蛇行しながら、イパネマ環礁へと舳先を向ける。遠くで再び爆雷の大きな炸裂音が響いた。雑音のせいで聴音機はほとんど役に立たない。また大揺れが艦を襲う。さっきよりかなり近い。金属の歪む音がした。

 カメヤマ提督は潜望鏡の筒につかまりながら、カバガーガラスの砕けた深度計のメーターをのぞき込む。針は曲がってしまい、正確な深度を読みとることはできなかった。その時、再び爆雷が艦を襲った。この一発は近かった。艦が上下に数メートルは揺さぶられたのではと思えるほど激しい揺れが発令所の二人を襲う。カメヤマ提督は気づいていなかったが、深度計の隣のバルブがゆるみチョロチョロと水がつたい始めていた。しだいにバルブの締め付けがゆるみカタカタ揺れ始める。

――し、司令官だめ!

危険に気づいたイムヤが、深度計をいじっていた提督を後ろに引き寄せた。水圧に耐えきれなくなって、水流とともに吹き飛ばされたバルブはカメヤマ提督の鼻先をかすめてイムヤの側頭部を直撃した。断列したパイプから水がジェット水流のように吹き出たが、提督はそれにはかまわず、頭を押さえて床にしゃがみ込むイムヤをかついで操舵手席に座らせた。イムヤは頭をおさえたまま一言も発さない。

「おい、なんてことしたんだ……」

イムヤの頭部から顔に鮮血がつたう。

「艦娘だから、これぐらい平気……。それに司令官がケガしたら戦えないでしょ」

「何をバカな……」

提督は必死に頭の傷にタオルをあてがうかが、それはすぐに真っ赤に染まってしまった。もしあのまま深度計をのぞいていたら、圧損したバルブはカメヤマ提督の顔をグシャグシャに砕いていただろう。

「わたしは大丈夫だから、ね、仕事、仕事……」

 カメヤマ提督は舌打ちすると急いで潜望鏡を上げた。海面には白波を立てて、茶柱のような潜望鏡が浮かび上がり、敵の駆逐艦はそれ目がけてハリネズミと爆雷を投げ込んでくる。提督が体を回すと、七時の方角から二隻、高速で駆逐艦が接近しつつあった。そして五時の方角にはもうもうと黒い煙を上げ三十度以上傾斜している炎上中の軽空母、そのさらに背後にも、完全に停船し喫水がだいぶ前のめりに沈み込んでる空母が見えた。最初にターゲットにした軽空母、V1とV2だった。

「やったね……。燃えてる一隻はもうすぐ沈む。二隻目だってきっと航行不能ね」

カメヤマ提督が潜望鏡を一周させると、グッタリと座席にもたれたイムヤが笑顔を見せた。笑顔を見せたつもりだったのだろうが、血塗れの笑顔はとても痛々しく、カメヤマ提督は潜望鏡へ再び顔を戻した。

「いいぞ、イムヤそのまま全速で。化け物ども、食らいついてきた」

丸い視界のなか、敵駆逐艦はこちらの潜望鏡を見つけ、大きく舵を切りながら高速で追ってくる。さらに二隻は立て続けに主砲を撃った。

「くるぞ!」

「大丈夫……」

数秒後、頭上で爆発音が響き、艦がわずかに揺れた。発令所内は浸水でくるぶしまで水がたまり始めている。提督は潜望鏡を上げたまま、破損したパイプにぼろ布とゴムテープを巻き付けて応急の防水処置をはじめる。

 イムヤは潜望鏡から見えるイパネマ環礁と小島の像を脳内に投影しつつ、艦が正しい進路で瀬戸に入りつつあるかを確認した。一方、潜望鏡越しに見える追っ手はみるみる大きくなっていく。

 防水処置を終えた提督は海図台にあった伊八の海図をイムヤのひざの上に広げた。

「最後の確認、大丈夫か?」

「まかせて。はっちゃんがミスしてなければいいけどね……」

「ははは、仲間を信じろ」

イムヤと提督はそう言って笑った。

――頼むぞイハチ……

イムヤには笑顔を見せつつも、提督は心中で祈っていた。

 カメヤマ提督は、この海域で敵機動部隊を待ち伏せると決めた当初から、この瀬戸を脱出ルートの一つとして使うつもりでいた。瀬戸は中央の幅三十メートル、深さ四十五メートルの彫り込んだ箇所をのぞき、両脇は深さ五メートル前後の厚い珊瑚礁の暗礁になっていて、両岸は珊瑚礁が海流に削られ、ナイフのように切り立っていた。そんな海中の細い水路を無事に高速で通り抜けるには、正確な海底地形図と神業的操艦が不可欠だった。

