-追記-
前書き一部消しました。
―むかぁしむかし、この村にはお狐様がいらっしゃった。
お狐様がたまーに田んぼの手伝いをしてくれて、その年は豊作で、村人はお狐様にとてもとっても感謝しておった。
お狐様の為に立派なお社を作って、村で作った反物やその年一番の稲に、珍しい陶器などをお供えして、大事に、大事に祀っておった。
お狐様はそれはそれはお喜びになり、村人達の願いを叶え始めたという。
しかし、ある年を境にお狐様は田んぼの手伝いをする事もなければ、村人のお願いを叶える事もなくなってしまった。
それに怒った村人達は、お狐様の社に火を放ち、半焼した社を遠ざけ、お参りする事もなくなり、お狐様は夜遅く、毎晩毎晩一粒の涙をこぼしたという……―
「そして、そのお狐様のお社がある豊穣の社、通称
「え、水難? 食物に関する事じゃなくて?」
「そう、そこなんだよ! もう研究家もずっと調べてるらしいんだけど、何故か水難が起こるって。水に関する言い伝えなんてないのに、どうしてそうなってるのかずっと気になっててさぁ!」
「へ、へぇ。西村がそういう昔話を気にするのって珍しいな」
「なにおぅ夏目、俺だって気になることあるんだぞっ……って言いたいけど、実際そうなんだよなぁ。俺のご先祖様がその村に住んでたらしくて、それでよく歴史研究家がうちに来てたんだって」
「そうなんだ。因みに、その歴史研究家はなんて?」
「それがさぁ、昔の貴重っぽい資料を渡した帰りに河にドボン。資料はダメになるし研究家は頭打って病院に搬送された後早々に東京に戻っちゃったから何も分からないって」
「そ、そうなんだ」
それなりに物騒な話に夏目は頬を引きつらせた。
「なんだか危ない場所だな。本当に行くのか?」
「おう! なんかご先祖様がお社から盗んできた装飾品があるみたいでさ、それ返しに行くのも今回の目的」
「盗んだ装飾品!? よくそのお狐様っての怒らなかったな」
「さぁ……本当は怒ったかも知れないし、怒らなかったのかも知れない。でも、それ聞いた兄貴が気味悪いってさ。それで俺に白羽の矢が立ったってわけ」
ついでにプチ旅行してみたかったしな、と西村はニヤッと笑った。
「因みにその村の名物はお狐煎餅! 沢山種類があって大人気のご当地品らしいぜ」
「お、お狐煎餅……」
「商魂たくましいな」
――『次は、
「おっ、ここで降りるんだな」
「そのまんまだ……」
「予約した旅館は降りたらすぐ見えるって話だったが……」
下車した北本が周辺を見回すと、遠くにポツンと大きめの日本家屋っぽいものが建っているのを見つけた。
「え、まさかアレ……?」
「はい、はい。……そうですか、ありがとうございます。……そうみたいだな。運転手に聞いた」
「遠っ!」
「諦めて歩くぞ」
「ああ」
そうして夏目、西村、北本の三人は歩き出した。
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「はー、つっかれたぁ!」
西村は旅館について部屋に案内されるなり床に寝転がった。
北本も少し疲れたようで、僅かに息を弾ませている。
夏目はと言うと……
「……(ちーん)」
床に突っ伏して完全に沈んでいた。
理由として挙げられるのは二つ。
夏目に体力がなかった事。
そして……
「にゃー」
夏目の飼い猫ニャンコ先生が夏目の鞄に隠れていた事だ。
重量に耐えきれずダウンした夏目の代わりに鞄を持った北本が、あまりの重さに疑問を持って、夏目に許可を取って中身を確認した所発見された。
それを見た夏目がニャンコ先生と喧嘩になったのも理由になるだろう。
まぁとにかく、夏目は疲弊していた。
「しっかし遠かったなー。もうすぐ夜だぜ?」
「ああ。来た時はまだ昼だったのにな」
「……(ちーん)」
「にゃー(軟弱者め)」
少ししてから旅館の仲居さんが入ってきて、料理が先か風呂が先か尋ねてきたので、西村と北本が風呂優先、夏目は未だ沈んでいたので布団を掛けて二人は風呂へ行った。
二人の気配が遠ざかってからニャンコ先生はお茶請けのお狐煎餅をバリバリと食べながら夏目の上に乗った。
「うっ……」
「まったく、この軟弱者め。お前がそんな調子でどうする。この辺り一帯はお狐様とか言う妖上がりの神擬きがいるという話ではないか。友人帳を取られるかもしれんのだぞ。おい、聞いているのか、夏目」
疲弊している相手に酷な事をするニャンコ先生であったが、夏目の意識は既に9割が沈んでいた為反応はなく、ニャンコ先生は諦めてお狐煎餅を消費する事に専念し始めた。
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(……誰かの泣き声が聞こえる)
ぼんやりとした意識の中、夏目は小さい子供の泣き声を聞いていた。
(……誰が、泣いているんだろう……)
