読み返していて、ちょっとひらがなが目が滑ると思ったので修正しています。修正後、次話構想をやり直して今年中には投稿できるように準備します。
ヒノエから一喝された春弥は気合を入れなおして簪探しに励んだ。けれどいくら探しても見つからない。犬の会は相当遠くまで足を運んでいるが、簪のかの字も見つからなかった。
俺はと言えば、簪を探していることから、様々な妖に声をかけられる。それは案の定というか、友人帳を狙う妖ばかり。稀に簪探しに手を貸そうとしてくれる妖もいるが、それでも全く手掛かりはなかった。
――……春弥があんなにも必死に探している簪。愛しい人からの贈り物。絶対に見つけて、春弥の手に戻ればいいのに。
そんなことを考えながら、その日も簪を探して野山に分け入っていると、妙に冷たい風が傍らを吹き抜ける。初夏に入ろうとしているこの頃にしては珍しいとさえ思う、そんな俺にふと声がかかった。
『待て、そこの人の子』
仰ぎ見ると目の下を隈で真っ黒く染め、険しい顔をした男性がいた。目尻には紅が引いてあり、それが険しい顔を更に厳しい表情に見せている。着物は豪奢だが、それも着崩れているから、なんというか、底知れぬ恐怖を感じさせられた。まごうことなき妖である。
「……何か用か」
妖は俺をまじまじと見つめて、何度かスン、スンと鼻を鳴らす。そして徐に両腕を伸ばし、俺の両肩をつかんで口を開いた。
『やはりお前だ。お前から、ニオイがする』
何のにおいだろうか。
『あの子はどこだ。お前が奪ったのか、人の子よ』
――……あの子?
『あの子は私の唯一。あの子さえいてくれれば、何をすることもないのに、人の子は容易に踏み越えてはならぬ一線を越えてしまう』
周りの木々がざわめいて、音となって耳に入る。
カエセ
桜の主が慈しむ子
独りぼっちの寂しい子
カエセ カエセ
不穏な空気が辺りを漂い始めている。血の気が下がりつつも、口を開いた。
「悪いけど、俺には貴方の求めることが何のことか分からない。この手を放してくれないか」
妖は言う。
『分からない? そんな筈はない。お前から確かににおうのだから!』
肩をつかむ手の力が強くなって、痛みが生じる。
――話が通じる相手じゃない!
俺は妖を振り払って逃げ出した。山の木々が道を阻むように茂り、行く先が暗い。
『止まれ人の子よ! あの子はどこにいる!』
後ろを見れば、ゆったり動いているように見えるのに、まったく距離の変わらない妖の姿がある。
捕まったらまずいことになる。それだけは分かった。
そこまで深い山ではなかったはずなのに全く出口が見つけられない。この山の自然があの妖の力になり、自分を阻むのだとすれば、状況は最悪だと思った。逃げられないという点で、である。
そんな逃走劇の最中で、必死に走り続ける俺の横に、白くて丸いものが並走を始めた。
「なにをしておるか夏目! 早く私の背に乗れ!」
「にゃんこ先生!」
言われるがままに本来の姿に戻った先生に乗る。
空を駆ける先生は後ろを見て、引いた顔をした。
「お前あの妖と何があった!? めちゃくちゃ怒って追いかけてくるではないか!」
「俺にもわからないんだよ先生! 急ににおいがどうとか、あの子を返せだとかで追いかけっ……!」
先生が急に止まる。俺の言葉も止まる。
目の前に、ずっと後ろから追いかけてきていたはずの妖がいた。
『力ある妖と見える。お前もその人の子の仲間か』
ザワザワと髪と着物が騒めいている気がする。
『お前もあの子を隠すのか。同じ人に捨てられた悲しいあの子。独りぼっちの寂しいあの子。死への諦念が晴れて私を映したあの丸い瞳、小さな花が綻ぶような笑顔のいとし子。私の唯一、私の細』
あぁ、はるや
――……春弥!? 今この妖は春弥と言ったのか!?
「……っあなたが探しているのは、銀の髪の、万年桜の妖との夫婦ものの春弥ですか!? なら彼は今俺たちと一緒に探しものをしています! 探し物が見つかれば必ず貴方の前に姿を現すでしょう!」
必死に伝えるも、目の前の妖は首を傾げる。
『……探し物? あの子が探し物をしていると? ……愚かな人の子め、嘘をつくならもっとマシな嘘をつくものだ』
――なんでそうなる!?
『あの子は探し物などできない。人を厭い、孤独を嫌い、外の世界から目を反らす臆病で可愛らしいあの子は、永遠の安寧を私とともに過ごす。外の世界はあの子には恐怖しか与えない。あの子が長い間、独りで外の世界へ出ていくことはできないのだ』
眼下に見下ろす木々のざわめきが耳元で聞こえるようだった。
フッと冷たい風が眼前に渦をまく。すぐ前に、妖がいる。
『あの子を失う私の苦しみ。あの子が人から受けた痛み。お前も味わえば良い』
妖の片手が眼前に翳されたかと思えば、冷たく強い風に吹き飛ばされて、にゃんこ先生の毛の柔らかさが離れる。俺は空中に投げ出され、荒れ狂う桜吹雪に覆われていた。
『傍らにあるはずのぬくもりがなくなった。生きながらに、地に足がつかぬ思いに恐怖し、身を竦ませる』
――……あぁ
――……泣いている
【どうしてどこにもいないのだ、春弥。私の、愛しきもの】
【どこに、何をしている。春弥……春弥……】
悲しみと焦り、心配が流れ込んでくる。
【また人の子がきた。今度も祓い屋か。……春弥、無事であれ……】
――さみしい。帰ってきてほしい。
――きみが私の光。温もり。彩り。
――本当に、春弥を一途に想い続けてきた妖の悲しみが俺の胸を打つ。かつては共にいた存在との別離は、胸に大きな穴が開いたように、心を寒い風が吹き抜ける。散華し、青葉が茂る夏も、落葉し、虫のささやきが大きくなる夏も、すべてが眠りにつく試練の冬も、試練を乗り越えた先の春も、もう、君がいないと何も楽しくない。面白くもない。一緒に咲きほこる桜を見て笑いあうこともできなかった。ずっと、ずーっと。
妖の抱えた孤独に、俺はこぼれる涙を堪えることはできなかった。
妖の想いと共に、息苦しさも伝わってきた。遠くなる意識のまま、俺は空中で目を閉じた。
「夏目!!!」
後方から届いたその声をまどろみの中で聞きながら……。
ここで切ります。次話、春の小噺完結。
題名思いついたので変更しています。