 もう少しでヘッジホッグの前方投射機の射程に入るため、カメヤマ提督は瀬戸の入り口で潜望鏡を下ろした。

「さあ、行くわ!」

イムヤはわずかに艦に面舵をとらせ、危険な瀬戸へと進む。瀬戸の長さはわずか三百メートル足らずだが、もし舳先や舷側を堅い珊瑚礁にぶつければ、潜水艦の耐圧殻など簡単に引き裂いてしまうだろう。

 二人に外の様子は見えない。凶悪な珊瑚礁にどれだけ接近しているのか、正しい進路をとっているのか、発令所からは知る術がなかった。

 二分後、イムヤは深く息を吐いて目を閉じた。

「通り抜けた……」

カメヤマ提督は急ぎ潜望鏡を上げる。追っ手の駆逐艦二隻がますます近くに迫り、ちょうど瀬戸へと進入しようとするところだった。

「さあ、来い。遠慮はいらない。全速で来い……」

カメヤマ提督は背後の敵を睨みながらつぶやいた。

 カメヤマ提督は潜望鏡にレンズに振られたレティクルの目盛りを使い、二隻の駆逐艦との距離を測った。もう間もなく、敵のヘッジホックの射程に入る……。二隻が高速で島と環礁に挟まれた瀬戸へと入ってきた。

 鉄の引き裂かれるおぞましい騒音が艦内の二人に届いたのはその時だ。高速航行中だった駆逐艦は海上でつんのめるように停船し、一隻は暗礁に船体全体を勢いよく乗り上げ、フジツボだらけの黒い錆止め塗料が塗られた腹を見せて横転した。もう一隻も艦首が上方向へくの字型に大きく曲がり、第一砲塔から先がもげ落ちそうになっている。

「やったあ! これで駆逐艦は四隻が戦闘不能ね!」

 カメヤマ提督と一緒にその様子を見ていたイムヤは大きく万歳した。カメヤマ提督は潜望鏡を下ろし、帽子をとって深呼吸した。

「はっちゃん、お手柄ね! 司令官、何かご褒美あげないと」

「ああ、そうだな……」

――きっと、なにか高い本を買わされるだろう……

提督は安堵の深呼吸をしながら、しばし帰還後に思いを馳せたが、すぐに戦闘中であることを思い出し、意識を現実に引き戻した。

――離脱するなら、今だが……

「司令官、あと一回。あと一回だけやらせて」

座席にもたれながら、イムヤが自信ありそうに言った。

「よし、速力、進路このまま、イパネマ環礁を迂回して取舵二五〇。逃げた空母二隻に最後の攻撃をかける」

「了解! 魚雷発射管、動作問題なし。いつでも撃てるわ」

聴音機のヘッドホンを耳に当てると、敵の探信音が途切れ途切れに聞こえる。

――敵には、まだ動ける護衛艦がいるな……

 海水と油でヨレヨレの海図を見ながら提督は聴音機の音に耳をそばだてる。環礁を迂回し、イムヤは艦の進路の西南西へと向けた。再び、探信音が響く。

「一撃離脱になるね」

「ああ」

提督は速度を落とすよう命じてから潜望鏡を上げた。すでに沈み始めている敵空母と火災を起こしている駆逐艦が二隻、そして西へ向け白波をたてて高速離脱中の敵空母に隻が見えた。

「見えた! 司令官、やれるよ。酸素魚雷を最速にすれば」

「目標V3は距離六千、針路二三〇。目標V2、距離五千五百、針路二二四!」

そう叫びながらカメヤマ提督は懐中時計へと目をやり、ふやけた海図に万年筆でインクを塗り付けた。

「最初の二発は敵の側面、次の二発はそれから四度ずらして、一打と二打の間隔は三十秒置くんだ。射程を犠牲にしても最高速でスクリューを回せるよう魚雷をセット!」

「そう言うと思って、魚雷はそう調整してあるわ」

カメヤマ提督はうなずいて再び潜望鏡をのぞく。甲板から黒い虫のようなものがふわりと艦首方向へと飛び上がった。もう一隻からも、黒いものが飛び立つ。

「敵艦載機発艦、遅かったか! イムヤ、全魚雷プラス二度。次に撃つ」

「了解! 全門外扉開放、魚雷発射準備よろし!」

イムヤはそう言って艦首にある四門の発射管を開いた。

カメヤマ提督は潜望鏡を覗いたまま叫ぶ。

「一番、二番、魚雷発射!」

「一番、二番、シュート!」

上方の二門から圧搾空気に押された九三式酸素魚雷が海へと踊り出す。酸素魚雷は最初、空気を燃焼触媒に機関を回し、安定回転に達すると触媒を純酸素へと切り替え、海中に二スジのキャビテーションを曳きながら高速で目標へ進み始めた。