泣き声を気にしていると、泣き声は次第に収まっていった。
そして、誰かの慰める声が聞こえてきた。
《……からなんだというのだ。お前はお前だ。大丈夫。私が側にいてやろう。何分、長い人生を歩む故な》
最初の方がうまく聞き取れなかった。
でも、それはきっとこの地に縁深い妖の声……。
優しい、慈しみの声……。
《……と違う……悪い事ではな……私とお前……だ……》
もう、よく聞こえなかった。
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「おっ、夏目起きたか?」
「……西村?」
「もうすぐ食事を持って来てくれるそうだ」
「北本……」
夏目が目を覚ますと、浴衣を着て寛いでいた二人がいた。
なんだかうっすらと白檀の香りがする。
「いやぁ、ここの風呂超気持ちよかった! 透明だったからただのお湯かと思ったらここまで歩きで来た疲れとか足の痛みとかスーって消えていってさ! 何時でも開いてるみたいだから、夏目も入ってきたらどうだ?」
「へぇ、それは凄いな。後で入ってくる」
因みに白檀の香りはボディソープの香りだそうだ。
浴衣も深みのある香りがして、何かの香が焚きしめられているようだ。
漸く夏目が上体を起こして座椅子に腰掛けられるようになった頃、仲居さんが食事を持って来た。
かつて豊壌の地と呼ばれた土地に相応しい量と味を誇っている旅館というレビューに相応しい料理だった。
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その後、食後の休憩を終えた夏目は一人、風呂へ向かっていた。
正直一歩も歩きたくない程疲れ切っていたが、風呂に入らなければ不潔だ。
そうして夏目が脱衣所に入ると、橙がかった金髪の青年が服を脱いでいる所だった。
「あっ、すみません!」
「あぁいやいいんだよ。この旅館の大風呂は誰でもいつでも入って良いからね」
まぁ君みたいな子供が入るには遅めの時間だとは思うが、と青年は笑った。
「実は今日来たばかりで、疲れ切っててずっと寝ていたんです」
「なるほど。確かに徒歩では5~6時間はかかるだろうね。この旅館駐車場ないし、中々客がこないから」
「え……? こんなに凄い旅館なのにですか?」
「……ははっ、ありがとう。確かに他と比べると凄い旅館だろう。だがね、この土地ならではの昔話が人足を遠ざけるのさ」
「昔話って、お狐様の……?」
「おや、知ってるんだね。続きはお風呂で話そうか。折角だしゆっくりしていくといい」
うっそりと笑った青年は
白檀の香りのするボディソープに乳香のシャンプーなど、樹脂系やオリエンタルな香りの洗剤が備え付けられていた。
着物に焚きしめられているのはパチュリだと空乃が言う。
「元々この旅館を始めた人がね、インド系の香りが好きな人だったんだ。それで、洗剤から部屋に焚く香、着物に焚きしめる香も殆ど全てインド系のお香なんだよ」
「へぇ、詳しいんですね」
「まぁね。何回も来てるから」
しっかりと身体を洗ってお湯に浸かると力が抜けて、西村の言っていた通りスーッと疲れや痛みが引いていった。
「……不思議なお風呂ですね」
「この旅館の自慢の一つなんだ。狐殿の側に源泉があってね、そこからお湯を引いてる」
「狐殿……」
「……狐殿に祀られたお狐様はね、下手に信仰があったものだからそう簡単には消える事ができないし、人間もお狐様の噂を眉唾物として扱うから居心地が悪くてしようがないらしい」
「信仰ですか……」
「そう。夏目達が来た辺りで言うと、ツユカミ様とかじゃないかな」
「!」
「ツユカミ様も確か元々神様なんてものじゃなかったって聞くけどね。神様でもないのに自分勝手な人間に祀られた者共の末路は哀れの一言に尽きるよ。現地人だからこそ知ってるお狐様の言い伝え、聞いてみるかい?」
「……お願いします」
「じゃあ取り敢えず出ようか。あまり長湯をすると今度は具合が悪くなってしまう」
空乃は一つ頷き、夏目も風呂から上がった。
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「……さて、夏目。お風呂上がりは牛乳と決まっているが、生憎この旅館は牛乳を扱っていない。青汁とお味噌汁と蜂蜜ジュース、どれがいい?」
「……実に微妙なラインナップですね。蜂蜜ジュースでお願いします」
「はいよ。ラインナップについては同意しよう」
脱衣所の棚に入っていた札を蜂のマークが書かれた木棚に差し込むと、硝子瓶に入れられた蜂蜜ジュースが一本だけ出てきた。
空乃は青汁のマークの木棚に札を差し込んだ。
「えっと……」
「凄いからくりだろう? お狐様がお仕事をしなくなってから、ここに住んでいた人達が考えた豊かになる為の知恵だよ。因みにちゃんと冷えてるから安心してくれ」
「は、はぁ」