「三番、四番、発射!」

 懐中時計の秒針を睨んでいた提督は三十秒後に第二射を命じた。

「三番、四番、シュート!」

再び高圧空気の抜ける音が艦内に響く。二本の魚雷は第一射の二本を追うように進みはじめた。

「潜望鏡下ろせ。深度五十まで潜航、方位〇〇〇! 離脱だ」

「了解、針路〇〇〇」

面舵で離脱をはかる伊一六八の船体を再び探信音が打つ。

「方位二〇一、敵駆逐艦ね。まだちょっと距離があるわ」

「上下左右へ身をよじってトンズラだ」

再び探信音が艦内の二人の耳へ届いた。

「え? そんな、方位三四九から。それもかなり近い。どうして?」

イムヤは信じられない様子で天井を見上げる。

「一度、深度五十まで潜航して、取舵百二十度で転舵、潜望鏡深度まで戻るぞ。様子がおかしい」

その時、何か海面に着水する音がした。

――この音は、もしや……

カメヤマ提督がそう思った矢先、またも爆発が艦を揺さぶった。

「ええ~、一体どこから?」

「イムヤ、二ノットまで速度を落とそう」

「うん……了解」

再び探信音が艦を追う。それも先ほどとは別の方角から……。数秒後にはさっきと同じ方角から探信音が響く。

「ちょっとどういうこと?敵が、敵が増えてるよぉ!」

イムヤは青ざめた顔で叫ぶ。

「大丈夫だ。何事にもちゃんと理由がある。大丈夫、心配いらないから」

再び海中で爆発が起き、艦が揺れた。艦の前方の浅深度での爆発だった。

――遅すぎたか……

「イムヤ、艦橋の機銃、まだ撃てるか」

「へ、平気だけど、どうするつもり?」

「そろそろ、時間だ。潜望鏡深度へ」

イムヤが復唱して再び艦首が上を向き始めた。探信音なおも響く。

「ねぇ司令官。甲板機銃のことを聞いたってことは、これって……」

「おっと、そこまで。答え合わせは潜望鏡を上げてからだ」

提督はカラ元気でおどけて見せた。ただ二人のとも考えていることは同じだった。

――新しい探信音はおそらくソノブイ。そして敵はおそらく対潜哨戒機

カメヤマ提督は自嘲するように笑った。敵空母はてっきり潰走した連合艦隊に追撃をかける攻撃機を満載しているとばかり思いこんでいたが、その実態は潜水艦狩りを得意とする護衛空母だったようだ。仲間を救おうと思っていざ駆けつけてみれば、敵は潜水艦を狩たてるため、手ぐすね引いて待っていというわけだ。

――おれも連合艦隊の連中と大差ないな……

艦が潜望鏡深度まで浮上し、アップトリム・ゼロになったところでカメヤマ提督は潜望鏡を上げた。

 海水をかぶった対物レンズから水滴が流れ落ち、視界が鮮明になる。まずは目標の敵空母を探ると、軽空母二隻は速射砲や対空砲を海面に乱射しながら艦が大きく右に傾くくらい急速に取舵を切っていた。

――魚雷に気付いたな

カメヤマ提督は潜望鏡に顔を押し当てながらほくそ笑む。遠方の一隻はわずかに回避が遅れたらしく、突然艦尾から真っ白な水柱があがった。ほぼ同時に聴音機が爆発音を探知する。

「目標V4に魚雷命中!」

「お楽しみは三十秒後だ」

敵空母と魚雷の角度から、ターゲットが取舵で回避行動に入ることは計算内だった。第二射は敵の回避行動を織り込んで発射していたのだ。そして、魚雷は自ら自分の進路に横腹を晒したヌ級空母めがけ突き進んでいた。

 海面に再び真っ白な柱がそそり立つ。手前の空母の左舷機関部に飛び込んだ酸素魚雷が大爆発を起こしたのだ。さらに遅れて十数秒後、第一射が命中しスクリュー軸を吹き飛ばされ航行不能になっていた軽空母の艦尾に二発目の魚雷が直撃した。