瓶の蓋を開けて青汁を一気に飲み干す空乃に夏目は内心ちょっと引いた。
「ふぅ。……さて、お狐様のお話だったね」
「あ、はい」
「お狐様……そう呼ばれているのは、元は1200年くらい生きていた狐の妖だったんだ」
「1200年!?」
「うん。まだお狐様が神様として祀られる前から計算するから、現代だと1500年くらいかな」
「……」
「力の強い妖はとても長生きするんだ。それこそ、悠久と言える時をね。さて、続きを話すよ」
300年ほど前の初夏のある日、まだお狐様ではなかった妖狐はとある村に迷い込んだ。
妖狐は空腹に目を回し、人間に化けた所で気を失ってしまう。
次に妖狐が目覚めると、粗末な襤褸小屋に寝かされていて、側には大きな腹を抱えた幼い少女が座りながら寝ていたんだ。
妖狐が身を起こすと、少女はハッと目を覚まし、やたらと周囲を警戒した後妖狐に気づいて、笑みを浮かべてきた。
少女は齢にして16歳で、父も母もなく、元々余所者だった事もあって村の隅の隅に小さいその小屋を建てて一人で頑張って生きていた。
妖狐が少女の腹の事を聞くと、少女は困った顔をして声を潜めて言った。
まだ桜が咲いていた頃、妙な夢を見て、気がついたらどんどん腹が大きくなっていた。村人に気味悪がられて殴られる事もある、と。
妖狐は不思議な事もあるものだ、と少女に相づちを打って、少女に許可を求めてからその腹を触った。
そこには少女のものではない鼓動があり、妖狐は少女の腹に宿っているのは妖の種である事を知った。
少女は不安そうにしていて、妖狐は覚悟を決めて少女に告げた。
君に宿っているのは妖怪の子供だ。君は半妖の子を身籠もっている、と。
少女の目に浮かんだのは絶望だった。
それはそうだろう。
きっといつか、少女が心の底から愛せる人と出会い、その人の子を宿す為のその身に、人ならざるものの命を宿してしまったのだから。
しかし少女は妖狐の服の裾を掴んで、その目に涙を浮かべて言った。
私には誰もいません。私の赤ちゃんを取り上げてくれる人も、守ってくれる人もいません。どうか、助けて下さいませんか?
妖狐はそれはそれは驚いた。
人ならざるものの子なんて気味悪がって無理にでも堕ろすのが普通だ。
妖狐はそんな女を何人も見てきた。
しかし少女は違った。
宿った命に罪はない、と少女は怖がりながらも腹を撫でていた。
そんな少女を見ていた妖狐は、決意した。
少女を守ろう。力を削ってでも、少女を、その子を守り抜こう。
妖狐は、そう決意したんだ。
妖狐はまず村におりて、何も植わっていない田んぼに一株だけ稲を植えた。
すると、季節でもなく一年時が経ったわけでもない、たった一夜にしてその田んぼはたわわに実った稲穂で埋め尽くされた。
村人は奇妙な事もあるもんだ、と若干及び腰になりながらも稲を収穫して、その田んぼに期待を込めて稲を植えた。
妖狐は次に別の田んぼに稲を植えた。
今度は村人に見られるように植えた。
それから少女の元へ戻っていった。
村人は訝しんだものの、食べる事に困らないという事実が優先されたのか、少女は村長の家で出産の時まで世話になる事ができるようになった。
妖狐はそんな少女につきっきりになりつつも、たまに良く実る稲を植えて村人を喜ばせた。
やがて村人の一人が、豊壌の獣を人間に化けていた妖狐に当てはめて、お狐様と呼ぶようになった。
これが、お狐様の始まりである。
**********************
「……」
「やれ、長く語りすぎたね。お狐様は元々長生きして力も強い妖狐だったんだ。たった一人の少女に情を持ったが故にその先の悲劇を起こしたと言っても過言ではない。でも、妖狐は少女が幸せだったと言ってくれたから、たぶんそれでよかったんだ」
「……よく、知ってるんですね」
「何分、こういった話題には事欠かない家の者でね。お狐様自身が残したとされる手記の一部も我が家にあるくらいだ」
夏目は未だ呆然としていたが、ハッとして「じ、じゃあ」と空乃に問うた。
「今日俺と一緒に来た西村という友人の先祖が、お狐様のお社から装飾品を盗んだそうなのですが、それを怒ってるとかそういう記録ってありますか?」
「……盗んだ? 装飾品を? ……いや、全然知らなかった。お社には元々村人の貢ぎ物が沢山あったから……一つ二つなくなったくらいで怒りはしないよ」
「そう、ですか。良かった」
そんな夏目を見た空乃はフッと表情を緩めてその頭を撫でた。
「君は優しい子なんだね、夏目。どうかその心を大切に……」
そして空乃は手を夏目の頭から下ろし、子供はもう寝るように、と言って自分の部屋に帰っていった。
夏目は暫く撫でられた頭に手を置いて放心していたが、ハッと我に返って急いで二人とニャンコ先生がいる部屋へと戻っていくのだった。
読んでくださってありがとうございました。
更新は未定です。駄作者でごめんなさい。