「やったぁ!」

今までぐったりしていたイムヤも、思わず飛び上がって喜んだ。

「司令官、これで四隻だよ! 空母四隻を撃退。やったわ!」

「よし、これでもう攻撃機は飛ばせ……ぐあ」

またも艦が至近距離の爆発に揺さぶられる。海面には潜望鏡が上がっているので位置は敵にバレバレだ。

 カメヤマ提督はすぐに潜望鏡をのぞいてグルグル回る。敵の正体はすぐに判明した。先程の虫のような形から、まるで物差しような直角の翼を左右に伸ばし、機首には回転するプロペラを持つ真っ黒な航空機がちょうど尾翼を向けて旋回中だった。機影は少なくとも二機確認できた。

「潜望鏡下ろせ! 急速潜航! 深度六十!」

イムヤは無言でうなずいて艦に指示をだすと、艦は急なダウントリムで沈降を始めた。

「艦は無事か?」

「うん、なんとか持たせるわ……」

――また、ここで死ぬことになるかもしれんな。こいつだけは助けてやりたいが……

必死に操艦に取り組むイムヤを見ながらカメヤマ提督は懐中時計を握りしめた。

 艦は深度六十で静かに水平状態となり、スクリューを止めた。

「また探信音が聞こえる。真上から」

「ああ、あれはソノブイだ。飛行機から海面に落とす遠隔無線聴音機だよ」

「そっか……。困ったね司令官。さっき、気付いた。無傷の駆逐艦がまだ一隻いるの」

「ああ、潜望鏡で見たよ。こっちへ向かってるな」

都合三方から探信音に囲まれるかたちとなり、敵はかなり正確にこの艦の所在を捕捉できるはずだ。

「飛行機から逃げるのは大変だよ。駆逐艦と連携されたら……」

イムヤには最後まで言う気力がなかったようだ。座席にもたれたまま、不安な顔をカメヤマ提督に向ける。

 空と海上の連携、この組み合わせに追い回されることはこの潜水艦にとって最悪の条件だった。かつて大西洋におけるナチのUボート狩りによって確立された潜水艦ハンティングの方程式を深海棲艦が今まさに利用しようとしていた。

「イムヤ。木材や重油を入れた空き缶やおがくずなんかを発射管に詰めろ。敵の攻撃を数発やり過ごしたら発射管から放り出せ」

 それは敵艦に捕捉された潜水艦の欺瞞行動の一つだった。攻撃をかわした後、オイルや木片などの浮遊物を海中へ放出し、自分がまるで撃沈されてしまったかのように装うのだ。海面に浮かぶ油膜や破片などを目にした敵は目標を撃滅したと早とちりしてくれるかもしれない。

 二人は目を閉じて海中の音に耳を澄ませた。ソノブイが再び投下されたらしく、探信音の鳴る方角がさらに増えた。

「司令官、さっき機銃のこと聞いたでしょ? 艦砲もまだ使えるよ。もし浮上してやり合うなら、わたしは構わないわ」

イムヤは覚悟を決めたように言った。カメヤマ提督の脳裏に一瞬、浮上して敵駆逐艦と砲で撃ち合い、上空の対潜機は機銃で追い払うという無茶な発想が浮かんだが、カメヤマ提督はその考えすぐに振り払った。とても助かりっこない。

「ヤケを起こすのはまだ早い。最後まで諦めちゃだめだ」

そう言って提督はイムヤの頭を軽くなでた。

 カメヤマ提督は油と海水でグシャグシャになった海図を広げる。

「時限信管魚雷が一本残ってたな。あれを発射管へ。敵の鼻っ面に一発かまして、電池がとぶまで南へ待避。なるべく、このポイントの近くを航行しておさらばといこう」

それは先ほど敵空母に有効打を与えた地点であり、南は敵深海棲艦が制海権を確保している海域だ。二人が逃げ出す方角とは正反対にあたる。

「いいの?」

「さっき見た様子じゃ、この敵空母ビクター1はもう沈む。沈む艦は大きな音と泡を立てる。あのサイズの船なら派手な音を立てて沈んでくれるだろう。その音に紛れて逃げ出せるかもしれない。それと、連中もおれたちが、まさか南へ逃げるとは考えてないかもしれない」

イムヤはなるほどとうなずいた。

「なんでもやってみよ、司令官。時限魚雷装填準備。時間は?」

「九十秒」

「了解、前部二番発射管、排水次第、装填用意!」

再び海面に何かが投下された。

「機関始動。一発脅かしてやろう」

そう言って提督は潜望鏡深度まで浮上するよう命じた。アップトリム十五度で伊一六八は海面へ向けて浮かび上がる。またも、四十メートルほど右舷で再び爆雷が炸裂した。

「大丈夫。まだ遠いから」

パイプや隔壁の隙間から海水がチョロチョロと漏れだした。

「潜望鏡深度、トリム水平!」

イムヤが叫ぶと同時にカメヤマ提督は潜望鏡をあげた。波をかぶって白濁する視界が。すぐに鮮明になった。潜望鏡を回すと、一キロも離れていないところに敵の駆逐艦の黒い影がはっきりと見えた。艦首をこちらに向けまっすぐと高速で向かってくる。

――この位置じゃ、逃げられないな……

カメヤマ提督はこの時点で内心覚悟を決めた。

「方位一六九。反転用意、魚雷準備」

「魚雷発射管、注水中、発射まで四十秒」

艦が急傾斜しながら大きく回頭する。

 そのとき突然、イムヤが耳に手をあてて叫んだ。

「十一時の方角、高速推進音多数! 魚雷?」

カメヤマ提督も呆気にとられて潜望鏡から顔を離した。

「回避だ!」

提督が慌ててヘッドホンを耳に当てると、ジャーという高速のキャビテーションノイズが近くを高速で通過した音が聞こえてきた。

「かわした? いや、あの音は酸素魚雷……」

爆雷でもヘッジホッグでもない大きな爆発音が二人の鼓膜を襲ったのは間もなくのことだ。

「方位一七〇、爆発音!え? 続けてまた?」

カメヤマ提督が潜望鏡をのぞくと、一キロ先に迫っていた駆逐艦の左舷に真っ白な水しぶきがあがっていた、爆発音とともに艦が大きく傾く。四発目を受けたとき、駆逐艦はオレンジ色の炎あげて弾け飛ぶように大爆発した。竜骨が三つに折れて艦は炎と煙を上げながらバラバラになって沈み始める。

 何が起きているのかわからず発令所の二人は顔を見合わせる。そんな二人の耳に不規則な周期で探信音が聞こえてきた。それは明らかに意図もって乱打された音波だった。

「ウ・ミ・ノ・ナ・カ・カ・ラ・コ・ン・ニ・チ・ハ・長音符・段落、5・8・ダ・ヨ・段落、え? ゴーヤ?」

二キロほど西に潜望鏡が上がり、すぐに海面上に日の丸をペイントした黒い潜水艦の艦橋が浮かび上がる。艦橋に小さな艦娘らしき人影あがって、こっちの潜望鏡へ手を振っていた。それは間違いなく艦娘のゴーヤこと伊五八だった。

「ああもう、何やってんのよ」

「危ないぞ、あのバカ……」

同じ映像を共有していたイムヤと提督は命の恩人に思わず毒付いた。それを裏付けるように、上空の対潜機がすかさず機銃掃射を加える。弾がかすめた艦娘は艦橋の後ろに転げ落ちて、慌ててハッチへ飛び込んだ。すぐに艦橋の対空機銃で空に曳光弾をバラマキながら急速潜航する。

「あーあ、だから言わんこっちゃない」

発令所の二人はハラハラしながら顔を見合わせた。再びあの不規則な探信音が聞こえてきた。

『ツ・イ・テ・ク・ル・デ・チ』

二人は顔を見合わせて頷き合った。

「ご褒美やる相手が増えちまったな……」

「安心するのはまだ早い、まだ早いって」

敵機の対潜ロケット弾が海面で炸裂し、衝撃が二人を襲う。

「潜望鏡おろせ、深度三十まで潜航。時限魚雷を低速で打ち出せ。バッフルズを作ってソノブイを吹き飛ばす。伊五八のスクリュー音について離脱だ」

「了解!」

潜水艦伊一六八の打ち出した魚雷は探信音を響かせていたソノブイめがけて進み、九十秒後に大爆発した。直撃こそしなかったが、爆発による強い水圧はちゃちなソノブイを一撃で故障させた。

「あとは、おりこうなあいつに任せよう」

「そうね」

 潜水艦伊五八と伊一六八はその後二時間半にわたって対潜機の執拗な追撃をうけたが、八時間後には無事に敵の制海権の外へ離脱することができたのだった。

 

<了>




「沈黙の艦隊」程度の知識しかなかったので、太平洋戦争当時の潜水艦戦の実態に関する本を何冊か読んでみると、想像していた以上に過酷で不便な当時の潜水艦作戦の様子がわかってきました。
 接的も実際はこんな簡単にいく話ではないのですが、自己解釈の艦これ風味にしてみたらこんな感じなのかなと……
 イムヤとカメヤマ提督の話を書いておかないと本編が先に進めそうになかったので、これで少しほっとしました。本編の続きこれから書きます。
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